このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT9-12
12

 そしてまた、一夜が明ける。
 朝。イルトは再び、お人よしで厄年の商人と共にグレリオ・セントラルに向かった。
 助手席には乗らず、彼はあえて荷台に腰掛けた。しばらく見ることが出来なくなるであろう景色を全身で感じたかったからという、ちょっとした感傷からだった。十八年間当たり前のように見続けてきた、これからもずっと続くと思っていた景色が、次々と流れ去っていく。
 別れは、とても淡白なものだった。
 それはイルトが望んでいたもので、祖父も、姉も、そして友人達も、分かっていたようだった。
「また遊びに来いよ」
「おう。じゃな」
 最後に村の幼なじみと交わした言葉も、
「じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい」
 最後に姉や祖父と交わした言葉も、
 毎日かわしていたのと変わらないやりとりと、全く同じだった。
 だからグレリオ・セントラルに到着した時も、
「ではぼっちゃん、何時にお帰りですか?」
 とマクダムは、一昨日と全く同じ言葉をかけてきた。
「うーん」
 最低限の荷物を詰め込んだ鞄を背負いながら、イルトはマクダムを振り返る。
「ありがとう。帰りは大丈夫。自分で、戻ります」
「そうですかぁ」
 頷くマクダムは、やはり寂しそうに目を細めていた。
「では、お気をつけて」
 最後もやはり、常と変わらない言葉で手を振ってくる。「うん」と応えてイルトはマクダムに背を向けた。これが本当の意味で、故郷との決別となる。背中を見送り続けるマクダムの気配が感じられたが、イルトは振り返らなかった。
 最初の角を曲がるまで、背中や髪の毛を後ろから引かれるような感覚と戦った。だが一歩角を踏み出すと、嘘のように背中から圧し掛かっていた空気の錘が消え去る。
「…………」
 思わず、荷物を落としたのかという錯覚に、イルトはその場で振り向く。自分を見送る人影もなければ、懐かしい風景も無い。後ろを振り返る必要はない、前だけに進めばいいのだと自らに言い聞かせた。
 急に軽くなった足取りで、イルトは薬草園方面に向かう。街が迷宮のように広く複雑に感じられた、一昨日の夜。だが朝靄が晴れた朝方のグレリオ・セントラルは、清廉な空気に包まれている。公園に沿った通りに出ると、視界を占める緑の面積が広くなる。中には既に色づき始めたせっかちな樹木もあり、北のグレリオ・セントラルは初秋の冷たい空気の中で朝を迎えていた。
 公園通りに沿って二回目に角を折れた時、イルトは頭上に気配を感じて足を止めた。
「ん?」
 気が狂った鐘のような音をたてて、それはイルトの正面に落下した。近所迷惑な音に顔をしかめて音の正体を見ると、それは病院などでよくみかける、銀色の容器。
「おいおい」
 薄くて大きいものではないが、頭に当たれば相当だ。見上げると、立ち並ぶアパートの一室の窓が開け放たれていた。数メートル前に、ミソラのアパート玄関がある。このアパートは奇数階ごとに部屋番号が振られており、一室が二階構造になっている。位置を考えるに、この物質がミソラの自宅兼診療所のどこからか降って来たものと推測される。
 金属容器を手にしたまま呆然としていると、今度は階上から階下に向かって床を踏み鳴らす音が降りてきた。何だと思う間もなく玄関が乱暴に開かれ、初老の男が噛み付きそうな面持ちで飛び出してきた。
「………」
 思わず道を譲ってしまうほどの迫力。苦虫を噛み潰した面持ちの男はイルトを一瞥するが、そのままどこかへ去っていってしまった。
 呆然と見送っていると、
「あ、おはよう、頭に当たらなかったかい?」
 頭上から声。再び見上げると、窓から見知った顔が覗き込んできた。
 グレンだった。
「……朝から何やってんだ…」
 呟いていると、再び玄関が開いて今度は黒髪の少女が顔を出した。ミソラだ。
「どうぞ」
 事も無げにそう手招きされる。
「どうぞって、今の人は…?」
 男が去っていった方を指差すが、ミソラは「父です。いいんです、放っておけば。どうぞ」とそっけない。二の句を継げないままイルトは玄関内へ足を踏み入れた。
 両者の説明によると。朝から父と娘が口論となり、仲裁しようとグレンが間に入ったまでは良かったが、完全に興奮状態となった父親の手が手近にあった容器に伸びて投げつけた結果、空気を入れ替えるために開いていた窓から飛び出し、イルトの目の前に落下…という事だったらしい。
「朝から血の気が多い父娘なんだな…」
「本気で当てようと思って投げたわけじゃないんだよ」
 ミソラの代わりにフォローに入るグレンの腕を、イルトは一瞥する。清潔な包帯が乱れ無く巻かれている。体調も回復しているようだった。
「という事は、今のがここの「先生」だったわけだよな」
「ええ、まあ」
 若干乱れた室内を片しながら、ミソラが応える。二階のこの部屋は彼女の自室らしく、部屋の隅には簡易なベッド、そして本が積み重なった机と本棚が置かれていた。ほとんど飾り気の無い中で唯一、壁に掛けられたドライフラワーの輪だけが、彩りを放っている。
「色々ありがとう…な。あの先生にもお礼が言いたいんだけど」
「……」
「……」
 床に散らばった本を拾い上げるミソラと、窓際にいたグレンから、小さな驚きを乗せた沈黙が同時に向けられる。
「な、何だよ…」
 意味もなく焦りを感じてイルトは言葉を詰まらせた。
「何故イルト君がお礼を言うのですか?」
「え」
 言われてみればその通りなのだが。
「一応、治療を頼んだのは俺だし……?」
 何故か返答がしどろもどろになる。
「なるほど、そうですね」
 淡白な返答と共に、拾い上げた本を無造作に机の上に積み重ねてから、ミソラはドアへ踵を返した。
「私、下で朝食の準備をしていますので」
 イルトの返事を待たず、軽い足音を残して階下へ降りていった。
 二人で話をする時間と場所を提供してやる、という意図なのだ。
 足音が完全に消えるまで、室内にしばし沈黙が降りる。右肩に背負っていた荷物を降ろして、イルトは鞄から大判の封筒を一つ、取り出した。
「これ」
 それを、窓際にいるグレンに差し出した。
「………」
 印刷された紋章に見覚えがあるのだろう。伸ばした指先に一瞬、躊躇いが生まれたが、封筒はグレンの手に収められた。
 乾いた紙の音が、やけに大きく耳についた。

 階下で湯を沸かしながら、ミソラは俯いていた。スプーンの先から茶葉が、ポットの中へ滑り落ちていく様をぼんやりと眺めている。
 今朝も父親と喧嘩をした。
 昨晩、父親が突如の帰宅を果たしたせいで、ミソラの密かな計画が全て明るみに出てしまった。隠れて受験勉強をし、いずれ家を出てACCに行こうと考えていた。だから失敗は許されないのだ。
 士官学校の受験時期は、推薦であっても明確に定められていない。半年に一回、定期的に試験が行われており、受験者は時期を柔軟に選択する事が可能だ。失敗の許されないミソラにとって、準備期間を設けられるこの受験システムは有り難かった。
 経済的不安もあるが、これまで密かに貯めてきた資金がある。知人の飲食店を手伝い、薬草を家庭向けに調合して薬にして、露店通りで売った。全て父親に知らせる事なく続けてきた事だった。
「……何を話しているのかしら」
 気になって、天井を見上げてみる。当然の事だが、話し声など聞こえてこない。古ぼけた染みが見えるだけ。朝食の準備を終えたところで様子を見に行ってみよう。そう思いなおして、ミソラは天井からオーブンへと視線を移した。火を入れる前のオーブンの中には、三人分のキッシュが入っている。
「………ふん。どうせすぐに戻ってくるんだから」
 少し癪だが、父親の分となる四個目を放り込んで、ミソラはオーブンの扉を閉めた。

 イルトに手渡された封筒の中身は案の定、国軍士官学校に関する書類一式だった。半年間放置されていた割には、きれいな状態だ。赤く汚れた小切手も入れられている。それらに一通り目を通してから、グレンは再び封筒をイルトに戻した。
「というわけで、受験することにした」
 受け取りながら、イルトは言う。
「ちゃんと、許可はとってきた。家を飛び出してきたわけじゃない」
「そうか」
 静かな返事の中に、微量の苦笑が混在している。問い質そうとしていた事を先回りで答えられたからだろう。
「だから俺、あんたについて行く。嫌だと言われても」
「私に選択肢はないのか?」
 窓枠に背中を預けたまま、グレンが初めて応える。声は静かだった。そこから内心を読み取ることはできないが、あえて意地の悪い難癖をつけているように、イルトには聞こえる。外から差し込む朝陽が逆光となって、表情を窺うことも難しい。
「言っただろ。俺は好きなようにするから、あんたも好きなようにすればいいって」
 イルトは封筒を受け取ったままの手を、グレンに向けて振った。
「あ、言っておくけど、合格する自信はある。俺、こう見えても優等生だったんだ。ついていくイコールあんたのコネに頼ろうなんて腹じゃないからな!」
 それはまるで、宣戦布告だ。優等生の言う台詞ではない。イルトは大真面目なつもりだが、最後の言葉を受けてグレンの神妙だった面持ちが崩れつつある。
「分かっているよ」
 語尾から苦笑が零れていた。
(明らかに笑ってるな……こいつ)
 急に背骨に走り出したむず痒さを、イルトは歯軋りして飲み込んだ。一息改めて、真顔でグレンに向き直る。
「俺は大真面目だ。父さんとあんたがどういう出会い方をしたか知らないけど、でも今の俺は、昔の父さんと同じ事を考えていると思う」
「………」
 逆光の中、初めてグレンに反応らしい反応が見られた。
 窓枠から背を離して、視線を俯かせる。前防人である父親を話題に出された事が効いているのだろうか。
「………………」
 少し長い沈黙の後、「同じことを繰り返すが」と独語のようなグレンの言葉が静謐の底から浮上してきた。
「私についてくるという事がどういう事なのか、本当に分かっているのか」
 イルトにとって、予測がついていた問いだ。
「―分かってる」
 真正面から答えた。あえて即答しなかったのは、覚悟の重さを示したかったから。
「後悔しないと、言い切れるのか」
「それは分からない」
 これには即答した。すぐさま、グレンから訝しげに細められた視線が戻ってくるが、イルトは気にしなかった。
「この先どうなるのか、俺にはわからないし、あんたにだって分からないだろ。父さんや叔父さん、その前も…確かに防人は命を落としたかもしれない。だけど、俺はまだ生きている。だからこの先の事は何も言えない」
 言うべきではない。グレンが重ねてきた過去の嵩は、イルトのそれと比較対象にならない。だが今この瞬間から先の時間は、両者に同じ条件で訪れるのだから。
「………」
「だろ?」とあまりにあっけらかんとした答えが返ってきて、グレンは言葉を失っていた。それから、浅く長い溜息が一つ、沈黙した両者の間に流れる。
「遠まわしに言うと言い訳のようだから、この際正直に言うけど」
 先に沈黙を破ったのはイルトで、封筒を無造作に小脇に抱えながら、改めて正面からグレンを見据えた。
「俺にはまだ分からない事が多くて…グレンについても納得いかない部分も多い。だから、もっと知りたい」
 無意識なのであろうが、呼称が「あんた」から名前に変わっている。加えて言葉を選ばないストレートな表現。だがそれを真正面から受けるグレンの、イルトを見やる面持ちは揺れない。
「グレンがこの先に見るもの、聞くものを、俺も見たいし聞きたい。その為に危険が伴うというのなら―」
 一瞬、単語を捜してイルトの言葉が止まる。だが気取る必要もなく、思いついたままにイルトは最後の言葉を口にした。
「俺が護る。逆に、俺がいるからできる事だってあるはずだろ?足手まといには絶対にならない」
「随分と、頼もしいな」
 グレンからは相変わらず、苦笑混じりの応えが戻る。だがそれは、あまりに直線的な態度に気圧されての事なのだと、イルトの方は気付かなかった。
(やれやれ………)
 心の内で首を横に振って、グレンは一度イルトから視線を外した。
 言葉の選択は稚拙だが、その分むき出しの感受性が刺々しいほどに感じられる。彼の意思は理解できた。だからこそ理屈が分からない。彼の自分に対する第一印象は最悪だったはずだ。自分の都合で彼を利用し、怒らせ、悲しませ、苦しませた。なのに何故この期に及んで尚も彼は、自分に従おうとするのか。
「気持ちはよく分かった」
 返事と共に、それまでグレンの面持ちに宿っていた柔の色の一切が消え落ちた。
「私の右腕は、生半可なポジションではないぞ」
 少し低い位置からまっすぐ突き刺さる視線と共に、グレンの重く静謐な言葉が手向けられる。
 覚悟の程を最終確認しているそれは、遠まわしな了承を意味していた。
「それって……」
 一拍遅れてそれに気が付きイルトは一瞬、安堵と喜悦が混在した笑みを表出させ、そしてすぐに唇を固く結んで頷いた。
 だがその直後、彼は戸惑いに暮れる事となる。
「おい、ちょっと!」
 俯き、瞳を伏せたグレンの頬が濡れている事に気がついたのだ。
「な!どどどどどうして泣くんだよ!」
 それは明らかに、涙だった。
「……誰が?」
 イルトの盛大な狼狽を見て初めて気がついたのか、グレンは訝しげに己の頬に手の平を当てた。濡れた手を見て「ああ…私か」とまるで他人事のように呟く。そこに更に、止まらない涙が一滴、二滴と落ちた。
 自分が涙を流していると認識した途端、不思議と無性に感情が染み出してくる。瞳と唇を硬く結んで、グレンは溢流しそうになる涙と感情を懸命に押さえ込んだ。これが喜びなのか、悲愴なのか、悔恨なのか、己が分からない。
「えと…俺…が悪いのか…?」
 常に淡白な余裕に上塗りされていたグレンが見せた、「怒り」に続く新たな感情表出。直前までの威勢をすっかり削がれたイルトは、所在なく顔を青くしていた。
「ん?」
 それに気が付き、グレンは再び顔を上げる。顔は濡れていたが、面持ちには平常が戻っていた。
「単なる生理現象だから気にしな―」
「あんたはナメクジみたいに無意味に目から体液ながす癖があるのかよ!」
「………ナメクジ…」
 あんまりな比喩にグレンは本気で落ち込んだようで、恨めしそうに呟く。
「―何してるんですか」
 背後から白んだ声。弾かれるようにイルトが振り向くと、部屋の入り口にミソラが立っていた。イルトに、乾いた眼差しを向けている。
「え!ちょ、ちがうんだ、これは…!」
 糸が解れた操り人形さながら、イルトは全身で精一杯の否定を表す。だが自覚しているかしていないか、台詞がまるで不倫が明るみに出てしまった男のようになっていて、いっそう不審さを煽っただけに終わっている。
「何故わたしに言い訳しようとするんですか」
 結果、ミソラからは更に冷たい声が戻ってきた。
「それもそう、だよな…」
「朝食できてますのでよろしければどうぞ」と言い残して彼女は再び踵を返した。通常と変わらない敬語が、逆に恐怖だ。
「……何で怒ってるんだよ……」
 イルトは呆然と去っていく背中を見送るほか無い。ゆっくりとした足取りが階段を下りていく音が、冷淡な嘲笑に聞こえてくる。
 そして背後からは、諸悪の根源が懸命に笑いを堪えている気配も感じられるのだった。




ACT9-13⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。