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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT9-7
07


 正午過ぎになりようやく、ヴィルが谷に戻ってきた。
 シュトル・セントラルの騒ぎはようやく収まり、今は国軍の者達が整備にあたっているという。
 谷では、落ち着きを取り戻したラファエラが、騎竜舎で遅い朝餉を与えられていた。
 事の次第を聞いて目を丸くしていたジャスミンは、
「結局、アレック君は、どうしたのです?」
 とエルリオも気になっていた部分を最初についてきた。
「事情説明と報告に、シュトル局に向かったようだが、さすがに…もう何かやらす事はない……だろう……と思いたい」
 ヴィルの語尾は、悪い思い出にうなされるように、苦々しく濁っていた。言いながらその場で上着を脱ぎ、汗で肌にはりついた砂を落としている。
「その人、何のためにセントラルから来たんだろう?」
 不快感そうなヴィルと対照的に、既にシャワーを浴びてすっきりしたエルリオが尋ねる。
「分からない。表向きは精霊狩りの被害調査なのだろうが…」
 そもそも、例えそれが目的だとしても、わざわざセントラルから一製図師が派遣される理由などない。
「俺にはお前達を探るためだとしか思えない」
「え…まさかもうバレてるの…こんな短期間に?」
 エルリオとミリアムは顔を見合わせる。
「軍の諜報部を甘くみない方が懸命よ。でも確信はないのだと思うわ。そうでなければ逮捕状つきで小隊の一つぐらいは送り込んでくるはず」
 髪の毛についた砂を落としているヴィルに代わり、ジャスミンが答える。
「だがどちらにしろ手掛かりとなりえる状況材料を与えすぎた」
 引き継いだヴィルの言葉を受けて、エルリオは「うーん…」と低く唸る。ミリアムも、何度かエルリオの名前を連呼してしまった記憶があったから、責任を感じて肩をすぼめていた。
「あまり日を重ねないうちにここから去る方が懸命だろう」
「う……でも…」
 そうするべきだと、エルリオも心の隅で考え付いていた。だが、淡々としたヴィルの提案が、何かの最終通告のように胸に突き刺さる。
「安心しろ。お前の父親について、俺達が知る所まで話してやるから」
「そ、それもだけど、…でも私まだ何も押印について教えられない、協力できてないし…」
 散々に引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、何も残さずに去るのは申し訳が立たない。暗に「出て行け」と言われているのだと思うと、エルリオは無性に悲しかった。隣でミリアムも、胸の前で手を組んで俯いている。
「また来ればいい」
「え……」
 思わぬ言葉に、二人同時に顔を上げた。
 顔を見合わせた後、紅潮した頬で見上げてくる二人の少女に、
「そうだろう?」
 出会って初めて、谷の当主は微笑みを向けた。


 一方でグレリオ・セントラルでは、診療所の主が唐突な帰宅を果たしていた。
「患者でもいるのか」
 唐突に玄関から太い声が聞こえてくる。
「お、お父さん!?」
 キッチンににいたミソラが、不自然に慌てて駆け出してきた。同時に、粗末なコートを羽織った初老の男が診療室に足を踏み入れた。そのちょうど中央に置かれた椅子に座っていたグレンは、膝の上に広げた本を読んでいるところだった。
「……お邪魔してます」
 膝上の本を閉じて、グレンは初老の男に会釈を向けた。
「誰だお前は」と語る視に睨まれた。ミソラと同じ黒髪と、少し角ばった顔面が厳つい印象を後押ししている。
「すみません、実は―」
「どうしたんですか、お父さん。明日になるって言っていたのに」
 立ち上がったグレンの言葉を遮ったミソラの声は、不自然に上ずっていた。彼女にしては珍しい。机の上に広げたままのノートや本、そして士官学校の受験要項を大慌てでまとめている。
「早く帰ってこられちゃ不都合な事でもあるのか」
 途端、ミソラの父親の厳しい顔面に、更に不機嫌さが上乗せされた。音を立てて娘に詰め寄ると、ミソラが背中に隠そうとした腕を掴んだ。
「っ!」
 分厚い本やノート、封筒が足下に落ちる。
「お前はまだこんな事をしとるのか」
 足下に広がる娘の受験勉強の痕跡に、唾をも吐きかねない憎悪の籠もった父親の声が向けられる。
「いい加減に諦めろ。お前が医者になぞなれるか」
 ミソラの目の前で、父親の足が本や書類を踏みつけた。
「やめてください!」
 発作的にミソラは父親の手を振り払い、両手で強く体を押し返した。後方に一歩、二歩とよろけた初老の男。
「私が何をしようとお父さんには関係ありません!」
「なんだと―」
 激昂した娘の言葉を受けた父親は、引いた足を再び踏み出す勢いと共に、右手を振り上げた。
「あの…」
 父娘の間に割り込んでくる第三者の声の直後、
「っ…!」
 打撲音が鈍い音を響かせた。ミソラが息を飲む声も重なる。
 父親が振り下ろした右手は、父娘の間に割って入った男を殴りつけていた。
「何だお前は…!」
 さすがに驚きを隠せず、父親は鈍い打撲の感触が残る右手を引きながら、目の前の若い男を見やった。
「すみません……」
 容赦なく殴られた頬に手をあてて、グレンは苦笑でその場を誤魔化すしかなかった。
「患者さんです」
 背後からミソラの声。
「お父さんに診て頂きたくて、お泊めしたのです」
 つまり「入院患者」か。
「そんな事は見りゃ分かる」
 グレンの肩から肘にかけてを覆う包帯に目をやって、苦々しく言葉を吐き捨てた。そして、ミソラとグレンから背を向ける。第三者に水をさされた形で、父娘の親子喧嘩は消沈した。
「そこに座りな」
 父親は、診療所の隅に掛けてあった己の白衣を、乱暴に引っ手繰った。
「え」
 寝台の前に置かれた患者席を勧められて、グレンは一瞬、言葉を詰まらせる。
「でも、小動物ご専門だとうかがったのですが……」
「あ?」
 刺々しい言葉と共に、「大先生」はミソラを一瞥してから、再びグレンに視線を戻した。
「人間も動物も同じだろうが」
「さっさと座れ」と苛立ちが含まれた声と共に、彼が蹴飛ばした丸椅子が転がってきた。
「お父さん…!」
 非難めいたミソラの声。床から拾い集めた本やノートを抱いている。
「そんな態度で、患者さんを不安がらせるのは、良くないことです!」
「うるさい、そんなもの早く捨てて来い!」
 刺々しい言葉を吐き捨てながらも、大先生は手際よく診療台の上に次々と道具を用意している。大きな白衣の背中が忙しそうに動いていた。
「…………」
 足元で弧を描いて揺れている椅子を見下ろして、何故だかグレンは小さく笑っていた。
「どうしたんですか」
 訝しがってミソラが尋ねる。右手で椅子を拾い上げてグレンは「いいえ」とまた笑む。大先生の側に椅子を置き、そこに座った。どこか楽しそうだ。
「………けったいな患者をつれてきやがって」
 また大先生の苦々しい言葉が、硝子とステンレスが擦れ合う音に混ざり合った。グレンが左腕の包帯に手を伸ばすと、「俺がやるから触るんじゃねえ」と背中ごしに鋭い視線が振り向いてきた。
「はい、すみません」
 とグレンが素直に従うと、大先生は苦虫を噛み潰した顔のまま再び顔を背けるのであった。
「いつまでそこでつっ立ってるんだ、ミソラ」
 部屋の隅で本とノートを抱えたまま、二人の様子を見つめている娘。
「言ったでしょう、私の勝手です」
「……むぅ」
 言い返す代わりに、大先生の手が乱暴に薬瓶をこじ開けた。半ば叩きつけるように、可動台の上に蓋が置かれた。かなり不機嫌そうだ。険悪な空気を流し合う父娘の間で、だがグレンは困惑している様子もなく、分かり易い反応を見せる医者の背中を眺めている。
「腕出しな」
 振り向いた大先生はそう言いながらも自分から、グレンの腕をとった。どんな荒療治が始まるかと思えば、包帯を外していく指先の動きは、柔らかい。歯軋りしている面持ちだけ見ていると、今にも腕をへし折って来そうな空気を漂わせているのだが。
 包帯を外す時、乾いた血液が糊となって肌や傷に痛みを与える事がある。それを防ぐために、薄めた消毒液と脱脂綿を使って染み込ませながら、包帯を取り除いていくのだ。そんな小さな気遣いでも、患者の精神的苦痛や不安を大幅に緩和させる事ができる。この「小動物専門家医」には、それがちゃんと出来ていた。
「……お前、軍人か?」
 取り除いた包帯をシンクに放り投げ、振り返りながら大先生が問うてきた。娘による応急処置が施してある傷を繁々と眺め、「ヘタクソめ」と素直じゃない呟きを噛み潰している。
「ええ」
 いずれ嘘ではなくなる。グレンは淀みなく応えた。少し離れた場所で、ミソラが反応を見せたのが感じられる。
「痛みに対する恐怖感が薄いな」
 大先生の厳つい顔が真っ直ぐ、グレンを見据えてくる。
 瞳孔の動きや、汗のかき方、呼吸の回数や深さなどを観察していたのだ。通常、人は無意識に医療器具に対しても恐怖心を抱くものだが、グレンはそれが希薄だった。
(この人が、軍人……?)
 ミソラは教科書を抱く腕に、更に力を込めた。
 父に言われてみてようやくミソラも、グレンの様子を思い返す。消毒をすると言った時に彼は自ら、何の躊躇もなく包帯を外していたが、患者の心理から考えれば、深い傷を負った人間ほど、包帯を取りたがらないものなのだ。隠しておきたい、見るのが怖い、痛い、様々な不安と苦痛の葛藤が生じるからだ。
(イルト君とこの人って一体……)
 ますます二人の関係が見えなくなってきた。
 ミソラはイルトを思いながら、父親が動かす手先をずっと、見つめ続けていた。


 鞄に荷物を詰めていた手を止めて、エルリオは顔を上げた。
 ミリアムはジャスミンと共に下層へ行っている。旅に必要な物を買い揃えてくれるとの事だ。
 谷を発つのは明朝。最後の夜となる今晩、ヴィルからワイヴァンについて話を聞くことになっている。
(何かないかな…)
 荷物をまとめながら、エルリオはずっと同じ事だけを考えていた。
 何か、自分からヴィルにもたらす事のできる情報はないのか。
 もう、与えられるだけの自分は嫌だった。
(でもなぁ…)
 押印技術そのものは、一朝一夕に教えられる事ではない。そもそもエルリオ自身でさえ、父親の見よう見まねから始まった事であり、何ら系統だてて整理されているわけではないのだから。それに、純粋に印の力を比較した場合、エルリオ程度であれば、谷の印保持者達のほうが数倍も上だ。それに、ヴィルは研究室付けの尉官であったと言っていた。だとしたら、基本的な知識を教えるまでもない。
「………キュー」
 視界の端に、ベッドの上に転がるキューが入った。
 ヴィルが最も興味を示していたもの。それはこの縫いぐるみ。
 物質に印を押印する技術についてだ。
 列車強盗の親玉、バスクスが操っていた、強力な銃器。妹のメロウを束縛していた器具。
 押印技術を応用した新しい技術だ。
「あんたって、何気にすごいのね」
 その最たる尖端にいるのが、この古ぼけた縫いぐるみ、なのだろう。
 未だに実感が沸かないほど、キューはエルリオにとって近い存在だった。
「あんたの体の中って、どうなってるの?キュー」
 ベッドに手を伸ばし、丸い体を手に取った。
 体をひっくり返して、縫い目を探す。足の付け根に、文字が刺繍されていた。
「わが娘へ。Qの魂を。」
 自分に宛てたメッセージが縫い付けられているのは、これを貰った時から知っていた。これを見てエルリオは、彼を「キュー」と名付けたのだ。意味を深く考えたことはない。
「そういえばQって何のことだろ」
 呟きながら、いつも何気なく触れてきた弾力性のある体を、注意深く触れてみる。手の平や、指先で深く押し込んでみる。
「…………」
 キューは無言でされるがままになっていた。
 化学繊維の表皮。細く柔らかい指触りの下にあるつっぱる感触は、おそらく裏地として縫いつけられた人工皮だろう。そして、溢れるほどに詰め込まれた綿の感触。更に、更に強く指を押し込むと、固いものにぶつかる。丸い体の中央、綿に守られるように、固い芯が埋まっている。キューが平らにつぶれるほどに表皮を押さないと、分からない。人形の形を支える芯だろうと思いずっと気に留めてこなかった。
「ちょっと…ごめんね」
 念のために謝ってから、キューの体の前後から両手を添えて、柔らかい体を潰した。
「ギュウウゥゥゥ…」
「その声、わざとでしょ」
 キューの体の中心にある芯。その形を確かめようと、両手の指先で辛うじて感じられる感触を確かめる。
 表面が滑らかだ。だが角があり、平面もある。
「―…円筒?」
 形状が判別した時点で、エルリオの腕力は限界を迎える。綿が詰め込まれたキューの体は、ゴム鞠のように丈夫で思ったよりも弾力性がある。子供の細い腕で長時間押さえ込むのは困難だった。
(鞄に詰め込んでも、投げても、ちっとも綻ばないしね…)
 外からは、ほとんど縫い目の見えないキューの表皮。縫い目を器用に内側へ織り込んだ作りになっている。開腹したら、元に戻す自信が全く無かった。
「いくら恩人でも……これだけはダメだぁ…」
 諦めて、キューの体をベッドに放った。ベッド上で数回バウンドした後、キューは皺のよった体を、自分で動いて捩って伸ばし始める。
「形状記憶シャツよりスグレモノ…」
 と、下らない事を呟きながら、エルリオは荷造り途中の鞄を枕にして床に転がった。
「何かないかなぁ…私にできること」
 エルリオの問いに答える者は、いない。
 木の床の冷たさが心地よくなり、エルリオは徐々に眠りに誘われていった。




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