このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師 ACT7-3
03

 一際大きな風が舞い込んできた。
「当主が参りました」
 男に言われてイリオン少尉が振り向くと、隣から「あ」と明るい声が飛んできた。アレックが破顔を上空に向けている。影が急降下したかと思うと、モスグリーンが軍旗のように翻り三人の頭上に竜翼谷の現当主という男が姿を現した。
 砂塵を巻き上げる風と共に無重力の如くヴィル・レストムの体が地に足を着く。
「お久しぶりです、レストム中尉!」
 数年前と変わらない元後輩の面持ちが出迎える。ヴィルは表情を変えずそれを流すと敬礼するイリオン少尉にまず会釈を向けた。
「当シュテラール・バレー当主、ヴィル・レストムと申します」
上官と思われる人間に対し先ず儀礼を向けるのが礼儀だ。イリオン少尉からの自己紹介を受け、それからようやく、アレックに向けて「そうだな」と小さく手を上げて応えた。
「シュトルの警察局に異動していたのか」
「以前と変わらずまだ地図をかいております!私がレストム中尉を既知だという事で、ご挨拶申し上げるようにと」
「そうか」
 数年前に出会った時と変わらないアレックの勢いの良さと対照的に、頷き返すヴィルは変わらず感情表現に乏しい面持ちだ。数年前と変わらぬ元上官にアレックは別段気にする様子もなく頬を上気させて笑んでいた。
(セントラルの差し金だな)
 無感慨に固められた表情の下でヴィルはそう内心で呟いた。
 勤務地をぼやかした返答の裏に第三者の影を感じる。一方でアレックの態度が演技であるようにも思えない。
(あの娘いずれかを探っているのか…?)
 アレックの様子を見やりながらヴィルはイリオン少尉に向き直った。
「ご用の赴きは察しがついています」
 列車強盗の事でしょう、とヴィルの方から用件を言い当てられる。話が早くて助かるとばかりにイリオン少尉は頷いた。乗客の証言を元に谷を訪れている事を前置きし、
「軍でもバスクスをはじめとする精霊狩りを追い続けておりますが如何せん情報が少なく、些細な事でも当時の状況をお話頂ければと」
 そう本題を切り出す。
「わかりました」
 答えてヴィルはイリオン少尉から視線を逸らし右にそれた小道の方面を見やった。湿地帯へと続く道から反れた方に別の道があり、その先には憩い場としての庵がある。
「あちらでお話しましょう」
 と道を指し示しながら、ヴィルは庵の方へと歩き出した。

 体重が二割減ったような感覚だ。
「かるい!」
 職人が用意してくれた靴に足を嵌めた瞬間に、エルリオは素っ頓狂な声を上げる。その反応にミリアムもわくわくした面持ちで、次に差し出された靴に足を通して「わあ」と破顔した。
「すごい、竜ってゴツゴツしているように見えたけど、こんなに軽いんだ」
「成竜になる前の皮だからさ。丈夫だが薄くて柔らかい。通気性も良いので鎧の下に着込む帷子の裏地にも最適だ」
 ありようの靴を少女達の足に合うように調整をしてくれた若い職人が得意そうに説明する。
「成竜の皮は厚くて固いので鎧そのものや、昔は盾にも使われていたらしい。でも成竜の皮が採れるのは稀で、今は戦争がないから余計に入手困難なんだ」
「戦争がないから?」
 引っ掛かりを覚えてミリアムが尋ねる。エルリオのポケットの中ではキューが青年職人の言葉にじっと耳を傾けている。記憶されていない新しいデータに対し自然と学習して取り込んでいるのだ。
「竜は死期を悟ると姿を消し、人知れず死に場所を選ぶ。だから成竜の骸から採れる材料を入手する事は難しいんだ。だけど、戦争に騎竜が駆り出されると状況が変わる。シュテラールだって人と同じで戦死する。神妖獣とはいえ彼らは神そのものじゃないから」
 戦争時、騎竜部隊には必ず職人による一隊が従軍する事になっているという。
「俺はまだ二十歳前だけれど、十数年前の戦争では父親の世代がそれを経験しているんだ」
 焦土に転がるいくつもの小高い山―。
「………っ」
 若い職人の背後に、うっすらと幻が浮かんだのを、ミリアムは見た。だけどそれは酷く曖昧で、陽炎のように空気に溶け込んで一瞬のうちに消えてしまう。
(これも…心の中なの…?)
 動揺を抑えながらちらりと隣を見やるがエルリオの横顔に変化はなく、どうやらミリアムにしか見えていないようだった。
 壁面すれすれを遊ぶように掠っていく飛竜達。逆光に溶け込むその影を見上げて青年職人は寂しそうに笑っていた。新しい靴を身につけて嬉しそうにその場で回っていたミリアムもいつの間にかエルリオの一歩後方から青年職人を神妙な面持ちで見つめている。
「その靴、やるよ」
「え、いいの?」
 湿っぽくなった空気をごまかすように青年職人は頷いた。喜ぶ少女達の様子に満足したのか、彼の面持ちには再び涼しい風のような微笑とも取れない笑みが浮かんでいた。
「せっかく足が軽くなったから、もっと歩き回ろう」
「はい、結構ですね!」
 早々に目的が達成されてしまったところで、二人は引き続き村落の散策に繰り出す事にした。青年職人に別れを告げ、軽い足取りで更に下層への階段を下る。市販の革靴では横滑りしそうだった感覚もまったく無く、快適だった。
 次の旅支度として食べ物が買える場所を探す事にした。まさか竜の干し肉等しか売られていないのではないかと当初をいらない心配をしていたが、あの青年職人の話からはその心配はなさそうだ。生鮮店と思われる天蓋が立ち並ぶ一角に立ち寄り品揃えを見ても、セントラルの市場でも見られるごく一般的な食材もきちんと並んでいた安堵した。
「そういえばあの人、軍の人間にどういう対応するつもりなのかな」
 リンゴと思われる赤い果実を手に品定めしながらエルリオの口から言葉が漏れる。「あの人」がヴィルである事をミリアムはすぐに悟った。
 軍の人間がミリアムとエルリオの存在を嗅ぎつけてきた可能性は、事故から現在までの間隔を思うと可能性が低いと考えられる。だがヴィルの対応如何によってそれを覚られる可能性は高かった。
「大丈夫ですよ、エルリオさん」
 ミリアムの即答。
「だって、ヴィルさんと「取引」しているじゃないですか。あのお方はお約束を破る事はしません、きっと」
 ヴィルがもちかけた取引。それは情報の交換だった。
 ヴィルからワイヴァンの軍役時代から退役後にかけての情報、および谷に受け継がれる天啓印や使命印についての知見を提供してもらう替わりに、エルリオからは押印技術の詳細を提供するという内容だ。
「押印技術を知って、どうするつもり?」
 警戒心を瞳に宿したエルリオの問いにヴィルは無表情のまま答えた。
「精霊狩りを追い、戦うためだ。俺達は押印技術に関して余りに素人だ。ここ数十年で急激に押印技術は発達していると聞く。かつてのように我々の力で押し切る事が出来なくなっている」
 十数年前の対帝国戦争において国軍に騎竜兵隊を提供した先代当主からも、人工技術である押印が飛躍的に強靭化していると聞いていた。事実、谷はその戦争で幾人かの戦士と幾匹かの騎竜を亡くしている。
「グレンデール氏が存命ならば彼に頼んでいた」
「……そっか…」
 側で二人のやりとりを見守っていたミリアムの目には、その瞬間にエルリオの瞳に光が宿るのを見たような気がした。自分がワイヴァン・グレンデールを頼りエルリオに会ったその日も、彼女は父親が遺した仕事を自ら引き受けると申し出てくれた。まるでそうする事で亡き父親の存在を感じることができるかのように。
「のった」
 ぽつりと、エルリオの言葉。
「のった。いいよ、その取引にのる」
 少し力強く繰り返される。ヴィルは口元に小さく笑みを浮かべた。

 取引を成立したからには、あの少女らを軍から保護する義務がある。
 溜池の畔を一望できる庵にて、ヴィルはテーブルを挟んでイリオン少尉とアレックと対峙していた。
 庵はここら一帯の針葉樹の巨大な丸太を柱とした五角形になっており、窓や壁は設けられておらず、床と天上が作り出した空間の中に簡易なテーブルとベンチに似た連椅子が置かれたシンプルなものだ。
 溜池は、地変動による自然陥没で作られた巨大な池穴に、湿地帯の「竜の澱」から流れ込んでくる水が作り出したもので、生き物の姿は見られないがそこかしこに水草や毬藻が浮かんでおり、それが風に吹かれてまるで水面を泳ぐ魚のような趣を醸し出していた。池の周囲は背の高い葦に囲まれており、周囲からの音を遮断していて静かだ。
「なるほど。貴殿が駆けつけられた時には既に精霊狩りは列車を止めていたと」
 ヴィルの話をメモにとりながらイリオン少尉は質問を投げかけていく。精霊狩り集団の凡その人数、頭領バスクスの様子、彼が用いた技術、逃亡していった方角、ジープのナンバーを覚えているかなど。差し支えない範囲でヴィルは答えていく。
 アレックはただ隣で二人のやりとりに頷いたり、庵から見える風景を見渡したりと落ち着きない。
「お前さっきからちょろちょろ落ち着き無いぞ」
「あ、す、すみません!」
 「まったく」と呟きながらイリオン少尉は軍服の内ポケットから数枚の紙を取り出して広げた。テーブルの上には置かず、自分だけさっと目を通して確認すると再び視線をヴィルに向けた。
「乗客リストのうち、姿を消してしまった二名からの証言が未だ取れておりません。貴殿とジャスミン元少尉と思われる人物と共に去っていったとの証言があります。この点について心当たりは?」
 一呼吸ほどの間の後に、ヴィルもイリオンの視に真っ直ぐ答えを向けた。
「二人連れのようだったが、私がバスクスと一戦交えた時に怪我をさせてしまい、手当てをするために私の判断で連れ帰りました」
「ふむ」
 ペンを手帳に走らせる音が挟まった。
「では、その二人は今現在、谷に?」
「随分と急いでいたようで、一晩泊まった後に発ちました。」
 ゆるりと一度だけヴィルは首を横に振った。そんな些細な動きでも、当主の一挙動に呼応して風が筋を描いていく。アレックの前髪がふわりと浮いた。
「―そうですか」
 はためく手帳のページを指先で押さえてイリオン少尉はまた短くペンを走らせた。





ACT7-4⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。