このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師 ACT9-9
09

 その頃。
 頬にくすぐったい感触がして、エルリオは無意識でそれを払いのけた。
「眠いのー…」
「おい、娘」
 低い声と共に、今度は額にくすぐったい感触。またエルリオはそれを払いのける。
「起きろ」
「!」
 跳ね起きると、傍らに片膝をついてこちらを見ている金髪がいた。鞄を枕にして床で眠り込んでいたエルリオに、呆れた面持ちを向けている。だいぶ傾いてきた陽光を背中に受けた逆光の中でも、それが分かった。
「お前の連れに、ジャスミンと買出しに行くと聞いた。今が良い機会だと思ってな」
「あ…」
 エルリオは跳ね起きて、背を正す。
「ミリアムに?」
 ヴィルにまで根回しをしたミリアムの行動が気になった。
「何をそんなにジャスミンさんと話すことがあるのかなぁ」
 首を傾げて疑問を口にするが、ヴィルからも「さあな」と短い返答。
「ま、いっか」
 それ以上は深く考えず、エルリオはベッドに転がるキューを傍らに引き寄せた。
「あのー、まず私から、いいかな」
 正座して背筋を伸ばすエルリオ。その膝上に、白い縫いぐるみが置かれている。ヴィルは片膝をついた姿勢のまま、次の言葉を待っていた。
「私、ヴィルさんが必要な情報は何だろうって考えてたんだけど…」
「俺の?」
「やっぱりそれって、物質押印についてだと思うんだ。で、」
 そこで、膝上のキューを両手で持ち上げて、ヴィルの目の前に突き出す。
「この子を調べれば何か分かるかなって思ったんだけど、ごめんなさい、それはどうしてもできなくて…」
 そして、突き出したキューを再び己の膝上に戻した。小さな肩を落とす主人と対照的に、キューはプラスチックの無機質な瞳を、エルリオとヴィルの間で忙しなく動かしている。
「だから、外でもっと勉強して、必ず何か協力できるようになるから、それまで待ってて欲しいの」
「………そんな事を考えていたのか」
 エルリオの様子を眺めていた、ヴィルの感情の少ない面持ちに、小さな苦笑が生まれる。
「また来ればいい、って言ってくれたの、すごく嬉しかったよ。次に私がここに来る時には、もっとちゃんとなってるようにするから」
「ガキが変に気を遣うもんじゃない」
 周囲に散らかるエルリオの荷物に視線を一巡させて、ヴィルはまた苦笑する。
「もう!取引しようっていったのそっちじゃん!」
「言葉のあやだ、鵜呑みにするな。これだからガキは困る」
 呆気なく切り捨てられてエルリオは口をぱくぱくさせる。窒息した金魚のようなその様子を無視して、ヴィルはその場に腰を据えた。
「お前の父親…―グレンデール氏のことだがな」
 父親の名前が出た途端、エルリオの面持ちが素に戻る。縫いぐるみを抱く腕が強張っていた。
 ヴィル・レストムがアリタス国軍に入軍したのは約七年前。士官学校を経由しない、特殊技能枠と呼ばれる入軍枠からだった。その頃のヴィルは、谷の一竜騎兵に過ぎず、まさかその四年後に、当主に選出されるとは思ってもみなかった時である。
 配属先は、中央局特殊部隊。同時に、精霊印研究所兼務の肩書きも得た。ただし研究員としてではない。軍属の印保持者は基本的に、本属、兼務、顧問など何かしらの形で「精霊印研究所所属」の肩書きを得ることになるのだ。
「という事は…軍にいた時にお父さんに会った…ってわけじゃないんだ?」
 ワイヴァンが退役したのは、大戦の混乱のさなか。だとすると、少なくとも十年以上前だ。ヴィルと時期が合わない。
「俺が入軍した時は、対帝国戦の戦後処理が沈着する前だった。ことに精霊印研究所は、根幹を担っていた研究員達が混乱に乗じて姿を消した為に、混乱が酷かったな」
 エージェントのサイクルから聞いた話の通り、その一人がワイヴァンだったのだろう。
「大戦前、研究所では二つの重要課題について研究を進めていた。一つ目は、より簡便に押印を扱う技術の研究。二つ目は、物質に押印する技術の研究だ」
「………ふむ」
 ヴィルの指が一本ずつ立てられていくのを、エルリオは相槌と共に見つめた。
「だが二人の研究員が、この二つの研究成果をそれぞれ軍から持ち出して、姿を消した」
「………一人は、お父さん…?」
 当たり前であろうが、ワイヴァンは軍規違反者のレッテルを貼られているようだ。分かっていながらも、エルリオは胸の痛みを覚える。エルリオの質問に直接答えず、ヴィルは言葉を続けた。
「そしてもう一人は、リハルト・デイムという名の研究員で、物質押印技術の研究を盗み出して消えた」
「リハルト・デイム…」
 聞いたことの無い名前だ。キューにも確認してみるが、記録にないようで、反応がない。
「だが実際、二つの研究結果を持ち出したのは、このリハルト・デイムだ」
「え?」
 思わず膝の上のキューを押しつぶして、エルリオは前屈みにヴィルを見上げる。
「じゃあお父さんは…」
 それよりも、何故ヴィルがその事実を知っているのか。
「お前の父親も、この谷に来た。ちょうど今のお前のように。三年前の事だ。俺はその時、彼に会った」
 国軍に所属していた誼で、ヴィルは当時の当主と共に谷を訪ねたワイヴァンと言葉を交わしていた。
「どうして…?何しに?」
「グレンデール氏は、デイムを追っていた。軍を出た理由も、彼を追う為だったそうだ。どうしても取り戻さなければならないものがあると」
 取り戻さなければならないもの。軍の研究成果という事だろうか。
(取り戻したら…また軍に戻るつもりだったのかな…)
 だから軍は、押印師招集候補の一人にワイヴァンの名を記していたのだろうか。
(それなら、なんでお父さんは…)
「-ん?」
 父親のことを思案している途中、ヴィルの言葉に引っかかりを覚えて、エルリオは顔を上げた。
「お父さんは、そのデイムという人の足取りを追って、谷まで辿り付いた?それが三年前?」
「そう言っていたな」
 三年前。それはワイヴァンが死んだ年でもあり、谷が精霊狩りに襲われた時期でもある。
「三年前って…それって、谷が精霊狩りに襲われた時期でもあるよね…?」
「そうだ」
 ヴィルの返答は、淡々として、そして短かった。
「じゃあ、その精霊狩りには、リハルト・デイムが関わっていたってこと?その人が盗み出した技術を、精霊狩り達が使っていたってこと?あの列車強盗もそうなの?」
 列車強盗のバスクスが使用していた不可思議な武器も、元は軍が研究、開発に携わっていた技術だったという事だろうか。だとすれば、竜翼谷が、これだけ独立した戦闘能力集団を保持しているにも関わらず、甚大な被害を受けた理由も分かる気がした。
「辻褄は合っているな。だが明確には何も分からない。確かに、バスクスを含め谷を狙う精霊狩りの人間は、物質押印技術を使う。だがリハルト・デイムとの関連性を見出すまでには至らなかった」
 谷を守護する事で精一杯だった。
「………」
 背中から這い上がる歯がゆさに、エルリオは唇にあてた指の背を、軽く噛んだ。自分は何か大きな間違いを犯している、そんな予感が湧き上がった。だが確証が持てない。
「リハルト・デイム」。「グレン」に続き、また新たに浮上した、手掛かりとなりえる名前。
「お父さんは、谷の襲撃事件に居合わせたんだね?」
「ああ」
「お父さんは、一人だったの?」
「―いいや」
 エルリオの言葉で初めて思い出したようで、ヴィルの返答に呼吸が挟みこまれた。
「年恰好が似た男と二人だった。」
「どんな人?」
「友人だと紹介されたから、押印師関係の人間だと思うが」
「名前は?」
「名前…………」
 長く深い呼吸と共に、沈黙が降りる。エルリオは辛抱強く待った。
「レ…ネス、そうだ、レネスと名乗ったと思う」
「レネス?下の名前は?」
「名乗らなかった」
 レネス。これも知らない名前だ。キューに尋ねてみるが、珍しい名前とは言えないためか、
「役人とか、軍人とか、科学者とか、歴史の人とか、該当する人がいっぱいだよ」
 と手掛かりになりそうにもない。
「どんな人だったの?」
 ワイヴァンの交流関係などエルリオに知る由も無く、偽名である可能性も高いが、念のために聞いておこうと思った。
「どんな……さほど気に留めなかったからな…」
「そっか…そうだよね」
 だが、これまでに得られた情報の大きさに、エルリオは道先に光が点ったような気がした。同時に、その奥にとてつもなく深い孔が待ち構えているような不安にも襲われる。
「という事は…」
 キューを胸に、強く抱きなおした。ヴィルは静かにエルリオを見つめている。
「精霊狩りを追えば……お父さんの足取りが辿れるって事だよね……」
「お前…」
 ヴィルが訝しげに目を細める。
「お父さんの足取りを追えば、何故、死ななければいけなかったのか、分かるかもしれない…」
「お前、確か「精霊の印のルーツを探る旅をしている」と言っていたな」
「あ…」
 失言だった、と開けた口に手の平を当てる。神妙な色が浮かんだヴィルの瞳を見上げて、「あ」とエルリオは声を上げる。花火が弾けるように、頭の中に浮かんだ名案。
「そ、それはある意味、嘘じゃないよ!それにそれに、物質押印についても色々わかるかもしれないよ!」
 なんだ一石三鳥ぐらいになりそう!と脳裏にはじき出された単純計算の結果に、エルリオは顔を明るくする。だが対照的に、ヴィルの面持ちに浮かんでいたのは、厳しい怒りだった。
「馬鹿を言うな!精霊狩りを追う事がどんなに危険な事か!」
 叱責と共に、ヴィルの周囲に風が通り過ぎた。室内だというのに、風はヴィルの足下から湧き上がり、螺旋を描いてすぐに消えた。陽の感情に呼応して、印が風を呼んだのだ。
 この男が見せた初めての陽性反応に、エルリオは思わず固まる。珍しい光景に呆然としたのは一瞬で、次の瞬間には腹の底に反発心が沸いてきた。
「べ、別に精霊狩り自体を追うわけじゃないもん」
「同じ事だ。精霊狩りの動きが活発な場所に出向けば、必然的にあの列車強盗事件のような危険に巻き込まれる」
「あいつらが危ないって事ぐらい分かってるよ!それに、巻き込まれたってどうにかなるもん」
「分かっていない」
 エルリオの声が荒くなると、逆にヴィルの声音は這うように低く、
「三年前。不意だったとはいえ、一隊だ、竜騎兵の一隊が壊滅させられたんだぞ」
 そして深く沈んだ。
「対帝国戦では勝利の一旦を担った―アリタス最強の遊撃戦力と謳われたシュテラールの竜騎兵一隊が、だ。」
「…………」
 エルリオは反論の言葉を完全に失って、どこまで深く沈む闇色を湛えたヴィルの瞳を、見つめるしかなかった。乾いた砂地を通り抜ける風のように、つかみ所が無く、どこか生気に欠けていたヴィルとは違っていた。
 目の前にいるのは紛れも無く、谷に生きる者の誇りと覇気を備えた、谷の当主。
「当時の当主も、殺された。竜も人も、未だ怯え続けている」
 猛り狂う巨大な竜王達。エルリオの押印に反応し、我を忘れて狂った竜達。シュトル・セントラルに現われた竜騎兵達。寂寥に包まれていた、畑の女性。若い革職人の双眸に浮かんでいた静謐な色。
 脳裏に次々と記憶がスライドしてくる。
(それでも、それでも私は…)
 エルリオは胸に溜めていた言葉を、一気に吐き出した。
「精霊狩りなんて怖くないもん!だって最初は軍をつぶすつもりだったんだから!」
「………………………」
 長い沈黙の後、
「なんだって?」
 ヴィルの呆けた言葉が続き、
「………」
「………」
 そして寒い隙間風が、二人の間を吹きぬけていった。





ACT9-10⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。