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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT9-10
10

 ミリアムが「それ」を見たのは、谷に足を踏み入れた時。
 はじめは単純な好奇心だった。

「プライバシーの問題ですよ!?」
「関係ない関係ない」

 そんな児戯の粋を越えない会話の後、エルリオの手から、憐れなぬいぐるみが転がされていく。それをジャスミンの手が拾い上げた。ミリアムは渋々ながらエルリオの言葉に従い、縫いぐるみを受け取るためにジャスミンの元に駆け寄った。
(もう……でも少し…見てみたいかも…しれない)
 涼やかな瞳と黒髪の、研ぎ澄まされた美しい獣を彷彿とさせる、大人の女性。微笑みを浮かべてはいるけれど、薄氷でコーティングされたような心の内に、どんな気持ちが隠れているのか―興味が無いといったら嘘だった。
 好奇心が混在した緊張と共に、ミリアムはさりげなくジャスミンの手に触れた。
「……?」
 瞬間、ミリアムの脳裏に流れてきたものは、
(何も無い…)
 虚無だった。
(どうして?)
 例え一片の変化を面持ちに表さない人間でも、体に触れて心の中を覗けば、そこには必ず「形」が存在しているはずだった。心のうちに抱えているものが、善であれ、悪であれ、喜であれ、哀であれ、何かしらの色や形があるはずなのだ。
 それなのに、ジャスミンからは何も感じられない。
 何故だかミリアムは、焦りを覚える。こんな事があるのか、本当に何も無いのか。能力が消えてしまったのか。
 視線をジャスミンの手元に落としたまま、奥を奥を探った。
 すると―

―太陽?

「………どうしたの?」
 頭上から、ジャスミンの声が降りてくる。
「…あ、」
 我に返り、ミリアムは顔を上げる。そこまで二呼吸分にも満たない、それは刹那の出来事だった。ミリアムは改めて礼を言ってキューを両手で受け取ると、ジャスミンから離れていく。足についた土を払いながら立ち上がる、エルリオの元に駆け寄っていった。
「……」
 話を聞きたそうにエルリオが首を傾げるが、ここで話せるはずもなくミリアムは俯いて歩いた。
「何か?」
「いつもよりも数が多い。それに少し高ぶっている」
「―来るかもしれないな」
「何が「来る」んですか?」
 三人の会話が、左から右の耳へとすり抜けていく。空を見上げたり顔を見合わせながら歩くエルリオ達を尻目に、ミリアムの視はずっと足元に向けられていた。
 ジャスミンから指を離す直前に辛うじて読み取った「画」を思い起こす。
 それは言葉や映像ではなく、画。模様、と言った方が正しいだろう。ジャスミンの心内で、朧のように浮かび上がっていた唯一のものだった。
(紋章…?それとも、精霊の印かしら…太陽…のような…)
 印ならば、後でエルリオに聞けば良いことだ。
 だが不可解なのは、それをかつて、ミリアムはどこかで見た記憶がある、ということ。
今日初めて出会ったジャスミンの心の中、沈み込んでいたイメージに、己の記憶が反応するのが不思議だった。
(どこで…どこで見たの…私。何だったのかしら…あれ)
「模様」「印」でまず思い出されたのが、グレンから託された、ピルケースに入っていた印。だがそれとは全く別物。あれほど複雑ではない。もっと身近で目にした事があった気がする。
 水面を浮上しかけては沈む記憶に苛立ちながらも、結局は思い出せず、いつしか谷の風景や竜の出現に興味が移り、一騒動あるうちに忘れてしまっていた。


 再び「それ」を思い出したきっかけは、エルリオと共にシュトル・セントラルに向かった時に遭遇した出来事。そこでミリアムは、エルリオが「暴走」と呼んでいた現象を、目の当たりにする。
砂が模る巨大な繭の中に人間がいると聞き、心を探れるかどうか、手探りの状態で意識を集中させた。
(…やっぱり姿が見えないとだめかしら…)
 完全に姿を覆われた状態では心を読むことがままならないのか、意識を集中させたところで何も聞こえてこない。砂が暴れ狂う轟音だけが、そこにある音の全てだった。
「中の人、まだ生きているのでしょうか…?何も、心が感じられないのですが」
「生体的には…生きてるんだと思う。でもミリアムの言うとおり、意識はもう無いんじゃないかな…。精霊にどんどん侵食されて、体が朽ちるのも時間の問題だと思う」」
 ミリアムの言葉を受けて、エルリオの推測が繋がる。結果、押印された顔を潰すしかこの暴走を止めることができない、という惨い結論が突きつけられる事となった。
 そして、
「一気に剥ぎ取るぞ」
 と、ヴィルの声と共に風が砂を削ぎ、中にいた人間の姿が明らかになる。
 元が人間であった事を疑いたくなるほどに、変わり果てた男の姿がそこに。
「きゃああ!!」
 隣で見知らぬ青年が悲鳴を挙げると同時に、ミリアムもあらん限りの声を上げていた。落ち窪んだ頭蓋の溝に、白い眼球が不自然な角度で転がっているのが見える。まともにそれを見てしまい、恐怖で体が凝固して、視線を戻す事がままならない。
「――っぁ…」
 喉の奥で再度、引きつった悲鳴が上がりかけた瞬間、
 脳裏にまた「画」が浮かんだ。

 モノクロームの太陽。

「…え……」
 骨と皮と衣服の端切れだけとなった屍から、激流に紛れた木の葉のように、ミリアムに流れ込んできた刹那の思念。
「な……に…?」
 無意識に呟いた問いに、答えてくれる者がいるはずもなく。
 直後には、
「お父さんお母さんアリサごめんなさい!」
 という青年の叫びと共に銃声が爆発し、凝視していた視界の中で男の頭蓋が破裂した。
 そして、「画」も完全に途切れて消える。
「…………―ぃや!」
 頭の中を直接殴られたような刺激の強すぎる光景に、それからミリアムは砂に座り込んで震え続けるしかなかった。生理的な涙が目端を伝う。歯の根が合わず、しきりにかちかちと落ち着きのない音が口の中で連続していた。肩の震えも止まらなかった。
「きゃあ!」
 だが恐怖を拭う間もなく、収まりかけた砂が唐突にミリアムの周囲で再び暴れだした。そこから、精霊の暴走騒ぎが収まるまでの事はよく憶えていない。気がついたら、竜の背からエルリオに向かって飛び降りていた自分がいた。


 谷に戻りようやく落ち着くことができてからも、ミリアムの面持ちが晴れる事が無かった。
 暴走者の心から読み取った太陽の画が、脳裏から離れない。風のように一瞬で通り過ぎた幻影が、時の経過と共に胸に焼きついてくる。だが刺激が強すぎる光景に頭を掻き回されて、うまく記憶と照らし合わせる事ができない。
「お風呂が用意できたわよ。砂を落としていらっしゃいな」
 ジャスミンが二人を出迎える。その笑顔を目にした瞬間、
「あ…」
 思い出してしまった。
 ミリアムの意識に重く蔓延っていた霧が、剥ぎ取られたように晴れる。
(何故…?)
 疲労で軋む身体と裏腹に、頭の中で事実が組み立てられていく。
 その結果、己が出した答えに自問が浮かんだ。
(何故、ジャスミンさんの中に見えた「もの」と、同じなの)
 砂の中に崩れ落ち、脳髄を撒き散らす死骸が脳裏に甦る。
 谷の入り口でジャスミンから読み取った、奥底に沈みこんだ微かな記憶。
 弾け飛んだ暴走者から漏れ出した記憶。
 その二つが一致してしまうのだ。
 それだけではなく、
(どうして……)
 自分の記憶とも整合してしまう。つまり、ミリアム、ジャスミン、暴走した精霊狩りの男、この三人が同じ「画」を記憶として共有していたという事だ。
 案内された浴場は、天然の岩場を利用した露天となっており、周囲は天蓋で囲まれていた。温水が湧き出る泉を中心に、掘った穴に岩が敷き詰められており、それが浴槽となっている。壁の数箇所からは滝から引かれた水が止め処なく流れ出してシャワーのようになっていた。
 そこでミリアムは頭から水を浴びながら、尚も思案し続けていた。
「画」は、国や市の紋章でもなければ、地図記号や標識のような整然としたものでもない。中央に描かれた五角を中心に、辛うじて螺旋と判別できる歪な輪を描いていた。歪な輪からは、枝分かれした線が無作為に八方に伸びている。全体を見れば太陽にも見えるが、線は銀色で、冬の結晶のようにも―
「―銀?」
 沈殿したモノクロームのイメージが、無意識に口にしていた一言で急激に鮮やかな色を取り戻し始める。
「やだ…」
 思わず呟いた。
 それは、美しい銀色だった。
 重ねた年月が銀の表面をくすませていたが、布で擦ると再び白銀が顔を出す。
―綺麗!これは、なあに?
 たった一度、ミリアムは確かに「それ」を手にとった事があった。
―鍵だよ
 懐かしい声が重なる。
(グレンだわ…)
 グレンが本を読んでくれていた時、隣に座るミリアムの視界で時おり、銀色が光を反射させていた。ミリアムの視線の高さには、グレンの胸元がある。
 光の正体は、首から下げられた銀色の金属。
 銀色の輪に細長い棒状の金属が繋がっており、尖端に銀色の太陽が着いていた。
(グレン……)
 混乱する思考が、胸の奥から懐かしさを掬いだしてくる。
 断続的な流水音に満たされる浴場の片隅で、頭から水を浴びたままミリアムはその場に座り込んだ。
三年の間、生死が分からず焦がれ続けた相手の顔が思い浮かんで、とてつもない寂しさが込み上げる。
全身に纏わりついていた砂が流れ去っても、ミリアムは長い間そこに座り込んだまま動かなかった。

「……あ…」

 一瞬のうちに、この半日の事が高速で脳裏を巡る。
 風に飲み込まれるような感覚と共に我に返ると、一歩、一歩とジャスミンが近づいてくる姿が視に入った。ようやく定まったピントが、まっすぐこちらを見据えてくる黒髪の女戦士をとらえている。
(グレン…)
 最後にグレンの姿を瞼の裏に浮かべる。浴場で浴びた水が心の中にまで染み渡るように、不思議と落ち着いた。徐々に近づく足音に対する恐怖も、緩和している。体は緊張のために冷たい汗をかいていたが、意識は冴えていた。
 これは、三年経って初めて掴んだ彼への手掛かり。
(あなたはどこに繋がっているの…?)
 逃したくなかった。
 グレン、ジャスミン、暴走した男。この三人の間に成立する関係性を、どれだけ思案したところでミリアムに見出せるはずがない。暴走した男は、谷の人間を狙っていたという。恐らくは精霊狩りなのだろう。だが同じ記憶を共有しているから、ジャスミンが仲間であると位置づけるのは短絡的であるし、考えたくなかった。
 ならばグレンはどうなのだろう。何故同じ形を象った物を身につけていたのだろうか。
 ただ、グレンには他の二人と異なる点がある。彼の心には、色や音、形が存在していた。だが他の二人は、無の中に唯一あの模様がまるで心の蓋のように静かに横たわっているだけ。もっとも、暴走した男は既に半死の状態であったから、一概にジャスミンと同列に考えられないのかもしれない。
 ジャスミンは国軍人だった。退役後は谷までヴィルに付き添い、常に共に行動していると下層の農婦も言っていた。軍がジャスミンを谷に仕向けた可能性もあるのだろうか。だがその場合、軍が取り締まり対象にしている精霊狩りとの関係性が説明できない。
 そもそも、あの太陽の模様は何なのだろう。
―綺麗!これ、なあに?
 幼い自分の声が再び脳裏に甦る。
(グレンは何て答えたかしら……?)
―鍵だよ。珍しい形だろう?これは―
 そうだ。思い出した。
「ジャ…ジャスミンさん」
 背中を押されるように、自然とミリアムの喉からその言葉が問いとなって滑り出していた。
「『ヴェロニカ』って何ですか」
 精一杯の詰問調を含ませた問いかけ。
「……」
 ジャスミンの足が、止まる。
―ヴェロニカ民と呼ばれる人々が作った民芸品だよ
―この太陽に似た部分が、紋章なのだそうだ
 無言が無音となって両者間に横たわる。ジャスミンの反応を待つ一瞬の間、グレンの口から聞いた言葉が、次々とミリアムの記憶の水面に現われていた。
 足を止めたままジャスミンは、更に静謐な瞳でミリアムを見つめている。

 ヴェロニカ。
 それは二百年前までアリタスに存在していた、民族の名。




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