このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT9-8
08

 エルリオが床で惰眠を貪る事になる二十分前。
「保存食とか、マッチとか、買い物できるところあるかなぁ?」
 寝所に顔を出したジャスミンに、エルリオが尋ねた。シュトル・セントラルでの買い物は諦めるしかなさそうだったからだ。
「下層でほとんど揃うと思うわよ。三人で行きましょうか?色々と譲ってもらえるかもしれないわ。お客様だしね」
「やったー!」
 エルリオは喜び、立ち上がる。
「あのー」
 その横から、ミリアムの手が上がった。
「お買い物は、私が参ります。なので、エルリオさんは鞄の整理と、ヴィルさんとお話しをされてきたらいかがでしょう?」
 エルリオの足元は、広がったままの荷物が酷い散らかりようだ。生活用品だけではなく、本や筆記用具の他、用途不明な薬なども詰め込まれていたのだから。
ふと我に返ったようでエルリオは「うーん…」と頬を掻く。
「パッキングなら、後で手伝うわよ?」
 床の散らかりようにジャスミンも小さく笑うが、折角だからと外を指差してエルリオを誘い出そうとしている。
「………」
 散らかった荷物の真ん中にしゃがんだままで迷っているエルリオの前に、ミリアムもしゃがみ込んできた。無言で、身動ぎせずに見つめてくる、美しい顔の中にある、灰色の瞳。何かを訴えかけていた。
「……じゃあ…買い出し、お願いしても…いいかな…?」
 エルリオは一言ずつ、ミリアムの表情を窺いながら結論を出していく。どうやら望みどおりのものだったらしく、人形のような面持ちが「はい」と微笑んだ。
「というわけで、ジャスミンさん、行きましょう!」
 不自然に思えるほどにはしゃいで、ミリアムはジャスミンより先に外に出た。
「本当に、大丈夫?」
 エルリオを気にかけてジャスミンが振り向く。エルリオは頷いて二人を送り出した。
(何でそんなにジャスミンさんと…)
 そう少し考えかけて、すぐに「まあいっか」と諦めた。いずれにしろ、考える時間と、ヴィルと話をする時間を多く取りたかったエルリオにとって、ありがたい気遣いでもあったから。
「よし」
 そうと決まれば、一刻も早く荷物整理を終わらせよう。
 心に決めて、再びエルリオは散らかった荷物の中心に居座って、忙しなく手を動かし始めたのである。


 アウトドアは、サバイバル。
 本日ミリアムが学んだ事である。講師はジャスミン。
「小型のナイフを、一人一本ずつ常に身につけていると便利よ」
「小型がいいのですか?」
「必ず身につけている事が大切なの。しかも、すぐには見つからない場所、だけどどんな姿勢からも取り出せる場所にね」
 買出しを終えて、下層から上層に向けて歩いている中小二つの細い人影がある。ジャスミンのサバイバル講義は続いていた。隣でミリアムが懸命に相槌を打つ。
「ロープを切ったり、時間はかかるけれども、鎖やベルトを切って逃げられるわよ」
 「水のろ過について」から始まったアウトドアの話が、いつの間にか「捕虜になった時の心得」という傭兵向きサバイバル術話へと発展している。いつ役に立つか分からない話に、ミリアムはしきりに感心して頷いていた。
「ナイフ、大きいのを一本しか持ってないんです」
 言いながら、ミリアムが指先でナイフの長さを示す。
「中層から少し歩く場所だけど、刃物を作っている職人の家があるの。小さいのを譲ってもらいましょうか」
 脱出に使用するかどうかは別として、実際、小さいナイフは利便性が高い。簡単なアウトドアの調理は勿論、採集や怪我の応急処置などにも使える。
「はい、お願いします!」
 頷くミリアムに、ジャスミンは柔らかく微笑みを返した。
 刃物職人の工房に向かいながら、ジャスミンは隣を歩くミリアムを見やる。
(この子は、本当に純粋なんだわ…)
 地揺れがあった夜に見た、リューシェと名乗った別人格が表出した時との差が激しい。あの件以来、ジャスミンはどうしても興味が混在した視を、ミリアムに向けざるを得なかった。
 ミリアムである時の彼女を一言で表現すると、「白」だとジャスミンは思う。
 彼女が如何に数奇な人生を歩んできたのか、ジャスミンに知る術はない。だがミリアムの「純粋さ」は「世間知らず」で済ます事ができない、別の次元にある気がするのだ。
 あの時表出した「リューシェ」が、「ミリアム」に及ぼしている影響が大きいのだと、ジャスミンは感じていた。ミリアムと逆にリューシェを「黒」と表現するならば、黒の濃さが白を際立たせていると言える。その逆も然り。
 ジャスミンも懇意にしている刃物職人の住居は、中層の奥にある。上層から落ちる小滝の受け口となる沢があり、その畔を目指して歩く。徐々に人の数が減っていくと共に、苔色の岩肌と、水草の鮮やかな緑が増えてくる。水に触れる風が流れてくるため、空気も涼やかに感じられる。
「ここから急に涼しく感じますね」
「天然の冷房みたいなものだもの」
 アーチを描く岩のトンネルが続く風景に入り、物珍しさにミリアムが歓声を洩らしながら走り出す。
「ね、ミリアム」
 ジャスミンがその背中を呼び止めた。この数日で、ジャスミンを姉のように慕ってくる二人の少女達を、今では名前で呼ぶようになっていた。
「はい、なんですか?」
 ミリアムからも、素直な返事が戻ってくる。
「ここを出た後は、二人でどこに行くつもりなの?」
「……」
 風が渦を巻く横穴を、楽しそうに覗き込んでいたミリアムが、急に面持ちを濁して姿勢を戻した。
「さあ…わかりません」
 と呟き返す。何故だか、声は寂しげな色を含んでいた。
「私は…エルリオさんの後について歩いているだけですから」
 少しぎこちなく首をかしげたミリアムと、ジャスミンの視線が交わった。
「そう」
 ジャスミンが柔らかく微笑む。それを受けてミリアムも笑った。
 笑おうとした。
 だが、ミリアムは笑みを作りかけた表情を強張らせて、そして、瞳を伏せる。
「…どう、したの?」
 ミリアムの異変に、ジャスミンが訝しげに覗きこむ。そこから更に逃げて、ミリアムは背を向けた。間もなく、小さな歩幅で進んでいた足が、ぴたりと止まる。
「?」
 背中を向けたまま動きを止めた、小さな少女の影。ジャスミンが声をかけようと口を開きかけると、
「ジャスミンさん……」
 弱々しい声がそれを遮った。そして、意を決したように振り替える。
「どうしたの」と再び問いかける前に、
「ごめんなさい、ジャスミンさん!」
 小さな叫びと共に、灰色の瞳がジャスミンを正面から見据えてきた。
「!」
 ミリアムの語尾と入れ替わるように、突然、ジャスミンは酷い眩暈に襲われる。見据えてくるミリアムの灰色の瞳が、視線を通じて頭に毒を流し込んでくるようだ。たまらずジャスミンは、荷物を抱えたままこめかみを押さえ込んだ。
「や…やめて!」
 思わず叫んでいた。
(心に入り込まれている…!?)
 そう直感してジャスミンは固く瞳を閉じ、灰色の視線から逃げようとする。だが脳内に入り込んでくる洪水は止まらなかった。
「やっぱり…」
 ミリアムの独語。と同時に、頭の洪水が止まる。耳鳴りも消えた。
「……」
 ジャスミンの息が荒ぶる。焦点が定まらず、足下が揺れた。二度ほど深く息を吐き出した後、恐る恐る顔を上げる。
 ミリアムが不安そうな瞳を、だがまっすぐこちらに向けて来るのが見えた。
「一体何を…」
 戸惑い、そして敵愾心を含んだ硬い光を宿したジャスミンの視が、ミリアムに向けられる。
 帝国の血で引き継がれた精霊印を宿しているミリアムが、読心能力を持っている事は分かっていた。事実、目の前でジャスミンは、ヴィルの心が読まれた光景を目の当たりにしている。だがそれは、物理的に触れ合うという条件が必要だったはず―。
「ごめんなさい…私、見えるんです。見えるようになったんです。触れなくても、見える―」
 ジャスミンの疑問を読み取ってか、即座にミリアムから答えが用意された。
 異様なものを見るようなジャスミンの視線。それが酷く悲しく、寂しく、だがそれでもミリアムは、唾と躊躇を飲み込んで、「ジャスミンさん」と呼びかける言葉を続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ジャスミンさん、私…」
 ミリアムの声は震えていた。
「あなたの心を読みました。最初は、谷に初めて来た時。それから、今です」
「谷に来た時…」
 眉目を顰めてジャスミンは思案する。
 エルリオが転び、縫いぐるみが転がり、それを拾った記憶が蘇る。
 それを受け取りに来た、美貌の少女。
 白い指先が触れた感覚を、確かに覚えていた。
「……あの時……」
 ジャスミンは口の中で聞こえない舌打ちをした。
「ごめんなさい…最初は、好奇心からでした」
 ジャスミンとヴィルは果たして両思いなのか!
 少女達(主にエルリオだが)の他愛もない、恋への好奇心、その延長だった。
 だがミリアムがジャスミンの中に見たものは―
「何を見たの」
 これまで自分に向けていた柔らかい笑みが消えて、今のジャスミンには厳しい面持ちが浮かんでいる。そう、まるで「敵」と対峙している時の戦士。鋭い眼光に呑まれそうになり、ミリアムは次の言葉に詰まった。
「答えて」
 短い言葉と同時に、ジャスミン右手は腰の後ろに差していた銃を掴み取る。安全装置が外れる音と同時に、銃口がミリアムに向けられた。左手は、荷物を抱え込んだままだ。ミリアムを見据えると同時に、ジャスミンの両目は、周囲の状況を確認していた。ここは人通りの少ない、風孔の道。二人きりになる機会を狙われていたと知る。不自然なほどに、エルリオから自分を引き離したがっていたミリアムの様子も、合点がいった。
「私……」
 突き出された銃口に、ミリアムは一度大きく肩を振るわせた。だが怯えを見せたのは一瞬の事で、灰色の両目は銃口を通り越してジャスミンの瞳に、再び向いた。
(どこまで…どこまで答えたらいいの…)
 どう説明する事が、自分にとって、そしてジャスミンも含めた大切な人々にとって、最良なのか。懸命に思案するが、焦りばかりが汗となって体内から込み上げるばかりだ。
「どうしたの…」
 ジャスミンの声に、僅かな柔らかさが戻っている。
「私に話があるから、こうして誘い出したのでしょう?」
「……ジャスミンさん…」
 意図はとうに知れていた。嘘が苦手な少女の小さな企みなど、国軍出身の才女が見破るには容易い事だ。
「時間はまだあるわ。ゆっくり話しましょう。脅かしてごめんなさいね」
 安全装置を留めて、ジャスミンは銃を下ろした。その流れで再び、腰の後ろに銃を差す。
 全身からカミソリのような鋭さを漂わせる黒髪の女戦士。細い足が砂利を踏みながら一歩ずつ近づいてくる間、ミリアムはずっと手の平を硬く結んでいた。





ACT9-9⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。