このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT8-5
05

「がっ…」
「っつ…!」
 どちらのものとも分からない二つの呻声がぶつかり合い、そして離れた。
 金属が固い物にぶつかる音を最後に、忙しなく動いていた音が止んだ。代わりに二人分の息遣いが交互に空気を這う。
 ようやく思考する間を与えられたラースルは左腕に走る熱を持った痛みに目をしかめて前方を見やった。ちょうど市場通りに抜けられる道の手前の歩道縁に腰掛けるように、グレンがラースルと同じように左腕を右手で押さえて座り込んでいる姿があった。
 感じた手ごたえ通り、銃が発した光弾は標的の左腕に当たっていた。
「一体…」
 そこから視線を自分の周囲に落とすと、
「……?」
 真っ二つに引き裂かれた厚手の白布が足元を覆い、その周辺に幾つもの金属の棒が散乱していた。その内の数本は石畳の縁をぬって地に突き刺さっていた。金属棒はいずれも鋭い尖端をもっていた。ラースルの左腕を抉った棒もすぐ傍に血で汚れて落ちている。
「―何だこれは」
 苦々しく呟きながらグレンの傍らに目をやりラースルは瞠目する。グレンのすぐ脇から西に伸びる道は、市場通りに抜けられる小道。それに気付きラースルはここが市場通りの裏手だと改めて気がつく。白い布と金属棒はいずれも市場通りに露店用の天蓋を張るための、庁舎が用意した備品。市場通りの裏手にボックスを設け、無造作に置かれていたものだった。
(まさか敢えてこの場所に俺を)
 引っ叩かれるような感覚と共に急に周囲が見え始める。ロータリーよりは道幅の狭い市場通りの端に背中合わせとなっている裏通り。三本の小道が合流しているために空間がフラスコ型になっている。ちょうど道幅が狭くなった位置にグレンがいて、その背後には市場通りの出展者用備品が無造作にいくつも置かれている。そして脇には、古びた蛇口が取り付けられた水のみ場、道脇に沿って排水溝が並んでいる。縁石側には消火栓と旧式の街灯と電柱も並んでいた。
「!?」
 焦りと共に忙しなく周囲を巡っていたラースルの視界の端で何かが動いた。反射的に意識がそちらに向く。銀色の物体が空中に放られていた。差し込む月光を受けて反射光を放ち、皓光がラースルの視界を瞬間的に白ませる。
―奴の罠だ
 本能がそう察してラースルは立ち上がりかける、だが、動かない。
「く!?」
 足元で乱雑に広がり絡まる天蓋用の厚手布の片側が一本の金属棒で地に縫いとめられ、もう片側は布に取り付けられている錘が片足に絡みつき、思いのほかに重量をもってラースルから動きを奪っていた。
 ガシャッ―
 硝子が割れる音が高々と響く。ラースルの意識がまた反射的にそちらに向けさせられた。それは、グレンによって放られた、市場通りの飾りつけ用備品である銀メッキのオーナメント。
 二重三重に反射神経と防衛本能の隙をつかれたラースルは、グレンに行動を起こさせる時間を与えてしまっていた。力任せに天蓋布を剥ぎ取り立ち上がりかけた時、ラースルの耳は凄まじい水の爆音を聞いた。
「なん―」
 何だ、と言葉にする前に大量の水が顔を始め全身を襲う。水は冷たさと威力を持っていた。壁を突き破るようにしてラースルは呼吸を奪われるほどの水流から逃げる。靴が漬かるまでに水浸しとなった縁石付近に着地しグレンの姿を追った。
 洪水の元は消火栓だった。栓が外され、大口を開けて気が違ったように水を吐き出している。グレンの姿はその更に右方向にある旧式の電柱にあった。
「―くっ」
 無事だった右手で何かを力任せに引きちぎる。
「小賢しいマネをっ!」
 この電柱は、祭事時に市場通りをオーナメントで装飾する際に用いられる送電源として旧式のものがそのまま使われているもの。ラースルが瞠目する中、グレンは電柱に取り付けられていたパネルから引きちぎった、先端の露出した黒いコードをラースルに向けて放った。水はグレンの足下で口を開ける排水溝に向かい面積を広げている。
 放ったコードが着水するのに充分、近い。
「まさか…!」
 ラースルには、地を這う水に向かい緩慢に落ちていくコードの先端の行方を見つめるだけの時間しか、与えられなかった。
「ぐああああっ!」
 低い男の叫び声が轟いた。
 人は火達磨になるともがき苦しみ、壊れた玩具のように支離滅裂に動き回る。だが凄まじい電流は全身の神経を侵し、体を内外から焼き尽くすまで激しい痙攣によって手足の動きを止めてしまうのだ。
 ラースルと共に水に浸った三叉路全体が青白い電流に包まれる。
「…………」
 唯一、乾いた縁石上に立ち目の前の光景を眺めていたグレンを、点滅する眩光が照らしている。消火栓の水は勢いを失いつつあるが尚も排水し続けていた。
「…?!」
 グレンの目端が眩しそうに細められ、訝しげな面持ちが驚動に変わった。
「ぐ…っぉおおああああ!」
 突然の咆哮。
「何…!」
 今度はグレンの口から困惑が滑り出る。弱まりかけた光の中心でラースルが足下に広がる天蓋布の端を掴み取るのが見えた。一歩、二歩、布を引きずり歩を進めたと思うと、
「あああ!」
 凄まじい咆哮と共に地を蹴り、グレンに向かいながら体全体で反動を生み出し、巨大な天蓋布を一振りした。
「っ!」
 布に含まれていた水が掃射火器の弾丸のように発射される。大粒の水弾丸が襲い掛かった。立っていられないほどの勢いと痛みに両腕で顔を庇いながらグレンは電柱に繋がるコードの端を咄嗟に引き抜いた。直後にラースルが投げつけた布がグレンの腕に絡み付く。
「うっ…!」
 錘によって腕にきつくからみついた布、その端からラースルの腕力に引っ張られてグレンの体は水が浸る三叉路の中に引きずられた。まともに倒れこんで水飛沫が上がる。電流は間一髪で止まっていた。腕を布に引っ張られたままグレンが顔を上げる。ラースルは体中から蒸発による白煙を上げながら丸めた背中で大きく荒い息をしていた。
(何て奴だ…)
 顔にかかる水を乱暴に拭いながらグレンは呆然とラースルを見上げた。これまでに出会ってきた部下の中でも、これほどまでの猛者は多くない。
(彼ほどの男をここまで掻き立てさせる存在とは何だ)
 少年の窃盗騒ぎから端を発した先にある物の存在はやはり、当初の推測より遥かに深く大きいと思わせられた。
 ラースルは意識が半分飛んでいるのか、不安定にゆらりと上半身が揺れている。執念だけで立っている、そんな風に見えた。
 ―俺は…
 見開かれているラースルの両目に、グレンは映っていなかった。混濁し浮き沈みを続ける意識はまず、水の中に立つ己の両足の存在をとらえる。
(―俺は…?)
 意識の深層でラースルは自問する。黒く膜に覆われていた視界が徐々に視野の広さを取り戻し始めた。次に己の手が見える。黒手袋は焼き千切れ、露出した肌の所々に煤のように焦げた火傷を負っていた。痛みの認識と共に意識が急激に浮上した。己が掴む布の先に繋がっているグレンの姿を見とめる。
「貴…様ぁ!」
 急沸した怒りの感情が爆発すると共にラースルの足が地を蹴り、手はナイフに伸びていた。
 危険を察知しグレンは立ち上がり身を引くが、ラースルは短く右手で掴んだ布を更に小脇に挟み、右に体を強く引いた。
「!」
 巻き込まれる形で布ごとグレンの体が更に前方に引きずられる。一瞬の内に、ラースルとグレンの距離が縮まり、この至近距離からラースルのナイフを完全に避けるだけの身体能力を、グレンは持ち合わせていなかった。ただラースルの元に引きずり込まれる勢いを利用し布を左に引くことで、ナイフの切っ先を急所から逸らす事が精一杯だった。
「ぅあぁ!」
 ナイフは心臓を避け、グレンの左肩に突き立った。脳を突きあがる痛みに失われそうになる意識に抗いながら、腕に絡みついた布を振り払った。急に布が緩み左にラースルの重心が落ちる。グレンはラースルの右側に滑り込むように水の中に倒れこんだ。
「くっ……う」
 水が非情なまでに冷たく感じた。身につけているもの全てが水を吸い込み、痛みと疲労と相まって体の重さが倍に感じられる。右肩と右腕だけで何とか半身を起こそうと試みるが、体が水に吸い付くように動かない。
「…っ」
 耳元で揺れる水音が、過去の記憶とシンクロする。こんな時にこそ、人の頭は眠らせていた記憶を引きずり出してくるものだ。長年の経験からグレンが覚った事象の一つである。
 イルトの父ライズが死んだ時も、自分はこうして全身を濡らして水辺に倒れていた。
 百数十年前、用水池に頭を突っ込まれて溺死させられかけた事もある。あれは死ぬほど苦しかった。
(水には良い記憶がないよな…)
 ナイフを肩に生やしたまま右手で抑えてグレンは立ち上がりかけるが、ラースルから数歩遠ざかったところで膝の力が抜けて再び水に膝をついて倒れこんだ。
「はぁ……はぁ…」
 確かな手ごたえを感じたラースルは、全身で懸命に呼吸を続けながらグレンの様子を見下ろしていた。そして後方に落ちている銃を拾い上げる。標的は、無事な右手で体を起こしてなんとか座り込む姿勢でラースルに向き直った。左肩のナイフを右手で引き抜くが、ナイフは力なく落ちて小さな水音が響いた。
「貴様…」
 改めてラースルは己の状態を確認した。顔や手を含め、空気に露出した肌は火傷を負い、全身から未だに焦げ付いた異臭が漂ってくる。爆発した怒りが今は沈静化しており、やけに冷静だった。同時に、目の前にいる相手の忌々しさを再確認する。
(素手の相手にこのザマか…)
 自嘲が込み上げて喉の奥から咳まじりの苦笑が漏れた。
 最速の状況判断、最小限の動き、そして最大限の戦場活用。初期状態における優位性など采配の振り方で如何にも引っくり返せるのだと、現状が雄弁に語っていた。
 だが、
(…負けた……)
 グレンは内心で唇を噛んだ。あれで倒せなければ、敵は確実に最終手段として銃器に手を伸ばすだろう。如何な采配を振るおうとも自分の置かれた状況は、ラースルの物理的有利さに敵う事はない。
 座り込んだままのグレンの様子からラースルも同様の事を感じ取っていた。銃に手を伸ばせば良いだけのこと。最初からそうすればよかったのだ。少なくとも「この戦闘」には勝利する。だがその屈辱的な過程と、結果がもたらす不利益は、ラースルに敗北感しか与えなかった。
「ロータリーで殺しておくべきだった」
 深く長く抉られた左手を無視してラースルは右手に銃を強く握りこんだ。グレンは動く様子を見せなかった。深く沈んだ色影を眉目に浮かべているのは、肉薄している死への覚悟か、それとも思案に足掻いているのか―ラースルには判断できない。だが今彼が直ちにしなければならない事は明確だった。
 目の前の男を撃ち殺して即座に逃走する。ここに死体を残すこともラースルに不都合しか与えないが、もはや彼にはそうする事しかマシな手段として残されていなかった。
「…こんな後味の悪さは初めてだ」
 苦々しい言葉と共に、指先をトリガーにかけ、ラースルは銃口を標的に向けた。標的、グレンは顔を僅かに俯かせ、濡れて水滴を落とし続ける乱れた前髪の奥から真っ直ぐにラースルを見上げていた。
「………貴様、どこかで…?」
 前髪による影がグレンの顔面上半分に影を作り出している。その面立ちに、ラースルは見覚えがあった気がして、トリガーを押し込む指先に一瞬の躊躇いを生じさせた―
 その瞬間だった。
「来るな!」
 グレンの口が短い「命令」を叫んだ。
 誰に?ラースルは咄嗟にグレンの両視の動きを見る。
 だが視線はラースルに向いたまま、否、ラースルの背中を通り越えた奥を見ているのだと気付く。
―背後か!
 するどい気配を遠くから感じて、ラースルは振り返る衝動を抑え目の前に向けてトリガーを引いた。



ACT8-6⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。