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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT8-4
04

「さっきの大きな犬はどうしたんだ?」
 予想通りの人物からの声に、グレンは振り返りながら応えた。
「彼がそう、見えたんですか?」
「よく忠実に命令通りに動いていた」
 寂れた裏町エリアを抜けて、グレンは市場通りの裏手にいた。ここは日が暮れた後最も人通りが少なくなる場所だ。居住区からも離れており、特に今は人々や国軍警察局、庁舎警備局の目も露店通りに向いている事からその閑散振りは増している。
 三本の小道が合流する少し幅が広くなっている道端に立ち止まったグレンを、黒い人影が呼び止めた。
 ラースルだった。
「何故単独行動にでた?」
 中央に伸びる分離帯の上に足をかけたラースルに、グレンは無感慨な面持ちのまま僅かに首を傾げることで「何故」と問うた。
「お前が独りになったら俺がこう来る可能性が高い、それくらいの予測はしていたろう?」
 ラースルの言葉が正しい事は、微塵の狼狽も見せないグレンの様子から推測に容易だった。だが黒い影の男ラースルはあえてそれを問う。
「何故わたしを?」
「印保持者は元来、孤高な奴が多いものだ。それをああも懐柔するとは珍しいと思ってな」
「そういうものなのかな」
 皮肉をさほど気に留めない様子でグレンは肩をすくめながら小さく溜めていた息を吐いた。むしろ「大きな犬」というラースルの揶揄にグレンは内心で微かに苦笑を漏らしていた。電流から自分を救う為に飛び掛ってきた時のイルトを思い出して、遠い昔に灰色の巨大な飼い犬に飛び掛られた記憶が、脳裏の隅から顔を覗かせたからだ。
「お前達は妙な点が多すぎる」
 ラースルの長い影が分離帯からコンパス針のようにグレンの影に突き刺さるように伸びている。
「上下関係とも血縁でもなければ交友関係がありそうでもない」
 確かに奇妙な間柄と言えよう。グレンはただ黙ってラースルの影を眺めて低い声を聞いていた。
「それにお前は、そこらの生じっかな年功佐官より余程使えそうだ」
 年功なら確かに負けないのだが。苦笑を抑えてグレンは改めてラースルの両眼を見据えた。
「君は何故軍人を辞めてこういう事を?」
 ラースルはグレンの口調が変わったことに気付く。双方にとっても懐かしい、これは軍人同士のやりとりと同じだった。
 グレンは質問を続ける。
「あの子供達や男達、そして君はどういう人間なんだ。後ろに控えているものは何だ」
「答えると思うか?」
「思わないよ」
 グレンとのやり取りに、明確な敵対意思を見出してラースルは小さく首を振った。少し上がった口角には先程から変わらぬ冷ややかな微笑が宿っている。
「使い古した言い方だが、「仲間になるなら教えてやる」と言ったら?」
「よろしく、と言うと思うか?」
「思わないさ」
 児戯的なやり取りだが、どこか懐かしさを感じてグレンはラースルの返答に苦笑した。分離帯の僅かな段差から片足を離してラースルはグレンと向き合うと、胸元に差していたナイフの柄に指先をかけた。
 柄の形からそれが、軍でも使われるサバイバルナイフだと分かる。
「お前が何者かは知らないが、変に勘と頭が良い奴に探られても困る。下手に軍人を殺せばアシがつくんで手は出さない主義なのだが…お前はどうやら現役ではなさそうだしな」
 言い終わると同時にラースルの指が柄を弾く。まるで紙のようにナイフがホルダーから飛び出し僅かに宙に浮き、自然な動きで彼の黒手袋をした右手に収まった。
 軍人はよく暇を持て余した時に武器を手で遊ばせながらクセとしてこうした芸道的な動きを知らぬ間に身につける者が多い。ラースルの動きもそうした特徴に似ていた。
(あれをやろうとして手を切った奴がいたっけ)
 そんな事をぼんやり考えながらグレンは軽い動きを見せるナイフの切っ先を眺めていた。
 駆けつけた警察局を避けた事から、「元軍人」である事をある程度見抜かれるのは分かりきっていたが、軍に己とイルトの存在に気付かれる事を避ける方を、グレンは選んだ。
 だが同時に、この男が属している組織においてそれなりの地位にいるのなら、それを自分に置き換えたとして、自分のように詮索癖のありそうな人間を放っては置かないだろうという事もわかっていた。
 ましてや、イルトとテイダス少年というつながりがある以上、いずれその手はイルトにも伸びる。
 そうなる前に、手を打つ必要があった。
「ナイフという武器は、思いのほか頭を使うものだと知っているかい?」
 空いた両手の平をラースルに見せるような動きの後、グレンは右手でラースルのナイフを指し示した。
「何だと?」
 素手の相手から発せられた挑発的な言葉に、ラースルは違和感を覚えて目端を細める。
「本当にやっかいだな、お前は。」
 だがすぐにその意図を感じて鼻先で苦笑した。黒く細長いラースルの影が一層、強くなる月光に照らされて濃さを増している。
「俺がここで銃を使えないであろう事を計算していたんだな」
 銃声を発せば、まだ街中に残っているであろう警察局の人間や、騒ぎを聞き知っている町の人間に気付かれる。それに、
「君のその銃、少し変わっているようだね」
 ラースルの銃が薬莢と弾丸を残さない事も、グレンは気付いていた。
「瓶に発砲した時に、薬莢が落ちる音が聞こえなかった気がしたんだ。火薬の臭いも感じられなかった」
「………」
 ラースルの口端に宿っていた笑みが消える。目元に心底からグレンを疎ましがる感情が表れ始めていた。それを見とめて更にグレンは挑発を重ねる。
「二度、三度とも火薬反応がなく薬莢や弾丸が現場から見つからないとなれば…、きっと警察局は一連事件の関連性を疑うだろうね。今回に限らず…」
「…ああ」
 もう一度、指先でナイフを回してからラースルは手の平に強く柄を握り締めた。
「そうだろうな!」
 分離帯の段差を蹴り、長く伸びる影上を一直線にラースルが向かってくる。
(直線、右)
 己で己に指示を下すようにグレンはラースルの刃が繰り出すであろう軌跡を思い描く。刃はまず胸元を狙い直線的に突き出された後、右に薙いだ。それに反する最低限の動きでグレンは攻撃の第一波を避ける。
「っ…!」
 戦争のセオリーにもある「威力偵察」とした第一波をかわされる事は予測の範囲以内だ。ラースルは右に薙いだ動きから左腕の肘を振りぬいた。それもかわされるが続けて素早く右手のナイフを逆手に持ち替え首を狙う。
(首、目、また首)
 顔面中心に二度、三度と狙った攻撃から、機動力を削ぐ為に急所外を狙った攻撃も全てかわされ、ラースルは舌打ちし一度距離をとった。改めて目の前の標的を眺める。長身のラースルに比べ中肉中背、戦闘に特化した訓練を受けていそうでもなく、攻撃をかわす動きも決して素早くない。動体視力を活かし相手の動きを見ながら臨機応変に刃筋を変えてもいる。
(なのに何故攻撃が当たらない…?)
 手ごたえが全て空を切る感覚は苛立ちだけを蓄積させる。
―ナイフという武器は、思いのほか頭を使うものだと知っているか?
 陽炎のように脳裏にグレンの言葉が思い浮かんだ。
(まさか攻撃パターン全てを先読みしているだけだとでも…?)
 だが相手は素手。赤黒く汚れたシャツの胸元や腰周りを一瞥するが武器を隠し持っている様子はない。攻撃の要を担っていた犬もいない。グレンに攻撃手段は無いはずだ。
「ならば振り切るまで…!」
 相手が頭の回転のみで動いているというのなら、己は運動能力をもってそれを上回る動きをすればいい。
 ラースルは再び正面から向かう。急激に間合いを詰めながらグレンの両眼を見た。瞬時の間に茶色の視線がラースルの両手を巡ったのを見た。次の瞬間、ラースルは再び咄嗟に判断を変えてその場に深く沈みこんだ。視線をグレンの両眼から離さぬように。
「!」
 ラースルの動きに若干の驚きを目元に表した相手はだが、足元を狙ったラースルの長い足による蹴撃を後ろに飛ぶ事でバランスを崩しながらもかわしていた。
「くっ!」
 滑り込ませた足に素早く体重を移動させ体を回転させる。一瞬、グレンに背中を向けた直後、ラースルはすぐ背後に金属同士がぶつかる音を聞いた。
「?!」
 そこからラースルが肩越しにグレンを見やるまで、恐らく秒針が一歩動かぬうちの出来事だっただろう。振り向いたラースルの目の前が突如、白一色に覆われた。それが何かを確認せぬうちに至近距離から複数の何かが己に向かい風を切る音が耳に入ってくる。咄嗟にナイフを握った手を振り切ると目の前の白色は真っ二つに割れた。
 その瞬間、ラースルの視に飛び込んだのは、幕のように拓けた視界を突き抜けて複数の尖端が目の前に迫っている光景。
「何…っ!」
 本能的に体を横に倒し尖端を避ける。耳障りな金属音がブロック道路に乱雑な音を立てる。一度、二度と転がり受身を取りグレンの姿を探して一瞬、ラースルの視線が泳いだ。焦点が定まったその先に再び、金属の尖端が迫り来るのを見た。ほぼ無意識にラースルは体を傾けナイフを握っていない左手で腰から銃を引き抜く。
「野郎!」
 その左手が銃の引き金を引くのと、金属の尖端が左腕を引き裂いたのは同時の出来事だった。

 銃声が轟く。
「―え…!?」
 露店通りと市場通りの中間地点付近に来ていたイルトは、弾かれるように空を見上げた。
 同時刻、少し離れた庁舎付近で同じように銃声を耳にした国軍警察局員達も、鋭い木霊を残す空を見上げていた。
「やっぱり…!」
 背筋を落ちる汗に悪寒を感じながらイルトは銃声の方向に走り出した。



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