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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師「序章」
序章


 ベッドタウンにある六階建てのアパートメントがある夜、戦場と化した。
 十二歳のエルリオ・グレンデールは父と共にこのアパートメント最下階の105号室に住んでいる。母はすでに亡く、物心ついた頃から既に父と二人だった。
 まず階上から複数の人間らしき足音がした。コンクリートを打ち付ける音が、アパートメントの外廊下の端から端までを駆け抜けていく。そして続いて聞こえてきたのは怒鳴り声。それは一瞬の事で、様子を見ようとベッドから身を起こした直後には、けたたましいサイレンに変わっていた。
 カーテン越しにも、外が不自然に明るくなっているのが分かる。カーテンを開けようとしたところに、父親が部屋へ飛び込んできた。
「お父さん!」
「外の様子を見てくるから、お前はここにいなさい」
 三十五歳の父親、ワイヴァン・グレンデールは言うが早いが寝巻きの上にガウンを羽織った姿で、部屋の外へと駆け出していった。
「待ってお父さん!」
 ワイヴァンの後を追おうとベッドから飛び降りた直後、ベッドが据えつけてあるテラス側の窓ガラスが割れた。
「きゃぁ!」
「エルリオ!」
 割れた窓ガラスの向こうから、室内へと外の音が洪水のように押し寄せる。連続する破裂音、神経を逆なでするようなサイレンが重なり、機械的な射撃音まで行きかう。
「何が起こったんだ…空襲か……?まさか…何で…」
 若い父親は思い直して娘を片腕に抱き寄せる。断続的な爆発音が轟く。この古いブロック造りのアパートメントでは、長くはもたないだろう。
「とにかく脱出するぞ、ここは崩れる」
「お仕事の道具は!?」
 着の身着のままの状態で、自分を抱えて走り出そうとするワイヴァンを、エルリオは引き留める。
「腕が一本ありさえすれば、仕事なんていくらでもできる」
 だが父は、常に数十種類もの道具を取り揃えていたはずだ。
「押印師は、この腕一本と、精霊に感謝する気持ちさえあればいいんだ」
一瞬足を止めたワイヴァンは小脇にかかえたエルリオに笑顔を向け、そしてすぐさま走り出した。
「精霊に感謝する気持ち…」
 エルリオのつぶやきは、度重なる爆音にかき消された。天井がミシミシと音を立てて、塵があちこちから舞い降りる。テラス側は外からの爆発により危険だ。父は唯一脱出可能と思われる玄関の扉を、片手でこじ開けた。ドアの向こう、アパートメントの共通廊下は完全に黒煙が支配しており、左に折れればすぐ出口のはずが、まったくの別世界に感じた。
 左の壁に手をあてて、右に娘を抱えて一歩を踏み出す。
 その瞬間だった。
 煙幕の向こうに黒い影がゆらりと現われたかと思うと、空気が弾ける音がした。
 くぐもった低い悲鳴がエルリオの耳元を掠める。小さな体を抱えていた腕が解けて、盾になっていた大きな背中が崩れる。
「お父さん!!」
 エルリオは炎で熱くなったコンクリートの床に叩きつけられた。その上にワイヴァンの体が覆いかぶさる。重かった。
「お父さ…」
「ちっ…こいつは民間人か…」
「こっちだ!」
 底の厚い軍用ブーツの足音が、すぐ脇を通り過ぎて行った。同じ方向からは変わらず破裂音と銃声が響いてくる。
 ひときわ強い火薬の臭いがした。
 甲高い悲鳴に似た音が鼓膜を震わし、そして世界が白く輝いた。

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押印師 ACT1-1
ACT1:ジャックニコル通りの押印師


01


 軍事政権を中枢に据える小国アリタスの首都は、その名の通り「アリタス・セントラル・シティ」と言う。略してACC。首都ACCの中心地から東南に約二十数キロ下ると郊外となり、俗に「ACCアウトアーバンエリア」などという造語で呼ばれている。
 ACCとアウトアーバンエリアを跨ぐ、周囲で最も長く大きな通りがある。大きな道標に「メルリン職人通り」と書かれているここは、政府に認められた技術者資格「マイスターライセンス」を持つ職人達が店を構えて集う。それ故、アウトアーバンエリアのみならず、セントラルからも多く人が集まる。
「いつも助かります」
 店の一つから、少女の声が飛び出した。印刷機のマークが描かれた看板を掲げる活版印刷屋から、大判の袋を胸に抱えた少女が出て行くところだった。茶色い髪の毛を肩の高さで左右に結んでおり、クリーム色のブラウスと相まって素朴な雰囲気の娘だ。
「おっと、ごめんよ」
「きゃっ」
 飛び出したところで、背の高い人影とぶつかりかける。人影は、緑地の軍用服を身につけており、肩に小銃を担いでいる。アリタスを統治する国軍の警察局に所属する、巡回兵だった。
「あ……す、すみません」
 自分がぶつかりかけた相手が軍人だと知り、畏怖のためか声を落として少女は頭を下げた。まだ若い兵士は少女を怖がらせまいと「大丈夫かい」と微笑むが、少女には見えていない様子だ。
「すみませんでした」
 視線を逸らしたままおざなりに頭を下げると、少女は石畳に靴音を響かせながら走り去ってしまう。
「ああびっくりした」
 呟きながら少女は、道端に立つ時計塔を見上げる。家に戻らなければならない時間が迫っていた。人とぶつかりかけた事も忘れて少女は走る速度を上げた。もう一軒、寄らねばならない店がある。
「おじさん、いつもの下さい」
 目的の店に入るなり、少女はカウンターに向けて声を上げた。背後でドアベルが乱雑な音を立てているが、幸い店内には他に客がいなかった。カウンターの奥から緩慢な足取りで小太りの男が顔を出す。
「ああ、エルリオか。ちょいと待ってな」
 騒々しい馴染み客の姿を見とめて、店主は奥から茶色い小さな袋を持ち出した。それを少女に放る。
「危ないよ、割れ物が入ってるのに」
 慌てて受け取って、エルリオと呼ばれた少女は、不自然に大きく膨らんだエプロンスカートのポケットに手を突っ込んだ。財布を出そうとして、ポケットの中に突っ込まれていた白い物体が危うく飛び出しかける。
「今日も連れ歩いてんのか、その縫いぐるみ」
 カウンター越しに、店主が覗き込む。少女の腹ポケットの中には、無理やり変な姿勢で縫ぐるみが詰め込まれていた。窮屈そうなその様子に、縫いぐるみとはいえ店主は同情する。白い作り物の長い耳が不恰好に捻じ曲がってポケットから飛び出した状態になっていた。
「うん。相棒なの」
 縫ぐるみを愛でる少女の児戯な趣向に小さく笑って、店主は代金を受け取った。
「ま、ペットみたいなもんなんだな。俺んとこも犬コロがいるけど、長年一緒にいると情がうつるもんでなあ」
「私も昔、おっきな犬かってたよ」
「ほほう、そうかい」
 店主が釣りを用意する間、エルリオは飛び出た白い耳をポケットの中に詰め込む。仰向けにされた縫いぐるみについたプラスチックの瞳が、恨めしそうに天井を向いていた。
「はいよ」
「ありがとう」
 釣りを受け取ると、エルリオはまた店外に飛び出していった。今度は巡回兵がいないかどうか確かめてから、通りを横切っていく。再び時計塔を見上げると、約束の時間まで間もなくだった。
「まずい、お客さん来ちゃう」
 幅の広いメルリン通りを横切って、エルリオは小さい横道から路地裏へ飛び込んだ。そのまま、小さな裏道を更に二つ横切る。すると、途端に周囲の風景が変わった。
 メルリン職人通りから東に二本目の位置に、ジャックニコル通り(JN通り)という、これも職人通りがある。都心から見て東に半径二十二キロ地点にあるその通りは、隆起した丘の麓にあたる少々陥没した地帯を縦断するように伸びており、地図によっては名前も載っていないほどの細い裏通りだ。人間二人がようやく並んで歩けるほどの道幅で、足下は整備状態の悪い石畳。空を覆うように立ち並ぶ中層の建物を見上げて歩こうものなら転ばずにはいられない。
 メルリン通りと比べ、ここJN通りには看板の一つも見えやしない。ここは公の登録を受けていない職人達の坩堝、いわゆる職人通りの影なのである。
 JN通りの北の入り口から五件目に、三階建ての崩壊寸前のボロアパートメントビルが建っている。エルリオはそのアパートの外階段を勢いよく駆け上がった。鉄階段は長い間外気と雨に晒されたせいでひどく錆臭い。鉄階段を小刻みに叩く足音を連続させ、三階まで一気に駆け上がる。非常口から内廊下へと入り、最奥の扉の鍵を開けて中に滑り込んだ。心地悪い蝶番の軋音をたてて扉が背後で閉まる。急いで鍵を閉めた。
「ただいま」
 玄関から見渡せる広いリビングらしき部屋は、コンクリートがむき出しの灰色の空間だ。その中央に置かれた机と三脚の椅子そして、カーテンが完全に閉められた窓際においてある本棚が、そこにある家具らしきもの全てだった。
「時間ギリギリだ、お父さんの出番ですよ~」
 エルリオはテーブルの上に二つの紙袋を投げ捨てるようにして置くと、部屋の隅のドアから奥の部屋へと滑り込んだ。騒々しく扉が閉められ、しばらく静寂が横たわる。
 数秒後、金属音がして再び扉が開かれた。
「十時半……もう来る頃かな」
 エルリオが姿を消した部屋の扉から、今度は男が姿を現した。中肉中背の背格好で年のころは三十代半ば。ところどころブラウンがかかった金髪と、茶褐色の瞳を持っている。
「お客さんが帰るまで、大人しくね」
 奥の部屋へ向けてそういい残し、男は後ろ手に扉を閉めた。二つの茶色い紙袋が置かれたテーブルに歩み寄り、乱雑に散らばりかけた袋の中身を正す。
 そうするうち、玄関の向こうに人の気配が近づいてきた。
「きたかな」
 呟きながら、男は顔を上げた。
 男の直感は正しくちょうどその時、三階へと続く外側階段を昇ってくる人影があった。
 訪問者はやたらと周囲を気にしている。
 丸めた背中のせいで面持ちは分かりづらいが、背格好からして中年の男といったところ。一歩一歩、薄暗い階段を用心深く上がってきた。
 訪問者は非常口から内廊下へと入ると、再奥の扉を目指した。この訪問者がこの場所に来るのは初めてだが、一本廊下の再奥に位置するその部屋のドアはすぐに分かったようだ。
 表札の無い鉄のドアをノックする音が室内に響き渡った。
「先日、電話で話した者だ」
 扉の向こうからの名乗りに、「お入り下さい」と部屋の主であるワイヴァン・グレンデールは低く応えた。
 声に導かれて訪問者は、ノブに手をかけて強く押す。
 それに合わせて、ワイヴァンは椅子に腰を下ろした。
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押印師 ACT1-2
02


 扉を開けた訪問者は、椅子の一つに腰掛けて自分を待つ人の姿を見た。
 パイプの机にパイプの椅子という、無機質な中で待っていたその人物は、まっすぐ人の目を見つめてくる男だった。
「あんたが、押印師ワイヴァン・グレンデールか」
 訪問者は問いかける。
 部屋の主は無言で頷いた。まるで必要最低限の言葉しか持たぬかのように。
「さ、どうぞ」
 訪問者を対の椅子に座るように促してから、部屋の主ワイヴァン・グレンデールは客を眺めた。緩慢な動きで椅子に腰掛けたのは、大柄な男だ。年の頃を窺ったが、耳元から顎にかけてたくわえられている髭が、男を老年にも、若年にも見せている。
「力系統の印をご所望と聞いておりますが、見たところそんなもの必要なさそうに感じますが」
 筋骨隆々な男の体、机の上に乗せられた逞しい両腕を見て、ワイヴァンは笑う。暗がりの中で男がくつくつと笑い返してきた。
「いやいや、なにぶん、見かけ倒しなんでね」
 男は腕力を欲していた。年老いた両親の世話をするために印を授かりたいと、この男はワイヴァンを尋ねてきたのだ。
「粗方ご存知だとは思いますが…一通り説明させてもらいます。契約の儀式的なものと思って下さい」
 始終、薄い笑みを目元に湛えたまま、ワイヴァンは事務的に口を動かす。契約書と冒頭に書かれた紙を取り出し、その横にペンと紙袋から出したインク瓶を沿えて依頼者の前に置いた。
「まず、『精霊』について説明させてもらいます。」

 世のあらゆる事象、事物には『力』が宿っている。
 人々はそれを『精霊』と呼ぶ。
 水には水の、樹木には樹木の、風には風の。
 森羅万象に宿る力、すなわち八百万に宿る精霊は、生くものに恩恵をもたらすとして人々に奉り、崇められていた。
 人により信仰の対象は異なる。鍛冶を生業とするならば、鉄の精霊、医者を生業とするならば、治癒の精霊と、千差万別に神がいるが、総じてそれらは「精霊信仰」と呼ばれ、全ての精霊を束ねる精霊神と呼ばれる存在がおり、根流を辿れば一つに終着するのだ。
 精霊はそれぞれに、「印」を持っている。
 「創世神書」と呼ばれる神話の書によれば、「印」とは、精霊を束ねる精霊神が八百万の精霊を区別するためのものであり、また同時に、精霊が己の主人を見つけ出すための目印ともされている。その数は、書物に記されているだけでも数百種類にのぼる。
「人は時として、体のどこかに「印」を受けます。印は精霊の寵愛を受けた証です」
 「印」は三つの種類に分類される。
 生まれついて受けた印を、「天啓印」。
 後天的に体に印が現われる、「使命印」。
 いずれも、精霊に選ばれ、印を賜った者の証。印を受けた人間の数は役所が戸籍にも記して数を管理しているが、確認されている存在数は稀少だ。
「そして、三つ目が、『押印』。意図的に印をつけて、精霊の力を得ようという技術です。押印師は、印を刻む技術を持つ者の事を指します」
 圧倒的に数の少ない前者二つの印に対し、押印師とよばれる技術の台頭により、押印の数は爆発的に増えている。その汎用性から、全世界的に軍事使用はすでに実用化レベルとなっている。しかし軍が法的に規制しているため、民間における押印技術の実用は違法とされている。従って、公式の押印師はいずれも軍属の人間だった。だがワイヴァンのような軍に属していない押印師も存在している事から、裏取引による民間レベルの押印市場は秘密裏に拡大していた。

「押印は、自然の摂理に反した技術です。民間での押印は法律にも反してるんですけどね。まあこれは軍が勝手に決めた事なので置いといて、話を戻します」
 言いながら、ワイヴァンは数ページある契約書の最終ページを開いた。そこに記された項目をペンの尻で指し示す。
「言うなれば押印は、精霊を無理やり従わせている事になるのですから。それなりのペナルティが使用者に生じるのです」
「ペナルティ…」
 無言でワイヴァンの説明に頷くばかりだった男が、そこで初めて言葉を漏らした。
「副作用、と言った方が分かりやすいでしょう。精霊を力ずくで抑え付ける為、印の保ち具合は使用者の体力、精神力に依存します。精神力や生命力が低下すれば、精霊を抑え付ける事ができなくなり、暴発、暴走する事態も起こりえます」
 契約書に目を落とせば、同様の事が記されていた。
「押印は使用者を蝕みます。長い間印を保有していると、使用していなくても、体調に異変をきたす可能性も十分考えられます。この契約では、そうした副作用の可能性を了承して頂き、押印によって生じた変調に対し、当方が何の保障や賠償も致しかねる事をご了解して頂く物です。」
「ふむ…」
「ご了承頂けるなら、契約書の末尾にサインと拇印をお願いします。それから押印しましょう」
「やってもらおう」
 男は即答し、ペンを手に取ると軽い動きでサインを走らせた。朱肉に指を押し付け、拇印を押す。契約書に記された金額と同じ札束を懐から取り出し、契約書の上に置いた。そして満足したような面持ちで、対面に腰掛けるワイヴァンを見上げた。
「……わかりました」
 ワイヴァンはまた目元に薄い笑みを浮かべると、契約書と札束を己に引き寄せた。

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押印師 ACT1-3
03

 契約書と契約金を己の傍らに退けると、ワイヴァンは胸元から赤い棒を取り出した。赤い染料と鉛を混在させた粘土を固めて周りを乾燥させ、パルプで幾重にも巻いたもの。一見、手作りの鉛筆といった風だ。
「では、利き手を出してください。甲を上にして」
 少々の戸惑いを含んだ物珍しげな眼差しと共に、男の厚い手の平が机の上に差し出された。
 その手に向けてワイヴァンは卓上電灯の首をひねって光を当てる。男の手を取ると、その広い甲に染料の先端を当てた。
「いきます」
 短い言葉と共に、男の手の上で一気に筆が動かされる。肌色の上に、朱色の円陣が描かれた。円の中に、文字にも見える模様が複数描かれているが、男にはそれを読む事は出来ない。染料の湿り気が残る円陣の上に、ワイヴァンが素手をかざす。そして小さくなにやら呟いた。
 電灯に照らされ艶光りしていた朱色の円陣が、ワイヴァンの手の平から発せられた光を受けていっそう強く輝く。
「…っ」
 一瞬、焼けるような痛みを感じた男の眉根が強張ったが、しかし直後には消えうせた光と共に痛みも消失する。男の手の甲では、朱色の円陣がまるで焼き付けられたように浅黒く変色していた。
「押印完了です」
 かざしていた手の平を戻して、ワイヴァンは一つ深く息を吐いた。それを合図にするかのように、緊張していた男の面持ちが解けて行く。
「もう…終わりか?」
「ええ」
「刺青のように手間のかかるものだと想像していたのだが」
「よく言われます」
 物珍しそうに男は己の手の甲に刻まれた押印を眺める。赤い染料は、完全に肌に馴染んで乾いており、指先で擦ってみたが剥げる様子もない。
「これが…力の印か。どの程度の力がつくものなのだ?」
「そうですね~…」
 ワイヴァンの指先で、筆がくるりと回った。
「鋼鉄とまではいきませんが、木材ぐらいなら片手で粉々に握りつぶせるでしょう」
「十分だ」
 男は押印された己の甲を見つめて、何度か握りこぶしを作っては開いて、感触を確かめているが、
「強くなったような実感は…あまりないがな」
 小さく首をかしげた。そして直後、小さなテーブルの向かいに座るワイヴァンに向けて手を伸ばした。
「ぐっ…」
 喰い付くように、男の手がワイヴァンの喉を捕らえた。反射的に空気が握りつぶされたような呻き声が漏れる。勢いで椅子が倒れ、パイプ椅子がむき出しのコンクリートの上でバウンドして、けたたましい音が響く。
 ワイヴァンが咄嗟に男の腕を引き剥がそうと手を添えると、まるで乾ききったなめし革のように硬く、筋肉が隆起していた。
 強力(ごうりき)を司る精霊が男の細胞を奮起させ、滾らせているのだ。
「なるほど、これはいい。人間の首を縊るぐらいは容易いな」
 男の低い声が不敵に笑う。ワイヴァンの首を絞める指先に、さらに力が込められた。
「ごほっ…」
 仰け反っていたワイヴァンの首が、かくりと垂れた。
 縊り締めようとする男の手には、まだワイヴァンの脈が感じられる。
 その根を完全に止めるべく、男の指先はさらに筋張った。柔らかい首の肉に指が食い込み、気道を潰し、首の骨を潰し折る……はずだった。
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