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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT8-2
02

 テイダスの体の向こうで、ジュドスとレダンがラースルに促され街の外へと続く門の方へと逃げ去っていくのが見えた。
「やってみろ」
 それを見送ったラースルの短い命令と共に動き出したのはメイリだった。まさにエンジンが火を吹く様と同じ原理でメイリが地を蹴ると足下から焔が小さな風を起こして熱風が湧き上がりメイリの髪を吹き上げた。両腕に焔を纏わせ一直線にグレンを狙い、飛び出しながら右手を振り下げる。球体の焔が手の先から生み出された。
「またかよ…!」
 咄嗟にグレンの前に飛び出す。
「上かな」
 背後からの声がした直後、言葉通りに焔が急激に軌道を変えて直角に上昇し今度は鋭角に落ちてきた。イルトが動いた時には既にグレンは上方に気付き後方に二歩下がる最低限の動きでそれをかわしていた。
(次は…)
 先ほどのパターンが脳裏に甦り、イルトの視線はフィルを目端に映す。フィルの腕が僅かに上に行きかけたのを視にとらえた瞬間に、イルトはグレンの右腕をとり強く引いた。
「!」
 イルトに腕を引かれて右に体が傾いたとほぼ同時に頭上で瓦解音が轟いた。背後に建つ廃墟アパートビルの屋上が崩れ落ちる光景がそこにある。先ほどまで立っていた場所に麦袋大はあろうかというコンクリートの塊が次々と叩きつけられて砂塵を上げた。
「……イルト…」
 敵がこう来る事は九割がた予測していたが己の指示よりも速くイルトが行動に出た事に、グレンは驚いた。
(あれ…)
 一方でイルトも己の体に違和感を覚えていた。
 動体視力とそれに伴う身体能力が尋常ではないほどに飛躍している。元々が山育ちであり脚力と体力に自信がある方だったが、例えば秒針が僅かに動くか動かないか、そんな僅かな一瞬に視が状況をとらえ、頭が思考し、手と足が動く―この対応速度が自分の体ではないような気がする。
 結論が出る間もなく、
「やぁ!」
 砂煙を突き抜けメイリが飛び出した。
「!?」
 少女自身がフラッシュオーバーした焔と化しグレンに迫りくる。それと同時にイルトの耳はブロックが崩れる音を聞き、視は上空から無数の石片と共に踊りかかるフィルの影をとらえていた。
「っえ…」
 こめかみで火花が散ったその瞬間からそれは起こった。
 非日常的な現象。
 メイリの動きとフィルの動きが風に不安定に舞う木の葉のように緩慢なものに変化した。無造作に束ねられたメイリの髪が初秋の緩風に身を任せる稲穂のように揺れ、フィルの着用しているシャツの裾がまるで最下流の淀みの様に緩やかにはためき、傍らのグレンの動きも同様で、視線がメイリに向いているものの上空のフィルへの対応が遅れている事まで分かってしまう。
(何……?)
 それがスローモーションという現象であるのだと、この瞬間には理解する事ができなかった。今の自分がするべき第一の事はただ、敵からグレンの身と己を護る事。それしか頭になかった。
「くっ!」
 掴んでいたグレンの腕を左手に持ち替えて自分の背後に向けて強く引いた。瞬間、時の流れが元に戻った様に急激に速度を上げる。回転しかけた体ごとイルトは右手を逆方向に振りぬいた。
 手の平が輝く。
 白い光が湾曲した線を描き、襲い来る全ての物体を弾き返した。
「ぎゃっ!」
 詰まった悲鳴が上がる。メイリの小さな体が仰け反り吹き飛ばされ、無造作に積み上げられていた薄汚いビールケースに激突して崩れる。フィルの体も無数の砕け散った石の雹と共に後方に撥ね付けられて落ちた。腕を引かれバランスを崩したグレンはすぐ側に転がっているダストボックスに手をかけて立ち上がり、イルトの背中と、その周囲で起きた事を見渡した。
(もう印を使いこなしている…)
 軍役経験のない、つい先日まで田舎の一角で基礎教育を終えたばかりの少年の戦いぶりには見えなかった。
「あ…ご、ごめん…」
 コンクリートの地面に叩きつけられた年下の少年と少女の姿に、イルトは焦燥を表出させた。無意識に助け起こそうとして右手が前に出かかるが、置かれた状況に気がつき踏みとどまる。その様子をグレンは沈みこんだ色を宿した視で見つめていた。
「お前の友達は強いんだな」
 イルトの様子を腕組みした状態で眺めていたラースルがテイダスを向いて笑う。硬い地面に小さな体を投げ出したまま立ち上がれずに震える二つの影を、テイダスは呆然と青白んだ面持ちで見ていたがラースルの言葉に弾かれるように肩を震わせた。
「違う、友達じゃな…」
 首だけ振り返るといつの間に移動したのか、黒い長身がすぐ側にいた。背後から手が伸びてテイダスの手中にあった封筒を取り上げる。中から紙片を半分だけ覗かせるとそこに書かれた数字を読んでラースルは低い笑いを転がした。
「なるほど、これじゃ上訴もへったくれもなく銃殺刑だな」
「それを返せ!」
 怒鳴ると同時にイルトはラースルに向かい踏み出す。
「待…」
 グレンが言いかけると同時に動いたのはラースルだった。メイリが激突して崩れたビールケース、そこから辺りに散乱した古びたアルコールボトルを数本、爪先で器用に蹴り上げ手に取ると空中に放り投げた。
「な、なに…?」
 イルトは空中に弧を描く複数のボトルを目で追うが、ガチャリと不吉な金属音に振り返るとラースルの手には物々しい拳銃が握られているのが目に入った。
「銃…っ!」
 撃たれる。
 こちらを向く黒い銃口がイルトの神経に鋭い恐怖を突き立てる。だが直後には銃口がゆらりと上に向けられ、それがボトルを狙っているのだと気がついた。
 複数の銃声、
 硝子が悲鳴を上げる音、
 そして液体が飛び散る音が同時に薄闇の中に響く。姿を現しつつあった月が淡い光を地に注いでいた。
「くっ…」
 グレンの微かな声が漏れた。

「銃声…?」
 連続した銃声が街の中心部へとこだました。疎らに残った人々が足を止め、振り返り、そしてざわめき出す。街灯が点された長いストリートを流れる人影達、その流れの中に、二人の兵服姿の警察局員がいた。
「聞こえたか」
「ああ」
「どこからだ」
 周囲を岩盤の丘と山に囲まれた地形と高い建造物が点在している事から音が反響してしまい、容易く音の発生地を突き止めることができない。無闇に動かず足を止め、二人は町の地図を脳裏に浮かべながらあらゆる可能性を計算する。
 道行く人々が背中にライフルを担いだその物々しさに振り返っては小走りに遠ざかっていった。
「裏通りの方だな」
「ああ」
 常日頃の業務勘を頼りに、二人の武装警備局員は走り出した。

 鼻に饐える酸味が異臭となって爆発するように辺りを包み込む。
 ラースルに向けて駆け出した足を止めてイルトが振り向くと、砕け散った硝子の破片と共に赤い液体を全身に浴びたグレンの姿が目に入った。顔を庇った両腕にも赤く爛れたように夜目にも鮮やかな色が付着している。

 ―血

 と、一瞬思ったそれは酸化したワイン。
「テイダス」
 ラースルが短く命令を下した。無理やりに電気を流して動かしたガラクタ機械のようにぎこちない動きでテイダスの顔が上がる。
「っ!?」
 空気を弾く音にイルトが再び振り返ると、押印が発動したテイダスの腕が青白い電気に包まれていた。ボールを投げるようにテイダスは足を踏み出し下から右斜め上へと腕を振り上げると、電気の帯が鋭角線を描きイルトの脇を擦り抜け地面に落ちた。
「え…!」
 イルトが青白い軌跡を視で追うと、それは地に長い線を描く赤い液体へ着電した。
 電流の猛蛇は液体を伝い凄まじい速度でイルトの動体視力を振り切る。イルトが指先一本動かす間もなくグレンの全身を濡らす赤色が眩い火花に変わった。
「っうあ!」
 短い叫びと共にイルトの目の前でグレンの体が電流に包まれた。
 突如全身を襲う鋭い痛みと熱。内臓からこみ上げて来る嘔吐感を越えた苦痛と共にグレンは背を丸めた。
「グレン!」
 駆け寄る足音とイルトの声がすぐ近くで聞こえたかと思うと視界が暗闇に包まれ、同時に強く体が押されて足が地面から浮き上がる感覚がした。
「うわっ…!」
 右半身に痛みとコンクリートの冷たい感触がして左半身に重みを感じる。頭から布を被せられて横倒しに派手に吹っ飛んだと覚った。代わりに全身を襲う熱と痛みは引いていた。
「テイダスやめろ!」
 左半身に圧し掛かっていた重さが去り、暗闇の向こうでイルトの声。すぐ近くでまた空気が弾ける音が連続したが、痛みはなかった。
「っ…て…」
 呟きながら体を起こし、グレンは頭に被さった布を外した。コンクリート地に座り込んでいる目の前に、
「離せよ!」
 自分に向かい更に電流を宿した腕を振り上げたテイダスと、
「やめろっ!」
 その腕を掴み踏みとどまるイルトの姿があった。
 視線をふと地面にやると、細長い筋を描いていた赤い液体は電気によりコンクリートに焦げ付いており、先ほどまで自分が立っていた場所で完全に途切れていた。
 感電した自分をイルトの機転が救ったと分かる。
(少々手段が乱暴だが…)
 と手にした布が、イルトが身につけていた装束の上着だと知り苦笑した。
「テイダス!」
 再びイルトが鋭く叫ぶと共に右手の印が発光した。その瞬間だけイルトの腕に宿った凄まじい力がテイダスの腕を押し退ける。テイダスは空気の壁に弾かれて後方に飛んだ。地に手を突きながらも何とか体勢を整え体を上げると咄嗟に顔を庇った右腕に赤黒く擦り傷が残っていた。
「イルト兄…」
「…あ……」
 むしろイルト自身が苦しそうに眉根を顰め、テイダスの面持ちにも寂寥の混在した苦渋が浮かんでいる。
「大丈夫か、ごめん…」
 テイダスの細い腕についた面積の広い擦り傷がイルトのこめかみに突き刺す痛みをもたらす。それを振り切るように頭を二回振った。
「俺お前にケガさせたくないんだ、だけど、」
 背後のグレンを肩越しに一瞥し、
「この人を傷つける事もダメなんだ…」
 再びテイダスに戻した視線を俯かせた。
「………」
 イルトの背後で立ち上がりかけたグレンが瞠目するのがテイダスからも見えた。
「…何言ってるんだろうな俺……」
 頭の中心が四方八方に拡散しているようなむず痒さを憶えてイルトは右手でこめかみをかきむしる。
 一瞬、ロータリーに静寂が降り立った。
「―ん?」
「あ」
 グレンとラースルの声がほぼ同時に上がり、両者が顔を同じ方向に向けるタイミングも同じだった。
「ふん」
 先に動いたラースルは低く鋭い笑いを口元に残すと、封筒を無造作にトラウザの尻ポケットに押し込む。銃を腰に差し戻し、ジュドスとレダンが去った方向とは別の方角へと踵を返した。
「………」
 グレンはあえてそれを見過ごす事を選んだ。
 ラースル達が消えた事を背中で感じる気配で確認して、テイダスはイルトから更に歩を退いた。弱々しく体を起こしたメイリとフィルへと駆け出す。
「テイダ…ス」
 掠れた声と共にビールケースを押しのけてメイリが立ち上がる。イルトの姿を見とめると「ひっ」と喉を引きつらせ怯える。テイダスはメイリの腕をとり、細い体を支えてフィルの方へ歩み寄った。
(テイダス…)
 イルトの視界の中で、三人の子供達が互いに体を支えあいながらラースルが去っていった方向へと、最後までイルトとグレンに憎悪と恐怖を宿した視を向けたまま遠ざかり、そして闇へと消えていった。
「私達も逃げよう」
「え」
 余韻に浸る余地もなく、今度は逆にグレンに腕を掴まれてイルトは真逆の方向へと引っ張られた。理由を問うまでもなく中心街の方向から複数の重たい足音が響き始めた。
「誰か来る?」
「あの足音は警察局だ」
「げ」
 捕まっては補導どころではない。
 月光が差し込む方向から少しずつ影を伸ばして人影がロータリーに近づいてくる。グレンに引っ張らながらイルトの長身の影が建物に挟まれた狭い小道へと滑り込んでいった。入れ違いになる形で二人の警察局員がライフルを両手に構えロータリーに足を踏み入れた。
 散乱する石、崩れたブロック、ビールケース、砕け散ったガラス、焦げ付いた後と臭い。
「……何があったんだ?」
 若い警察局員が肩を竦めると、背中に隠れた銃器が重たい金属音を漏らした。
「静か過ぎる」
 ロータリーの有様とは裏腹に、周囲からは完全に人の気配が消えている。ただ月の青白い光だけが、惨事の痕だけを残したロータリーの様子を照らしていた。




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