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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT7-4
04

 久々に訪れたグレリオの庁舎は、相変わらず建物だけが巨大で玄関は閑散としていた。ホールの高い吹き抜けの天井に足音がやけに大きく響き渡る。床のタイルはグレリオ一帯で採掘できる、断層に浮かぶ独特の縞模様が特徴的な鉱物を一面に敷いてあり、その上を水晶に似た透明な鉱物をコーティングしてある。高い天窓から降り注ぐ光を受けて輝き高級感を演出する。建造物全体はブロック作りで内装のところどころに、これもグレリオ一帯で伐採できる樹齢が高く年輪が太い巨木を柱として利用しており、石と樹木の乾いた香りが漂う。
「久しぶりに来たけれど、あまり変わっていないようだね」
 イルトの隣からどこか嬉しそうな声が聞こえてくる。グレンだった。
 グレリオ庁舎はイルト達が住まう村落から徒歩で半日を要する。尚且つ公の交通手段が存在しない。長の意向により路線延長を断固として許可しない方針だというが、イルトの年代からすれば不便極まりなく通学にも一苦労なのだ。
「そんなに廃村にしたいのか」と愚痴を洩らす若者も少なくなかったが、今この時のイルトは理由を悟った。徹底的に人払いをするためだと。
「わざわざこんな遠くまで案内に来てくれなくても良かったのに」
 公道を使えば半日、村落の人間が使う山越えの道を使えば短縮されるとはいえ悠に五時間以上はかかる道のり。セントラルへ戻る前に庁舎へ行くというグレンと共に成り行きでイルトも庁舎に来ていた。幸い、庁舎のあるグレリオ・セントラルへ行商に向かうという商人の車に同乗する事が出来た。四時間後に再び村へ引き返すというので落ち合う場所と時間を決めて、イルトは今グレンと共に庁舎にいる。
「別に…俺も調べたい事ができたから」
 これは嘘ではなかった。庁舎にはグレリオで最も巨大な公立図書・資料館がある。
「勉強が好きなのかい?」
 覗き込む視線にイルトは苦笑を返した。
「そういうわけじゃ…。でも地理学と物理学は好きな方だったな。これでも士官学校受験資格を貰えるぐらいには成績が良かったんだ」
 一瞬、軽い驚きがグレンの目許に現れた。直後には本心から感心しているようで「すごいじゃないか」と言葉がかかるがイルトは手放しでそれに喜ぶ事ができない。士官学校や国軍への間口は以前と比べて広がっており、一般枠、推薦枠、奨学枠、専門枠、特別枠、職能枠など数多くの入学・入隊手段が存在する。
「それはより多くの優秀な人材を見過ごさないための手段であって、採用基準が落ちた訳ではないんだよ。むしろ厳しくなっていると思う」
 だから堂々と自慢していい事だ、とグレンは微笑んだ。
「そうなのかな」
「小国だからね。才能を飼い殺しさせておくのが最大の無駄だというのが軍の方針だ。「無駄」という言葉は良くないけど、正しいことだと思う。本人の意思が伴えばね。」
 列強各国と比較し、アリタスには身分による差別という観念が薄い。国を防衛し政を司る国軍の人間がピラミッドの頂上付近に位置しているのは事実だが、ピラミッド底辺の広がりは狭く極度の貧民層は少ないと言えた。
「憲法に『才能と能力に見合った労働を国に提供する義務』が国民七大義務として明文化されている。これはね、つまり国民を少しでも無駄死にさせない方法でもあるんだよ」
「………」
 普通の顔をしてこの男は時おり、心臓に氷水をかけるように鋭利な言葉を吐く。彼の言葉に入り込んでしまった直後、不意に現実を突きつけられて眠っていた頭が、感覚が、覚醒する。その繰り返しだ。とてつもなく好奇心が揺さぶられる。これが彼の話術というのなら、これは武器であり防具なのだとイルトは感じた。
「また脱線してしまったな」とグレンは照れたように控えめな笑みを見せた後、左から右に視線を一巡させる。久しぶりだというが、一体何年ぶりかは訊かないほうが良さそうだ。
「銀行はあっちで図書館はこっち…」
 本来の目的地へと続く階段を指差しイルトが振り返ると、グレンは玄関右脇に立てられた巨大な掲示板の方に首を向けたまま動きを止めていた。訝しげに目を細めた後、誘われるようにその方向へと足を進めていく。
 庁舎玄関の掲示板は国や市からの公的な告知が貼り出される場だ。市民による催事や募集告知等は外玄関に立てられた傘つき掲示板にある。両掲示板は常に何かしらが掲示されており、職員が頻繁に告知物を取り替えていく。その中で比較的新しい、つい数日前に掲示されたばかりらしき二枚の印刷物の前でグレンは瞠目した。
(………ミリアム……?)
 二人の少女の捜索願書が貼られていた。軍は掲示場所に応じて手配書の名称を変えていた。セントラル市内や軍関係施設内では「指名手配書」、地方や教育機関内では「捜索願書」といった風に。
 記憶が途切れる直前まで共にいた少女の似顔絵がそこにある。手書きの絵だが、造形の整った顔立ち、柔らかな髪に宝珠のような瞳はまさしく亡国の姫そのもの。
 軍に捕らわれているものとばかり思っていた少女を、当の軍が行方を追っているという。
(ライザの誰かが…?)
 十年以上前、敵国の戦犯としてリストにあがっていた旧ライザ帝国の高官を思い浮かべた。その後軍に出頭していた筈だ。だが掲示板にそれらしき手配書が無い。つまり旧帝国の何者かに軍から連れ出されたという事ではないらしい。
「……」
 隣に張られた別の少女の捜索願書に目をやった。
 ミリアムのもそうだが、こちらの少女にも氏名が明記されていない。これでどうやって捜索しろというのだと苦笑に耐えないが、グレンの目はまたその紙で止まった。
(………ゼーンの娘…?)
 旧知の男の面影をそこに見出してグレンは更に凝視する。
 ワイヴァン・ゼーン・グレンデール。
 軍役時代から既知だった、押印研究者の名だ。ミドルネームのゼーンはワイヴァンが母方の一族から与えられたもので、公の身分証明に殆ど記す事はないが、一部の知人にのみ教えていた名だった。「ワイヴァン」は古典神話に登場する大祈祷士の名と同じ事から、大御すぎるとして苦手にしていると漏らしていた為に、もっぱら近い知人らは彼をミドルネームで呼んでいた。
 似顔絵の少女と似た面立ちの、ワイヴァン本人から「娘」だと写真を見せられた事があった。
「…………」
 掲示板の前で難しい顔をして立ち尽くすグレンの横顔を窺ってイルトも掲示板に視線を巡らせた。彼の両眼が捉えている二人の少女の似顔絵つき捜索願書。この二人がどうしたというのだろうと、疑問を抱きながら再び視線をグレンに戻すと、
「あ、あれ?」
「何してるんだい?」
 隣にいた筈の姿は既にそこになく、声がした方に振り向くと彼はいつの間にか図書館へと続く通路の方へ歩き出していた。
「………」
 この男の一挙一動一言すべてに引っ張りまわされている。そんな自分に気がつくイルトだった。

 図書館と名のつく設備であれば必ず置いてある、新聞の縮刷版。庁舎の図書室では最奥の壁一面を囲む書架に、左から年代順に壁板のごとく整然と並べられていた。黒皮に金印字の装丁が歴史の重厚さを演出しているよう。
 その棚にまっすぐ向かったグレンは口元で年号を呟きながら目的のハードカバーを数冊手に取ると、手近な机にそれを重ねて置いた。ぽっかりと空いた場所から推測するに、三年ほど前に遡っている。失われた三年間の社会情報を一通りこれで得ようというらしい。
(まさか三年分をシラミ潰しに見ていくつもりなのか…?)
 一冊が一週間に相当するため、三年分は単純計算で百四十四冊。イルトの視線の中でグレンはおざなりに浅く椅子に腰掛けると本当に一ページ目から順に捲り始めていったのである。その速さが尋常ではない。
(うへ…)
 閉館時間まで四時間。それまでに読破するつもりだろうか。苦虫を噛み潰したような顔で肩を竦めながらイルトは踵を返した。
 新聞縮刷版の書架に隣接した棚は歴史コーナーとなっている。子供向けの歴史物語や歴史小説の類は入り口付近の別棚に設けられており、ここら一帯には学術的な目的の書籍や資料が収められていた。イルトはその一角に立ち、見上げた。年代別にプレートが貼られており、目的の時代を探す。
 『共暦2200年代』。イルトの目はそこで止まる。今から三百年強ほど前だ。書架の高い位置にあるそこに指先を伸ばして、並べられた本の背をひとつひとつなぞった。
「アリタス政治史シリーズ…総統の履歴書シリーズ……」
 指先が「戦史」の文字に止まった。そのまま本の背に指を引っ掛けて書架から引き出す。茶色のハードカバーがまだ真新しい学生向けの本だった。表紙を開くと四つに折りたたまれた横に長い年表が添付されている。広げてみると細かい文字で二千二百年代の国内外で勃発した戦いの全てが項目化されて記されていた。この頃はまだ「内乱」「内紛」「内戦」といった名称が目立ち、ところどころに「ライザ」「ディノサス」「防衛」という文字が点在しているのが分かる。
 あまりの多さにうんざりしながら裏表紙をめくり索引へ移る。「グレリオ」の下に、その名があった。『グレン・ノースクリフ』。
「共暦二ニ五ニ年ダスカの内乱…ルドスラーの防壁を突破したダスカ軍だがマイスブルグ防衛線にて完全に動きを封じられ撤退を余儀なくされる。これによりセントラルに戦火が及ぶ事はなかった。防衛を貫いた東部管区第ニ中隊の指揮はシェイン・ユーランド大佐、補佐官にグレン・ノースクリフ中佐……」
 耳に覚えの無い古い地名に疑問符を浮かべながらもイルトは戦史を読み進めていった。だが結局、その書籍の中で「グレン・ノースクリフ」の名が出てきたのはそれきりだった。
(学生向きの本だと、佐官クラスじゃ登場機会が少ないんだろうな)
 だが研究者向きの本格的な戦史記録となると、国軍保有の資料館に保存される機密文書となる。図書館にある文献が市民に得られる情報の限界だった。
 再び索引に目をやると、『レネス・アイゼンフェルト』の名を見つけた。これもグレンの口から語られた、もう一人の彼。
(何やってんだ俺)
 百年の史実を綴った一冊の本に同一人物(?)が数十年の時を経て複数回存在しているという珍奇な話を、時間の経過と共に疑問と思わなくなってきている自分自身が信じられない。何度も沸いては消えるジレンマを掻き消しながら二人目のグレンの姿を本の中に探した。
「西部の異教徒民『アイゼンローグ』が端を発したクーデターの鎮圧に成功した国軍西部管区司令官中将レネス・アイゼンフェルト―」
「アイゼンフェルト将軍が指揮をとり西武から北部にかけて巨大な防衛線構築を進め、列強の威圧を退ける事に成功…」
 将官の肩書きと共に名前の表出回数が格段に上がっていた。
 同じ作業をもう四回繰り返し終わった後、イルトは長い溜息を吐いた。呼吸を飲み込み続けていた事に気がつき急に胸が苦しく感じたのだ。
(嘘みたいだ……全っ然現実感の無い話だっての)
 本来ならば。
 グレンの口が語った六つの名。多くの書籍に幾度と武勲を挙げた戦いの名称と共に見る事が出来た。その中にはアリタスの存亡に関わる重大戦がいくつも含まれている。
「………という事は」
 肩越しに閲覧席を振り返った。積み重ねられた本を前にして片肘をつき左手で次々と捲られていくページに目を落として身動ぎ一つしないグレンを見やる。初等学校の教師か高等教育(大学校)で学ぶ学生か研究員とでもいった風情の男なのだが。
(彼は……)
 手にしていた本を書架に戻し、次にイルトは『古典・神話』のプレートが貼られた書棚へと移動した。背表紙タイトルを天井から床まで眺めて、その中から「アリタスの伝承・神話」というタイトルに目を止めた。
 目次を開く。幼い頃耳にした物語の題材と思われるものも幾つかみられた。その中でも有名な神話の一つが「創世の物語」と呼ばれる伝説。
「世界は始め、一枚の紙だった…」
 という出だしはあまりにも有名である。
 創世神は筆をもつとそこに五つの大陸を描き、それぞれにことなる模様を描いた。それが最初の命となり、それぞれが大陸の長と定められた。創世神はそれぞれに筆の毛を分け与え、それぞれの長はその毛で筆を作った。その筆で五人の長たちは白紙の紙に次々と文字や絵を描き、それらが民となり、獣となり、山河となり、村となり、国となった
 だが子供達の間で有名なのはこのフレーズまでで、その先は人により解釈や記憶が異なるために様々な伝承が存在する。今イルトの手元にある本にはこう書かれていた。
「創世神はその筆が描きたるものを律の印と呼んだ。それは世の理を成し、五つの大陸を結び、刻を司り、生命を生み、五元を規する。律を失うこと即ち混沌とし…―」
 理数的感覚に比べ詩的感受性に乏しいイルトの脳裏では、文字通り巨大な白紙の上に地図が次々と描かれてい、そんな様が思い浮かんだ。点と線により面が描かれ、それらは線により山河や国境をなして面を国とする。細かな点と線はそれぞれ面の構成要素となり秩序とし、その上に我々民がいる。
(……馬鹿馬鹿しい)
 脳裏に思い浮かんだ、陣取りゲームの要領で描かれていく地図をかき消した。己の想像力の貧困さに辟易しつつイルトは再び視線を本に落とす。
「世界の律…か」
 ぽつりと呟く。聖地の印がアリタスを成す律の印だというのなら、その片鱗を体に宿し生を幾度と繰り返してきたグレンという男の存在はアリタスを構成する秩序の線の一つそのものと考えるべきなのだろうか。この国は脆弱な国内外の関係性により「防衛」という手段を貫き国が存続している。戦いの歴史の要所に欠かすことのできなかった彼の存在を思い返す。
(まさか……でも、だから防人の役割も変わってきたのか……?)
 世の理とは思っているよりも恐ろしいほどに単純で、だからこそ残酷なのかもしれない。
 イルトはそう思い始めていた。




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