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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT9-5
05

「押印のペナルティって…どうなっちまうんだ」
 依頼者の男は、差し出された契約書を強く握り締めて震えた声を漏らした。
 たまにこういう奴がいる。押印の危険性を記した契約書を目にした途端に気弱になる奴が。
 人は大抵、「副作用」という言葉に怖気づく。対価の代償が、金だけで済むと思っている気楽な奴らなのだ。
 そういう客を前にした時、ワイヴァンの姿を借りたエルリオは、姿勢も表情も崩さずに淡々と事務的に説明をする。
「暴走するのです。精霊が」
 暴走。
 その単語をこの数年間、幾度と耳にした。口にもしてきた。
「脳が破壊される」
「体内組織を侵される」
「廃人になる」
「死ぬ」
 あらゆる脅し言葉で説明してきたが、
「これが暴走…か…」
 十五歳のエルリオにとってそれらはいずれも、実体感の伴わない空想に過ぎない事が思い知らされた。
 砂は男を完全に飲み込み、蠢動する有機腐敗物のように小丘を成した中心部は巨大な砂蜥蜴の温床代わりとなり、砂と石を吸い込んで巨大化しながら暴れ狂い街を破壊し、人を襲う。
 これが初めて目にした「暴走者」の姿だった。
 竜巻の足下に、ヴィルの長身を見つけた。そのすぐ近くに、谷の装束を来た人間の姿もある。轟音をたてる砂と風を掻き分けてエルリオは二人の影に近づいていった。
「―事ないはずが、暴走―とコレになるのか」
 轟音に紛れてヴィルの声が聞こえてくる。彼は辟易した面持ちで頭上を見上げた。その隣にいる青年が何やら懸命に、ヴィルに何かを訴えていた。その声を聞き取れるように、エルリオは崩れた屋根を伝って更に二人に接近を試みた。
「本当です。現にあの砂の人は砂に水が染み込んで変質しただけで操れなくなっていたし、爆発を起こした人だって、火力自体は大した事なくて単に、空洞を利用して小さな火花を起こす事で爆発を起こしていただけだと思うんです、エクスプロード弾と似た原理で―」
(え…)
「結構な応用力だね、それは」
 その話に、思わずエルリオは声を出していた。
 このような状況で今さら姿を隠し続ける意味もない。エルリオはミリアムと共に砂塗れの街道の上に飛び降りた。
「お前…!」
 あからさまに「嫌なものをみた」顔で、ヴィルは振り向いた。
「ごめん、ついてきちゃった」
 悪戯を見つかったようにおどけて両肩を竦めながらエルリオは、「それより」と砂嵐に温床を指差した。
「今はこれを止める事を考えよう!」
 非難転嫁である事は丸分かりだが、エルリオの言葉も尤もである。ヴィルは背後に立つアレックを気にかけながら砂に飲まれた男の方を振り向いた。
(この子達、いまどこから??)
 突然現われた二人の少女。アレックは降りかかる砂に目を擦りながら、空から降って来たエルリオとミリアムを眺めていた。
「あの中に…本当に人がいるのですか?」
 エルリオの背中から、禍々しく蠢く砂丘を覗き見てミリアムは眉根を顰めた。
(綺麗な子だなぁ)
 その後ろから、つい事件そっちのけでミリアムを眺めているアレックがいる。アレックの目から見ても彼女は美人に映るようだ。不意に目が合って、慌てて反らした。
「中の人、まだ生きているのでしょうか…?何も、心が感じられないのですが」
 アレックの反応に一度首を傾げてから、ミリアムは改めて前方を見やる。
「生体的には…生きてるんだと思う。」
 息を呑むエルリオの声は暗い。視線は前方を凝視していた。
「でもミリアムの言うとおり、意識はもう無いんじゃないかな…。精霊にどんどん侵食されて、体が朽ちるのも時間の問題だと思う」
「暴走した人間が死ねば、この砂の暴走も止まるのか?」
 ヴィルは飛来する石粒を風で防いでいた。問いに対してエルリオは「そうとも言えない」と首を振る。
「暴走者が死んでも、印が残っている限り精霊は消えないと思う。それに印を消しても、この暴走がすぐに収まるかは、分からない」
 エルリオ自身、暴走者に遭遇するのはこれまでに無い経験だが、根拠があった。
 幼い頃、父の見よう見真似で自分の左手の平に押印を施した事がある。
 ごく下級の、火花を出せる程度の火の印。
 子供の火遊びのつもりがその力を制御仕切れずに、己の意思に反して左手の印は静電気と融合し巨大な火花を上げ始め、あやうく火事を引き起こすところだった。
「何してるんだ!」
 慌てて駆けつけた父親がエルリオの手から印を拭き消したが、暴れだした火花の炸裂がすぐには止まらず、結局親娘ともども、軽い火傷を負う事となった。
「精霊の力をオモチャにしてはいけないよ」
 火傷が残った手を水で冷やしながら、ワイヴァンはエルリオを叱り付けるでもなく静かにそう言っていた。
 その事があったから、ワイヴァンは自分に何も教えてくれないままだったのだろうか。
 甦った追憶に目を細めながら、エルリオは目の前の暴走者を眺めていた。
「印……顔に書いてありました、よね?」
 背後から恐る恐る発せられた声で我に返ると、ヴィルより幾分か若い青年が眉を下げた小動物のような面持ちでそこにいた。
「顔??」
 思わず声がひっくり返る。ほぼ脳に直結する位置に描かれた印となれば、その融合率は相当なもの。これほどの暴走はそのせいなのだろうか。それ以前に、エルリオはとてつもなく嫌なことを思いついてしまった。
「印の付き方によっては……頭ごと顔を潰さないといけない…カナー…」
「うへえ」
 情けない声で即座に反応を示したのはアレックだった。ミリアムも口元に両手をあてて眉を顰めている。
「必要ならやるしかない。俺がやる」
 刃から飛沫を飛ばすように右手を軽く振り降ろす仕草と共に、ヴィルの体を風が纏った。まず、男と印の状態を確かめる必要がある。男の体を貪る大量の砂を剥ぎ取らねばならなかった。
 生半可な力では太刀打ちは不可能。ヴィルは目を閉じると共に深く息を吸った。
「いくぞ」
 ヴィルの低い声と共にエルリオの目にも鋭さが宿る。上空からの竜の嘶きを合図に、ヴィルは両腕を媒介し大量の風を呼び出した。足下を埋めていた砂が螺旋を描いて吹き飛ばされ、崩れた石畳が姿を現す。
「―行け!」
 短い命と共に、幾重かの旋風が絡み合い、目の前の砂繭に放たれた。スクリューのように螺旋を描き、風は砂の塊にからみ付き、凄まじい勢いで外層を削り取っていく。だが、
「ご当主!」
 上空からラファルの声。見上げると、ラファルにより砕かれた蜥蜴の首が落下してくるところだった。そのまま砂は飛散し、ヴィルが起こす風に巻き込まれながら男を覆う砂繭へと吸い込まれていった。
「!」
「印を死守しようとしてるみたい」
「……」
 エルリオの解説を聞き、ヴィルは表情を変えずに更に風を呼んだ。下から吹き上がる猛烈な風に他の三人は目も開けていられないほどだが、エルリオは両腕で顔を庇いながらヴィルの背後から必死で前を見つめた。
「一気に剥ぎ取るぞ」
 風にかき消された言葉と共にヴィルは右手を前方に突き出した。風が巨大な球体となり砂繭に喰らいつく。大地が陥没したかのように、空気が炸裂する音と共に、砂壁が弾け散った。
一瞬、男の姿が露わになる。
「!」
「っひぇ」
 ヴィルとエルリオが息を呑み、
「ぅわあ!」
「きゃああ!!」
 その背後でアレックとミリアムが悲鳴をあげた。四人の前に姿を現したそれは、元が人間であった事を失念させるほどに変わり果てていた。砂の繭に取り込まれた男の体は水分を全て抜き去られたように弾力性を失いやせ細り、辛うじて直立させられている骨の上に衣服の残骸と皮だけが付着しているような状態で、その顔面は土色に変色し、落ち窪み陥没して白く引っ繰り返った眼球の色が、酷く鮮やかに写る。
「な…」
 驚愕の声と共にヴィルの手から風の力が失われる。再び砂蜥蜴は男の体を飲み込み、四人の前に砂の繭が再生される。砂の繭を中心にとぐろを巻く砂蜥蜴が目の前の四人を敵と見なし襲い掛かった。
「ラファエラ!」
 上空からラファルの号令、それと共に騎竜の啼声、ヴィルがエルリオの体を抱えて後方に飛び、そして一筋の風が砂蜥蜴とエルリオ達の間を横切った。大量の砂が飛散する。
「わ、わ、わか、分からない、よ、あんなの、よく見えない」
 砂の上に転がり、もんどりうちながらエルリオは縺れる舌で必死に言葉を組み立てる。印の状態を見極めようと必死に目を見開いていたのに、頭が真っ白にリセットされて機能しなくなっていた。ミリアムは腰を抜かしたのか砂の上に座り込んでガタガタと震えている。
「―頭を潰すしかないか」
 ヴィルが決断するが早いか、砂蜥蜴の首が再び襲い来る。頭上にいたラファエラが間に立ちはだかり、蜥蜴に向かい咆哮を上げた。鼓膜を突き破るかという声は空気を震わせ、横薙ぎの真空の斬馬刀と化した風が蜥蜴の鼻面を押し留める。
「ラファル、持ちこたえさせろ!」
「了解!」
 ヴィルは首を避けて再び男を飲み込んだ砂繭の前に立った。蜥蜴の首が後を追うが、ラファルの命に従い再びラファエラがその首を食い止める。凄まじい力に押し戻されそうになるラファエラの横からラファルも風を送り込んだ。
 脈打つ度に砂を噴出す蠢く芥は、大きさを増している。一歩近づくと、威嚇するように砂の触手が伸びてきた。
「ちっ」
 舌打ちと共に軽い動きでそれを叩き落とし、ヴィルは瞬発的に足下から大量の風を湧かせ、間を置かずに生きた砂塊に向かい地を蹴った。
「ヴィルさん!」
 至近距離から再び球体の風をぶつける。削られ抉られた砂が激流と化して後方へと流れていく。ヴィルの体全体を風が護るように包み込んでいるが、凄まじい量と勢いの砂は風壁の合間をぬって侵入し、ヴィルの頬を切った。
「邪魔…するな!」
 更に意識を右手に集中させ、彼には珍しい怒号と共に一気に砂繭の根本から砂を剥ぎ飛ばした。砂嵐の中に再び干からびた屍が姿を現す。砂が作り出す風圧によりゆらゆらと、淀んだ水面に浮かぶ枯葉のように、または蜃気楼に浮かぶ人影のように、竜巻の目の中心で翻弄されていた。
「……」
 両目を細めつつヴィルは男の顔面を凝視した。土色になっている肌に、皺とは異なる不自然に黒ずんだ模様が沈んでいるのが分かる。己の生理的嫌悪感を撥ね付けながら風の膜の向こうに手を伸ばそうとするが、
「くっ…」
 凄まじい砂の勢いを止める両手を僅かに緩める事も許されない。暴走する精霊の叫びに導かれ徐々に砂の量嵩と力が増していた。状況に気が付き、エルリオは力の抜けた膝に両手を当てて立ち上がった。
「エルリオさん!?」
 ミリアムが背中を呼び止めた。
「わ、私が、やる。やらなきゃ」
 動けるのは、自分しかいない。全身で精霊の猛攻を食い止めるヴィルやラファル、ラファエラを前にして、自分が動かないわけにはいかなかった。
「む、無理、です、そ、そんな事」
 震える声でエルリオを引き止めるミリアムは、右手でエルリオの裾を掴み、左手を自分の口元に添えている。嫌悪感からくる生理的な涙が溢れて、止まらなかった。
「でも…ぉえ…」
 振り切ろうとエルリオは前を向くが、視界に容赦なく飛び込んでくる異形物は、エルリオに急激な嘔吐感を与えた。
「僕いきます」
 背中を丸めかけたエルリオの耳元を、若い男の声が通り過ぎた。
「―え?」
 応える間もなく、谷の装束を着た青年、アレックが少女達の脇をすり抜けていく。手には、どこから拾ってきたか、拳銃が握られていた。砂から掘り起こしてきた、恐らくイリオン少尉の部下の誰かが落としていった物だ。弾はまだ残っている。
 アレックは瞠目するヴィルの前に滑り込むと、両手で固く握った銃を木乃伊の額に付きつけ、
「お父さんお母さんアリサごめんなさい!」
 そんな事を無意識に叫びながら引き金を連続して引いた。
 その瞬間、ヴィルとアレックは.357マグナム口径から発射された弾が、茶黒く干からびた人間の頭蓋を半分に吹き飛ばす様を目の前で見た。見ざるを得なかった。
「っ!」
「うげっっ」
 前者はヴィルが目を細めて息を呑む声で、
 後者はアレックの喉が反射的に発した奇声である。士官学校時代から数えて国軍に関わる事五年。アレックが初めて銃を放った記念すべき相手は変わり果てた暴走者となった。
 表面は朽ちていたが、一部の体内組織は生きていたようだった。吹き飛ばされ、アレック達の元に砂と共に飛び散る頭蓋の破片、その中に水気を含んだ生暖かさを感じた。それが飛散した脳味噌の一部だという事実を、アレックは頭の隅にシャットアウトする事で危うく失神しかける自分を引き止めている。
「げほっげほっ」
 繰り広げられる光景がもたらす吐き気を、エルリオは咳で散らす。
 印は消滅した。男の頭蓋ごと粉々に吹き飛んだ。
 糸が切られた操り人形のように、男の体は砂の上に崩れた。関節を無視して手足が不自然な方向に折れ曲がっている。大きく孔の空いた頭蓋から染み出す髄液が砂に染み込んで行った。
「砂が…」
 急速に力を失った砂は、ラファエラの翼による風の一吹きで飛散し、ヴィルの体を飲み込もうとしていた砂も風に撒かれて砕けた。砂蜥蜴の模りも失われ、シュトルセントラルに突き立った巨大な砂柱は落ちた。
「収まった?」
 だが。
 顔を覆っていたミリアムが指先の間から瞳を覗かせた、その直後だった。
 石畳の上を這いまわっていた砂の流線が突如、再び狂ったように動きを持ち始める。
「きゃあ!」
 ミリアムの傍らに転がる砂で作られたブロックの残骸が次々と粉砕していく。辛うじて残っていた足下の石畳も次々と砕かれた。
「今度はどうなったんだ。前より暴走ぶりが酷いんじゃないのか」
 印という母体を失くした精霊が、今度は実体を持たず無秩序に暴走を始める。拡散したために個々の力は弱いが、それでも辛うじて残った家屋を崩し、石畳を蛇行しながら人工物を粉砕していく程の威力は残されていた。
 前後左右、上からも下からも支離滅裂に降り注ぐ砂を風で吹き飛ばしながらヴィルは、銃を手にしたまま固まるアレックを引きずりつつエルリオの元に駆け寄った。ミリアムはエルリオの腕に捕まりようやく立っている状態だ。
 ラファルがラファエラを呼び寄せ、その上にミリアムとアレックを引っ張り上げる。エルリオにも手を伸ばしたが、首を横に振る拒否が返ってくる。
「エルリオさん…!」
 ミリアムが縋るようにラファエラの背中から手を伸ばすが、エルリオはそれも拒否した。
 ラファルがヴィルに視を向けて指示を仰ぐと、彼からは頷きと共に「先に安全な場所へ」と具体的な答えが戻ってくる。
「何か心当たりがあるようだな」
 飛び去る竜を一瞥した後、ヴィルはエルリオを見やった。
「昔、ちょっと似たような事があったんだ…こんなすごい規模じゃないけど…それを思い出してるとこ」
 ヴィルが起こす風のバリア越しに見える砂の乱波を見つめて、エルリオは必死に記憶の泥を掻き分けたていた。
(どうしたっけあの時。火花が止まらなくて、お父さんが駆け込んできて、お父さんはどうやって火花を止めてくれた?)
 キューは谷に残してきた。答えてくれる者はいない。キューに頼ってばかりいた自分の怠慢さと、記憶力の無い頭に苛立ちを覚えながらエルリオは固く目を閉じた。
 印を消しても止まらなかった精霊の暴走。
 熱い、と泣き叫ぶエルリオを抱きかかえながらワイヴァンがとった行動は―
「作用と相殺…そうだ!」
 エルリオの脳裏に閃きが走った。泥に埋まっていた砂金の一粒を掬い出した、そんな興奮。
「やってみる」
「やれるのか」
 エルリオの眼つきに変化が表れたのを見てヴィルは最低限の確認だけを示す。
「………わかんない」
 外に向けられていた厳しい視線が、くるりと上向いてヴィルを見た。
「…………やめておくか?」
「やる」
 心なしか優しい問いに短く即答して、エルリオは左手を前方にゆっくりと伸ばした。





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