このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT7-10
10

 軍の人間が沼竜谷に来ているという。
「なぜ谷の中へ入れたのですか?」
 ジャスミンの問いには若干の批難が含まれていたが、相手がアレックと知り抗議は納得と共に飲み込まれた。
「そんなに頭が切れる軍人なの?」
 エルリオの質問に、
「ある意味キレているとも言えるわね」
「天才と何やらは紙一重ってね」
「要するに皆さんその方がお苦手なのですね」
「お前に似てない事もないがな…」
 と上から順に、ジャスミンが答え、キューが余計な一言を挟み、ミリアムが微笑み、そしてヴィルがエルリオを見やって呟いた。
「ちょっと!それって私がキレてて馬鹿って事―」
 エルリオの抗議は空しくかわされた。反応を面白がって微笑むジャスミンの隣でヴィルは不動の無表情で話題を戻した。
「どうやらシールズという大佐がアレックを派遣してきたようだ。俺の記憶に間違いがなければシールズ大佐は諜報系統の人間だと思うのだが」
「諜報……?まさか指名手配の私達を探るためでしょうか?」
 笑みを湛えていたミリアムの表情が翳る。
 そう考えるのが妥当だが、それにしても手際が良すぎるとエルリオは思う。まずエルリオとミリアムの接点を見出す事が出来ないはずだ。だがもしや軍は「グレン」という人物を知っていて、そこから接点の可能性を計算したのかもしれない。だが例えそこが判明したとしても、こう容易に旅の行き先まで突き止められるとは思いにくい。
(列車事故が原因かな)
 ただの列車事故なら良かった。だがそこに精霊狩りが出現したとあれば事情は変わるだろう。しかしそうであったとしても、確率を数字にすればどれだけ低いのだろうか。
 そこに賭けて実際に人を送り込むシールズという名の佐官の判断力に、エルリオは忌々しさを覚えざるを得なかった。シールズが特殊なのか、軍がその指示を許可するほどに柔軟性を持っているからなのか。そこまでエルリオには分からなかった。
「大丈夫だ。これ以上余計なものを見られる前に引き取ってもらう」
 エルリオ達とジャスミンには天竜谷へ引き返すように指示を残し、ヴィルは沼竜谷へと戻っていった。
 元来た道を歩きながら、エルリオは吊り橋から一望できるパノラマを見渡した。空を埋め尽くすほどの巨大な二つの竜神の化身が戦っていた光景が夢だと思える程に、今は静謐な空気だけが風となって流れている。
「あの黒い竜、かなり大きかったけど特別な竜なの?」
「あれは沼竜谷の王よ。シュテラリオンは天竜谷の王。地竜谷にも同じように王たる竜がいるわ」
 三つの谷と、三つの竜王。
 ジャスミンの説明に「あれ?」とエルリオは足を止める。
 唯一この谷で人語を理解する竜だというヴィルの説明から、シュテラリオンが谷全体を司る竜の王だと解釈していたのだ。
 その疑問にジャスミンは「ええ」と否定を見せなかった。
「今はシュテラリオンが谷の王。もともと「シュテラリオン」は固有名詞ではなくて「谷の竜王」を意味する冠名。シュテラリオンは体に竜王の印を持ち、私達の言葉を理解し発する事ができる唯一の竜を示す名前なの」
 ヴィルに襲い掛かった沼竜の王。その王の首に喰らいついたシュテラリオン。一分の容赦もない強食の光景を思い出す。
 三谷の竜王が今も覇権を争い続けているという事だろうか。
「だから沼竜王はヴィル様を狙ったのよ。地竜谷の王も同じ。現竜王が選んだ当主の血の匂いを嗅ぎつければ、地の底に眠っていたって襲ってくるわ」
 水底に眠っていた沼竜の王が、たった一滴の血に猛り狂った時のように。
「それは…」
―三つの異なる民族が一つになっても、こうしていがみ合うことなく暮らしているのですね
 そう言った己の言葉の浅はかさをミリアムは悔いた。
 言葉にはせねども同様の感慨を抱いていたエルリオも、古史に縁深き地の精霊が生み出す深い業の前に言葉をなくすしかなかった。
(押印と余りに違いすぎる…)
 何度も印を付け替えてきた己の左手を眺め、そして父ワイヴァンも見たであろう渓谷の谷底を改めて覗き見る。遠方に連なる渓谷が無造作に置かれた苔むした岩に見える。遥か下方には、ペンで描いたような細い河流線。だが実際は巨大な竜が姿を潜ませるに十分過ぎる深さと川幅を持っている。
「大きくて深いんだ…」
 表に見えている物だけが世界の全てだと、勘違いし続けていたのかもしれない。
 エルリオの口からぽつりと漏れた言葉に隣でミリアムが宝石のような瞳を向ける。薄く色づいた小さな唇が何かを言いかけて動きかけるが、言葉を見つけられなくて口を噤んだ。
 ポケットの中ではただ、キューだけが無感慨にジャスミンの言葉を無機質な記録としてその体に刻んでいるだけだった。

「お怪我は大丈夫なんですか?」
 右肩をひょいと覗かれてヴィルは無意識に体を傾けて肩を隠した。そんな必要は無いのだが。アレックは気に留める様子もなく五体が無事な様子のヴィルに悪気の無い笑みを見せる。
 酸が染み込み変色して縮れてしまった軍服は処分し、アレックは谷の民が着用する装衣を身につけていた。体も洗い流して清清しい様子。
「申し訳ありませんでした、またご迷惑とお手数をおかけしてしまって」
 自覚はしているようだが恐らく一生治らないだろう。現にそう言いながらも珍しい装束が気に入ったのか、少し長い袖を引いたり襟元を触ったりと落ち着きが無く動きっぱなしだ。
「気にするな」
 ヴィルは小さく苦笑して応える。本音と異なる言葉だが、ヴィルはこの元部下に嫌悪を抱く事は出来なかった。「好奇心は何かをも殺す」、そんな言葉を体言化したようなアレックだが、本人に邪気が無い事は周囲にいる人間誰もが知っている事なのだ。
 敵に回したくない人間の類である。
「ここの谷は、面白いですね」
 谷の出口に向かい歩きながらアレックは差し込んでくる西日に目を細めた。
「面白い?」
 アレックの口から出た思いもよらない単語はヴィルの思考を一瞬、立ち止まらせた。そんな様子を知ってか知らぬかアレックは「はい!」と無邪気な返答を寄越してくる。
「人や竜の関係性が興味深いです。アリタス戦史にも残る竜騎士団の組織力、戦闘力ってどう生まれるものなのか」
 迂闊な反応を見せまいとヴィルは相槌を避けた。
「竜騎士と騎竜の関係を見ていると、契約を超越した信頼感を感じられます。人々の竜への接し方は神妖獣にたいする畏怖よりも、もっと生活に根付いた…例えが適切かもしれませんが犬に向ける愛情と似ている気がします」
 「犬」という単語はしばし「隷属」の意図で使われる場合があるが、本来は違う。使役による明確な主と従の関係にありながら種を越えた信頼と愛情による結びつきが存在する、その意味でアレックはあえて「犬」という単語を選んだ。
「でもあの大きな金の竜と、黒い竜は違うのですね。黒い竜は、中尉に明らかな殺意を抱いていました。でも金の竜は違うみたいで。金竜と黒竜の関係もよく分からなくて。捕食行動…ではないですよね。あの時他の竜たちは金の竜には従うようでしたが、でも黒竜に敵意を向けるでもなくただ様子を見ていただけで…」
 一人で話を進めていく途中で「あ、そうそう」と独語が挟まる。
「竜騎士団が編成される時は竜翼谷全体から人選されるのですか?」
「え」
 突然振り返られてヴィルは足を止めた。基本、当主の決定は絶対だ。十数年前の対帝国戦時に、中隊の動員を決定したのも当時の当主であったと記録にある。それを思い出したヴィルの思考を読んだかの様にアレックは続けて問いかけてくる。
「過去の帝国との戦闘の時みたいに国軍に軍事力提供をする場合の命令系統はどうなるんです?」
 アレックの瞳に探りを入れている気配はない。純粋な軍事馬鹿としての興味がそうさせているだけなのだとヴィルは感じていた。だからこそ、厄介なのだ。
「時と場合による」
 ケースバイケース。ヴィルは短く応える。これは実に便利な単語だ。「そこを詳しく!」や「たとえば」「具体的に」等と切り替えしが来た場合でも、持ち時間を理由に押し戻す事が可能である。
「おい、置いてくぞ!」
 だが今回は前方を歩くイリオン少尉に助けられた形となった。話し込むうちに牛歩となっていたアレックに苛立ちの声を上げたのだ。
「はい、すみません!」
 我に返った様子で威勢の良い返事をしてから、
「あの、レストム元中尉」
 アレックは谷からの出口付近にまつイリオン少尉へ駆け出しかけた足を止めて、振り返る。
「そんな呼び方があるか」と前方でイリオン少尉は本日十回目の溜息を吐いた。
 今度は何だとヴィルは無言でアレックの言葉を待っている。
「アリタスの国が危なくなったら、助けて下さいね!」
 久々に会った時に見せたのと同じ笑顔だった。
「-え?」
 何を言われるかと思いきや。
 唐突な不意打ちに、返答に窮したヴィルはただ腕を組んだままアレックの動向を見やるしかない。
「この地に息づく力の強さ…って表現したらいいのかな、とにかくここが、この国にとって大事な場所だって事が感じられました」
「………」
「こんな広大な谷の当主ってどれだけ大変な事なのか僕には想像もつきませんが、でも頑張ってくださいね」
 片手を子供のように大げさに振りながらアレックは先を歩くイリオン少尉に向けて踵を返した。一拍遅れてようやくヴィルも頷きを返す。
騒々しい客人はシュトルのセントラル方面に向けて姿を小さくしていった。しばらくヴィルはその背中を見送った。
「アリタスの危機…ですか。また何か起こるのでしょうか」
 共に珍客を見送っていた戦士の男がヴィルの背中に独言とも取れる問いを向けた。一呼吸分の間考えてから「どうだろうか」とアレックが去っていった方向を見つめたまま応える。
 十数年前の対帝国戦。
 当時の当主は何を思い、考え、決断を下したのか。
 完全に珍客の気配が消えたのを確認して、ヴィルは谷に向けて踵を返した。

「ま、結果的にお前のおかげで色々良い物が見れたんだから、感謝すべきなのかね」
「そうなんですか?」
 その頃、珍客達は谷の外れに待たせてあった軍用車に乗り込むところだった。ハンドルを握る軍曹が、服装が変わったアレックに気付く。経緯を説明するとひどく羨ましがった。
「巡回でこの付近までは来ても、谷の中まで見たことないんですよね」
 砂塵を上げながら道なき荒野を切り拓くジープ。軋むタイヤとエンジン音に対抗して三人の軍人は声を張り上げる。
「なんでもこの谷は印保持者の集まりだっていうじゃないですか。シュトル局にも何人かこの谷出身者の印保持者がいますけど、竜に騎乗しているのは見たことありません。竜も間近で見てみたいですよ」
 国軍内でも印を保持する者は少なく、即戦力は押印に頼っている部分が多い。軍曹の言葉通り、シュトル局には幾人かの谷出身の印保持者が所属しているが、それは竜騎士としてではない。
「凄かったですよ!」
 とアレックは後部座席から運転席の方へ身を乗り出す。「羨ましいな」と笑って軍曹は片手でハンドルを操りながら煙草を口にくわえた。
「だけど印保持者が一箇所に集まってるって知られるのも問題みたいで」
 精霊狩りの事だ。
「でもあれだけの戦闘力があるなら対応できそうですよね?」
 同じ光景を目にしてきたイリオン少尉に同意を求めてアレックは再び後部座席のシートに背中を戻した。少しずつ人工的な建造物が増え始めた景色を眺めながらイリオン少尉も軍服のポケットから煙草の箱を取り出した。
「谷はそうだろうが、弊害が問題なんだよな」
「弊害?」
「あぁ、そうですね」
 イリオン少尉の言葉を理解しているようで軍曹は火をつけた煙草を燻らせた。高速で過ぎ去る景色と共に煙が掻き消えていく。
「暴走者も急増していますね。この間も―」
「暴走車?」とアレック。
「車の方じゃないぞ」
「は、はい…」
 単語を思い浮かべてアレックは自らの記憶のノートをめくる。精霊狩りの話から「暴走者」の単語が出れば意味は一つしかない。
 三人の会話を乗せたジープはシュトル・セントラルに向けて爆走し続けていた。




ACT8-1「運命の拠り所」へ⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。