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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT9-14
14

「ジャスミンさん!」
「どうしたんだ…」

 女の子の声と、「彼」の声が遠ざかっていく。大丈夫だと答えたかったが、瞼が鉛のように重くて開かない。指先一本すら動かない体は、どんどん意識の沼に沈み込んでいく。そのうち、何も聞こえなくなり、周囲は完全な闇となった。

 そして私は眠りに落ち、
 久しぶりに、昔の夢を見た。

 訓練校を経て初めて実戦部隊に配属された日のことが、アルバムの一ページ目から捲ったように蘇る。あれは、成人を間近に控えた十代後半の頃。
「ヴィル・レストム。中尉だ」
「彼」。初めての上司は、陽光に溶け行ってしまいそうな金髪と、色素の薄い肌色をしていた。同世代の女子の中で高身長だった自分よりも頭一つ分大きい。細長い針葉樹のような隊長だと、思った。
「ジャスミン・フェロウズです」
 見惚れかけていた自分に喝を入れる為に、少し大げさに敬礼したのを、憶えている。
 あの頃、国内は終戦を迎えて間もなく、帝国との戦いの記憶が未だ色濃く残っていた。反戦活動家の扇動による国内の小競り合いも多く、また終戦間際の混乱に乗じた小悪党による犯罪も多発。警察局だけでは捌けなくなっていた。だが本軍は他国を警戒して国境を固めているために人員を割けず、士官学生や訓練校を卒業したばかりの新人が実戦に投入される機会が多かったのだ。
 ヴィル・レストムと初めて出会ったのは、セントラルの一角で起こった過激思想グループ制圧戦でのこと。シュトル地方にあるシュテラール・バレーと呼ばれる、竜と人とが棲まう谷の出身者で、体に旋風の印と呼ばれる精霊の印を宿していた。竜騎兵軍所属経験を評価され、士官学校出でもないのにいきなり小隊長クラスの少尉の位を与えられ、幾つかの戦績を上げて中尉に昇格したという。
 それを、軍が谷の竜騎兵軍とのコネクション維持の為の政治的人事采配だと陰口する者もいたが、吹聴に無関心な彼は誰よりも働いていたし、よく動いて隊を纏めていた。故郷の竜騎兵軍において彼は一兵卒に過ぎないと言っていたが、その頃から何かを予感させる雰囲気を持っていたように思う。
「詳しいな」
 銃器の扱いに精通していた自分に、彼はよく声をかけてくるようになった。その際かけてくる言葉は必ず、二言以下。しかも「詳しいな」「教えてくれ」「どうしたんだ」「おい」の四種類、またはその応用だけだ。
「好きなんです。こういうの」
 答える自分の言葉も、三言以下。あとは、二人して黙々と武器をいじる自分の手元を無言で眺めているだけ。傍から見たら可笑しな光景だっただろう。
 それから、幾つかの小さな戦闘において、よく彼が率いる部隊と一緒になった。私の働きを気に入ってくれたようで、指名数も多くなり、いつしか私は必ず彼の後ろに控えるようになっていた。自分で望んだことでもあったから、そんな日々がずっと続いてくれる事を願っていた。

 彼と出会って少し経った頃。
 成人となる二十歳の誕生日を迎えた夜明け、私はあの夢を見ることになる。

『やめて……許して!』
 夢にしてはやけにはっきりと、鼓膜にこびりついた女性らしき声。目を開くと、目の前を走り抜けていく人影があった。若い女性だ。見覚えのある装束に身を包み、足元を見れば裸足で、襤褸布に包んだ子供を抱えている。
 女性はこちらの存在に気付くと、細い手を伸ばしてきた。助けようとして手を伸ばすと、悲鳴にならない声と共に突然女性の腕が大きく震えた。肉を突き抜ける音がして直後、生暖かい液体が飛び散った。私の両眼は、女性の背中を抱いた子供ごと突き抜ける一本の槍を映していた。
 実戦の中で人が命を落とす光景を目にすることは珍しい事ではない。だが今目の前で起こっている出来事は私に大きな衝撃を与えた。柄にも無く叫び出しそうになり、だが同時に槍の持ち主が近くにいると察知して、逃げなければという本能も働く。
 一体、ここはどこの戦場か。
 走りながら周囲を見渡す。焦土と化した大地の所々に生えている、灰色の遺跡の残骸に見覚えがあった。アリタスのものではない装束を身にまとった人々が逃げ惑い、叫び、それを追う多数の人影達、そして悲鳴と血。
 国軍に入隊して数年の間に目にしてきた、幾つもの戦場。この光景は、そのうちのどれにも当てはまらない。戦争経験のない私は、入隊前に戦場を見たことが無い。
 だけど、これは確かに「私の」記憶。
「くっ」
 足先を泥濘にとられて、私は前のめりに転んだ。咄嗟に受身を取ろうと両手を前方に突き出すと、手の平が触れたのは地面ではなくて冷たい水だった。
「!?」
 全身がざぶりと水に浸かった。何かと理解する前に、口いっぱいに潮の味が広がって咽た。咽て口を開けると更に水が入り込み、更に苦しくなる。上下左右に揺れる水、海水に体が揉まれて、浮き上がろうともがくが沈んでいくばかり。目に映るのは、星一つとない暗い夜空。黒い荒波が次々と折り重なってついには全てが闇となり―


「はっ……!」



 目を覚ますと、視界がとらえたのは天井の木目だった。

「………は………はっ…」
 空気を求めて肺が不自然に上下した。陸に打ち上げられた憐れな魚のように、ジャスミンは乾いた唇を動かす。
「…………変…な、夢…?」
 呟きながら体を起こした。板敷きの寝床に横たわる下半身に、ブランケットがかけられている。額や首は大量の汗で濡れており、不快だった。辺りを見渡せば、毎日見ている自分の寝床の光景。起こした上半身の胸元を見下ろすと、昨日着ていたシャツのままだった。
(昨日…?昨日って、いつの昨日?)
 夢の中で更に夢を見ていた。奇妙な感覚に、頭の中の時間軸が狂ってしまった。
(今は……)
 壁にかかったカレンダーを見る。目を擦って年号を確かめた。今は今。今のジャスミンは、十代の新米兵卒ではない。退役した「彼」を追って自らも谷の住人となった、黒髪の女戦士。
「私、何をしていたっけ?」
 カレンダーの横にある時計をみて、気がつく。背後の窓からは淡い光が差し込み、時計は七時を差している。つまり朝だ。だが、何故、服のまま寝ていたのか。
 二人の少女達が谷を去るというので、その準備として買出しをするために、ミリアムと共に行動していた。小型のナイフを持っていないというので、刃物職人の工房に向かおうと提案した。
「……それから?」
 そこから先が全く思い出せなかった。
(何故だろう…。二人で、どんな会話をしていた…?)
―ここから急に涼しく感じますね
―天然の冷房みたいなものだもの
 前方を歩くミリアムが、風穴を珍しがっていたのを思い出す。その背中に声をかけて、振り返ったあどけない面持ちに、問いかけた。
―ここを出た後は、二人でどこに行くつもりなの?
 何か、大切な事を言おうとして。
「っ!そうだった」
 寝床から跳ね起きて、ジャスミンは外に出た。
「ジャスミン」
 陽光の下に飛び出したところで、頭上から声がかかった。振り向くと、様子を見に来たのだろうか、ヴィルの姿があった。一筋の風と共にジャスミンの目の前に降り立つ。
「なんとも、なさそうだな」
 顔と全身を一瞥した後、いつものように抑揚の無い声と顔でヴィルは言う。これは暗に「大丈夫か」と尋ねているのだと、ジャスミンには分かっていた。
「なんとも、ないです」
 頷いて答えた後、「それより」と尋ね返す。
「あの子たちは、どうしたんですか?まさかもう、谷を出たのですか?」
「いや、お前が目覚めるのを待ってからにすると」
(よかった…)
 心から安堵してジャスミンは大きく息を吐いた。目が覚めてから、ずっと呼吸を忘れていたかのように、長い息だった。
「すみません、ちょっと、あの子たちのところに行って来ます。あ、その前にナイフもらってこなくちゃ」
 半ば呆然としているヴィルをよそに、ジャスミンは慌しく一旦部屋に戻ると、上着を羽織って再び飛び出した。
「………おかしな奴だ」
 首をかしげながらも、走る元気があるなら大丈夫そうだと安堵してヴィルもその場から歩き出した。

 竜翼谷の早朝は、毎日表情が違う。
 薄い靄のヴェールに包まれた昨日と正反対に、今朝は染み一つない突き抜けた青色が視界の半分を占領していた。
 あえて寝坊するつもりが、エルリオは日の出と同時に目を覚ましてしまった。寝台から窓の外を眺めて、黄金色だった空が次第に青色に変わっていく様をずっと見つめていたのである。
(昨日、何かあったんだろうな…)
 隣、ミリアムの寝台を一瞥して、エルリオは思う。同じく早朝から目を覚ましていたミリアムは、散歩に行って来ると言って寝所を抜け出したまま未だ戻らない。昨日から、極端に口数が減っていた。
 ジャスミンが倒れたと谷の人間に助けを求めたのは、ミリアムだった。
 完全に意識を失くしていたが、ジャスミンに外傷は無く、顔色や呼吸に異常はない。ただ深い眠りに落ちている状態だったという。エルリオ達は、せめて彼女が目覚めるまでと出立を延期する事に決めた。
 そんな理由からエルリオは、ぽっかりと穴が空いた時間を思案に費やしていた。膝の上に、キューを乗せて。
 この場所に、自分と同じように訪れていた父親を思い返す。
(父さんも、またここに来たいと思ってたかな)
 共にセントラル付近に暮らしていた頃、ワイヴァンは時々家を空けていた。名目は「仕事」だと聞かされていたが、ヴィルからの話でそれがリハルト・デイムという男の行方を追うためだったのだと知った。
 とはいえ、家を空けた日数は、長くてせいぜい一週間、頻度は月に二度、三度程度で、エルリオの記憶の中に孤独感はほぼ残っていない。軍人を親に持つ学友の場合、父親が月年単位で家を空けるのが常と聞いていたから、自分は恵まれているという認識だったのだ。
(という事は、あまり遠出してないって事だよね、きっと)
 市民の長距離高速移動手段は限られており、列車を乗り継いで往復一週間以内でたどり着ける範囲はそう広くない。子供をセントラルに残している条件下で、行方をくらませた人間の捜索活動がどこまで行えるだろうか。
(協力者が必ずいるはず)
 ヴィルの口からきいた、ワイヴァンと共に谷にやってきたレネスという名の男。当時のワイヴァンと年恰好が似ていたとなれば、軍役時代に知り合った人間、つまり軍人である可能性が高いかもしれない。
(どちらを探す方が、近道なのかな…)
 リハルトを追えば、ヴィルにきつく叱られた「精霊狩り」を追う結果となるかもしれない。一方のレネスを探れば、国軍に近づく事となるかもしれない。いずれにしろ、虎穴だ。
(それならやっぱり初志貫徹、直感を信じろってやつかしら)
 ミリアムが預かった、謎の印を解明するという当初の目的を遂行させるべきなのかもしれない。その道が、精霊狩り側に転ぶのか、国軍側に転ぶのか、またはまったく新しい道へと続いているのか、今の時点では全く分からない。三つの選択肢の中で、最も宛てが無い道だ。社会事象ともなっている精霊狩りを追う方が、手掛かりは多いように思えるが、危険度は最も高い。
(うーん……)
 窓枠に肘をたてて頭を抱えていると、
「ただいまもどりました」
 と幻影が現れたかのように、音もなくミリアムが寝所に入ってきた。
「お、おかえり。どこに行ってたの?」
「少し周囲をお散歩しに」
 寝台に腰掛けて、足をぶらぶらさせながらミリアムは答える。
「誰かに、会った?」
 エルリオの質問に、少し間を置いて「はい。ヴィルさんに」と返す。
「ふうん、ジャスミンさんはどうだったって?」
「ジャスミンさんは―」
 言いかけたミリアムの言葉が止まり、同時に寝所の外側から足音が近づいてきた。
「エルリオ、ミリアム、いるかしら?」
 と、何事もなかったかのように当のジャスミンが姿を現した。
「ジャスミンさん!」
 弾かれるように窓から体を離してエルリオはベッドから飛び降りた。ミリアムも、緩慢とした動きながら顔を上げて、ジャスミンに歩み寄る。
「昨日は買い物の途中にごめんなさいね、記憶も飛んでしまってよく憶えていないのよ…」
 我ながら納得が行かないようで、ジャスミンは何度も首を傾げた。
「もう、大丈夫なのですか?」
 ミリアムはジャスミンの顔色を窺いながら、手の平を合わせた両手を口元に添えて、困ったような瞳を下から覗かせている。
「本当に、もうお元気なのですね?」
 余程心配なのだろうか、何度も念を押していた。
「私もびっくりしちゃった。ジャスミンさんて丈夫そうなのに」
 隣でエルリオも、下からジャスミンの顔色を覗き込む。言葉に全く悪気はない。「もう何とも無いわ」と答えながらジャスミンは懐から小さな包みを二つ取り出した。
「風邪も滅多に引かないのよ」
 苦笑と共に呟きながら、一つずつの包みをエルリオ、ミリアムのそれぞれに差し出す。小さな二つの手が受け取るのを見届けて、ジャスミンは微笑んだ。二人が促されて包みを開けてみると、小さなナイフが一丁ずつ。鞘と柄に、小さな絵柄が彫られていた。
「これ、もらっておいたわ」
「「わあ!ありがとう!」ございます!」
 声を揃えて見上げてくる少女達の姿は、巣の中に並んで高い声で鳴く雛鳥を連想させる。谷で過ごした僅か数日の間にも、ジャスミンの目からこの二人はお互いに似てきていると感じられた。エルリオには、ミリアムの持つ柔和さ。ミリアムには、エルリオが持っている明朗さを、それぞれに与え合っているように思える。
 若干の羨望が、ジャスミンの胸中に浮かんだ。かつて自分も幼い少女だった頃、常に共に行動し、よく身を寄せ合って笑いあっていた友人達がいた。だが成人した頃から、周囲から身を隔絶させるようになった自分がいる。原因は、分かりきっていた。
「……」
 無邪気に喜ぶ少女達を前に、ジャスミンは左胸下に添えていた右手を握り締めた。
「ジャスミンさん?」
 淋しそうな黒い瞳に気がつき、エルリオはナイフの鞘をいじる手を止めた。連鎖してミリアムも、灰色の瞳をジャスミンに向けた。
「あのね、二人とも」
 見上げてくる、曇りの無い四つの瞳。ジャスミンはその視線に高さを合わせる為に、その場に膝を曲げた。
―ここを出た後は、二人でどこに行くつもりなの?
 この問いかけの後に、話そうと思っていた事を。
「相談があるのだけど―」
「騎竜はいつでも出せるが、出立はいつにするんだ?」
 ジャスミンの語尾と重なって、ヴィルが宿所にやってきた。少し慌てた様子でジャスミンは言葉を飲み込み、膝を伸ばした。エルリオ達は、彼に駅付近まで送り届けてもらう手筈となっていたのだ。運行本数が少ないためダイヤを逃したら大変だからだ。
「まだニ時間ぐらいあるんだよね」
 ジャスミンの様子を気にしつつも、ポケットに突っ込んであった時刻表を広げてエルリオは時間を確認する。
「なら出発は一時間後だな」
 騎竜の飛行速度とエルリオ達の歩行速度、そして距離から単純計算してヴィルが出発時刻を導き出す。「はーい」と少女達の声が揃って返事を寄越した。
「あの、ヴィル様」
 その後ろから、控えめに、だが凛とした声がヴィルにかけられる。
三人の瞳が同時に、壁を背にして立つジャスミンを向く。直線的な黒い視線が、強い覚悟を宿していた。
「私、この子達と共に行こうと思います」
 引き締まった口元から発せられた言葉は、エルリオの耳に馴染むまでに時間を必要とした。
「ん、え?」
 ぐるぐる回る思考の結果、エルリオの口から出た言葉は、そんな間の抜けた声だった。




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