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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT1-4
04

「…む……?」
 男の指先が止まった。
 否、それ以上指を押し込む事ができないのだ。
「なっ…何だこれは!」
 躍起になり、男は更に腕へ力を込める。男の意思により滾り立つ強力(ごうりき)の精霊は男の腕に青白い血管を浮き立たせるが、男の指はこれ以上ワイヴァンの肌に指を押し込ませる事ができなかった。
 柔らかく、熱をもっていたはずのワイヴァンの首がいつの間にか、冷たく、そして硬く変化している。
「だから、申し上げましたように」
 男の手の下から、ワイヴァンの薄い笑いが漏れてきた。
「その印では『鋼鉄』をつぶす事はできないんですよ」
 項垂れていたワイヴァンの首が、上がる。真正面から男を見据えた。
 その面持ちには苦渋の様子が一片たりとも見えない。それどころか、最初と変わらぬ薄い笑みを湛えていた。
「な……」
 ワイヴァンの首を掴んだまま硬直する男の口が、戦慄く。
「放せ!」
 一喝と共にワイヴァンは右手を男に突き出した。と同時に凄まじい空気の圧力が、まるで押し寄せる壁のごとく男に襲いかかった。
「うぉっ!」
 たまらず男の手がワイヴァンの首から離れ、その体が吹き飛んだ。むき出しのコンクリート壁に背中を打ちつけ、力なくその場に崩れ落ちた。立ち上がれぬ男を一瞥し、ワイヴァンは己の首筋を撫で付ける。赤く、男の指痕が残っていた。その首筋を撫でる手の甲には、押印が。
「これはね、鋼鉄の印というのですよ」
 呆然と自分を見上げる男を尻目に、ワイヴァンは机上の契約書と、男に積まれた札束を手にとった。おもむろに契約書を破り、札束を男に放る。札束は座り込んだ男の膝上でばらけ、床に散らばった。
「ちなみに…」
 赤い腫れが残った首筋を撫でていた手の袖を捲くり、腕を空気に晒す。
 そこにも、また別の円陣が焼き付けられていた。
「こちらは風の印と言います」
「………貴様は……」
「その契約金を持って、お帰り下さい」
 男の歯軋りを遮り、ワイヴァンは薄い笑みを浮かべた面持ちで、外への扉を指し示した。
「あなたが人を殺すためだけに印を欲していた事ぐらい、分かっています。そんな事に精霊の力を悪用されては、困ります」
「ワイヴァン・グレンデールの名が廃りますしね」と付け加える。
「くっ…」
 男は立ち上がろうと床についた手を見る。甲に焼き付けられていたはずの押印が、消えていた。
「契約金はお返ししましたから」
 と再びワイヴァンは扉を指し示した。
「畜生…」
 捨て台詞を漏らして、男は床に散らばった金を拾い集める。そして何も言わずに外に飛び出して行った。
 勢いのままに開閉された扉の蝶番が悲鳴を上げる。錆びた鉄階段が、駆け下りていく男の足音を響かせていた。それも徐々に遠ざかり、室内の中心でワイヴァンは、足音が完全に消えるまで扉を見つめて待っていた。
「…………」
 やがて室内に、痛いほどの静寂が訪れる。
 JN通りは世俗の底。街の賑わいや光が届く事がなく、そこに棲む人々はみな沈むようなこの静寂の中で息を潜め生きているのだ。
「はぁ…」
 完全に男が去ったのを確認して、ワイヴァンは深く、深く息を吐いた。それを合図にするように、もう一つの声が響く。
「エル」
 足下から響く声の方にワイヴァンが首を傾げると、そこには耳の生えた生き物を模した、小さなぬいぐるみがいた。短い腕を組んで、パーツの少ない顔を上手い具合にゆがめて「怒り顔」を作っている。
「キュー」
 ワイヴァンに「キュー」と呼ばれたぬいぐるみは、まだ赤い跡を残す彼の首筋を見上げた。
「首、平気?」
「平気」
 ワイヴァンは両腕に刻まれた印に、交互に手の平をかざす。仄かな光が印を包み込むように発せられ、消失すると同時に刻まれた印も消え去っていた。
「感謝します」
 両手を組み、小さな風の渦と共に消え去って行った精霊に、ワイヴァンは小さく祈りの言葉をよせる。
「お前、危ない事するようになった」
 空気に昇華していく光の様を見つめるぬいぐるみ。キューのプラスチックの黒い瞳が、僅かな隙間から差し込んでくる外光を受けて鈍色に染まっている。
「押印師の仕事なんて子供がすることじゃない」
「うーん……」
 キューの言葉に生返事をしつつ、ワイヴァンはシャツの胸元のボタンを一つ、二つと外す。男につけられた指の跡より下に辿った先には、赤黒く焼き付けられた別の印があった。
「流れの押印師に仕事を頼んでくる人間なんて、今みたいなロクデナシばかりだ」
 ぬいぐるが垂らす文句を聞きながら、胸元の印に手を添えて、ワイヴァンはまた祈る。
 今度は深く、長く。
「お父さん、ありがとう…」
 そう呟いたワイヴァンの全身から、白く、淡い光が霞のようにたゆたい、やがて部屋中を包み込む。
「毎日違法行為はたらいてるようなものだし…聞いてるか?エル」
 光の放流がおさまり、キューのプラスチックの瞳は再び黒い輝きを取り戻す。そこに映っていたはずのワイヴァンの姿はなく、光が収束した中心に立っていたのは、一人の少女だった。
 少女の名は、エルリオ・グレンデール。
 ワイヴァン・グレンデールの、一人娘。
「お父さんは精霊の力を悪用する悪人には決して押印しなかったよ。どんなにお金を積まれても。だから私も絶対にそれを守るの。お父さんの、押印師ワイヴァン・グレンデールの名を汚さないためにも」
 十五歳になったばかりの少女の脳裏に、三年前に亡くした父の面影が浮かぶ。悲劇のアパートメントで、自分を庇い銃弾に倒れた父。
 一人娘エルリオは、幼い頃から父親の仕事を傍らで見て育った。父を亡くしてからの後、エルリオは父の名と姿を借り、押印師として生計を立てている。
 相棒の、キューと共に。
「それでも、違法は違法だ。いざという時に生活保護も受けられなくなる。現にエル、お前学校にだって行けずにいるだろう」
 キューは幼い頃、父ワイヴァンがエルリオに買い与えたぬいぐるみだ。
 エルリオの両手に収まる丸い体に、白い獣の耳がついている。顔の中心には、黒く丸いプラスチックの瞳が縫い付けられており、口と思われる部分はぱっくりと開くようになっている。
 今は、その背中の裏側に印が刻まれ、愛嬌ある造形とは裏腹に、その口から発せられる言葉は皮肉屋で無味乾燥だ。
「学校なんて行かなくてもいい」
「エル…」
「生きる術はもう知ってる」
 それより、エルリオにはやらなければならない事があった。
「まだ怨んでるのか」
 キューは全身を左右に振りながら、ぽたぽたと床を歩く。エルリオの小さな足の上に乗ると、足首に凭れかかって来た。
「うん……一生かかっても真実を見つけ出してみせる」
 父を殺した犯人を、
「私は軍を許さない……」
 エルリオは探さなければならなかった。
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