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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT7-6
06

 露店通りは人でごった返していた。
「何でこんなに人が…」
 とイルトが呟いた直後、
「今日はフリーマーケットデーだったのだそうだよ」
 賑わう露店通り南の入り口を見渡しながら、少し楽しそうにグレンは答えた。そんな彼の言葉も夕闇と共に帰宅時間が迫る露天通りの雑然とした音の渦に掻き消されそうになる。
 フリーマーケットデーと銘打たれた庁舎主催の催事では、露天通りの活性化を図りマーケットの来客者や出店者に菓子が振る舞われる。グレリオ・セントラルの主婦を中心に街の外からも人が集まってくる。
「どこでそんな情報を」
 自分で言いかけてイルトは正面玄関の掲示板だと、思い出した。玄関内に入る一歩手前に立てられた掲示板には催事の告知が張り出されている。庁舎にやって来た時にその前を通り過ぎる際、グレンが掲示板を一瞥したのを記憶の隅で覚えていた。
 まさかあの一瞬で掲示板にある全ての情報を脳裏に刻んでいたというのだろうか。
「で、テイダスがここに逃げ込んだと?」
「恐らくは」
 根拠を聞きたかったが長々と聴講している暇はなさそうだ。しかし南北に一キロにも及ぶ長い露天通り、しかもこの人波からどうやって小柄な少年を探せというのか。ひたすら真っ直ぐに続く人間の波濤を前にイルトは呆然としていた。
「店を一つ一つみていくんだ」
 北をまっすぐ指差してグレンが言う。
「店を?」
「これから言う条件に当てはまる店を見つけたら、私に教えてくれ。」
「な??」
「一つ」
 困惑するイルトの様子を無視してグレンは人差し指を立てながら話を続ける。これは腹を括るしかなかった。
「時間が経過しても腐らない物を扱っている」
 生鮮品や食物、植物などは当てはまらないという事だ。
「二つ、材料、素材がグレリオ・セントラル付近で容易に採取・栽培できるもの」
 石材、鉱物、木材だろう。
「三つ、店番が二人以上。四つ、左側の壁側で店の近くに裏道への曲がり角がある」
「はぁ」
「はい、探してごらん」
 他意がありすぎるほどの笑みで見送られる。
「……」
 一体、この四つの条件にどんな意味があるというのか。先程からこの男がとる行動と言葉の不可思議さはイルトをただ困惑させた。だが不思議と彼の声にはイルトを動かす絶対的な力がある。
「よしっ…」
 みてろよとばかりにイルトは一度グレンを振り返ると、人ごみの中に駆け出していった。無秩序に行き交う人波の障害物を軽い動きで避けながら、両端に並ぶ店のうち言われたように左側の壁に沿った店のみを一つ一つ見ていった。
 菓子、野菜、生花などの店がしばらく続き、次第に食物から雑貨品へと店の品揃えが移り変わっていく。
子供向けの木彫り人形が並ぶ店。
(人形の服生地がグレリオの物じゃないか)
 神話の神々を模った彫刻作品の店。
(…ここか?)
 足をとめて品物の一つを手に取る。使われている石の断面を見る。
(見た事無い断面だな…)
「珍しい模様だろ?レクスブルクで取れる石なんだ」
 中年の店主が自慢げに語りかけてくる。
(これも違うか)
 またしばらく歩く。アリタス国内の多くの街は、通りを格子状に敷く傾向にある。そして住所に極力数字を用いない。これには戦略的な意味があり、市街地にて敵の侵攻を受けた際に混乱を生じやすくするためだ。グレリオ・セントラルの街も同様で、南から北に伸びる露店通りを横にまたいで走る通りがいくつもあり、人波が無秩序にごった返す原因となっている。
 五つ目の交差点に差し掛かった時、イルトは四つ角の隅に開かれた露店に目を留めた。簡易な作りの天蓋が立てられ、その下に二人の中年から初老の男が店番をしていた。商品を見ると、粉が小分けに袋詰めにされており、手書きの値札が貼られている。
(肥料か。)
 イルトが毎日のように目にしていた、有機物が含まれたグレリオの鉱物を擂り潰して作られた肥料。幼い子供にだって作れる簡単なものでわざわざ売り物にする理由が無い。見ると、売り台の端には幾つかの野菜が置かれていた。
「この肥料、何か特別なのか?」
 店番の男に尋ねてみる。
「堆肥や他の有機物を混ぜてちょいと工夫が凝らしてあるんだ。普通のよりも育ちがいいよ」
 よどみない答えが戻ってきた。
「その野菜は?」
「この肥料を使って育てたものさ。うまいぜ」
 受け答えにも不自然さはなかった。
 軽く礼を言ってイルトは踵を返した。少し離れた所で待つグレンの元に駆け寄る。
「あの店かもしれない」
「生鮮品が置いてあるようだけど?」
 イルトの肩越しにグレンが四つ角の露店を見やる。
「同じ包装をされた商品を通りの入り口付近でも見た。野菜はあの店の商品じゃないと思うな」
 その答えに、グレンから満足そうな頷きが返って来た。
「満点だ」
 言いながらグレンはイルトの脇をすり抜けるようにして店に歩を進めていく。グレンを新たな客と見たか、店番が再び顔を上げた。
「この肥料はどこで作られた物なのですか?」
 社交辞令的な笑みを湛えてグレンが尋ねた。
「近くの村だよ。材料の石はどこででも採れるもんだけど、堆肥や他の有機物を混ぜてちょいと工夫が凝らしてあるんだ。普通のよりも育ちがいいよ」
 イルトに向けた説明とまったく同じ答えが戻ってくる。
「この野菜は?」
「この肥料を使って育てたものさ」
 これも同じ答え。だが、
「入り口のお店でも見たような気がするのですが」
 表情を変えずにそう尋ねたグレンの言葉に中年の店番の男が言葉を詰まらせた。
「この肥料を使ってくれてるって言うんで、商品を分けてもらったのさ」
 寸時の間の後に、少し後方に座っていた初老の店番の方が説明を加えた。
(なるほど。多少彼の方が頭が回るらしい。)
 そうと判明すれば、手段は単純だった。
 敵の脆弱点を突く。それだけだ。
 「なるほど、そうですか」と相槌をした後グレンは初老の男から視線を外して、再び中年の店番の方へ言葉を向けた。
「堆肥を混ぜているとの事ですが、どんな堆肥を使ったんですか?」
「え、その」
 また言葉がつまり気味になる。
「この辺りでよく使われる堆肥といえば…やはり牛ですか」
「そ、その通り。でもそれ以上は秘伝なんでね、言えねぇな」
 横から再び初老の男が説明を加えてきた。
「残念」と微笑みと共に肩を竦めたグレン。店番とのやりとりを一歩離れた所からただ眺めていたイルトの目に、グレンの横顔から笑みが滑り落ちていくのが見えた。
 グレリオセントラル周辺で酪農は行われていないのだ。
「お二人とも、この周辺に住まう人間ではありませんね?」
「な…」
 分かりやすいほどの反応が戻ってきた。明らかにグレンを警戒する動きで二人の店番は腰を浮かした。その態度が墓穴を掘った事を完全に彼らは失念しているようだ。ここは露店通り。グレリオ内外からも行商人が集う場所。それを指摘されたところで動揺する理由などないはずなのだ。
 ここまで分かりやすければ、遠まわしな戦略は無意味。最短距離を突く。グレンの持論だった。
「少年が私から奪った物をお返しいただきたいのです」
(うわ、いきなり言うか)
 慌ててイルトはグレンの側に駆け寄り、店番の二人に詰め寄った。
「テイダス、テイダスが近くにいるんだろ!?」
「何を言いやがる」
 激昂して男が立ち上がる。突然の怒声に周囲を歩く人々の視線が一斉に集まった。初老の男が「やめろ」と背後から中年の方を宥め抑えようとする。
「あの封筒、返して欲しい。警察局に捕まればテイダスが殺されるんだ!」
 イルトの言葉に二人の男達は一瞬顔を見合わせる。
「来るぞ」
 隣からグレンの呟き。ほぼ同時に「畜生!」と怒声が上がり突然目の前の天蓋が吹き飛んだ。
「うわっ」
 袋詰めの粉肥料が散乱する。周囲からも悲鳴があがる。石灰のような匂いに噎せて思わずイルトは腕で顔を覆った。白く濁る視界の中で薄く二人の人影が駆け出し、近くの四つ角を曲がっていくのが分かった。
「やはりな…いこう」
 言われて我に返りイルトは走り出した。露店通りのすぐ裏手は閑散とした住宅街が網目を作るように密集しており、薄暗い路地が続く。そこを抜けると郊外だった。
「こっちだ」
 とグレンが示すのは、男達が駆け出した方向とは反対だった。もはや「なんで」と毎回のように尋ねる事が無駄な労力に思えてきてイルトは大人しく従う事にした。
 すっかり日が落ちた上に建物が間隔無く密集しているため、裏通りは酷く暗かった。街灯が申し訳程度に立っているが、明かりが灯されていない。グレリオ・セントラルに慣れているイルトでさえ裏通りまでは足を伸ばした事がない。だが目前を走るグレンの足取りに迷いはなく、明確な目的地に向かっているように明確だった。
「この辺りかな」
 グレンの速度が緩んだ。たどり着いた先は、郊外へと続く寂れた裏門の前に設けられた小さな形ばかりのロータリーだった。人通りも車通りもなく、唯一中央にたっている街灯も長い間使われていないようで錆びきっている。その真下に、小さな影が三つあった。
 イルト達に気がつき振り向く。二人の少年と少女。その中には封筒を盗んだ少年も含まれていた。
「テイダス!」
「イルト兄…!」
 あの店番の男達だと思ったのだろうか、姿を現したイルトとグレンに子供達の眼差しに敵愾心が表出した。
「知ってる人?」
 少女がテイダスに訝しげに呟く。
「ほら来た」
 直後に別の方向から足音が響いてきた。グレンの言葉に振り返ると、さきほどの男達が別の細道から姿を現す。振り切れたと安堵していたのだろうか、グレンの姿をそこに見とめて窒息するかのように顔を引きつらせた。
「貴様ら何者だ!軍の人間か!?テイダス!お前が嵌めたのか…!」
「違う、関係ねぇよ!」
 向けられる猜疑の視線を振り切るようにテイダスは右手を苛立ちと共に振り降ろす。指先から暗闇に青く火花が走り曲線を描いてすぐに消えた。
「!?」
 瞠目するイルトの隣でグレンも若干の驚動を見せた。
「電気……雷の印か」
 グレンが呟く。確かに振り上げた少年の腕の動きに呼応するように一瞬姿を現したそれは、肌を振るわせるような痺れを伴う音を立てていた。
「印なんて持ってたのかお前……」
 眉を顰めるイルトの視線から逃げるようにテイダスは俯いた。
「押印だな」
 そうイルトの言葉を否定したのはグレン。
「押印?って確か違法なんだよな…?テイダスお前…っ」
 半ば泣きそうな目でグレンを見やった後イルトはテイダスに詰め寄る勢いで一歩足を踏み出す。
「何なんだ貴様は…!何でそこまで知ってやがる!」
「警察局の犬か。俺達を探ってたんだな!?」
 その言葉が正しかったのだろう、男達の激昂した声には明らかな焦燥が含まれていた。
「我々は民間人です。ここを突き止めたのは、ちょっとした情報整理と推測でしかありません」
 グレンの平坦な答えは暗に「分かりやすい小細工だ」と相手を嘲笑しているのと同義だった。
「理由とかどうだっていいだろ、とにかくテイダス、さっきのを返してくれ」
 男達とグレンの間にイルトは一歩前に踏み出し割って入った。ただ真っ直ぐに昔の友人を見つめる。若干幼いテイダスは瞳に敵愾心を宿したまま一歩後ろに引いた。
「頼むから…!じゃないと捕まったらお前が殺されるんだ!」
「それだけデカい金額だっていうならなおさら返せねぇな。でかしたぞテイダス」
 男が黒ずんだ笑みを浮かべてテイダスに近づいていく。イルトの言葉に丸い瞳を見開いていたテイダスが恐る恐る襟内から白い封筒を取り出した。
「テイダス、返すんだ!」
 少年に向けてイルトの右手が差し出される。テイダスはその手と、逆側から近づいてくる男とを交互に二度、三度と見やった。金が男の手に渡り少しでも使われてしまえば罪状は有効となる。
「テイダス!」
 イルトの足が地を蹴る。その動きに気付き左側の男が血相を急変させた。
「右だ!」
「は…っ!」
 背後からの声がイルトの意識をテイダスの右に向けさせた。赤い光を宿した少女の腕が低い位置から掬い上げられる動きを見せかけていた。
「こないでよ!」
 甲高い声と共に振り上げられた少女の細い腕から焔が放たれる。大口を開けた大蛇の如く広がりながら至近距離から襲い来る。イルトは無意識に右手を前方に振り上げた。
「っつ…!」
 視界が揺れる紅に包まれ、手の甲に一瞬感じた熱。無我夢中で振り払うと鼓膜を突き破るような破裂音と共に焔は消散した。
「な…」
「―え」
 零れ落ちそうな硝子球の瞳を見開く少女の声と、イルトのぼやけた声が重なった。封筒を手にしたままテイダスも、男達も動きを止める。
「メイリの焔が消された!」
「な、何だよこいつ…!」
 メイリと呼ばれた少女が負けん気の強い子供がするようにヒステリックに声を上げる。
(何だよって俺が聞きたいんだけどな…)
 印が刻まれた己の手と少女を見比べながらイルトは今自分が置かれている状況を必死に探っていた。
「こいつも印があるよ!」
 別の少年がイルトの手の平に気付き声を上げる。
「「も」ってお前ら一体…」
(もしかして今、とてつもなく危険な事に首をつっこんでいるのでは…)
 困惑してイルトは背後を振り返る。両腕を組んで神妙そうな面持ちのグレンがそこにいた。
「押印を施された子供が三人か…。申し訳ない、予測より大事(おおごと)みたいだ」
 組んでいた手を解いて喜劇役者がそうするようにグレンは片手で匙を投げた。口元には苦笑が浮かんでいる。
「…いまさらっ!」
 イルトの悪い予感はどうやらほぼ正解に等しい推測だったようだ。



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