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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT8-11
11

 区立の緑地公園は薬草園を有している為に夜間は門が閉まる。その為に夕方を過ぎると人通りが少なくなる場所の一つだった。
 グレリオに生まれ、グレリオで育ち、今もなおグレリオに住む少女ミソラは、既に閉じられた薬草園の内側から外の様子を伺った。
(まだあっちのほうで騒がしくやってる)
 格子柵の合間から小さな顔を覗かせて、不自然な人工灯が煌々とともる市場通りの方面を眺めていた。狭い街中で、夕方頃から露店通り付近で起こった騒ぎの噂はあっという間にミソラの耳にも届いた。警察局の人間まで出動する騒ぎになっているのだとか。陽がすっかり沈んだ今も、まだ事態に収束がついていないようだった。
(ま、私にはありがたい事なのだけど)
 お陰で人の目が騒ぎに向いており、無断で夜更けに薬草園に忍び込んでいたミソラには好都合だった。
 ドロボウをしているつもりはない。もともと、薬草園創設の礎を築いたのはミソラの曾祖父であったし、この薬草園で栽培されている新種の薬草もミソラの父親が開発したものである。それを国が勝手に管理し始めたのだから、ドロボウ呼ばわりされる謂われはない。
(とは言っても、やっぱり捕まりたくないじゃない?)
 世間体というものが邪魔をして、夜中に忍び込まざるをえないのが現状ではあるが。
 騒ぎが起きていようと起きてなかろうと、夜更けの公園通りは閑散としているもの。ミソラはいつものように人間の気配は無いとして、ミソラしか知らない柵の壊れた部分から潜り抜けて外へ出た。

 だがこの日は、北側の公園通りに、二つの人影があった。

 背後の足音が消えて、イルトは振り返る。
 無事な右手を壁に沿えてグレンが足を止めていた。俯く顔や全身は未だ滴を落とし続けるほどに濡れており、僅かに肩が震えているのが分かった。
 セントラルより北に位置するグレリオの初秋の夜は、濡れ鼠の人間から体温を奪うのに充分、冷えていた。
「さっきみたいに、俺が治せたらいいのにな…」
 撃たれた上に刺された左腕には、血止めの為にイルトの上着を裂いて作った布切れが固く結ばれていた。傷に触れてみたが、イルトでは治す事ができなかったのだ。
「印の系統が違うから…ね…」
 青白い笑みが返って来た。
 イルトの場合は自己再生能力であって、他に対して治癒力を発揮する物とは別だ。
「よく分からないけど」というイルトの呟きを横目に、グレンは周囲に視線を配った。市場通り方面が不自然に明るい。夜風に乗ってサイレンが二人のもとへも滑走してくる。
「もう、君は帰ったほうがいい」
「何いってんだ」
 イルトはその言葉を一蹴するが、グレンの面持ちは変わらなかった。
「戻るんだ」
「そんな状態の人間を残して行けないだろ」
「これ以上、一刻も私の側にいてはいけない」
「何だそれ。でも―」
「戻るんだ」
 押し問答に痺れを切らしてイルトは一歩踏み出す足で地を蹴った。
「命令ばっかしてないでたまには人の言う事もきけって!」
 声を荒げたイルトにグレンが向けた視は、驚きというよりも珍しい物を見たような表情を浮かばせていた。寸時、言葉を失くした後で苦笑して俯いた。
「君も言うようになったね」
「まあ…な」
 思わず激昂した自分に自分で驚いて、気恥ずかしさをごまかすように小声で「とにかく」と言葉を繋げた。
「一度、村に戻ろう。ちゃんと手当てしよう。それからでも遅くないだろ。そんな状態じゃ一晩もたないぞ。」
「…―君の印は…」
 グレンが壁に背を預けて崩れるようにその場に座り込む。イルトが駆け寄ろうとすると、右手がそれを遮った。
「私の側にいると次々と力を覚醒させていってしまう」
 右手でイルトが近づくのを遮ったまま、グレンは顔を上げた。
「私の想像を超える速度で…君は印に適応してきている」
 イルトの目にも、明らかに顔色が悪かった。
「先ほど、君は肩に怪我を負ったね」
 だがそれは、出血のせいだけではないようだった。
「あ、ああ」
 喉元を過ぎれば熱さを忘れるとはこの事で、人生で初めて負った銃創も、消えてしまえばまるで他人事みたいにイルトは感じていた。
「私は、君に、あの力だけは発動させて欲しくなかったんだ」
 だから、リスクを覚悟で遠ざけた。
「私にもっと力があれば…こうなる必然性もなかった…」
 静かに己の非を認めているが、口端を僅かに歪ませている。だが、
「いや素手で銃と対決って普通は無理だろ…」
 自分が駆けつけるまで生きていた方が不思議だ。イルトの言葉にグレンは「そうだね」と苦味の混在した笑みを洩らしたが、口端に乗っていた悔恨は消えていた。
「最後のあれは、本来ならば私が負うはずの怪我だった。」
 無我夢中だったその瞬間をイルトは脳裏に一枚一枚の写真として思い浮かべた。記憶に辛うじて残る音と光を時系列順に並べていくと、確かにラースルの発砲音は、自分が体当たりをした直前だったと思い出される。
「仕組みや理屈は私にも分からない、が…君の父親の時もそうだった。物理的条件を超越して君が、私の身代わりになってしまう」
「物理的条件を超越…か」
 繰り返しながらイルトは再び記憶を掘り起こす。グレンに向けられたラースルの銃口を目にした瞬間に感じていた、前へ前へと気持ちが進む感覚。
「確かにおかしいよな。一瞬だって銃口が俺の方を向く事はなかったのに」
 物理的条件、つまり距離や位置関係の超越。防人の印とは文字通り、あらゆる事象から守護対象を護るための力を持った印。
「私の側にさえいなければ、その恐ろしい力を使う必要がない。」
 グレンの説明に、イルトは内心で頷いていた。
 グレンには分からない防人の印の「仕組みや理屈」、それがイルトには分かる気がしている。側に、自分の視界にグレンが入っている事が発動条件ならば、防人の印は自分の感情に直結しているのだ。押印を施された子ども達の場合も、感情の起伏に呼応して力が漏れ出すようにして印が発動していた。その状態をグレンは侵食の進行だと指摘して危ぶんでいたが、天啓印や使命印も使用者への負担というペナルティーの有無という相違のみで仕組みは同じなのだ。恐らくは。
「でも…、だからといって俺を遠ざけてあんな博打みたいな事するなよ。後であんたが死んだと耳にしたら…気分が悪いだろ」
 自分が駆けつけなければ、どう考えても死んでいたのはグレンの方だった。彼のこれまでの説明が全て事実であるなら、また新たにこの世に生を受けることになるのであろうが、近いうちにアリタスが大戦の危機に陥るというのなら、更に穿たれる数十年の空白はこの国にとって致命的だという事だ。
 既に痛いほどに理解しているのだろう、グレンは反論の言葉を返してこない。壁に頭を凭れさせ、気だるそうに深い息を吐いた。
 国と一人の人間を天秤にかけなければならないジレンマを、イルトに理解する術はない。
「印は、確実に…変化している」
「……」
 グレンの息継ぎの回数が増えている。それに気付いてイルトは目を細めた。
「元々防人には常人ならざる再生能力が備わっているものだが…あんなのは君が初めてだ。ライズにも、その叔父だったファルクにも、その前も―代々の防人に、あれ程の力はなかった」
 グレンの声に、徐々に熱と速度が増し始めているのが感じられる。記憶が毒となり苦々しく口内に広がっているように、言葉が吐き出される。
「俺が初めて…?」
 改めてイルトは右手を見つめた。薄闇の中でも、手の平に描かれた線は自己主張するようにぼんやりと浮かび上がってくるように見えてくる。
「私の側に…というよりこの印の側にいるだけで、」
 グレンは右手で己の左胸を指し示す。
「防人の印は、刻一刻と変化しながら君を侵食する。これ以上何か起こる前に私は……君が望まない事態になる前に、離れて欲しいんだ」
「でも―」
 それなら何故、洗いざらいを自分に話したのか。国家機密とも言える己の出生や身分の事から、国の事、世界の事、印の事を―。
「君に何もかも話したのは、君の父親の遺言だったからだ。こうなって欲しいからじゃない」
「な……」
 イルトの疑問を読み取ったかのようにグレンが低く応えた。
 右手を力なく膝の上に落としたグレンは、全身を重力に預けるようにして壁に凭れている。イルトは傍らに片膝をつくと、濡れた髪に隠れたグレンの面持ちを覗き込む。青白かった頬に朱が燈っている。
(熱…?)
「俺がどうしたいか、というのが問題なら」
 イルトは少し背中を屈めて覗き込み、相手の視を真っ直ぐ見据えた。
「少なくとも俺は怪我人をこんなところに置いて行きたくない。その後の事はまた別の話なんだ」
 肩を貸そうとグレンの無事な右腕に手を伸ばす。濡れそぼった袖は夜気の為に冷え切っていた。布地が肌に張り付いている。
「それがどういう事なのか」
 弱々しく、その右腕がイルトの手を拒んだ。
「君は分かっていない…」
 イルトの耳にも聞こえるほどの深い呼吸を一つ洩らして、それきりグレンの言葉が途切れた。イルトの手を拒んだ右腕が落ちる。
「あ、……」
 思わず揺り起こそうと両手がグレンの両腕に触れ、その瞬間、右手に感じた生暖かい感触に驚いてイルトは手を止めた。右手で触れたのは、左腕に結ばれた布の上。暗がりで気付かなかったが、出血が幾重にも縒られた布に染み渡っていたのだ。
(村までもつのか…?)
 往路に要した時間を考えれば、日がすっかり落ちた復路の所要時間は軽く見積もっても三時間近く。それ以前に、意識の無い大の男一人背負って歩くのは目立ちすぎる。
「?」
 イルトの思案をかき消して、曲がり角の向こうから人の足音が近づいてきた。
(マズい…)
 緊張が走り体中の筋肉にアラートを発し始める。片膝をついた低い姿勢のままイルトは近づいてくる足音の方向に体の正面を向けた。よく聞くと足音は、軽くて小刻みだ。体重の軽い子どもか、そう感じた瞬間、テイダスやメイリ、フィルらを思い起こした。ラースルの死を嗅ぎつけた誰かが追って来ているのだろうかと、イルトは厳しい視線を曲がり角へ向けた。
「っきゃ!」
 駆けて来た足音が角を曲がった瞬間、高い悲鳴が転がってきた。その後に、何か重たい物が落ちる音。
「やだ、びっくりした…」
 言葉の割には冷静な独語が流れて、暗闇の中、現われた人影が落とした重たい何かを拾い上げているのが、イルトの夜目にも分かった。
(…女の子…?)
 声には出さず、イルトはただひたすら闇の人影を睨みつけた。
「ごめんなさい、大丈夫でした?」
 人影の言葉と共に、眩い光の輪がイルトの顔面を照らした。
「!」
 突然の人工的な光にイルトの視力が一瞬奪われる。それは懐中電灯の光。イルトは眩しくて片腕で目許を庇いながら光の向こうにいる人間を見やった。
「……………怪我人がいるのですか?」
 長い「間」の後、人影が問いかけてくる。
 ようやく光に慣れてきたイルトの目には、黒髪の少女の姿が映し出された。年はイルトと同年代というところ。黒髪を頭の後ろでまとめ、耳の隣でリボンのように黒髪が垂れて生き物のように揺れている。髪の色と対照的に、白いシャツに白いエプロン、白いパンツと、何故か全身を白色で統一させている。そのために、袖や裾や膝部分が土色に汚れているのが目だった。背中に不自然に膨らんだ鞄を担ぎ、懐中電灯をこちらにむけて目を丸くしている。黒目が多い瞳が一度イルトを見やった後、その背後のグレンに移っていた。イルトの背後を覗き込み、長身が作る長い影に隠れたグレンに懐中電灯の光を当てた。薬草園を囲む高い壁の一角に凭れて座り込み、動かない。左半身が酷く赤かった。
「その出血量ですと、銃創ですか?」
 冷静な声の後、少女は背後を肩越しに一度振り返った。まだサイレンの音を木霊させている、市場通りの方面へ。
(…気が付いてる……?)
 質問には答えずイルトは警戒心を面持ちに表出させた。片膝を地面につけた低い姿勢から、少女に厳しい視線をぶつける。少女の目にもその様子はまるで、主人を護り威嚇する忠実な―。
「そんな怖い顔しなくても、大丈夫です」
 手を顔の横に上げて、懐中電灯以外に何も持っていない事を示して少女はイルトに歩み寄る。
「私も、警察局に見つかりたくないので。」
 そのままイルトの真横をすり抜け、懐中電灯を地面に置いてグレンの前にしゃがみ込んだ。傷に手を伸ばしかけて、止めてイルトを振り返ってきた。
「この人に触りますよ、いいですか?」
「え?」
「だって、今にも噛み付いてきそうな顔でしたから」
「………」
 気がつけば低い位置から、威嚇するように前のめりになっていた。姿勢を正して、イルトは横をすり抜けていった少女の姿を目で追って振り返る。白い衣服の少女はグレンの肩をしばる布に指先で少し触れて、それから下から面持ちを覗き込んで額に触れた。
「貧血で体温が失われた上に濡れて更に体温が下がったのですね。意識を失ったのはそのせいでしょう。今は傷が熱を持ち始めています。これで更に風邪でも引かれたら、大変ですよ。弾は体内に残っているのですか?」
「弾―どう、なんだろう。多分、無いと思う」
 整然とした少女の言葉の羅列にイルトはただ頷いていた。
 ラースルの銃は普通の銃器と異なるとグレンは言っていたが、違いが分からなかった。
「弾が残っていないのであれば、私でも何とかなりそうです。残念ながら父はまだしばらく戻らないのです」
「え?」
「すぐ近くですので、さあ、行きましょう。」
「さあ、ってどこへ?」
「大丈夫です、小さいですが、れっきとした診療所です」
「診療所?」
 独りで進んでいく少女の話にイルトはついていくのが精一杯だった。白服の少女はいたって真面目な顔で、あまり表情を変えずに立ち上がり、市場通りとは反対方向を指差した。何が入っているのか、背負った鞄がもっさりと何かかさ張る音を立てている。涼やかな緑の香りがした。
「ええ、動物診療所です。」
「ど……」
「でも大丈夫」
「どう大丈夫…」
「父は小動物専門ですが、私は、人間の医者志望ですから」
「結局医者でもなんでもないじゃないか」
 冗談じゃない、とイルトは少女とグレンの間に腕をさし伸ばして拒否した。
「でも、頼れる所がないのですよね」
「………―」
 少女の言葉はイルトの図星をついていたが、
(だけどいくらなんでも)
 無免許の、しかも自分と年の変わらぬ少女に怪我人を任せることは出来ない。
「誤解しないでください。私に治せるだなんて自惚れていませんから。」
 イルトの考えに少女の言葉が重なる。逆に、信用してもいいと少しは思えたほどに、少女は真摯だった。
「こう考えてはどうでしょう。私はこの人に、安心して眠る事のできる場所、乾いた服、清潔な包帯と消毒薬、水を提供する事ができます。いかがですか?」
「………」
 イルトは、身動きどころか寝息一つたてないグレンを一瞥する。少女の言葉を信じて良いのか、イルトは迷っていた。淡々としていながらも、まっすぐな少女の言葉と視と声は、姉が淹れてくれる薬草茶のような、人に平静さを与える効力を持っている。
(……信じていいのか…?)
グレンと少女の間で揺れる視線の動きはそのまま、イルトの迷いを表していた。
 だが次の少女の言葉が、イルトを決断に導く事になる。
「私、ミソラといいます。憶えていませんか?イルト君」
「―何………?」
 ―イルト君
 学校を卒業してからもうどれくらい経つか。それ以来、イルトをそう呼ぶ人間はいなくなっていた。ミソラ自身に対して鮮明な記憶を引き出すことはできずにいるが、
耳から入るその呼称はひどく懐かしいものに感じられた。



ACT8-12⇒
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