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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT8-8
08

(だめだめだめ!)
 心の中で首を横に振ってエルリオは息を飲み込んだ。
 グレンという人物の生死と行方が知れないという点でミリアムも、保護者である父親をなくしたエルリオと同じだ。
 拠り所を失くした計り知れない悲しみと不安を誰よりも共感できるのは自分であるはず。加えてミリアムは記憶も曖昧であり、しかも本人の意思とは全く関係なく置かされた立場により、敵国のど真ん中に独り放り出されて町を彷徨う事に―その苦しみはエルリオにも分からない。
 父親を亡くして募る不の感情、その矛先を一時的とはいえ、初めて出会ったあの日にミリアムへ向けてしまった過去の自分を、エルリオは恥じた。
(やっぱり何もかも軍のせいだ…―)
 今は父親の事だけではなく、ミリアムへの非道な仕打ちにも怒りを覚える。
 複雑に絡まった感情を丸めて飲み込む。手にしていた木の棒を逆手にもち、地面に突きたてた。乾いて脆くなった表面が崩れて小さな穴を開けた。砂塵は風に巻き込まれて足下を通り過ぎていく。
「―あ!」
 グレンつながりで重大な事を思い出してエルリオは思わず声を上げた。甲高く夜の谷に木霊した声に自分で驚いて両手で口を覆う。
「ちょっと、二人に見てもらいたいものがあるの」
 立ち上がり、一度ヴィルとジャスミンを振り向いたあとエルリオは靴の裏で砂の上に描かれている模様を次々と消し始めた。白く乾いた砂煙が、もうもうと夜の空気を漂っては消えていく。小さな砂嵐の様子を眺めながら、ヴィルとジャスミンはエルリオの行動を待った。
「キュー」
 ミリアムの膝の上からキューを拝借して自分の右肩に乗せ、語りかける。
「「あれ」を思い出して」
「あれ」の言葉にミリアムが顔を上げる。その様子にジャスミンとヴィルがお互いに顔を見合わせ、また視線をエルリオに戻した。
 エルリオは右肩に乗るキューに自分の左手を添えた。そっと目を閉じる。
(この二人なら…きっと大丈夫―)
 根拠はないが確かな感覚と共にエルリオは深呼吸をし、
「眠りに落ちた記憶よ、目覚め出でよ」
 長い吐息と共に静かに言葉を紡ぎだした。単語が一つ一つ音としてエルリオの口から唱えられるごとに、左手の中で白い縫いぐるみの背中が発光し始める。
 キューの体の中に縫い付けられた記憶の印が発動していた。
 淡い光がまるでランタンのように丸い光彩を描き辺りを仄かに照らすが、今度は空を飛び交う竜の様子に変化は見えなかった。
 木の棒を持ったエルリオの手がおもむろに、乾いた地面に巨大な線を描き始めた。体全体を使い、線を跨ぎながら、三人が見守る中、篝火に照らされてまるで舞いを踊るように緩やかに、エルリオは足元いっぱいに模様を描ききった。
「これ…は」
 円陣が複数重なる中央に、複雑な幾何学模様を有している、印。
 ミリアムのピルケースの中に眠っていた「鍵」だ。
「ふう」
 線を描ききったエルリオは深く息を吐き出しながら、キューから手を離して背伸びをした。
「何の模様なの?」
「…印か?」
「印、こんな複雑な?」
 ヴィルの背後にいたジャスミンが一歩踏み出して地面の印を覗き込む。
「見覚え、無い…かな?」
 木の枝を持った手を後ろで組んで描いた模様の側に立って、エルリオは二人の反応を下から窺う。特にヴィルは軍の研究局に所属していた経験もある事から、少しでも経験と記憶の端に引っかかるものないかと、期待を込める。
 ジャスミンは左右に歩を進めて幾度か角度を変えて、ヴィルはその場から動かず視線だけで、各々違う反応をもって印を観察している。
 ヴィルが首を横に振った。
「私にも、分からないわ…。これは、何の印なの?」
「そっかぁ…」
 ジャスミンの問いを受けてエルリオは、あらかじめ用意していた答えを出そうと口を開きかける。だが視界に映るミリアムの様子に異変が生じている事に気がついた。
「ミリアム?」
 エルリオが呼びかける先に立つミリアムは、地面に彫られるようにして描かれた足元一面の印を見つめていた。名前を呼ばれた事に気がついていない様子で、瞬きも忘れていた。
「どうしたの?」
 再び呼びかけてみる。周囲すべての音を聴覚が拾い忘れて、ミリアムの意識は視覚一点に集中しているようだった。
「-?」
 ヴィルとジャスミンも異変に気がつき、印に向けていた視線を篝火に照らされるミリアムを見た。三人の視線の中でミリアムはついと歩を前に進めた。爪先が印の端を踏む。そして次の一歩がまた印の線を踏む。五つ歩を進めたところ、印のちょうど中央でミリアムは足を止めた。
 両足を揃え、足元を見つめている。ネジを巻いてくれるのを待っているオルゴール人形のように。
(どうしちゃったの??)
 理由が全く分からず成り行きを見守っているうち、エルリオは地面に接した足の裏に微かな振動を感じ始めた。
「?」
 同じように足元を見やるヴィルとジャスミンの様子からも、振動がエルリオの気のせいではない事を証明している。
「地震、か?」
 微かな振動が次第にはっきりとした震動へと変わる。岩盤地帯国アリタスにおいて地震は皆無に近いほど稀な自然現象だ。
「この国で地震なんて……いえ、違う」
 ジャスミンがミリアムを指差す。地面に浅く刻まれた印がミリアムの足元を中心に白い噴煙を上げ始めていた。
「地震じゃ、ない?」
 呟いてエルリオはミリアムに駆け寄ろうと一歩足を踏み出すが、
「きゃっ!」
 爪先が印を踏んだ途端、全身に体当たりされたように空気の壁に突き飛ばされる。たまらずその場に尻餅をつくと、ジャスミンが駆け寄ってきてくれた。印の中央でミリアムは、足元に舞う粉塵の中、両側に垂らしていた両手を徐々に前方に持ち上げる。その動きはまるで、厳かな儀式に臨む巫女のよう。
「!?」
 収まらない震動音の中、微かな瓦解音を耳にしてヴィルは谷が見渡せる岩壁の端に駆け寄る。低空を飛んでいた竜達が不安そうに次々と高度を上げていく。暗がりだった下層に少しずつ明かりが灯り始める。
「何の音だったんだ」
 独語と共にヴィルは再びエルリオの元に戻る。
「今度は一体なんなんだ、これは」
 怒っている、というよりも呆れ半分でヴィルはエルリオに詰め寄った。
「ご、ごめんなさい…実は分からないんだ…だから二人にも見てもらうつもりで描いたら…。ミリアムがあんな反応をするのは初めてなの」
「なんだと?」
 今度はヴィルがミリアムに歩を進める。だが、印に足を踏み入れた時点で結果は同じだった。ミリアムが両手を前方に差し伸ばすと、足元に木の枝で描いただけの印が淡く光を持ち始めた。震動はまだ続いている。
「―う…」
 ミリアムに変化が表れる。儀式的に持ち上げた両手が崩され、糸が一本切れてしまった操り人形のように背中ががくんと折れ、両手が重力に従ってぶら下がった。瞠目する三人の前でしばらく穴から這い出した小動物のように丸くなったまま、ミリアムはしばし動かない。
「震動が…」
 心なしか、足元から感じる震動が弱くなっている気がする。
「は……」
 息を吐き出すと同時に言葉を漏らしたミリアムが再び急に顔を上げた。
「ミリ…」と呼びかけるエルリオの声を蹴散らして、
「消して!」
 と声が上がった。
「え?」
 それがミリアムの口から出された声だとすぐに認識する事ができなかった。
「印を消しなさい、早く!」
 苛立ちが加わって再びミリアムの口がエルリオ達に命令を放った。これまでにミリアムの口から聞いた事の無い、張りのある凛とした声だった。
「で、でも…」
 エルリオは戸惑う。印に近づく事さえできない状態なのに。
「下がっていろ」
 動いたのはヴィル。印の手前に立ち止まると右手を伸ばした。空気を掴むように強く握るとその拳をおもむろに左に移動させて、そこから拳を手刀の形に開きながら右へと水平に振りぬいた。
 印から発せられた風が地を削っていく。水辺に打ち寄せる白波のようにエルリオが描いた線が消されていき、ミリアムの足元、印の半分が消された状態で止まった。
それに伴い震動も止まり、光も消えうせた。
「……止まった…?」
 震動音が消えて、高い上空を交差する竜の遠い嘶きが鮮明に耳に入ってくるようになる。
「竜とは臆病な生き物なのね」
 風の余韻と共に少女の声がエルリオ達の元に流れてきた。
「いえ、繊細なのかしら?」
 ギャーギャーと啼く空を一瞥してミリアムは気だるそうに緩慢と背伸びをする。頭の上で組んだ腕を空に向けて、自らも視線を星空の竜に向けている。降ろした手をそのまま長い髪の毛に持っていき、柔らかな毛先を指先に絡ませてすく。
(違う……)
「誰…?」
 エルリオの口から自然と疑問が滑り落ちる。
 目の前にいる少女は、エルリオの知るミリアムではない。十四歳の少女に不釣合いな艶を含んだ仕草、指先に絡めた毛先を見る瞳の色も、エルリオの前でよく泣いていた少女とは違っていた。
 灰色に近い銀色の瞳がエルリオを向いた。髪の毛を玩んでいた両手を下ろしてミリアムは静かに歩みを進め始めた。
「人に尋ねる前に」
 花びらのような唇に今は、畏怖を与える笑みが浮かんでいる。
「あなたが名乗ってはどうなの?」
「え」
 三歩ほど離れた距離で足を止めたミリアムが両腕を組んでこちらを見つめて、というよりも「見下ろして」いる。身長はエルリオが若干勝っているにも関わらず、高い場所から物を言われているようだった。
(はあ!?)
 これまでのミリアムはどうしてしまったのか、あの地震は何であったのか、本来気に留めなければならない事を一瞬すべて放り出して、エルリオの頭の中で糸が切れる音が木霊した。
「あんたこそ、それが初対面の人間に対する態度なわけ!?」
 負けじと人差し指をミリアムに向けてエルリオは精一杯怒ってみせた。「初対面」という言葉が不思議と自然に口から出ていた。
 自信があったのだ。今ここにいるのは、ミリアムではないと。
「それに、何でいまさら私が名乗る必要があるの。出会って、二人で旅をして、もうだいぶ経つのに…」
 最後は声が徐々に掠れていった。別人であろうと確信している一方で、ミリアムと同じ姿をしている人間から完全に忘れ去られているのは寂しかった。
「旅……では聞きますが、ここはどこなの?」
 エルリオの怒りや寂寥を全て素通りさせてミリアムの姿をした人物は、ヴィル、ジャスミンに視線を巡らせ、そして己の背後も振り返り見渡し始めた。
(人の話を全然聞いてないじゃないっ!)
 私の気持ちを返せ、と内心で弱弱しくなりかけた自分の気持ちを踏み潰す。エルリオはどう言い返すべきか思案して唇を噛んだ。
「ここは竜翼谷、シュテラール・バレー。竜と人が住まう谷。俺は当地を取り締まるヴィル・レストムという者だ」
 エルリオの一歩手前からヴィルの声。
「差し支えないようであれば、貴女の御名を聞かせて貰えないだろうか」
 目の前の違和感に対してヴィルは適切な対応をしていると言えた。
「まあまあね。」
 エルリオからすれば高飛車の具現は、満足したように微笑み、組んでいた腕を解いて軽い会釈をヴィルに向けた。スカートの両端を小さく持ち上げるそれは、ミリアムも見せていたもの。
「私の名は―、そうね…リューシェ…リューシェよ」
 顔を上げた少女は己の胸元に手をあてた。
「分かっていると思うけれど、私は、ミリアムとは違うわ」
 ミリアムの姿で、リューシェと名乗った女はそう言った。
「違うけれど、同じでもある。」
 胸元にあてた右手に左手も重ね、そっと瞳を伏せてリューシェは微笑む。それは、先程までの女傑の笑みとは異なる、慈しみの色だった。
「そこのあなた」
 そう思う間もなく、また不敵な視線が急旋回してくる。思わずエルリオはぐっと息を止めた。
「私が名乗ったのだからあなたもお名乗りなさい。」
「エ、エルリオ……。エルリオ・グレンデール…」
 少々、素直に名乗るのが癪だが、妙にリューシェの物言いには引力があった。白を黒だと言いくるめそうな、そんな勢いと力があると思った。
「グレンデール?ではワイヴァン・グレンデールとあなたはどのような関係?」
「―ワイヴァンは、父、です」
 本当ならもっと驚くべきだったのであろうが、ミリアムがワイヴァンを知っているのならリューシェも知っている、そんな風に頭が勝手に租借していた。
「そう…あなたが娘…」
 伸ばした指先を顎にあててリューシェは言葉を一旦飲み込んだ。その仕草もミリアムと同じだった。エルリオから外した視線を足元にやり、ヴィルにより半分に消された印の残骸を見やる。
「では、グレン、といえば誰の事か分かるかしら?」
「……」
 またその名前。
 恐らくミリアムの言う「グレン」と同一人物を差しているのだろう。
 エルリオは首を横に振った。
「そう………」
 その応えに、リューシェの瞳が曇った。灰色の幕が下りたように何も写さなくなった視がエルリオに向いたまま動きを止めた。
「…?」
「どうしたのかしら?」
 訝しがるエルリオの背後からジャスミンが呟く。直後、突然膝が折れてミリアムの体はその場に座り込んだ。駆け寄り、だが恐々と横からエルリオは覗き込む。
「……あら」
 砂地を映して灰色だったミリアムの瞳に、スライドの写真が入れ替わるように生きた色が戻った。
「…あら?」
 同じ言葉を繰り返してミリアムが丸い瞳でエルリオを見上げた。そして三度目の「あら」を言いながら自分が半分消失した印の上に座り込んでいる事に気がつく。
「あ、ご、ごめんなさい、私ったら消してしまって!」
 慌ててミリアムが立ち上がろうとする前に、エルリオも少し線が残った印の上にしゃがみこんだ。
「ミリアム…?」
(だよね?)
 確認する目的で顔を覗き込んで名前を呼んでみると、「ごめんなさい、エルリオさん」とうろたえる声で返って来た。
「大丈夫よ、慌てなくても。消したのはヴィル様だから」
 ジャスミンのフォローに幾らか安堵して笑みを見せるミリアムは、確かにエルリオの知るミリアムだった。



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