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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT9-15
15

 整理しきれない思考が言葉となって漏れ出した状態で、エルリオは下方向からジャスミンを見上げた。一方で、黒い視線を受け止めているヴィルの面持ちは、眉根一つ動かない。無感慨な表面が瓦解される事はなかった。
「ずっと、こういう機会を待っていました」
 静かに言葉を続けてから、ジャスミンはエルリオとミリアムに歩み寄るとその場に屈んだ。少女達に目線を合わせる。
「いい戦力になると思うわ、私。どう?悪い話じゃないと思うの」
「あの…えっと…」
 エルリオには、断る理由が思いつかなかったが、ヴィルにどう意見を求めて良いのか分からない。動揺そのままに視線をジャスミンの黒い瞳と、ヴィルの緑の瞳とを行き来させた。目端に映るミリアムは、不気味なほどに落ち着いている。
「だめ?」
 ジャスミンは僅かに首を傾げて、エルリオの横顔を覗き込んできた。すぐ近くまで遊びに行かないかと誘われているような錯覚に陥る。
「だめなんて事はないけど…でも…ヴィルさん…は、…いいの?」
 面持ちに変化の無いヴィルが気になった。エルリオが答えを求めて視線をヴィルに向けると、ジャスミンも腰を上げて姿勢を正してヴィルに向き直った。
「俺に、お前の行動を制限する権利はない」
 それが、ヴィルのジャスミンへの答え。軍から離れた時点で、上司と部下という関係はとうに消えているのだから。エルリオ達の頭上で交わる、ヴィルとジャスミンの視線。ヴィルの声からは、心の揺れが微塵も感じられなかった。
(え、それだけ?)
 淡白なヴィルの返答を耳にして、エルリオは憮然たる面持ちでヴィルに抗議の視線を投げる。
「だが、負い目あっての事ならば、許さない」
 続くヴィルの言葉へ、ジャスミンは首を横に振った。
(負い目?)
 言葉の意味をすぐには汲み取れず、エルリオは内心で首を傾げる。
「ずっと考えていた事です」
 ジャスミンの表情は、明るい。
(ジャスミンさん……)
 寝所の外から吹き込んでくる朝の風に乗って、水と緑の匂いが部屋に染み渡り、振り向いたエルリオの目の前にどこまでも広がる大地と青い水の幻を浮かばせた。
(……?)
 思わず、目を擦った。瞬きを数回繰り返して強く瞑った瞳を再び開くと、そこに映る景色は板張りの寝所。見上げた先に、黒髪の凛とした横顔と、その対線上に金髪の暗然とも靄然ともとれる面持ちがある。
「なら、俺が引き止める理由はないな」
 無愛想な面に凝固されていたヴィルの目元と口元に、柔婉の気が浮上する。エルリオやミリアムに向けた微笑みとも違う、恐らくジャスミンにしか向けられない感情。
(うーん、この場に私達がいなかったらキスぐらいいっても良い場面カモ)
 すぐ頭上で交わされるやり取りに、エルリオは頬の上気を感じていた。
「どうしてあなたはすぐに、そういう下世話な事を考えるのかしら」
 それまで無言だったミリアムから、小声の冷笑が横顔に降りかかる。
「ちょ…っとまさか」
 この喋り方は……
「……リュー…シェ……?」
 五臓六腑から反発心がむくむくと湧き上がらせるその声に、エルリオの直感が働いた。振り向くと予測通り、隣で落ち着いた顔色をしていたミリアムの瞳に、リューシェの涼やかな光が宿っているのが見える。形の良い顎を軽くしゃくり上げて哂っていた。
「あらあら」
「またか」
 頭上から、ヴィルとジャスミンの溜息と驚き混じりの声がする。
「あああんたこそ、勝手に人の心読まないでよね、どっちが下世話よ!」
「その締りの無い顔を見ていれば分かるわよ」
「…………」
 まんまとリューシェに墓穴を掘らされた事に気がつき、エルリオは歯軋りした。
「あ…」
 頭上からの小さな苦笑に気がついて見上げると、ヴィルとジャスミンの力の抜けた視線があった。
「違う、違うからね!そんな事考えてないからね!」
「?」
「何をだ」
 目を丸くするジャスミンの反応とヴィルのもっともな疑問は、またもやエルリオが墓穴を掘った事を表している。
「~~~~」
 エルリオはひたすら、両手両膝を地面についてしまいたい気分を堪えていた。羞恥心と怒りを両手で捏ね回し、噛み砕いて飲み込みながら精一杯の恨めしい目でリューシェを睨むしかない。
「だいたいあんた、急に入れ替わったりして一体なに…」
「昨日からよ」
「昨日??」
 エルリオのみならず、頭上の二人からも驚きが降ってくる。
 リューシェの返答はエルリオの予測を越えており、ヴィルさえも陰陽が少ない面持ちに若干の驚動を乗せていた。
「皆さん、大変です!ジャスミンさんが…っ!」
 突然、リューシェは両手を祈るような形で組み、泣き崩れそうな顔と声でエルリオに縋る。これは昨日、ミリアムが血相を変えて助けを求めてきた時の台詞と仕草そのもの。
「そ…の時から…?」
「そうだったのか」
 エルリオの記憶にも、ヴィルの記憶にも、リューシェが見せたそれは合致している。
「そう、あれはわたくし」
 リューシェは冷笑と共に勝ち誇った笑みを浮かべている。我ながらの名演技に満足しているのだろう。
「あなたもうちょっと人間観察力を養った方がいいわね。旅先で人に騙されるのがオチだわ」
 形の良い指揮棒のような指先が、エルリオの鼻面に突きつけられてくる。
(ムカツク……!)
 五臓六腑から「頭をしばいてやりたい!」という衝動が湧き出るが、エルリオはなんとか堪えていた。あくまでも彼女は「ミリアム」なのだから。それに、見抜けなかった自分にも、腹が立った。
「ミリアムはどうしたの?昨日何かあったの?」
 ジャスミンが倒れた事に関連しているのか、という疑問がすぐに浮かんだ。少し不自然なほどにミリアムは、彼女と二人きりになる事を望んでいた。リューシェはミリアムの両頬に両手をあてて顔を近づけ、小声で答えた。
「加減を知らずに力を使いすぎて、神経が焼ききれたのよ。休めるためには深い眠りが必要だわ。その間私が出てきているだけの話」
 毅然とした態度ながらも、間近で見るミリアムの体は肌から色が失われているように白い。深層に眠るミリアム自身の意識が負った疲労が、隠れきれずに表出しているのだろうか。
「力を使った…?どうして、いつ?」
 エルリオは思わず背後を振り返りかけたが、
(……ジャスミンさんに使ったってこと…?)
 なんとか思いとどまる。
 まさかこの後に及んで「恋の話」を探り出すため…
 一瞬そんな事を考えていると、まるで見透かされたようにリューシェから、
「違うわよお馬鹿さん」
 と、更に五度ほど下がった冷笑が降って来た。
「だよね…」
 不自然に苦笑して、エルリオはヴィルを一瞥した。彼は胸の前で腕を組んだ姿勢でリューシェを見つめている。
「いいこと?」
 顔をエルリオの方に向け、リューシェは片手でジャスミンを指し示した。
「彼女の同行を許可なさい。私は賛成よ。あなたにとっても、この子にとっても、それから私にとっても、それが最善。わかって?」
「…でも」
 エルリオが言いよどんでいると、涼しいリューシェの眉目が一瞬、苦しそうに歪められた。頭痛をやり過ごしているように、固く瞳を閉じて俯く。砂嵐が通り過ぎるのを待つ小動物のようだ。そして突然、目を見開いて顔を上げると、両腿あたりに添えていた小さな拳を、苛立たしげに縦に振り始める。
「もう!勝手なことばっかり言うのやめてください!」
 精一杯の怒声を上げた後「…あら」と小さく呟いたリューシェの瞳が、エルリオを向いた。途端、形の良い眉が泣き出しそうに下がる。
「エルリオさぁん…」
 名前を呼びながらエルリオの手を握り、ふるふると子犬のように首を振った。
「私、私は、反対ですからね!」
「えっと…」
「私たちの、ううん、私のせいで、お二人が離ればなれになるなんて…」
 拾ってくれと懇願する動物のように、真っ直ぐと見つめてくる灰色の丸く大きな瞳。弱々しく震えていながらも、隠れた強さを感じられる声。
「え、今はミリアム……?」
 しがみ付いてくる少女は間違いなくミリアムに戻っているようだが、エルリオは確信しきれずにいた。
「そうです!私―…」
 次の言葉を出しかけたミリアムの口が開いたまま、音をなくして止まった。必死に縋ってくる少女の面持ちが、カーテンを引いたように温度を失くしていく。
「お黙りなさい」
 今度は低く呟きながら、ミリアムは握り締めていたエルリオの手をおざなりに放した。
「へ?」
 その場から歩き出し、呆然と見ているエルリオ、ヴィル、ジャスミンが描く輪から数歩抜け出したところで足を止める。
「自分で仕掛けた事でしょう?」
「でも……まさかあんな風になるなんて…」
 叱咤するように右手で空気をなぎ払う仕草をし、直後には小さく肩を窄める。背を向けていても、前者がリューシェであり、後者はまた、ミリアムの声に戻っているのが聞き取れた。いずれも同一の少女の口が発した声ながら、全く別ものに感じられるほど口調も声の張りも癖も異なっている。
「グレンに会いたくないの!?」
 また声が厳しくなる。それに同じ声が「会いたいに決まってます…」と弱々しく呼応する。
「ダメです、もう!頭がおかしくなりそう!」
 再び突然エルリオを振り返って、ミリアムはその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。細い背中が丸まって、玩具の鞠のようだ。
「……見ているこっちもおかしくなりそうだけどね」
 呟きながらエルリオは丸まっているミリアムに歩み寄る。背後からぽつりと「そうね…」というジャスミンの溜息も聞こえた。
「交代だったはずの二人分の意識が、同時に頭の中に存在しているみたいだね」
 これまで無言だった相棒が、初めて小さな呟きをエルリオのポケットの中で零した。
 折り曲げた膝小僧に額をつけて、隠しこんだ嗚咽に肩を揺らすミリアム。その隣にエルリオが同じようにしゃがんで、包み込むように右肩へ腕を回した。顔を近づけて、下から覗き込み小声で大丈夫かと囁く。
「私の頭の中に、別の人がいるんです……」
 応えながらも大粒の涙をこぼす様子から、今は彼女がミリアムの状態なのだと分かる。
「昨日からずっと、私の体を動かして、勝手なことばっかりするんです…」
「力も弁えずに大胆なことをするからよ。でも誉めてあげるわ」
 また声調が変わる。
「あなたに誉められても嬉しくありません!」
 そしてまたミリアムに戻る。
 高速紙芝居のように表情が次々と入れ替わるミリアムを見ていると、巧みな一人芝居を見ているようだ。
「体力消耗しそうだね、それ」
 呆れを通り越してエルリオが感心して呟くが、反してミリアムは悲愴感に押しつぶされそうな顔でエルリオの首にしがみ付いてきた。
「もういやですー」
「うーん、ボクらじゃどうしようもできないしねえ」
 ポケットの中から余計な一言が転がる。
「じゃあ昨日から頭の中で共存してたんだ」
 言いながら、しゃがみ込むエルリオの視線がふとミリアムの足下に向く。細い脛を隠した靴下に手を伸ばし、指先で引っ掛けて降ろした。前回目にした時よりも、さらに曖昧な痣となって消えかけている印がそこにある。注意深く凝視しないと判別できないまでに薄くなっていた。
「もう、消えるのも時間の問題みたいだ」
 キューがエルリオを代弁して呟く。印の消失と共に表出が顕著になっているリューシェの人格。やはりライザ皇族継承の印と思っていたこれは、リューシェの人格を抑制するものだったと考えても良いようだ。
「大丈夫?もう落ち着いたの?」
 現況の異変さのあまり、話しかけるタイミングをずっと失っていたジャスミンが、座り込む少女二人の頭上に声を落とす。見上げると、腰を屈めたジャスミンの黒髪が目の前で柳のように垂れて揺れていた。
 今のミリアムの表情は、「ミリアム」のままで定着している。だが体の中に宿るもう一人の自分、またはまったく別の人格という違和感に、形の良い瞳が陰鬱な色を浮かべていた。
「―ジャスミンさん…本当に、いいのですか?」
 両膝を抱えたミリアムの、灰色の視線がジャスミンを見上げた。
「ヴィルさんと離れても、いいのですか?」
 当の金髪の当主は、始めから変化の少ない面持ちのまま、背後に控えるように立っている。そちらを振り向く事なく、「大丈夫よ」とジャスミンは微笑と共に答えた。
「永遠のお別れになるわけじゃないわ」
「そんなこと…未来のことなんてわからないです」
 ワンピースの胸元を、掻き毟るように握り締める。止まった筈の涙が再び、ミリアムの大きな瞳から落ち始めた。
「ずっと一緒だと思って、それが当たり前だと思っていたのに急に姿を消してしまったり…身近にいた人が亡くなったり、未来はいつも考えられない事ばかり起きてしまうでしょう…?」
「そうね」
 ジャスミンは短い答えと共に頷く。
 ミリアムの言葉は、エルリオの耳にも重たく響いた。
 学校に通っていた頃のエルリオにとって、時間の流れは「当たり前」の連続だった。だが父親の死と共に一変したその瞬間から今この時まで、目の前で起こる出来事全てが、昔の「当たり前」の中にいた自分には想像もつかない未来ばかりが重なっている。だから彼女の不安が、よく分かった。
「でも、私は必ずここに戻る。だってやりたい事があるのだも。そう思っていれば、未来にも過去にも、負けやしない」
 屈めていた背筋を伸ばしながら、ジャスミンはエルリオとミリアムの手を片方ずつ引いた。細い腕からは思いもよらない力で軽々と体を引き揚げられ、土の上にしゃがみ込んでいた少女二人は立ち上がる。
「そのやりたい事って、私達と一緒に行けば叶えられるの?」
 体を持ち上げられた浮遊感に、父親に遊んでもらった時の懐かしさを覚えながら、エルリオは問う。ジャスミンからは頷きが戻ってきた。
「それに、私にもあなた達の願い事を叶えるお手伝いができると思うわ」
「え?」
「私がいれば、精霊狩りも、少しは怖くなくなるし。ね」
「精霊狩り…」
 無邪気に顔を綻ばせるエルリオ、それと対照的に、「ちょっと待て!」と驚動したのはヴィルだった。また怒られる、とエルリオは反射的にジャスミンの背後に隠れるように肩を竦める。
「お前まで何を言い出すんだ」
 組んでいた腕を解いて歩み寄るヴィルへ、長い黒髪が向き直る。黒曜石の両眼は、冷静だった。
「精霊狩りは谷にとって、いずれ打倒さねばならない存在。でも貴方には、谷と竜騎兵軍を再興させるお役目があります。だからこうして、谷を離れ、外から奴らを探る事のできる立場の人間が必要だと思うのです。今のままでは、鼬ごっこでしょう?大丈夫です。奴らの恐ろしさは、私も十分に身をもって知っています。愚かな真似は決してしません」
 ジャスミンがヴィルと出会ってからこれまでに口にした、最も長い台詞だったように思う。動揺もなく静謐な己の言葉と声に、ジャスミンは満足していた。
「……本当だな」
「はい」
 また頭上で交わる二人の視線の間で、エルリオとミリアムは肩を寄せ合って並んだまま上目で様子を窺っていた。
(そっか。やっぱりヴィルさんのために…)
 谷の為、捕らわれたヴィルの妹の為、ヴィルの為。ジャスミンの願いの先には全て精霊狩りが関わっている。
 エルリオは納得し頷くが、ミリアムは二人からふいと視線を反らして俯き、口の中で小さく何かを呟き始めた。視線は何をとらえているでもない。その様子がエルリオに奇妙な印象を与えたが、ミリアムの中に共存するもう一人分の存在を思い出す。表出しないだけで、リューシェが頭の中でミリアムに語りかけ続けているのだろうか。
(うーん)
 改めて、これから旅を共にする二人を眺めて、エルリオは思わず唸った。
 片や、ぶつぶつ一人で呟く二重人格の美少女。
 そして片や、怒ると銃を乱射する女傑。
 ついでに、しゃべる縫いぐるみが一匹。
(すごい旅人ご一行サマになってしまった……)
 完全に自分を棚に上げて、エルリオは大きな溜息をつくのであった。

 そして結局エルリオは、ジャスミンの旅支度のために出発を更に一日遅らせる事を決めたのである。





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