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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT7-9
09

「驚かせた事を詫びる…鎮まってくれ。この娘らは誰も傷つけたりはしないから」
 酷く破れた布生地と共に右肩を左手で押さえながらヴィルは竜達に向き直った。乱れ飛んでいた嘶きが徐々に静まり、竜たちはヴィルの言葉に聞き入るように動きを止める。複数の羽音だけが重なって谷に響き始めた。
「……静かになった…」
「恐怖が収まりつつあります」
 安堵に溜息をつくエルリオとミリアム。ヴィルの横顔にも安寧が浮かびつつあった。だが元から白い顔色が少し蒼白になっている様にも見える。右腕から滴を成して谷底へと落ちていく血の軌跡を、エルリオは見た。
 緩慢に、風に震えながら落ちていく紅い滴が深い谷底を走る水に真っ直ぐと落ちていった。その時、限りなく深い水底から巨大な息吹が泡を吹かしたのを、上空にいるエルリオ達には聞こえる筈がなかった。
「っ!」
 気がついたのはヴィル。我に返り右肩を抑える己の左手を見る。手の平に付着した血液の量と、右手の指先にまで滴り落ちていた血の跡をみて舌打ちした。
「しまった」
 後悔の言葉が早いか否か、深い深い渓谷の底から低い破裂音がしたかと思うと、足下直下から逆さ瀑布のような水柱が上がった。
「冷た!」
「きゃっ!」
 もはや「飛沫」とは言いがたい量の水を辺り一帯に撒き散らしながら、水底から出現した瀑布から巨大な竜が姿を現した。その大きさは周囲を囲む竜達と比較して圧倒的に巨大な、竜王シュテラリオンと同等の体躯を有した巨大水竜だった。
「沼竜谷の王!」
 津波のように水を被った吊橋の上でジャスミンは呆然と空を見上げた。風の竜王シュテラリオンと異なる黒鱗の水竜、沼竜谷の王。
「だめ!」
 ミリアムが小さく悲鳴を上げる。
「え?」
 その理由は直後に知れた。
 天に伸び上がり姿を現した黒竜は中空で体を急旋回させると巨大な紅の口を開けてヴィルに襲いかかった。すかさず無事な左手で風を作り体を浮上させそれをかわすが、撓った動きに伴い間髪なく襲い来る巨大な尾がすぐ真横に迫っていた。
「!」
 空気を薙ぐ竜の尾の影が視界の端を過ぎり、ヴィルは瞬時後に襲い来る衝撃を覚悟した。
「やだっ!」
 反射的にエルリオは瞳を瞑る。「あ!」とミリアムの声が重なり、
「ヴィル!!」
 橋の手すりを有らんばかりの力で握り締めたジャスミンの叫び、
 そして凄まじい衝突音と咆哮が重なった。
『ギャアアオオオ』
 それが竜の悲鳴に変わりエルリオは顔を上げた。
「シュテラリオン!」
 叫んだヴィルの言葉通り、新たな巨大竜がそこにいた。腹に印を宿した風の竜王は、ヴィルに向けられていた黒竜の首に真横から喰らいついている。二匹の竜王は互いに巨体をぶつかり合わせ空中でのたうった。
「竜と竜が……なんで…?」
 エルリオは呆然とその光景に圧倒される。あの黒竜が何故当主たるヴィルに襲い掛かったのか、そして何故竜の住まう谷で竜同士が対峙しているのか。遠い脳裏で浮かんだ小さな疑問は体中を振るわせるほどの咆哮により全て掻き消える。
 黒竜は体を捻らせて尾を振りぬき、シュテラリオンはそれをかわし黒竜の首から口角を離した。大振りに翼をはためかせて互いに牽制し合う距離をとる。
「……」
「………」
 小さき人間達はただその様子を見つめるしかない。最も近距離にいたヴィルも、橋の上のジャスミンも、遠くから駆けつけていたクロウら沼竜谷の戦士らも、そして中空に留まったままのエルリオとミリアムも、ついでにポケットの中にいたキューも、ただ双眸に二つの王を映して動きを止めていた。
『グゥ…』
 口惜しげに小さく呻き、黒竜は首を返して体を逆方向に翻す。そして谷底へと急降下していくと再び巨大な水飛沫を上げながら渓谷の深き水底へと還っていった。
 谷中から全ての音が消えたように静まり返った中で、
「あれ…やっぱりホンモノなんですかね」
 ぽつりと最初に声を発したのはアレックだった。騒ぎに乗じてイリオン少尉も、渓谷間で繰り広げられた光景を高台から眺めていたのである。目の前の、さながら怪獣大戦争たる出来事を両者とも俄かには消化できずにいた。
 ―あるべき場所へ還れ。
 黒竜が消えていったのを見とめ、シュテラリオンは周囲に集まっていた若い竜達に首を向けた。それを受けて次々と翼を翻して竜達は去っていく。空と足下がひらけた。
「………良かった…」
 橋の上で消え行きそうな声が漏れる。危うく崩れてしまいそうな膝に何とか力を込めてジャスミンは手すりを頼りに体重を支えた。一方、空中では、
(頭が痛い…)
 安堵した途端にエルリオは再び酷い眩暈に襲われた。頭痛も引き起こしている。吊橋に降りたった途端その場に尻餅をつくように座り込んだ。ジャスミンが駆け寄る。
『相変わらず無茶をする』
 上空では、全ての竜達が飛び去ったのを見送った竜王が己の分身たる当主に首を擡げた。巨大な竜の瞳が目の前に迫り、紅く染まったヴィルの右半身を見た。その細身に長い首を巻きつけるように頬が摺り寄せられ、ヴィルは辛うじて動く右手を持ち上げて硬い鱗に覆われた竜王の目許に手の平を当てる。そして目を瞑り静かに深く息を吸い込んだ。
「あれは…何をしているの?」
 気だるさを押しのけてエルリオは竜王と当主のやり取りを見ていた。吊り橋の向こうから駆け寄ってきたクロウら黒髪の男達も。
「シュテラリオンが…ヴィル様に生命を分け与えているのよ」
 答えたのはジャスミン。見知らぬ少女二人を見やり訝しげだった黒髪の男達だが、ジャスミンの様子からエルリオ達が当主の客人なのだと理解する。
「命…を?」
 驚くエルリオの隣で「まあ」とミリアムがいつものように両手を口元に当てた。竜王に触れたヴィルの右手が仄かに光を帯びており、遠目にも右肩から腕にかけての怪我が薄れていくのが分かった。
「当主は竜王の分身、と言われているの」
 ジャスミンが続けて呟いた。
 傷が消え去っていくと共にヴィルの面持ちから苦悶が消えていく。光が消えうせるとゆっくりと双眸が開かれる。竜王の瞳が遠ざかっていった。長い首を上空に持ち上げて一つ大きく羽ばたくとヴィルの頭上を越えて行く。
『三年という年月は我らにとってあまりに短いようだ』
 人々が見上げる視線の中、竜王は大きく空に輪を描き旋回すると天竜谷の峰の向こうへと飛び去っていった。
「………」
 金髪の当主はしばしその方角を見つめて無言を保っていた。
「ご当主!」
 吊橋からクロウが上空に向かって声を上げる。我に返りヴィルが声のする足下を見やった。橋板に少女二人が座り込んでおり、傍らには部下達の姿もあった。
 風と共につり橋に降り立つと、自分より少し目線が下にあるジャスミンの見上げる視線とかち合った。
「……」
 名前を呼ばずに無言で真っ直ぐ見つめてくる時のジャスミンは、怒っているのだ。その更に下からヴィルを見上げて、揺れるつり橋の手すりを掴みエルリオは立ち上がった。
「あの…ごめんなさい、こんな風になるなんて私…」
 始めと変わらない無表情を保つヴィルの視線が少女達に向いた。そこから目を反らしエルリオは俯いて言葉を捜した。
 土地柄を考慮していなかった事、押印師として使用場所を弁えなかった事、様々に反省すべき点はある。だが最も言わなければならないことがあった。
「助けてくれてありがとうございます、ごめんなさい、怪我させてごめんなさい!」
 意を決してヴィルを正面に見つめ、そして頭を下げた。これは同時にジャスミンに対する謝罪でもある。
「私も、私もごめんなさい!」
 隣からミリアムがエルリオの腕をとって寄り添うように一緒になって体を二つに折ってくる。
 応えはすぐに戻ってこなかった。怖くて顔が上げられない。頭上で誰かが小さく笑うような声が聞こえたが、エルリオは固く目を瞑ったまま俯いていた。
「いや今のは…」
 そのうち、平坦な声と共に肩へ手を置かれた。
「俺の不注意だった。俺が、」
 小さな呼吸が挟まり、エルリオが顔を上げると肌の色と対照的な深い色を宿したヴィルの瞳とかちあった。
「俺の認識が浅はかだったからだ」
 言葉の真意が汲み取れずエルリオは困惑の色を浮かべた。周囲の人々はヴィルが言わんとしている事を理解しているようで、漂う空気は静かだ。強張って脈打っていた心臓が収まるのを感じてエルリオは恐る恐る切り出した。
「私、自覚が足りなかったんだ…いつも言われていたのに、押印師は精霊への感謝を忘れてはいけないって」
 平坦なヴィルの表情が「おや」、といった風の面立ちに変わる。
「なのに押印を便利な道具みたいに使っていた…。ここみたいに、純粋で原始に近い精霊が集う場所で押印を軽率に使うべきじゃないって気付けなくて」
 今は印が消えている左の手を右手できつく握り締めた。
「やはり親子だな」
「え…?」
 肩に置かれていたヴィルの手が、エルリオの頭に置かれた。徐にわしわしとかき回される。
「だが…そういう話をする前に、奴だ」
 手を止めたヴィルの視線を追ってみると、吊橋の向こう、沼竜谷へと向けられている。「奴?」とジャスミンが繰り返すとヴィルは不味い薬を飲んだように口元に苦笑を作った。
「奴をどうにかせねば」
 元上司で竜翼谷の当主に「奴」呼ばわりされているとは知る由も無く、アレックは沼竜谷の高台から視界を支配する渓谷の風景と、先ほどまで繰り広げられていた竜の戦いに圧倒されていた。背後のイリオン少尉からなにやら声がかかっているが、全く耳に入っていない。
(こんな場所があるんだなぁ)
 製図士としてこれまで上官の後をついて様々な地理的条件を有する場所へ出向いた経験が、いかにまだ浅瀬であったかを再認識させられる。人が足を踏み入れる事が全く想定されていない、神妖獣の為の手付かずの聖域。
(軍を展開できる場所が無いもんな。人間だけの地上部隊じゃこういう場所は攻略できない…)
 誰に問うでもない、脳裏で自問自答を繰り返しながら、
(竜騎士か……確かにすごい戦力だな~)
 国軍にとって如何にこうした特殊戦闘集団が貴重な存在か、思い知る。
 そういえば。
 風に揺れるつり橋の上に集まっている人影を眺めながらアレックは小さく呟いた。
(ここの竜騎士達と国軍ってどういう契約になってるんだろう)
 竜翼谷の竜騎士兵団が大戦時に国軍の空撃部隊として活躍したとの記録はあるが、正式所属部隊として常駐する立場ではない。
「アレック・シュタインウェイ一等下士官!」
「はい!」
 フルネームで怒鳴られてようやくアレックは背後に気がついた。
 恐る恐る振り返ると丘から下り始めたイリオン少尉が呆れた様子で腕を組んでいる姿がある。そこでようやく自分がここへ何をしに来たのかを思い出した。
 思い出した途端、体中の皮膚が痛み出す。
「痕が残ったらいやだなぁ」
 そんな泣き言を洩らしながらアレックはイリオン少尉の元へ駆け寄った。




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