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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT8-6
06

 走った。少しでも速く、早く。
「どこだ…どこから聞こえたんだ」
 油断すると靴底をとられて転びかねない石畳を踏み越えて、イルトは土地勘を頼りに市場通り脇を駆け抜けた。全ての店が閉まっている時間帯である事と、先程からの銃声騒ぎで、市場通りは昼間の盛況さからは別世界と思えるほどに閑散としていた。
 間違いでなければ、銃声は長く真っ直ぐに伸びた市場通りの端から聞こえたはず。果てしなく遠くに見える道の終わりを目指してイルトは走り続けた。
 何故?何のために?
「…………」
 前に進む足取りに迷いはなく、心はひたすら目的地にいるであろう「主人」の姿を求めていた。だが脳裏に疑問符が幾度と浮遊する。なぜ自分は今、あの得体の知れない男のために全力疾走しているのか。
 あの男が本当に英雄と謳われた人物で、歴史上に幾度と名を残した男だと、どこに明確な証があるというのか。村で見た数々の書類や写真、ドッグタグ、あれらが本物であると誰が証明できるのだ。父があの男に仕えた証もなければ、そもそも半ば強引に印を受け継がされた自分に、訳の分からない使命を遂行する義務が本当にあるのか。もし義務であるとするなら、何故彼は自分と別行動をとったのか。
(俺を逃がすため…なんて事はないよな?)
 現実的に考えれば幾らでも否定できる事ばかりだ。
「俺はただ踊らされているだけ―」
 何度もそう思ったはず。
 だがグレンが発する「命令」はやけに体に馴染んだ。矢継ぎ早に投げられる指示。耳は一言として聞き漏らす事なく、手足や視はそれを実行するための最適な動きを選んでいた。
 課題があり、指示が出され、実行し、成功という結果をもたらす。
 楽しいとさえ思った。
「命令されるのが楽しいって、俺は犬かー!」
 頭のむず痒さを振り払うためにイルトはさらに速度を上げた。
 イルトは自身で誤解しているが、命令「される事」が楽しいわけではない。自己分析が完結しないままイルトは確実に目的地に近づいていた。
「あああ!」
 獣の咆哮かとも思える声が響いてきた。
「―!?」
 立て続けに、何故か水飛沫が上がる音と、また別の叫び声も重なった。
 体を回転させて足を止め、奥まったエリアへと繋がる横道へと直角に方向を変えてイルトは再び走り出した。市場通りの末端から続く歩道を抜けるとそこは、フラスコ状に広まった三叉路。
「!」
 急に開けた視界、イルトの目に飛び込んできたのは、縁石上に座り込んだグレンの姿と、背中を見せている黒く大柄な人影。
(あいつ!)
 咄嗟に名前が出てこなかったが、どうでも良かった。
 男の右手に握られた銃の口が向けられている先は、グレン。
―撃つつもりか
 体の神経がそう理解した瞬間、言葉で思うよりも先にまず足が動いた。今あの男、ラースルがトリガーを引いたとしたら、この距離で間に合うはずがない。だがそんな計算よりもただ、イルトの気持ちは前へ前へと向いていた。
「来るな!」
 グレンの口が短い「命令」を叫んだが、それを聞くわけにはいかなかった。

 この夜、三度目の銃声が空に轟いた。

「………っ」
 訪れるはずの強烈な痛みを覚悟してグレンは固く目を閉じたが、それはいっこうにやってこなかった。
「…?」
 一方で、発砲した瞬間の奇妙な手ごたえにラースルは瞠目した。手ぶれが起きたものの確かに標的の部位を撃ち抜いたはずだったが、目の前のグレンから飛び散るはずの血が、見えない。
「ぬあ!」
 疑問を浮かべる間もなく、ラースルは背中に騒々しい声と衝撃を感じた。受身をとれず横に飛ばされてラースルは右半身から濡れた石畳の路上に滑り落ちる。
「く!」
 転がりながら即座に体を起こして立ち上がると、目の前にラースルが「犬」呼ばわりした人間が滑り込んできた。流れきっていない水が飛沫のシュプールを上げる。
「イルト…」
 座り込んだままその背中を見上げるグレンと、主人を護るべくその前に立ち塞がる「犬」。ロータリーで見た光景と同じだった。だが決定的に違うのが、
「お前、それ…」
 イルトの肩を染めている、「赤」。そして僅かに白煙を上げている傷。
 血だった。たった今受けたばかりの銃創。
 肩から血を流した「犬」が、射抜くような視線をラースルに向けている。
「な……一体…」
 ラースルは混乱した。
 確かに自分は、背中に衝撃を感じる前に、グレン向けて引き金を引いた。己の右手の平は確実に、銃が光弾を発する衝撃を感じた。背中から「犬」に体当たりされる形で横に転がったのはその後のはずだ。
「なのに何故お前に当たっているんだ!」
 一方でグレンは、
「発動してしまったのか……」
 若干の震えが混在した声を漏らして緩慢に立ち上がった。
「何がだよ……そんな事より、何なんだよこの有様は」
 痛みに顔をしかめて呟きながら、イルトは赤く染まった左肩を右手で強く抑えた。右手の平に血液の熱と不快な粘着感が広がる。握りつぶすようにして更に強く手の平に力を込めた。印が刻まれた手の平が白く発光する。
 呆然とするラースルと、愕然とするグレンとの間でイルトはただ左肩で暴れる猛烈な痛みを右手で抑え付けていた。
 だが―。
「…ん?」
 間の抜けた声と共に突如として痛みは消えた。
「あ、あれ?」
 右手から光が消えると同時に、痛みが消え、そしてまた手の平で感じていた血液の感触も、消えた。
「怪我…傷を見せてくれ」
 青白んだ面持ちで背後からグレンが歩み寄ってきた。
 恐る恐る左肩から右手を離すと、
「傷―、」
「治癒している…」
 その場にいる誰よりも驚愕を面持ちに表出させてイルトは、元通りになった己の左肩を眺めた。
 左腕を回してみる。痛くない。左肩を回してみる。痛くない。
「どうしちゃったんだ、俺の体」
 痛みが去った事にイルトは単純に喜びたかったが、振り向いた先にあるグレンの表情が徐々にこれまでに見たことのない類の感情に変わりつつある事に気がつく。
 それは、
「なんで怒って―」
 怒りだった。
「畜生!一体何が…」
 イルトの疑問を遮るようにラースルの低い罵声が吐き出された。唖然と苛立ちの葛藤が煮え繰り返る腸からせり上がり、喉を振るわせる。ラースルは再び銃を握った右手を前方に伸ばした。
「あ」
「撃たせるな!」
 イルトがそれに気がつくと同時にグレンの声。
 言われなくとも、と体が自然に動いた。左肩にあてていた右手をそのまま前方に振り抜き、同時に足が走り出していた。イルトの発した白光の鞭がラースルの右手首を弾き叩く。
「右からだ」
 ラースルの意識が一瞬、右手から落下していく銃に奪われた瞬間だった。声に導かれるままにイルトは僅かに軌道を変えて右横、つまりラースルの左腕の元に飛び込むように最後の一歩を跳んだ。そこはイルトから最も近い、ラースルの死角。
「叩き込め!」
 グレンのいつに無く鋭い命令がイルトの両手を動かした。祈るような形に組んだ両手を右から振り上げ、
「っぁあ!」
 勢いのままに死角からラースルの左半身に向けて叩き込んだ。
「ぐぁ!」
 確かな手ごたえと共にラースルの声、続けざまに背後から「ナイフに気をつけろ!」とグレンの声。イルトの左下、バランスを崩したラースルの体の下から落ちているナイフが見え隠れする。
 次の一瞬、銃を落としたラースルの右手がナイフを拾い上げ、傷を負った左手で受身をとり、縮こまるバネのように地に両足で降り立っていた。
(下から―!?)
 思う間もなくバネの如く伸び上がる黒い影が足元からせりあがる。
「げほっ」
 後ろからシャツを勢いよく引かれてイルトは奇妙な咽び声を漏らしながら、後方に仰け反った。ナイフの切っ先が胸元を掠って突き上がる、と同時にイルトの右肩と右頬を風が乱暴に撫で去り、背後から天蓋柱の金属棒が突き出された。
「っが!」
「!」
 短くくぐもったラースルの声と共にイルトの目の前に赤色が飛び散った。
頬に当たる生ぬるい感触。
今度はワインではなく、血。
目の前に迫っていたラースルの手からナイフが力なく落ちていった。
「―え」
 足元に落ちたはずのナイフの音が、やけに遠くに聞こえる。
 右肩越しにイルトが振り返ると、すぐ傍にグレンの顔があった。
 左手でイルトの背中を掴み、イルトの右背後から横に右足を踏み出し、右手で逆手に掴んだ金属棒をラースルに向けて突き出していた。
 土床に深く刺し込む目的で作られた鋭い尖端を持つ金属は今、グレンの右手によりラースルの胸元を刺し貫いている。
「なっ…!」
 想像を超えた出来事にただイルトが瞠目する中で、グレンの両眼は何も映していないかのような虚無の色をしていた。この男と出遭ってから見た中で、最も険しく、そして闇色を落とした面持ちだった。
「…っ」
 イルトは思わず顔を逸らして両目を固く瞑った。グレンは無感慨に右手を開く。ラースルの大柄な体は金属棒を生やしたままその場に崩れ落ちた。
その時に彼がどんな面持ちでいたのか―、イルトには見ることが出来なかった。
 近くにいたグレンの気配が動き、イルトは恐る恐る視界を開く。グレンが石畳に落ちている銃、そしてナイフを拾い上げている姿が目に入る。銃を拾い上げるときに、金属音が小さくぶつかり合う音がした。自宅の暖炉にある火掻き棒を重ねた時にたてる音と似ているとイルトは思ったが、当たり前だがそれとは全く別物だった。
 右手に銃、左手にナイフをおざなりに持ったままグレンはラースルに歩み寄った。
「こう、なる事も…計算済みだったのか」
 足元から、掠れた声が途切れつつ聞こえてくる。途絶えようとする生の流れを懸命に維持させようとするラースルの上半身は荒い呼吸に上下していた。だが彼の面持ちは既に苦悶を通り越し、むしろ静謐に沈みつつある。イルトからは、それを見下ろすグレンの表情を見ることが出来ない。
「君が私に殺意を向けた時点で、こうなるだろうとは思っていた」
 静かな声だけが聞こえてくる。
(なんだって?)
 イルトは目を細めた。
「いずれにしろ…俺が死ぬって事か」
 ラースルの言葉にグレンは首を横に振る。
「私に有利な状況さえ作り出せれば、聡い君なら深追いを止めて逃げ去るだろうと期待していた」
 だが出来なかった。
「君は、強すぎた」
「…………」
 短い無言を挟んでラースルが小さく鼻で哂った。
「お前を、追いかけたのが…、そもそもの間違いだったんだな…」
 言葉は後悔の意を紡いでいたが、死に行く男の声は平静だった。
「君のような人材とは違う形で出遭いたかった」
 これが、ラースルが聞いた最期の言葉だった。
「俺はごめんだ…」
 そしてこれが、彼が発した最期の言葉となる。
 上下していた胸郭の動きが徐々に動きを止め、口元から溢れ出ていた血液が止まった。
(し、し、死んだ…?)
 イルトはその様子を、一人の人間が生を失っていく過程を、たた茫漠たる面持ちで見つめていた。次に自分がとるべき行動、口にするべき言葉を全て失った状態で、目の前の光景を瞳に映すしかできない。
 そんな中で、グレンがラースルの亡骸の側に膝をついた。グレンの、全身を水に濡らし、左肩から腕全体にかけて酷く血に染まっている姿に、イルトは軽い眩暈を瞼の奥に感じた。すでに生理現象のように。
「グレ…」
「ん…?」
 駆け寄るイルトを振り向きながら、グレンは血溜まりとなった石畳とラースルの背中の間に手を差し入れ、何かを引き抜いた。
「あ」
 イルトからもそれが、真っ赤に染まった封筒だと分かる。完全に血でふやけたそれは今や、身元が割れる情報を記載した危険証拠物でしかない。封筒とラースルの武器を手に立ち上がり、グレンは周囲をあらかた見渡した。
 ラースルの口は塞げたが、証拠を残しすぎている。ふと、己の左腕に目をやり、撃たれた傷からかなりの血液を石畳に撒き散らしてしまった事に気がついて小さく舌打ちした。ゴボゴボと音をたてて排水溝が水を飲み込んでいる。いくらかは流れ去るであろうが、気休めだ。
(仕方ない……)
 だがすぐに小さな溜息と共に次の行動に移る。手にしていた銃に目をやり、手首を返してグリップの底を見る。「ふむ」と低く呟いて再び手首を戻し、通常の銃であれば安全装置がついている辺りを反対の手の腹で軽く叩くと同時にグリップを握る手の指を擦るように動かした。金属音をたててグリップから黒い物が滑り落ちて足元に転がった。それはひとまず無視してグレンは自分のシャツの裾を持ち上げて己が触れたグリップ部分を拭き始める。シャツは更に血で薄汚れるが、ワインの汚れと大差なかった。
(指紋を消しているのか…)
 真っ白になった頭の中に、やぶ蚊が飛ぶような曖昧さでイルトの脳裏に思考が復活しつつある。
 指紋を拭き取った後の銃をラースルの手に再び握らせて彼の指紋を付ける事も考えたが、
「どうせ発覚するのだからいいか…」
 と独語を漏らしながら、放り出されたラースルの右手から少し距離を置いた場所に銃を投げ捨てた。踵を返し、先ほど落とした何かを拾った後、呆然と立ち尽くすイルトに向き直った。
「行こう、そろそろ誰かやってきそうだ」
 彼の言葉は正しく、俄かに市場通りに面した街道の向こう側が騒がしくなりつつあった。
「………」
 イルトは混乱してばかりの頭を二度ほど振り、そしてようやく小さく頷く事だけできた。踵を返す前に、残った最後の勇気をもって目の前の光景を見渡す。
狭い三叉路の中心点に、まるで時計の長針のように横たわる男の亡骸の影。
網目状の雲に翳り始めた朧月の光と共に、闇に飲み込まれようとしていた。





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