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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT7-7
07

 パタンと手帳が小気味良い音をたてて閉じられた。
一通りの質問を終えてイリオン少尉が終わりを切り出し「分かりました」と手の平に収まりそうな手帳を軍服の胸ポケットに滑らせて席を立つ。一拍遅れてヴィルも立ち上がった。
「ご協力頂きありがとうございました」
「いいえ」
 イリオン少尉が向ける敬礼にヴィルは軽い会釈で応えた。先を促して自分も庵から踵を返す。三歩進んだところでアレック一等下士官の姿が無い事に気がつき振り返った。
「おい、何やってんだ」
 同じように気がついたイリオン少尉の呆れた声が横をすり抜けていった。二人の視界の中で、アレックは庵のベンチから身を乗り出して外を覗き込んでいる。
「あー、すみません、景色が綺麗だな~と思いまして」
 覆い塞がる木々の間から流れ込んでくる淀みの向こうを覗き込もうと身を乗り出している。
「水に落ちないように気をつけて下さい。ここの水は酸性が強い故、体によくありません」
 門番の男がアレックの背中に声を投げかける。
「酸性なんですか!でも水草がよく育ってますよね…すごい適応力だなぁ」
 最後は単なる独り言に変わっていた。
(この草の繊維で酸に強い素材が作れないかな)
 葉の一房でも持ち帰れば良い研究材料になるかもしれない。軍付属研究所に所属する知人の研究員を思い浮かべながらアレックは水草に手を伸ばした。
「あ、おい!」
 誰からともなく声が上がり、驚く間もなく、
「わ!!」
 アレックの小柄な体は庵の向こうへと消えた。直後に大きな水飛沫が上がる。最初に縁へ駆けつけたヴィルが水辺を覗き込むと、溜池の深みにはまってざぶざぶと水をかくアレックの姿が。
「どいつもこいつも…」
 口の中で小さな苦言を噛み潰しながら表情を変えずにヴィルは右手を振り上げて風を呼んだ。葦に爪先を取られていたアレックの体が重力に逆らい水面に浮上する。口の中に広がった酸と錆の味にアレックはひどく噎せていた。
「言われたそばから!」
 呆れと怒りと驚きが混在した声をあげてイリオン少尉が駆け寄る。「アホかお前は」と呟く言葉とは裏腹に甲斐甲斐しく間の抜けた部下の背を撫でている。
「く、くちのなかがヒリヒリひまふ…ぉぇ…」
 呂律の回らない口調で訴えるアレックは涙目でイリオン少尉に応えた。手にはしっかりと水草の束を掴んでいる。それに気がつきイリオン少尉は肩を落とした。
「…ったくなんだってシールズ大佐はこんな奴を…」
(シールズ大佐?)
 イリオンの独り言から聞き覚えのある名前を聞き取ってヴィルは平坦な面持ちの表層下で首をかしげた。
「これで口内を洗い流されよ」
 門番の男が持っていた水筒をアレックに差し出した。
「……着替えを用意させよう。それから体を洗い流せる場所へ」
 門番の男がヴィルの言葉に若干の驚きを瞳に写して一瞥してくる。当主としてヴィルは人道的にそう言わざるを得ない自分の立場を呪った。このまま彼らを追い返すのは逆に訝しがられる原因となろう。門番の男もそれを理解したようで何も言わずに視線だけでヴィルの指示を待つ。
(…以前もこんな事があった気がする)
 イリオン少尉に自分を重ねざるを得ない。ヴィルは数年前を思い出して如何ともし難い複雑な苛立ちを覚えた。
「沼竜谷へお連れしろ。そこで着替え等を用意してもらってくれ」
「沼竜谷……ですか…承知しました」
 致し方ない、といった面持ちで門番の男は頷いた。

 そんな金髪の当主の苦労を他所に、二人の少女と一匹は竜翼谷の散歩を楽しんでいた。足下が軽くなり、歩く事自体が楽しくて仕方がなかったのだ。
 しばらく歩き回るうち、エルリオはこの谷が三つの渓谷が連なって構成されている事を知る。
 今エルリオ達がいる場所は「天竜谷」と呼ばれるエリアで、巨大な逆三角を成す形で北西に「沼竜谷」、北東に「地竜谷」と呼ばれる巨大な渓谷が連なっている。この三つを総じて「竜翼谷(シュテラール・バレー)」と称するらしい。三つの谷は深い谷川と竜の澱により隔たれており、巨大な吊橋が数箇所と騎竜が渓谷間の交通手段となっているらしい。
「それぞれに谷には竜に選ばれる戦士達がいて、天竜谷は風、沼竜谷は水、地竜谷は大地を司る印を授かるんだよ」
 そう教えてくれたのは、天竜谷の下層で農耕を行っていた初老の女だった。野良仕事の休憩中、サイロを背もたれに寛いでいるところへエルリオが声をかけたのだ。外から来た少女達が珍しかったのか、まるで物語を聞かせてくれるように女は様々を語ってくれた。
(ヴィルさんもそうだけど、ここの人たちって無愛想な感じに見えて意外と世話やき好きなんだな)
 まるで巨大な塔のように聳える谷の絶壁、真上の遠い空を飛び交う竜の影、その裾に広がる農地は、灰色の岩壁に覆われた上層とは別世界のように緑と暖色に包まれていた。林を一つ越えると強酸性の沼地が広がっている事実も忘れそうなほどに牧歌的だ。
 日の光を浴びたサイロのブロック熱が背中に心地よい。隣ではミリアムが膝にキューを乗せた状態でうっとりと瞳を閉じていた。口元が笑っている。
「トマト、キャベツ、トウモロコシ、」
 膝の上でキューは先ほどからしきりに野菜の名前を口走っている。どうやら視界に入る農作物の名を挙げて記憶しているらしい。
「沼竜谷や地竜谷という所も、ここと同じような感じなの?」
 冷たいお茶をご馳走になる。セントラルでは味わった事のない風味がした。香草の一種だろうか、喉に涼やかな刺激を感じる。
「どうなのかしらね。ご当主様や戦士様達は谷を守護する為にひととこに集まっているって話だけど、私らは民はこうして長いこと同じ場所で暮らしているから他の谷の事はわからんのよ」
 地理的な理由で一部の人々を除いて、谷同士の交流がそう深く成されているようではないらしい。それと同様に外の世界との関係性も希薄そうだ。だとすると谷を出てセントラルで軍役までしたヴィルは相当のアウトローに属する事になるのだろうか。
「若いもんは別だよ。谷も越えるし、ちょっと前のご当主様のように他の街に行って学校にいったり仕事についたりするもんも少なくないね」
「そうなんだ、じゃあ若い人が減っちゃうから大変だね」
 年老いた女一人で管理するには広すぎる畑を眺めてエルリオは呟いた。
「畑、広いですしね」
 ミリアムも頷く。少女達の横顔に向けて女は目を細めた。
「そうでもないさ。それに、戻ってこない方が私らは嬉しいんだよ」
「え…」
 意外な言葉にエルリオとミリアムはサイロから背を離して振り向いた。女は茶を一口すすると畑の向こうに広がる林を見つめる。
「若いもん達が戻ってくる時ってのはたいてい、戦か大事(だいじ)がある時だからね」
「……あ…」
「十数年前まで大きな戦争があって、終わったと思ったら三年前の……」
 大戦が終結して十数年経った今もよく整備された騎竜舎、ヴィルを中心に組織化された竜騎士達、腕を磨き続ける職人達。上層で見られるその光景が思い出された。今は精霊狩りがシュトル地方を脅かしており、現に当主の身内が犠牲となっている事でその深刻さが窺える。その為に戦士達が呼び戻されているとヴィルは言っていた。女が語る「三年前」とはそのことを示しているのだろう。
「おや」
 沈みかけた空気を持ち上げるように、女は不意にエルリオ達を振り向いた。
「あれはジャスミンさんじゃないかね」
 女の視線が自分の背後を見通していると気付き振り向くと、小さなトマト畑を挟んだ向こう側に黒髪の人影が見えた。エルリオたちの視線に気付き、小さく微笑んで手を振ってくる。
「本当、気付きませんでした」
 ミリアムは目を丸くしているが、エルリオは最初から気付いていた。あらかたヴィルに自分達を監視するよう言付かっているのだろうと推測していたからだ。隣でミリアムがジャスミンに手を振り返す。エルリオは軽く会釈するにとどめた。
「お珍しい。今日はご当主様と一緒じゃないようだねぇ」
 ジャスミンに深々と会釈をむける女の言葉にミリアムが何か思いついたように口を開けた。
「という事は、いつもお二人は一緒なのですか?」
 この距離ではジャスミンに聞こえるはずはないのだが、そっと女に耳打ちして声を潜めている。プライバシーがどうのと言ってエルリオを嗜めた割には乗り気である。女の方も急に表情を変えて口元に指をあてて声を落とした。
「谷中じゃぁ二人で一つみたいな認識になっとるねぇ」
 こちらの様子に、畑の向こうでジャスミンが疑問符を頭上に浮かべて小首を傾げていた。そんな仕草が銃器をぶっ放していた女戦士ぶりとかけ離れていて可憐に見える。コンクリートで無感情に塗り固めたような顔してご当主も中々やるもんだとエルリオはまた内心で含み笑いを浮かべるのだった。
「はっ…」
 そしてふと我に返る。
(市場のおばちゃんたちとばかり話してたからだな私……)
 人の色恋話に花を咲かせる市場の女店主達に気に入られていたエルリオは、すっかりこの方面に敏感になっている事を最近ようやく自覚しつつあった。だが自分はともかく、意外であったのはミリアムの反応。
(―そういえば)
 自分でやらせておいて失念していたが、ミリアムが読み取ったであろうジャスミンの思念が何であったのかを、まだ聞いていなかった事に気がつく。影を落としていたあの時の横顔を思い浮かべ、それが与太話ではないであろう事は想像できた。
「あの、おば様」
 一瞬考えてミリアムは声調を戻して女に尋ねた。女は湯のみに唇を当てたまま視線でミリアムに応える。
「髪の毛の色って、谷によって違うのでしょうか?」
「ああ」と頷きが戻った。
「この谷はご当主様みたいな黄金の髪が多いけれど、沼竜谷は黒曜の髪、地竜谷は大地色の髪の子が生まれるって聞くよ。それだけど最近は谷同士の交わりが多くて不思議な色の子も多く見かけるようになったけどね」
 沼竜谷、と言葉を繰り返しミリアムは女から視線を外した。銀色の視線はキューの体を支えている手元を経由してサイロの向こう側へと向けられる。小さな畑を跨いだ小道の上、ジャスミンへと。
「ね、おばちゃん」
 手にしていた湯飲みを勢い良く地面に置かれた盆に戻すとエルリオは遠方に朧げに見える渓谷を示した。
「沼竜谷や地竜谷って私達もいけるかな?」
 ミリアムが女の方に傾けていた肩をエルリオの方に向けてくる。女は湯のみを盆に置くとサイロに片手をつきながらゆらりと立ち上がった。
「谷と谷を繋ぐつり橋なら、あっちの方へ行けばあるよ」
女が「沼竜谷はあっち」と北側を指差すと、遠くに佇むジャスミンも同じ方向を一瞥した。三人が何を話しているかに気がついたらしい。
「でも歩いていくと大変だよ」
 谷川を越えた後は渓谷同士を隔てる広大な湿地帯を再び越えなければならないという。
「大丈夫、おばちゃん、お茶をありがとう」
印を用いればミリアムを抱えても充分に越えられると単純計算で答えを導き出したエルリオは女に示された方向へと歩き出した。膝に乗せていたキューを抱いてミリアムも慌てて追随する。
「ちょっと、あなたたち」
 あぜ道を選んで駆け寄ってくる細長い影が追いついた。ジャスミンだ。
「どこへ行くの?」
 ヴィルとは異なる意味で感情を表出させない彼女だが、体の振動と共に左右に踊る束ねられた髪の毛が焦燥を表しているようにも見えた。
「他の谷も見てみようと思っています」
 無邪気にミリアムがジャスミンを見上げる。
「この方向につり橋があると聞いたので」
「あの…何か問題が…?」
 焦りは消えたが、気分が上向かない面持ちを遺したままジャスミンは「別に」と首を振った。エルリオが人の服を剥いで回る事を心配しているのかとも思えたが、そうではなさそうだ。
「どっちの谷へ?」
 俯き加減に深い息を吐き出したジャスミンが顔を上げると、もうそこには負の面影は見えず、畑の向こうで手を振っていたときの彼女がそこにいた。
「沼竜谷という方が近いみたい」
 言いながらエルリオは女が示した方向に指先を向けた。




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