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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT8-3
03

「テイダスも封筒も、取り戻せなかった…」
 ロータリーからだいぶ離れた裏路地の一角で足を止めて、イルトがビル壁に背を預けた。
「あの分だと、テイダス少年だけ即逮捕という事はなさそうだ」
 背中を壁に預けて座り込むイルトの向かいの壁にグレンが凭れた。
「本当か!?」
 背中を壁に押し付けた反動で体を起こしてイルトがグレンに一歩詰め寄る。「ああ」と静かな答えが返ってきた。荒廃したビルの谷間から差し込む白い月光が細い小道を一直線に照らしている。非現実のように静かだった。
「ある程度、組織的に成熟しているように思える。戦後にありがちな孤児を集めて盗みを働かせている悪党程度のものではない」
 そう推測した要因は、押印の完成度とラースルという男。恐らく軍役経験があるとグレンは読んでいる。頭も良い。あの男ほどの人間が現場レベルで動いているとすれば人材層が厚いという事だろう。
 テイダスの命が繋がったと知りイルトは安堵するが、背景に存在する影とテイダスに刻まれた押印の存在は更に深刻な事実だと気付く。成長途中の幼い体に印を受けた子供達の戦いぶりを文字通り体感したイルトには、その押印がさながら奴隷の焼印に思える。
「一体何の組織…、テイダスは何に巻き込まれているんだ」
 イルトがそう疑問を抱くのは自然な流れだが、グレンは即答を控えた。思い当たる節が、グレンにはあったがあくまでも可能性でしかないそれは、空白の三年間により黒く塗りつぶされたままの不確定要素が多すぎた。
(一刻も早くセントラルに戻る必要がある、か…)
 グレンは内心で呟いた。
「どうしたらテイダスを連れ戻せるだろうか」
 月光の中でイルトの声がやけに明瞭な音となって耳に入ってくる。
「恐らく彼はもう、ここには戻らないだろう」
 テイダスを思う気持ちが痛いほどに伝わる懇願にも似た言葉に、グレンはただ首を横に振った。
「戻らない?グレリオに?」
「私が彼の管理者ならそうする。土地勘を活かして少々のリスクを犯してまでもグレリオ・セントラルに留まらせていたのだろうが、ここまで騒ぎになれば許容範囲を超えている。他の土地に移すか別の役割を与える事を考える」
「そんな」と疲労した声が月影に落ちた。イルトは再び体重を壁に預ける。
「俺がもっとしっかりしていれば良かったのに」
 悔いの言葉は、重くのしかかる月光に溶けるようにして消えていった。壁に背を預けた状態で腰を半分落として背中を丸めると、頭の上から無造作に布が被せられた。
「わ」
 本気で慌ててそれを掴み降ろしてから、それが自分の上着である事に気がついて「なんだよ」と苦笑を浮かべた。
「ありがとう。お陰で助かった」
 テイダスとの戦いの中で、グレンの体から電流を逃がすために使ったものだ。手に取ると所々に赤黒い焦げ痕が残っている。
「君はよく戦った」
 顔を上げると、白い光筋の中に立つグレンの影が長く小道の奥にまで延びていた。左半身は逆光のように濃い影が差しているが、それと対照的に右半身が白むほどに明るく照らされている。白いシャツを汚す赤黒色が鮮やかだ。
「あの子達を助けられなかったのは私の采配が至らなかったからだ」
 まだしとどに赤い液体が髪を伝い、グレンの顔を濡らしている。「勘が鈍ったかな」と呟き鬱陶しげに濡れた前髪をかきあげると、また余計に顔を汚す結果となりイルトは思わず笑いを落とした。
 軍事経験に乏しいイルトにさえ、あの状況で二人に突破口があるとは思えなかった。グレンの言葉はイルトを慰める目的のものであって事実ではない。ラースルが火器を携帯していたとあれば、イルトが三人の子供達を伏せたところで銃撃されたのは瓶ではなくてイルトとグレンだったであろう。むしろ苦戦を保っていた事でラースルに攻撃させる気を起こさせなかったのが正解だ。
 結果的に誰も殺す事なく窮地を越える事ができた現状が、最良の采配であったと思う。長々と話を引き伸ばしたのも、警察局の人間が駆けつけ、あの場から逃走する機会を得るまでの時間稼ぎだったのではないかと、今となっては思うほどだ。
 そうとは口にせず、
「まだ臭うぞ」
 とイルトは膝と背を伸ばした。グレンは苦々しい表情で目や口元まで垂れてくる水滴を何度も拭き取る。白く照らされた地面に飛び散った酢ワインが赤い斑点模様を描いていた。
「料理やケーキを被った経験はあるけれど、腐ったワインは初めてだ…酷いなこれは」
「料理やケーキ……」
「ちょっと気の強いお嬢様の機嫌を損ねてしまって、全身クリームまみれにされたんだ」
 思わずその光景を想像してしまい、イルトは腹からこみ上げて来る笑いを堪えられずに吹き出した。ワインまみれのグレンは苦笑しながらその様子を眺めている。ひとしきり笑ってイルトは月を見上げ、唐突に丸顔の行商人を思い浮かべた。
「あ、マクダムさん!」
 時計を確認するまでもなく、空に昇った月の姿から待ち合わせ時間がとうに過ぎている事が分かった。グレンも空を見上げて「あぁ」と息を吐いた。そして直後、月が照らし出す方を振り向く。
「!?」
 厚い革が石にぶつかる音が連続する。それが複数重なって少し離れた方向から響いてきた。よく耳を澄ますとそこに金属音も混ざっている。グレンは壁から離れるとイルトの肩に手を添えた。
「君は待ち合わせ場所に行きなさい」
「え、でも」
 同じく近づく足音に気がつきイルトも警戒を面持ちに表した。
「大丈夫、マクダムさんは必ず君をまだ待っている」
「そうかな…」
「保証するよ。彼は君を裏切らない」
「へ…?」
 足音が更に近づいてきてグレンは添えた手でイルトの肩を押して道の向こうへ向けた。
「これ以上待たせるのは良くない。ほら」
「いやそれよりあんたはどうするんだ」
「この格好のまま人の多い場所には戻れない」
 酸の臭いが残り、全身が赤く汚れている。この騒ぎの中でこの姿で人込みに姿を表しては通報される危険性が高すぎた。
「でも―」
「青少年の未来に補導歴の傷をつけたくないよ、私は」
「茶化すなって!」
 イルトの真摯な声を受け取りグレンも堅い面持ちに戻る。
「今国軍に目をつけられるのは私も困るんだ。計画と手順という物があるのでね」
「計画と手順?」
「同じ軍役復帰するにしろ、できるだけ好条件で戻りたいからさ」
 またグレンの面持ちに冗談めかした色が浮かんだ。イルトが抗議を返す前に、強引に振り向かされた背中を押される。
「盗られた小切手の弁償は明日以降改めて送金するから、受け取ってくれ」
「そういう問題じゃなく!」
「大事な問題なんだ。あれはライズが君の為にと―」
 言葉尻を蹴散らすようにすぐ背後の小道から遠回りする形で足音が確実に近づいているのが聞こえた。「こっちか」と声も聞こえてくる。音の方向を一瞥してグレンは逆方向に歩を進め出した。
「君はそっちから、少し遠回りをして町に戻りなさい。」
「ちょっと…!」
「先程の友達のことは、本当に君が気に病む事はない。知る必要もない。時間はかかるだろうが、私がどうにかするよう努めるから」
 テイダスの話にイルトが一瞬、動きを止めた。背中を押した手が離れ、肩越しに振り返ると強すぎる月光の中に飛び込んでいくように、グレンの姿が遠ざかるごとに白み始める。
「待・・・・!」
幻を追いかけるようにイルトは手を伸ばすが、
「楽しかったよ。君も気をつけて」
 最後にそう言い残して片手を上げた男の姿が、寸時後には光の中へと消えていってしまった。
「…………」
 取り残されたまま呆然とする間もなく、背後から近づく足音に我に返り、イルトは最後に指示された方角へと走り出した。


「イルトのぼっちゃんー!」
 待ち合わせ場所であった正門前のロータリーに向かうと、人の好い小太りの行商人がそこにいた。イルトの姿を見とめて、それまで寂しげにハの字に傾けていた眉を更に歪めて駆け寄ってきた。
「本当にまだ待ってたんだ…」
「え、なんですか」
「いや、すみません遅くなって」
 改めてロータリー中央の時計を見上げ、イルトは二時間以上もマクダムを待たせていた事を知る。途端に冷や汗が流れ出るのを感じた。
「戻ってこられて良かった良かった。先ほどから突然街が騒がしくなって警察局の車までやってくるしで何か事故にでも巻き込まれたのではないかと心配で心配で」
 句読点を挟まず一気に捲くし立てるマクダムの視線を追うと、ロータリーの端に止められた一台のジープが目に入った。
「あれが警察局の軍用ジープか」
「面倒な事に巻き込まれる前に帰りましょう、ぼっちゃん。お連れさんは無事に宿泊先を見つけられましたかね?」
「へ?あ、はい…まぁ」
 マクダムはグレンについてを聞かされていない。人の好い彼はグレンの「私は旅行者です」を素直に信じていたらしい。どこの世界に鞄一つ持たない、着の身着のまま旅行者がいるのか。
 案外と彼の事だから、マクダムの性格を読み取った上であのような嘘を選んだのかもしれない。マクダムは決してイルトを裏切らない―そう言った彼の言葉も、人の内面を読み取る人事的采配力の一端なのかもしれない。
(言葉の一つ一つにまんまと振り回されてた俺も…同じなのかな)
 人と車が忙しなくすれ違っていくロータリーの端。イルトが顔を上げると背の高い庁舎の影が最初に目に入った。天井の先端に取り付けられた鳳凰の風見鶏が、騒々しいグレリオ・セントラルの様子を静かに見下ろしている。風はなく、風見鶏はじっと動かない。
 石畳の街、布と木で作られた簡易天蓋が並ぶ列と、赤茶のブロック作りの古めかしい建築物の街は今、いつになく眩い月光に包まれて徐々に静寂の中へと落ちていくところだった。
 軍用ジープの方に目をやれば、ドライバー役らしき軍人の人影が車外に出て運転手席の扉に凭れていた。焦燥した様子はなく、静かに仲間の帰りを待っている。月光に照らされた横顔は、まだ若いようだが深く老練した落ち着きがある。腕の時計を一瞥して顔を上げて運転席の扉を開けると中からライフルを取り出して背負った。
 一定時間を経過した場合の行動が決められているのだろう。あのまま二人の警察局員がグレンを追えば恐らく、この運転手も追尾に合流する事になるのだろうか。または援護を呼ぶことに?
「どうしました、ぼっちゃん?」
「………あ」
 イルトが眺める中で運転手が再び時計を見つめ、そして顔を上げた。
 ロータリーから庁舎へと続くメインストリートの向こうから、二人の人影が駆け寄ってくるのが見えたのだ。
 運転手を含め三人で少し言葉を交わした後、戻ってきた二人のうち一人が車の窓から運転席に手と顔を突っ込むと何かを引き出した。無線マイクだ。だが距離があり会話の内容はここまで届かない。
(どうなってるんだ…、事件の事は)
 無線への会話が聞き取れずに苛立ちながらイルトはじっと男の口元を見つめた。
「―ぃ……、―ントラル局……軍曹…はい、一緒です」
(え…)
 突然、軽い耳鳴りと共に男の口の動きに合わせ、言葉がイルトの鼓膜に響いてきた。
「ええ。露店通りです。通報によると時刻は午後五時過ぎ頃」
「目撃者の証言によると、独楽鼠通りと楠木通りの交差点に開かれた露店で二人の店番と二人の男、計四人が何やら言い争っている内に突然天蓋が爆発し、四人は裏通りへと姿を消したそうです」
(聞こえる…)
「ぼっちゃん?」
 軍用ジープの方角に瞠目したまま動きを止めたイルトに、マクダムは太い首を傾げた。人間が作り出す街の喧騒に流されて、マクダムの目には軍用ジープの前でマイクに向かって喋る男の様子が、まるで無音声映像に見える。
「移動途中に銃声を聞きました。音がした方向、裏通りをくまなく調べましたところ、廃道となったロータリーに新しい、乱闘と思われる痕跡があり―ええ、ええ、後ほど写真を送りします。薬莢と弾が残っていないか調べたのですが見つかりませんでした。明日、夜が明けてから改めて調査する必要がありそうです」
(やっぱりあの場所はバレたんだな)
 隣でマクダムが一言、二言と話しかけてきた事は意識の隅が認識していたが、イルトはマイクの男に神経を集中させた。
「その後裏通りにて不審な痕跡を発見しまして」
 男の口からは、ロータリーから街の中心街に戻る方向とは逆の裏通りで、不審な赤い液体痕を発見したとの報告が流れた。グレンが被ったワインの事だろう。
「液体は酸を含んだ臭いがしました。血痕ではないようです。荒れたロータリーでも同じ痕跡を見ましたので、恐らくは重要な手がかりではないかと」
(…………まさかな…見つかってないよな)
 グレンと別れてマクダムの元に来るまでに、イルトは三十分近い時間を要した。言われた通りに土地勘を活かして遠回りをし、露天通りを避けてきた。この至近距離からでもあの警察局員二人がイルトの姿を不審としない様子を見ると、どうやら見つかる事なく逃げ切れたようではある。
 だがグレンは―?
「ですが、申し訳ありません、液体痕は途中で途切れていて。それ以上は追えませんでした」
 マイクに話しかける男の様子から、マイクの向こうにいる人間も、男本人からも焦燥感はさほど伝わってこない。彼の後ろに立つ仲間の警察局兵も運転手も、静かに男の言葉を聴いているだけで感情的な揺れが感じられなかった。つまらない窃盗犯らのケンカ程度に片付けられれば良いのだが。
「もうしばらく証言を取るためにグレリオ・セントラルに残ります。ですが、丁度この時刻は帰宅時間に当たるので、どれだけ新鮮なうちに情報が取れるかは…はい、はい」
男はしばしマイクに向けて口を動かした後、運転席にマイクを置き戻した。イルトは時計を見上げる。グレンと別れてからおよそ四十五分。
(これだけ時間があれば、)
 彼ならばきっと、既に安全な場所に身を置いているだろう。
(なのに)
 この胸騒ぎは何だ。
 何度もイルトの脳裏に黒い影が差し込んでは点滅している。
「ぼっちゃん?」
 三度、マクダムがイルトの面持ちを覗き込む。
「マクダムさん」
 今度はようやく反応が返り、「はいはい」とお人よしな商人は嬉しそうに目を細めた。
「本当にごめんなさい、もう少し待っていてもらえますか!」
「えぇ、え?」
 二人の警察局兵が再びライフルを背にグレリオ・セントラルの中心部へと小走りに駆け去っていったと同時にイルトも踵を返して駆け出した。ぼっちゃーん!と背後で情けない声が木霊したが、イルトは振り返らずに街の中心へ向かった。




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