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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT7-8
08

 谷と谷を繋ぐつり橋は程なくして見つかった。長く伸びたあぜ道は突如奈落となり深く抉り取られたような谷底に陽光をうけて青色に光る川流が右から左へと走っていた。何者かの意思により断斬された線のように谷と谷とを分け隔てている。
 奈落の縁には塔とも呼べる背の高い柱が二本立てられ、その根元と鉄片から太く編みこまれたワイヤーが伸びている。足元は幅の広い木板が一定間隔で繋げられており両脇には手摺が子供の背の高さほどの位置に付けられている。
「これ…歩いて渡るのですか?」
「…だねぇ…」
 ぽっかりと大口を開けた奈落を目の前にミリアムの弱々しい声が聞こえた。正直なところエルリオにとってもこのつり橋に足を踏み出す事は、大いに躊躇われた。
「これだけワイヤーが太ければ落ちる事はほぼ無いよ」
 ポケットの中でキューが呟くが、谷の狭間を吹きぬける風に押され左右にゆれる橋の様子を見ていると安堵はできない。
「だからこそ安全なんだって。しなっているほうがバランスが―」
 橋の安全性について薀蓄が続くがエルリオの耳には入っていなかった。
「ま、もし落ちても印を使えば大丈夫か」
 無理な作り笑いで覚悟を決めるが、「あ」と名案を思いつく。
「最初から風の印を使って飛べばいいのよ、そうだよね!早く言ってよもう」
「………」
 大きな口を歪めるキューの顔が想像できそうだがあえて無視する事にして、「行こう」とミリアムには自分の横から両手を体に回させて組ませ、エルリオは左手を谷に向けて伸ばした。その手の甲へと右手を添えて短く呟くと印を発動させる。白い光の粒子が羽の形となってエルリオの背中に姿を現す。軽く膝を曲げて飛び上がるとそのまま少女達の体は奈落の上へと飛び上がっていった。
「!」
 ジャスミンが息を呑む様子が遠ざかる。落ちる、と思い咄嗟に右手を前方に伸ばしたが、重力の法則に逆らい放物線を描き中空に躍り出た少女達の様子に、動きを止めたまま瞠目した。
「あんな事もできるの…」
 導かれるようにつり橋に駆け寄ってジャスミンは姿を小さくしていく少女達の後姿を呆然と眺めていた。
「わぁ~っ!」
 柔らかい黒髪を風になびかせるミリアムは紅潮して声を上げた。眼下に広がる圧倒的な深さに飲み込まれそうな感覚が足下からこみ上げて来るが、それはエルリオの体に絡める腕に少し力を込めた事ですぐに消えていった。
「ちょっと高くあがてみようか」
 ミリアムの体が想像以上に軽かった事に驚きつつ、渓谷に区切られた三つの谷の整然とした様に感動していたエルリオだった。手にやどる印にもう少し、いつも以上に祈念を込めて上昇を試みる。
「-あ…やめたほうがいいかも、エル」
 吹き抜ける風の音に邪魔されながらポケットの中から呟きが聞こえた。
 それに気付く間もなく、
「なっ…」
 己にしがみ付くミリアムの腕が大げさに震える。
 ほぼ同時に頭上に大きな影が降り、体中の皮膚を痺れさせるような咆哮が轟いた。

 風と共に降り立ったモスグリーンと金髪の人影に、黒曜の髪の人々はその直前まで行っていた動きを止めて振り返った。竜の澱に面した沼竜谷の入り口はその名に相応しく湧水による池や人工的な溜池が地面に描かれた模様のように点在している。水に触れる空気が常に涼やかな気候を保っていた。この谷に棲む竜の為に、人々の手で施されたものだった。
「これはご当主様」
 槍は手にしていないが門番の男と同じ装束を纏った若い男が、ヴィルの姿を見止めて深礼を向けた。
「え、ご当主さま?」
「あれがご当主さまかー」
 水辺で遊んでいた子供達が甲高い声を上げて振り返る。外からの声を聞き軒先に姿を現す民間人と思わしき装束の人々。俄かに村落がざわめきに包まれた。誰もが遠巻きに当主の来訪をじっと窺っている。
「………?」
 ヴィルの背後の着地した飛竜の背中から飛び降りながらアレックは、ヴィルを向かえる空気に張りつめた琴線のような緊張感を感じた。ヴィルの姿を見とめる全ての民達はいずれも深く頭を垂れて彼を迎えており、そこには強い畏怖が漂っていた。歓迎ムードとは言い難い。
「今日はどのような…?」
 最初に声をかけてきた若い男がアレック達を値踏みするように一瞥する。「客人だ」と短く答えてヴィルは事情説明を続けた。
「済まないが、体を洗わせてやって欲しい。それから着替えも」
「もしかして…澱に落ちたので?」
 黒い瞳が濡れ鼠のアレックを再び見やり、そして小さく笑ったのが見えた。髪の色という決定的な外貌の違いはあれど、ふとした瞬間に見せる表情や雰囲気はやはり誰もがヴィルと共通点が多いと感じられる。
「しかしまた何故、ここへ」
 踵を返しかけて黒髪の男は再びヴィルを振り向いた。そう疑問に思うのは当然で、谷の入り口から物理的に最も近いのは天竜谷であり、沼竜谷は奥地にあたるからだ。
「事情は後で説明す―」
 少し小声になったヴィルの語尾を蹴り散らして、遠方から空気が震える咆哮が木霊した。
「!?」
「な…なんだ?」
 その場にいる全員が一斉に顔を上げて音の方へ振り返った。直後、今度は後方の至近距離からも「ギャァアアッ」と凄まじい獣の悲鳴が上がった。門番の男やアレックが騎乗してきたあと入り口付近に待たせていた若い騎竜だった。
「落ち着け、落ち着け」
 慌てて戦士達が駆け寄り竜の首や胴を撫でて宥めようと試みるが、長く太い首や尾を忙しなく暴れさせて興奮状態が収まらない。
「な、な??」
 最も大仰な様子を見せたのはアレックで、後方に立つイリオン少尉に再びしがみ付く。いい加減に慣れたか勝手にしがみ付かせたままイリオン少尉は周囲を見渡した。
「ご当主様、クロウさん、来て下さい!」
 奥まった道の向こうから十代頃の少年が駆けて来た。クロウとはヴィルを出迎えた黒髪の男の名だ。少年が指し示す方は渓谷が見渡せる小高い丘へと続く道。彼はその近辺に住む少年だった。そうと気付いて二人は同時に駆け出す。幾人かの戦士らも続いた。
(一体何が…)
 簡易的に岩壁のような坂に作られた段を軽い身のこなしで駆け上がり、ヴィルは高台を目指す。その間も遠方からはけたたましい複数の咆哮が響いてくる。怒りや乱心が混在した不安定な声。竜達のこんな声は滅多と耳にする事はないのだが。
(いや…この声はあの時と似ている)
 自問自答しながら最後の石段を跳び登った。
(三年前と)
 急激に視界が開き、人工的に削られた足場にたどり着く。そこからは渓谷により区切られた空間と、霞がかかった天竜谷が見渡せた。
「!」
 そこに見えたのは、谷と谷とを結ぶ吊橋の上空に竜達が円を描いて集まる様子だった。一様に何かに向かい威嚇の声を上げている。その中央にいるのは、
「あいつら…!」
 二人の少女の姿だった。

 何が起こっているのか、エルリオには瞬時に理解する事ができなかった。
 頭上に巨大な影が降ってきた次の瞬間には、気がつけば周囲と上空を竜達が覆い囲んでいたのである。太い首を擡げ、長く撓る尾を狂ったように振りかざし、血色の良い真っ赤な舌を見せて口を開けて一様に叫んでいる。
 シュテラリオンより幾分も小柄な若年の竜達であるはずが、至近距離からの羽ばたきは暴風のように二人の少女達を薙いでいく。
「な、なんで…?」
 理由が分からずエルリオは混乱する。しがみ付いてくるミリアムの手は震えていた。自分を落ち着ける意味も含めてエルリオはその体を支える腕に力を込めた。
「大変…!」
 吊橋付近でその様子を目にしたジャスミンはそのまま橋を駆け出した。ここからなら沼竜谷へ助けを求めた方が早い。
「エル、印だよ、きっと押印のせいだ!」
「え?」
 ポケットの中から叫ぶキューの言葉通りである可能性が高い。ふと思い出してみれば、たったさっき、エルリオはこの谷に訪れて初めて押印を使った。その直後にこの有様である。
 エルリオが使ったのは風の印の一種。
 この谷に住まう竜は風の化身。
(しまった…)
 迂闊、というより、軽はずみだったとエルリオは後悔した。最も原始に近い精霊の恩恵を受けた森羅万象の化身たちが住まう場所で、その力を人のエゴにより従わせようという技術を使うべきではなかったのであろう。
「とにかく、押印を消そう」
 足場となる吊橋に降りることをキューが促す。
「そのまま降りれば橋があるから」
 言葉に従いエルリオはミリアムを抱えて高度を落とそうと試みる。
「危ない!」
「わっ」
 だが足下から迫り昇ってきた竜の体当たりを受けそうになり寸でのところでかわした。完全に囲まれてしまった事に気がつく。
「怒ってるの?ごめんなさい。印を消すから、道を開けてほしいの」
 他に術がなく、エルリオは目の前にいる竜に向けて言葉を向けた。謝罪の言葉は本心からだった。だが少女二人を囲む竜達の興奮が収まる気配はなく、それどころか空に集まり来る竜の数が増えているように思えた。近寄ってはこないが、遠巻きの空にこちらの様子をうかがっている影も多く見られる。
「エルリオさん…」
 ずっと震えていたミリアムが弱々しく顔を上げた。
「違う…怒っているんじゃないです、竜たちは」
 悲痛そうな面持ちで空を覆う若い竜を見上げていた。
「怖がっているんです。とても恐れている」
「誰を?」
「エルリオさんを」
 というより、
「いえ、押印を」
「………どうしろって…」
 困惑したまま、ただ空を見上げるしか術が無い。だが徐々に息苦しさを感じるようにんりエルリオは焦りを覚えていた。
(あまり長くはもたない…)
 押印は使用者の体と心を蝕む。少女一人を抱えて長らく中空に留まっていたエルリオの体力は確実に削られ始めていた。ミリアムもエルリオの顔色に変化を感じ取っていた。一瞬、眩暈を感じてエルリオは目を閉じる。
「エルリオさん…」
 ほぼ同時に再び竜の一匹が甲高い声を上げた。
「きたきた!」
「きゃーっ!」
 ポケットからこれ以上無いほどに慌てた叫び声。続けてミリアムの声。
「え…!」
 我に返り無理やり目を開くと、頭上から急降下する巨大な鍵爪が目に入った。弱りかけたエルリオの状態を感じた竜が今を狩る好機と取ったのだ。
 涼しい風が吹きぬけた。
「あれは…!」
 橋を駆け抜けていたジャスミンが足を止めた。見覚えのある人影が竜の更に上空から降りてくるのが見えたのだ。
「下がれ!」
 モスグリーンがエルリオの視界に広がった。同時に強く体を押され、足下から吹き上げる凄まじい風を感じた。
「くっ…う」
 短くくぐもった声に瞠目すると、エルリオ達の前に躍り出たヴィルが右肩と右腕を盾に竜の鉤爪を受け止めた姿が目の前にあった。飛び出した人影が当主と知り僅かながら瞳に理性を取り戻した竜が一啼き声を上げる。ヴィルは空いている左手で風を起こすと竜の体をゆるりと押し戻した。
「ヴィルさん!」
「ヴィル様!」
 ミリアムの声と同時に足下からジャスミンの叫び声も響いた。




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