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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT9-6
06

 街は、暴れまわる砂に支配されつつある。その中心で、エルリオはヴィルの風に守られていた。
(さっきの人が使っていた印と、同種で上位の印を使えば…相殺できるはず)
 前方に差し出した自分の左手を眺めて、口の中に溜まっていた唾を呑んだ。
(でも本当に砂の印で正しいのかな…、土や石の印の応用だったらどうしよう…それに私、使いみちがないからあんまり大地に関係する印は使ってこなかったし…)
 いざ心を決めた直後になって、様々な懸念が頭を巡った。こういう時、頭は通常の何倍ものスピードで思考を吐き出してくる。印の系統が合っていたとしても、エルリオが使える印が男の使っていた物の上位にあたる確証もない。
(失敗したら、今度は私が暴走する…)
 その最大のリスクが残されていた。
 頭を吹き飛ばされた男の死骸は既に暴れる砂に呑まれて見えなくなっている。目の前で見た光景が脳裏を点滅する。エルリオは頭を振った。精霊は恐怖心や迷いに付けこんで来るのだ。
 大丈夫。私は、ワイヴァン・グレンデールの娘。
 自分に厳しく言い聞かせ、瞳を閉じた。
「乾きの地、砂を泳ぐ主よ」
 言葉と共に瞼を開くと、そこは音が遮断されたモノクロの世界。目に映るのは、己の左手と、そこに添えられる右手だけ。
エルリオの右手の指先が、左手の甲の上で印を描き出す。
「鎮まれ」
 全神経を左手に集中させた。淡い発光による点滅が二度、三度と続き、地に接触した足の裏にざわめく感触が通り過ぎた。
「エルリオさん…!」
 中空にいるラファエラの背に乗せられたミリアム達からは、エルリオを中心に砂が波紋を描いて、シュトル・セントラルの街全体に影が走るのが見えた。その動きに伴い、あちこちで起こっていた小さな爆発や破裂が、ドミノ倒しのように消えていく。
 足下の低い位置を砂風が通り過ぎていったのを最後に、乾きの地の精霊達は完全に動きを止めた。
 空中を暴れまわっていた砂は浮力を失い、重力に従って空中を漂いながら、静かに地を目指して降下していく。砂色の粉雪は陽光を受け、空気中に幾つものオーナメントを咲かせている。乾燥した砂と砂が擦れあい、焦げ付いたような匂いがする。砂の粉雪が降る街は、セピア色に包まれている。
 これと似た光景を、エルリオはかつて見たことがあった。
 古い写真の中に吸い込まれていくように、エルリオの脳裏で幼い頃の記憶が蘇ってきた。
 十年近く前の、それはほんの児戯から来た小さな事件。
 昔、郊外の一軒屋に住んでいた頃。
 あの家には大きな書斎があった。父親、ワイヴァンの部屋。
 そこは、幼いエルリオにとって魔法の世界だった。
 整然と本棚に並ぶ書籍は、厚い革表紙が古めかしい香りを漂わせていた。背表紙に彫られているタイトルは、どれもエルリオにとって理解不能なもの。それがまるで魔法の言葉のようだった。本棚に入りきらなかった為に床に積み重ねられた本は、高くて古い塔のよう。表面が色あせた文机の周辺の壁には、たくさんの幾何学模様が描かれた紙が貼られており、壁はすっかり姿を隠されている。
 そんな「魔法の部屋」に忍び込み、エルリオは小さな興奮を胸に辺りを見渡した。側に積まれた本を一冊手にとって、革と紙の匂いを楽しむ。まったく解読不能だが、捲ってみると手触りが心地よく、エルリオは何度も本を開いては閉じるを繰り返した。それに飽きると、次に本棚に並ぶ仰々しい背表紙達に触れてみる。指をひっかけて一冊取り出そうとしたが、ぎちぎちに詰め込まれていて、子供の力では引き出せなかった。
「むむう…」
 ふて腐れて頬を膨らまし、エルリオは文机の上に目を移した。ワイヴァンの走り書きによるメモの束が、無造作に卓上を散らかしている。メモそれぞれには、見たことない模様や難しそうな数字の羅列などが書かれている。その一枚を手に取った。きれいな模様が描かれたメモだった。
「こら、エルリオ」
「!」
 背後からワイヴァンの声がした。肩を竦めて振り向くと、少し怒った顔の父親がドアの前にいる。慌ててエルリオは無意識に、手にしていたメモをワンピースの前ポケットに突っ込む。
「勝手に入っちゃ駄目だと言っただろ?」
 ワイヴァンは本気で怒っているのではない。それが分かっていたのでエルリオは、「やーだ!」と笑いながらワイヴァンの前をすり抜けて、部屋を駆け出た。背後から「まったく」と溜息交じりの苦笑が聞こえたが、エルリオは気にせずそのまま自分の部屋へ向かう。
「何で入っちゃ駄目なんだろう、イジワル」
 ドアを後ろ手で閉めた後にエルリオは、机の引き出しからペンとノートを取りだす。それを持って部屋の真ん中、カーペット敷きの床にぺたんと座る。前ポケットから、ワイヴァンの部屋から持ち出したメモを取り出す。それを開いたノートの横に置いて、エルリオはそこに描かれている模様の一つを真似てノートに描き始めた。
「難しい~」
 床に置いたメモに、伸びをする猫のような姿勢で顔を近づけながら、エルリオは夢中になってノートに模様を少しずつ描いていった。ペン先が震えて線が歪んだが、なかなか満足いく模写ができた。
「何のマークだろう?」
 ノートを手に取り、顔に近づけたり離したりを繰り返す。星でも、花でも、ハートでもない、不思議な面と線の集合物。こんな模様がワイヴァンの部屋にはたくさんある。
 近所のお姉さんのスカートの模様。教会のステンドグラス。誕生日にワイヴァンが買ってくれたワンピースの模様。読んでもらった絵本に出てくる絵。様々を思い浮かべてはノートと照らし合わせる。プレゼント箱の模様。居間に飾られているよくわからない抽象画の模様。手袋の模様。
「―手袋だ!」
 エルリオは両手を大きく打ち鳴らす。遊びからの帰り、家を出たワイヴァンの来客とすれ違った時に見た、手袋の模様。背の低い幼いエルリオの視線の高さは丁度、体の両脇に垂れる来客の男の両手と同じ位置にあった。すれ違った瞬間に視界を過ぎていった、手の甲に描かれていた不思議な模様。
 それが手袋ではなく、手の甲に直接描かれた印であった事を当時のエルリオが知る由もない。
 手袋が無いので直接、小さな手の甲にペン先を当てる。くすぐったい感触が楽しくなって、メモを見ながらどんどんペンを進めていく。
 小さな手の甲いっぱいに、一つの模様が完成した。立ち上がり、手を伸ばし顔から離して印を眺める。嬉しくなってその場でくるりと回ってみる。
 すると、くす球が弾けるような音がして、指先から赤色が散った。手の甲が印の線に沿って淡い紅色を発光する。
「うわあ!」
 夕陽が差し込み始めた室内に、一瞬咲いた火花はひどく美しかった。幼い子供にとって、印から発せられた火花の原因と作用の追求など、関係のない話だ。エルリオはひたすら夢中になって、印を描いた手を動かした。動きに呼応して火花が鬼火のように浮かび上がっては消えていく。
「あつ…っ」
 次第に火花の大きさと炸裂する回数が増えていき、エルリオは寸時の不安に襲われる。刹那、エルリオの心の揺れに感づいた精霊は、隠していた牙を剥いた。
「―きゃっ!」
 熱さに堪り兼ねて、火花を振り切ろうと手を振る。だが火花の暴走は止まらず、意志に反して指先から発した火花が手の平全体を包み込む。
「お父さん!お父さん!」
 無我夢中で助けを求めて叫んだ。
 階下にいた父親は、階上から響く娘の叫びに、弾かれるようにその場から立ち上がって駆け出した。
「何してるんだ!」
 部屋に踏み込んで、光景に驚く。部屋一面に火花が飛び散り、窓から差し込む夕陽の色と混ざり合って室内は真っ赤だった。その中心で一人娘は火花を発し続ける左腕を掴んで座り込み、泣いている。
 その側に、ノートとメモ用紙が散乱していた。
「エルリオ!」
 威嚇するように暴れまわる火花を避けながら駆け寄って、娘の手をとる。小さな手の甲いっぱいに描かれた模様を見て驚愕した。
「お前…!」
 描かれていたのは、低級の火の印。落ちていたメモは紛れもなく自分のものだった。それが一寸のぶれもなく正確に、手の甲に再現されている。娘の持つ才能の恐ろしさに身震いしつつ、娘の声に我に返る。
「怖い、お父さん!」
「大丈夫だ、大丈夫」
 シャツの裾を手に取り、エルリオの手の甲を擦る。乾ききっていないインクペンで描かれた印が皮膚に滲み、これで印の効力は失われているはず。だが火花は止まる様子を見せない。
(暴走している…!)
 ごく軽い暴走現象だ。
「熱いよお父さん…!」
 暴れまわる火花に包まれる右手。エルリオは左手でワイヴァンの袖に縋る。父親は、「よしよし」と言いながら肩を抱いてくれた。
「すぐ止めてやる」
 ワイヴァンは転がっているペンを拾い上げると、ペン先を己の左手の甲に当てた。
(落ち着け…)
 書き損じては娘を救えない。若い父親は静かに瞳を閉じると、泣き叫ぶ幼い娘の声を脳裏から遮断した。世界は静寂に包まれ、目を開けるとそこはモノクロの世界。ただ、そこにあるのは右手のペンと、自分の左手の甲だけ。ワイヴァンはそこに、エルリオが描いた印の上位にあたる印を描いた。最後の線が結ばれると、仄かに赤く発光する。印が描かれた手を天井に翳した。
「鎮まれ」
 短い言葉と共に、部屋中に散っていた火花が最後の炸裂を残して一斉に消えた。
「あ…」
 エルリオが顔を上げると、嘘のように室内は静かだった。燻った小火がカーペットやベッドのシーツの上に残っている。視線を真上に向けると、遠くを見つめるように壁に向けられた父の横顔があった。
「お父さん…お父さん…」
「―エルリオ…!」
 娘の声に若い父親は我に返る。小さな両手がシャツの胸元を掴んで震えていた。右手に小さな焦げ痕が残っている。
「大丈夫か、もう、何ともないか?」
 エルリオの手をとり、完全に印が沈静化したのを確認する。
「お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
 謝ることしかできないエルリオを、若い父親は長い間抱きしめ続けた。
 徐々に沈み始めた夕陽色が、室内をセピア色へと包み込んでいく―

「…、おい」

 空を見上げていたヴィルが、傍らのエルリオの様子に気がつく。
 少女の視線は一点に向いたまま、焦点が合っていないのか黒目がちに空を見つめている。吊られているかのように前方に伸ばされたままの左手には、印が光の点滅を続けていた。
「エルリオ!」
 ヴィルは強くその名を呼んで、エルリオの左手をを掴み、印を隠すように両手で覆った。
「…はっ」
 電気に撃たれたように肩が震えて、少女の両目に光が戻る。夢から醒めた子供と同じ目で、エルリオはヴィルを見やった。
「おとう…さん……」
「え?」
「じゃないってば!違うに決まってるじゃない!」
 目の前で訝しげに眉を顰めるのは、金髪の青年。「何言ってるのわたし」と焦りに焦ってエルリオはヴィルに掴まれていた手を振りほどいた。
 視界に映る光景は、昔の自分の部屋なんではない。崩れ落ちた砂に包まれた街、シュトル・セントラルの中央部。
(私……)
 エルリオは改めて自分の手を見た。もう、あの頃の小さな手ではない。手の甲に発動させた砂の印も既に消えている。
 印を発動させた瞬間、夢と現実、過去と現在がエルリオの頭の中で混迷していた。懐かしい夢の中に溺れかかっていた自分を自覚している。
 名前を強く呼ばれなければ―
(戻ってこれなかったかもしれない)
 少し遅れて、寒気と恐怖が背筋から込みあがってきた。
「エルリオさん!」
 頭上から、羽ばたきが起こす風と共にミリアムが降って来た。
「ミリアム?」
 見上げると、太陽を背に落ちてくる天使の姿―ではなく。
「きゃー!」
「ぎゃー!」
 小柄で痩せているとはいえ、落ちてくる少女一人分の体重をエルリオが支えきれるはずもなく、エルリオの潰れたカエルような声と共に二人は砂溜まりに沈み込んで転がった。
「あ、今のは風を起こしてやるべきだったな」
 空中に浮かぶラファエラの上で、ラファルはそんな独り言を呟くのだった。


 砂の粉雪が降り続ける中、国軍シュトル局の仕官達は街の整備に動き回っていた。破壊されし尽くした市場通りはテープが貼られて簡易的に封鎖される。砂から発掘された男の死骸にはシートが掛けられ、後ほど鑑識課に運ばれるという。
 残りの男達の姿は消えていた。
「大変大変大変、誠に申し訳ありません」
 騒ぎの原因たる張本人アレック・シュタインウェイは、すでに悟りを開ききった面々に囲まれて小さく縮こまっていた。
 悟りを開いた面々、つまりヴィルとイリオン少尉は、叱り付ける気力も失くしてアレックの様子を眺めていた。
「いや…俺が不注意だった。それに説明不足だったようだ」
 表情に大きな変化はないが、谷の当主の面持ちには諦念が浮かんでいる。
「いえ…俺が駅にコイツを落としたままではなくホームまで見送るべきだったんでしょう…」
 ガキじゃあるまいに。隣でイリオン少尉の溜息が続く。
 元上司と臨時上司の二人に挟まれてアレックは、ただただ恐縮していた。
「どういうこと?アレ」
 シチュエーションを理解できていないエルリオが傍らに立つラファルに尋ねるが、彼とて事情を知るはずもなく、「さあ」という言葉のみが返ってくる。
「………そうだった」
 背後に立つエルリオとミリアムに気が付きヴィルは低く呟いた後、
「アヴェル、ロデイ」
 少し離れたところで騎竜と共にこちらの様子を見ていた二人の部下の元へ、大股に歩み寄った。
「あの娘二人を連れて帰ってくれ」
 小声になる当主の様子から、二人の部下は事情を察した。
「ラファル」
 次にヴィルはラファルを振り返る。
「ラファエラ連れて帰っても、構わないか」
「お願いします」
 軍施設内に騎竜を留めておくことはできない。元よりそのつもりで、ラファルは即答した。ヴィルが「構わないか」と尋ねたのは、単に心情的な問題だ。最後に顔を寄せてくる相棒の横面を撫でてやり、ラファルは手綱をヴィルに受け渡す。ラファエラは素直に歩き出した。主人の無事が確認できたのだから、彼女にとってもう目的は果たされたのだ。
「娘。」
 ヴィルに呼ばれたエルリオは、「ん?」と短い返事と共に顔を上げた。手招きされて、ミリアムと共に駆け寄る。
「もう、後の事は軍に任せる範囲だ。二人とも戻れ」
「え~、つまんない」
 頬を膨らませるエルリオに、ヴィルは笑わず、低声を小声にして囁くように告げる。
「あの谷装束の男は、セントラルの諜報局から派遣された国軍人だ」
「うっそ!あれが!」
 反射的に叫んでしまい、エルリオは両手で口を押さえた。隣でミリアムも目を丸くしている。
「…………」
 身長の低い自分達を見おろすヴィルの冷ややかな両目が、更に温度を下げていく気がする。
「な、何で…?」
 ヴィルの背中の向こう側、谷の装束を着てきょろきょろと視線を四方にめぐらせている、くすんだ金髪の青年。「落ち着きが無い」とでも怒られたのだろうか、近くに立っている警察局の制服を着た男に頭を叩かれて、子犬のような目で肩を竦めている。
「細かい事は後で話す。とにかく、先に谷へ戻ってくれ」
(ああいう人も、軍人なんだ……)
 暴力と無縁に見える小柄な体。好奇心の権化のような瞳や、小心そうな言動。全身全霊をかけて暴走者に発砲し、悲鳴を挙げていた彼。
どの光景を思い起こしても、国軍の、しかもセントラルから何かしらの目的があって派遣されてきた人間には、見えない。
 エルリオは背中に冷たい汗を感じた。あの青年の前でとった自分とミリアムの言動を、一言一句思い出そうとするのだが、思考が空転しかしまう。気がつけば、体の中で心臓が暴れまわっている。思っているよりも今の自分は、冷静になりきれていないようだ。ここはヴィルの言葉に従う方が良い。
「わか…った」
 素直に頷いて、エルリオはヴィルの指示通りにミリアムと共にラファエラに飛び乗った。
「頼むぞ、ラファエラ」
 ヴィルの手が、太い竜の首を軽く叩いた。
「キュウウウウ」
 空気を引き絞るような甲高い声と共に、ラファエラは宙に舞い上がる。左右を挟む形でアヴェルとロデイもそれぞれ、騎竜と共に離陸した。
「お~」
「すごーい」
 押印の力で空を飛ぶのとは違う感動に、二人の少女は声を上げてはしゃぐ。足下に、中心部を破壊されつくした砂の街が遠ざかる。ラファエラは上昇する気流に羽を預け、頭上で燦々と輝く太陽の中に溶け込んだ。
 ようやく静けさを取り戻した乾きの地を、白い陽光は変わらぬ面持ちで照らし続けていた。 




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