このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師 ACT7-5
05

「………あれ」
気がつけば窓から指す陽光が薄くなり始め、書架が落とす影の濃度が強くなっていた。時計を見上げると、閉館一時間前を切っていた。気がつけば三時間も立ちっぱなしだったが、不思議と肉体的な疲労感はない。
 書架から離れてグレンの方を見やると、彼は縮刷版の棚の前に立ち両腕で本を抱えて読んでいた。席までの持ち運びが面倒くさくなったらしい。近づいて進行状況を確認すると、つい一週間前の最新版に到達していた。
(本当に読破してる…)
 驚くうちに視界の中でページが次々と捲られ、瞬時のうちに厚いハードカバーの背表紙にたどり着き、小さな溜息とともに閉じられてしまった。そして彼は何事も無かったかのように隣に立つイルトに向き直ってくる。こちらにも、特に疲労感は面持ちに伺えなかった。
「―君の用事は済んだかな?」
「え」
 先ほどまで戦史書の中に、輝かしい記録と共に幾度と名を躍らせていた人物とは思えぬほどに、目の前の人物はこの図書室の日常として溶け込んでいる。
「本当に三年分読んだのか…」
「まさか」
 半ば呆れた色が混在するイルトの言葉に言い訳するようにグレンは首を振った。
「流し読みだ。三年間の流れが分かればよかったから」
 とは言うが、やはりそこは知識量の差なのだろうと納得せざるを得なかった。
「銀行の窓口も、そろそろ閉まる時間だけど」
 イルトが壁の時計を見上げるとグレンは己の左手首に目をやりかけて「あ、そうか…」と時計をしていなかった事に気がつきイルトに倣って壁を振り向いた。庁舎には各行政窓口のほか、図書館や食堂、地域によっては娯楽施設を設けており、郵便や銀行窓口も常設されている。
「ホントに着の身着のままなんだな」
「迷惑な話だよ本当に。突然無一文になるのだから……」
 図書室を出て別館へと足を急がせる。渡り廊下はガラス管のようになっており美しく手入れされた中庭を眺める事ができるのだが、そこに一瞥もする事なくグレンは前方だけを向いていた。時計も所持していないような状態で村を出てどうするつもりなのだろうか。グレリオからセントラルまでの所要時間は、列車を乗り継いだとしても一日では済まされない。庁舎の銀行に行くからと、長が申し出た金銭補助を断っていたが、果たして三年間も放置された名義がそのまま残っているのかイルトは疑問に思う。
「銀行口座に限らず独身の軍人名義はね、一般よりも有効期限が倍近く長いんだ」
「そうなのか」
 深く考えなくとも長期遠征を伴う業態を考えれば納得が行った。
「例えば銀行口座の場合、名義人が戦死したとして、遺族からの申し出が無い限り有効期限まで口座と貯蓄金は保留のままとなり、有効期限が過ぎると銀行から国軍に確認の問い合わせが入る。そこで死亡が正式に確認された時点でようやく停止となる」
「その場合残った金はどうなるんだ?」
「国営銀行の場合、まず国軍総務局が遺族調査を行い、相続すべき遺族の存在や遺書が確認されなければ残金は全額国への寄付とされる。民間の場合もほぼ同様で、実費となる数割が銀行側に支払われ残りは国への寄付となる」
 入軍時の誓約書にその旨が明記されているという。本人作成と認められる遺書が無い場合、これが遺志確認書とみなされ民間にも効力が及ぶのだという。よく民間がそれを許したと思いたいところだが、「実費となる数割」という曖昧な表現にこもごも含まれていると気付いてイルトは無駄な質問を控える事とした。
「この規則、軍にとって実に好都合に出来ていてね」
「何故?」
「国営も民間も、口座開設の際に厳正な身元審査を行わない」
 偽造身分証明書で容易に軍人名義の口座を開設できてしまう。有効期限の長い口座は何かと裏金流通と保管に都合がよく、民間の違法商売用から個人財産の隠蔽用まで様々な使い勝手があるらしい。それをあえて泳がせるのが軍の手段だという。
「身元不明の金は簡単に『寄付金』になりやすいのだそうだよ。もっとも、私にとっても都合がいいシステムだったという訳だが」
「……という事はあんたも偽装口座を…?」
 恐る恐る尋ねてみると、想像通りの返答が戻ってくるのだった。
「本名の口座を動かして痕跡がついては困る時が多々…ね」
(英雄が偽装口座…)
 何と似つかわしくない単語の組み合わせだろうか。イルトが力なく首を振るとグレンは悪戯を叱られた子供のように目を細めて笑っていた。
 だがイルトとて、彼が軍から身分証明用写真のネガやポジフィルムを持ち出している事も、財産管理を分散させその手段の一つに違法偽装工作手段を用いている事も、全て「彼ら」がアリタスの社会で人知れず生を越えて在り続ける為に必要な事なのだと、理解はしていた。
「ここまで案内してくれてありがとう」
 廊下の先に銀行局窓口のサインが見え始めたところでグレンは足を止めてイルトを振り向いた。村へ戻る行商人との待ち合わせ時刻が近づいていた。
「あ……うん…この後はどうするんだ?」
 並んで足を止めたイルトは視線を廊下の時計に泳がせる。
「とりあえず今日は近場で宿を探して…それからは旅支度をしないと。」
 鞄どころか財布さえ無いんだからなと言われ、今度は
(英雄が一文無し……)
 とまた似つかわしくない単語の組み合わせを思いつきイルトはまた内心で溜息。
「お別れとする前に…、君に渡したいものがあるんだ。少しここで待っていてもらってもいいかな」
「え、いいけど…」
 悪いねと言い残しグレンは窓口へと大またに歩み寄り、手早く出された書類に何かを記入した後受け付けの係員に幾つかの指示を出していた。ニ、三度と頷いて係員の女性が一度デスクを離れて行き、そしてまた幾分としないうちに戻ってくる。何か白い物をグレンに手渡すと再びなにやら記入をもとめ、グレンもそれに応じる。そんな短いやりとりの後、「ありがとう」と言いながら踵を返し再びグレンがイルトの元に戻ってきた。
「これを君に。」
 差し出されたのは、白い長方形の封筒。
「これは?」
 少し厚みがあるが、紙幣束ではなさそうだ。
「君の父さんから預かっていたものだ。私と君が会った時に渡すつもりだった」
「父さんから俺に?」
 グレンの頷きを見てイルトは腰のポケットに差し入れていた手を引き抜いた。差し出される白封筒に視線を落とした瞬間、
「―れ?」
「っつ…」
 グレンの手から封筒が消えたと同時に強く押されたグレンの体が一歩後ろに傾いだ。
「なっ…!」
 僅かにある両者の間を風がすり抜け、それが外へと向かう廊下の先を駆け抜けていく少年の姿だと、咄嗟に反応を示したイルトの目は捉えていた。少年の手には、一瞬前にグレンの手中にあったはずの白い封筒が。
「テイダス!」
 遠ざかっていく背中にイルトは叫んだ。
「え…!?」
 少年の背中がイルトの声に反応を示して足を止めた。駆け出しかけた姿勢の肩越しに振り向いた面持ちはイルトより若干年少らしく幼さが目立っていた。
「イルト兄…」
 少年の口がかすかにイルトの名を漏らすが、呼び止める寸時の間もなく幼い影は再び背を向けて脱兎のごとく外へと駆け出していった。
「知り合いかい?」
 強く押されたらしいシャツの胸元を伸ばしながらグレンは少年が姿を消していった外へ続く廊下の先をのんびりと眺めている。
「今盗られた封筒、中身は!?」
 何を悠長な顔をしているんだと苛立ちさえ覚えてイルトはグレンに向き直った。
「小切手だったのだが」
「小切手?幾ら分の!?」
 グレンの口から出た金額にイルトは言葉を失くす。
「何でそんなとてつもない金額を…!冗談じゃない、取り戻す!」
 少年が走り去った方を追ってイルトも駆け出した。廊下を一本抜け、左に九十度曲がった先の出口を抜ける。庁舎北口玄関だ。道が三方に分かれており、その中心でイルトは足を止めて周囲を見渡す。
「く…」
 が、人影はもうどこにも無かった。
「あの少年、友達なのか?」
 後を追ってきたグレンも玄関口に下り立つ。
「見失った……」
 背後から近づいてくるグレンの足音を聞きながら、絶望的な声を漏らしてイルトは片手で頭を抱えるようにして俯いた。
 アリタスの刑法第二十七条に、窃盗金額に応じた刑罰基準が記されている。グレンが口にした金額、つまり少年が奪っていった金額は無期懲役もしくは銃殺刑に定められていた基準を犯していた。
「あいつは、よく盗みを繰り返す事でこの辺りでは有名なんだ。捕まった時にそんな金額の小切手を見つけられたら…」
「庁舎の警備課員ならともかく国軍警察局に捕まれば…確かにな」
 イルトの耳にグレンの独語が流れてくる。
 俯かせた頭を持ち上げてイルトが振り向くと、彼は下唇のすぐ下に指の背を当てて目を伏せていた。図書室でも見せていた面持ち。
「あの少年は孤児なのか?」
「初等教育学校にいた頃は…母親と二人暮しだと聞いた。だけど数年前急に学校に来なくなって…」
 次にあの少年の消息を耳にした時は、既にグレリオ・セントラル周辺で盗みを働くこそ泥としてだった。
「父親は?」
「軍人でほとんど家にいないって聞いた」
「彼が学校に来なくなったのは何年前だ?」
 一瞬考えてイルトは「五年前かな」と答えるが、何故そんな質問をされるのか分からず意図を求めてグレンの横顔を見やる。「だとすると」と自分自身に確認をとるように頷いてグレンは西へと伸びる歩道を指差した。
「ふむ…それなら、逃げるとしたらこっちだろうな。仲間がいるはずだ」
「え、え?」
 北玄関から伸びる三方の道。西の道はグレリオ・セントラルの中心部へと続いていた。この辺りで最も人が多く集まる場所である。
「だがその前に…正面玄関に戻ろう」
「何で…ちょっと!」
 一人で走り出したグレンの後を、イルトは困惑しながら追随する。もと来た廊下を辿り、図書室へと続く階段脇を通り過ぎて再び正面玄関ホールへとたどり着く。迷う事なくまっすぐにグレンの足は正面玄関の左側に向かった。そこには庁舎を中心として発展した街「グレリオ・セントラル」の市街地図が飾られている。
「北口から西に行くと、この街で最も人通りの多い街道に出るね」
 グレンの言葉に従い地図を見上げる。
「この地図で、宿が密集しているエリアはあるかな」
「ないと思う…観光地に向いてない田舎だし」
「では売春宿が集まる歓楽区域…なんて君が分かるわけないね」
「知るかよ!でも、高齢者の割合が他地域と比較して高いって習った事があるから…無いんじゃないか…な……」
 イルトの語尾が少しずつ小さくなっていった。「なるほど」と笑うグレンの声が耳に痛い。
「そうなると…―市場が展開される場所は?」
「露店通りと市場通りと二種類あるけど」
 言いながらイルトは地図の二箇所を指差した。
 市場通りは庁舎と契約した業者が並んでおり、平日休日問わず人が賑わう場所だ。一方の露店通りは旅の行商人や一般市民による出店が可能な通称「フリーマーケット通り」で主に休日に賑わうが平日でも催事がある日となれば市場通りより集客数がある。
「露店通りか…」
 イルトが指し示した箇所を自らも指で辿りながらグレンの視線は露店通りを中心に円を描いた。そして何らかの決断が下ったようで、
「露店通りだ、行こう。南から北へ進むんだ」
「え、何で」
「とりあえず行こう」
 玄関の外を指差すグレンは真顔だった。
 口調は柔らかいがその言葉の真意は絶対的な命令。
 理由をまったく汲み取る事ができないまま、イルトはまるで空気に引っ張られるような状態で先を行くグレンの後を追った。



ACT7-6へ⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。