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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT7-2
02

 竜翼谷の村落は階層状になって連峰の岸壁に沿って敷かれている。居住区は麓に近く、谷の防人役を担う者達ほど高所に身を置いている。高台からは湿地帯と森林帯までもが見渡せるのだ。高所へと移動するほど地層は岩盤となるが、麓一帯は有機物を多く含んだ弱湿性の黒色土のために農耕や資源としての農林が盛んに行われていた。
「当主……」
 疲れた声に呼ばれてヴィル・レストムが振り返ると色素の薄い肌を更に青白くさせた部下の一人がそこにいた。
 高台の一画、騎竜達が羽を休めている踊り場での事。
「あのセントラルから来たという押印師の娘、どうにかして下さい…」
 ヴィルの隣でジャスミンが首を傾げると、助けを求めるように部下の男は肩を落とした。
「どうした?」
「谷中の印保持者達に、印を見せろと迫ってくるんです。それはそれは強引で困り果てます」
 部下のその言葉に合点しかねて谷の当主は無感慨に答えた。
「別に…見せてやればいいじゃないか?俺が許可するぞ」
「それぐらい」と事も無げに答える当主に対し深い深い溜息が戻ってくる。
「当主……当主のように手に印が出ているなら良いんでしょうけれど、私のように腹だの、腿など…そう容易に見せられぬ場所に印がある者は……」
「………あぁ…」
 隣でジャスミンが手で口元を抑えて震えているのがありありと分かった。

 谷の村落は存外広い。エルリオは丸一日をここで過ごし、JN通りが二十本以上は余裕で入るなぁと通俗的には測量不能な単位で感じていた。
「おい、娘」
 常に変わらぬ平単調な声にそう呼ばれた時、エルリオは白い縫いぐるみを膝に抱えてミリアムと向かい合って地面に座っていたところ。粘土状の赤土が露出している地面には、木の棒で何か図面が描かれていた。
「私?」
「私ですか?」
 二人の少女に同時に振り向かれて、ヴィルは視線でエルリオを示した。
「お前、この一日一体何をしていたんだ?」
 両手を組んだ姿勢で見下ろす長身の影を見上げてエルリオは立ち上がる。両手にはキューを抱いたまま。倣ってミリアムも立ち上がった。それでも首を目一杯傾けない事にはヴィルの面持ちを窺う事ができない。
「えーっとね」
 答えながらエルリオは足元に彫られた落書きを、靴の裏で擦る。ヴィルには見覚えがあった。恐らくは谷でエルリオが目にした印の数々をここに書き写していたのだろう。
「同じ印でも、人によって体の違う箇所に現われるでしょう?その違いはなんだろうって考えてた」
「その方法が男の服を剥いでくっていうのは、大胆ね~…」
 ヴィルの後方からジャスミンが呟く。彼女は一部始終を目撃していた。「見せてよー」としつこくせがむ少女に大の男達が装束の裾を引っ張られながら逃げている様を。
 見ていたのなら止めろとヴィルは内心で軽く毒づいた。
「何人か(強引に)見せてもらったけれど、面白いね、同じ形の印でも、人によってつく場所も、色も違っていたりする。でも押印もその辺りは似ているの。押印する場所が心臓に近ければ近いほど人によっては融合率が高まる。でも体への影響力が高すぎて逆に毒となる人もいる。そういう人は、膝とか足の甲とかにね。押印した後に変色したり消えたりする人もいれば、妙に馴染んでしまう人も」
 そう説明を受けてヴィルの視線が一瞬ジャスミンを見やった事にエルリオは気がつく。ジャスミンもそれに応えたかの様に見えたが次の瞬間には、
「そうなのか」
 とまた平坦な声がヴィルから向けられる。
「手に現われるパターンが多いのは心臓から程遠く、だけど心臓からも脳からも神経が伝達しやすい箇所だから。印を制御しやすくなるって言われてる」
「ならもう分かっていると思うが、無闇に人の服を剥ぐような真似は慎め」
「いいじゃないのさー、減るもんじゃなしにぃ」
 口を膨らませるエルリオに「そういう問題じゃない」と言いかけるヴィルの声に重なり、上空から竜の嘶きが響いてきた。見上げると、若干小柄な竜の背から若い門番の男が降り立つところだった。軽い動きで着地するとそのまま男は「当主」とヴィルへと歩を進める。
「軍の人間が二人、渓谷の門まで来ております。」
「!」
 ヴィルの背後でミリアムが小さく肩を震わせて両手で口元を覆う。エルリオは目許を顰めてヴィルの様子を見上げた。
「二名の名前は―」
 男の口から正確に二名の名が語られる。二番目に告げられた一等下士官の名に、ヴィルとジャスミンは同時に微かな反応を見せた。
「あの時新人文官だった子ですね」とジャスミン。
 セントラル勤務だと思っていたが、シュトル局異動にでもなったのだろうか。軽い疑問を抱きつつヴィルはエルリオから踵を返すと騎竜が飛び立つ踊り場へと足早に向かうと、右手を頭上に振り上げて風を呼んだ。周囲の野草が激しく踊り螺旋を描く風が姿を現す。そのまま彼は湿地帯が見渡せる風景へと身を躍らせた。
 ほぼ同時に報告に来た門番の男も再びシュテラールに騎乗すると、当主の後を追う。二つの影はあっという間に絶景の中へと消えていった。
 しばし消えていった影二つの行方を見送っていた谷の面々は各自拡散して持ち場に戻っていく。エルリオも踊り場から踵を返して麓の村落へと続く階段へ向かった。
 ミリアムが慌てて後を追おうとして体の向きを変え、
「きゃっ」
 片足をぬかるんだ土にとられて転びかける。
「靴…」
 ミリアムの足を包む革靴に気がつきエルリオは「あ」と声を洩らして自らの足下も見やる。
「アウトドアにはあまり相応しくない靴ね。フェイクレザーは土に足をとられやすいから重く感じるわよ」
 ヴィルを見送ったジャスミンの声。二人の少女の足下で中腰になると、片やワンピースに似合いそうな踝までを包むブーツ、片や紐で編みこんだ装飾が施されたブーツを眺める。
 慌ただしくACCから引き払ってきた為に十分な旅支度ができていなかった。
「今度どこかの町に行ったら靴屋に行かなくちゃ」
 そう呟きながら足を上げて靴底を見ると、すっかり泥と土で汚れていた。
「麓に行けば、靴を売ってくれるかもしれないわ」
 立ち上がりながらジャスミンは自らの足下を指差した。セントラルでは目にした事のない、シュトル周辺特有の民族装束の長靴だ。
「シュテラールの皮を使って作られた靴よ。軽くて水はけも良いし、長旅にも耐えられるわ」
「竜の皮!?」
「どうやってとるの!?」
 驚いて目を丸くする少女達。谷における竜と人の関係性を信敬から来るものと感じていたから、人が竜に対し捕食的行動をとるとは思いもよらなかった。
 二人の驚きの意味を汲み取ってジャスミンは「あ、」と苦笑した。
「シュテラール達は脱皮するの。その皮を使っただけみたい。谷の人間は決して竜を殺さない、殺せないわ」
 更に爪や牙も生え変わり、それらは武器を始めとする谷の産業に用いられているらしい。
 好奇心を伴いながら少女二人と一匹は麓へと続く長い怪談を降りていく。それを見失わない程度の距離を保ちつつ、ジャスミンも後に続いた。
 谷は階層ごとに長い石階段で繋がれており、一般的に民はそこを通行する事で各階層を行き来する。風の印を用いれば一気に最下層まで降りる事は可能だが、あえてエルリオはそれをせずにミリアムと共に階段を下った。
 当主やその側近、竜騎兵達といった谷の守護者達が住まう高台から下ると、高所から順に、哨戒層、騎竜舎層、指令層、政的中枢層の順に構成され、下に降りるごとに生活層へと近づいていく。各階層の面積はJN通りを二本横に並べられる程には広いが、絶壁側に広がる限りない風景の中において随分と狭いものに錯覚してしまう。
 四階層ほど降りていくと、女や子供の姿も見られるようになる。たくさんの洗濯物が詰まれた藤籠を両手で抱えた若い女達が、小さな小屋の軒先で雑談に花を咲かせている。エルリオ達よりも年若い少年達が両手に皮ひもの束らしき物を抱えてふざけあいながらエルリオとミリアムの脇を通り過ぎていった。外から来た二人が珍しいのか、くすぐったそうに笑う声がすれ違っていった。
「ちょっといい?」
 駆けて行く背中に、思い切って声をかけてみる。まさかの事に少年達も目を丸くして足を止めた。少年ながらみな細身で手足が長い。金髪ばかりだと思っていたが、茶の色素が含まれた髪の子もいた。
「それと同じ靴が買いたいんだけど、誰にお願いしたらいいかな?」
 少年達の足を覆う靴を指差す。
 顔を見合わせる事なく、グループのリーダー格らしい少年が一歩前に進み出た。細長い指が下層へと続く洞階段を指し示した。
「もうニ階層降りると、防具の仕立て屋が何軒かあるから…そこで頼めばいいですよ」
 軍用ともなればきっと丈夫で使いやすいだろう。子供達に礼を残して二人は更に下層へと降りた。騎竜場から六階層も降りると、雰囲気は一変する。機能性を重視した上層と異なり、建造物の並びが雑然とし始めている。
 空気がセントラルの市場みたいだとエルリオは思った。雑多で暖かい。ワイヴァンが亡くなってからはほぼ毎日のように通っていた市場。亡くなる前も毎週日曜日の午前中は決まって二人でセントラルへと出向いていた。天気の良い日は照りつける太陽が石畳を焼いて独特な乾いた香りがした。噴水広場の周辺では路上パフォーマーが熾烈な敷地争いと客引き争いをしていたり、ベンチに腰掛けて思い思いの時間を過ごす市民達の姿が多く見られた。
「……」
 ワイヴァンの髪色と似た人影とすれ違い、エルリオはつい振り返る。
「単一民族かと思ったら、色々な毛色がいるみたいだね」
 誰にともなくエルリオが語りかけた。多くの人々は当主のヴィルと似た外貌だが、階層を下に降りるにつれ少しずつ褐色の頭髪が目に入るようになる。
「元々ここら一帯は三つの谷と三つの種族が存在していたからね」
 ジャケットのポケットから声がする。キューが顔の上半分だけを外に覗かせて屯する人々の様子を眺めていた。
「…三つの民族が…」
 エルリオの耳に、ミリアムの独語が岩場をすり抜けた風に乗って届く。黒く染めた長い髪がそよぎ頬に当たり指先で絡め取り耳にかける。そんな横顔にエルリオは軽く見惚れる。視線の先を追うと、そこにはブロック土台の天蓋が壁際に点在しており、職人達が日陰の中で黙々と作業に勤しんでいる光景があった。
「三つの異なる民族が一つになっても、こうしていがみ合うことなく暮らしているのですね」
 皮職人達と思われる人々の天蓋を見ると、ヴィルに似た金髪の男が皮をなめす作業をしており、黒髪の男がその隣で太い針を力強く皮に通して縫い合わせているところだった。奥の方にもう一人、茶褐色の髪を持つ職人の姿も見えた。そんな彼らを見つめるミリアムの横顔が、疲労したように影が落ちて大人びて見える。
(お父さんにはどう見えたんだろう、この風景…)
―なんで…何でお父さんを知っているの?
 湿地帯でのやり取りが思い浮かぶ。
 ヴィルやジャスミンによると、押印師ワイヴァン・グレンデールは軍役時代や退役後も合わせて数度、この谷を訪れたという。ヴィルが国軍の精霊印研究局付けの尉官だとすれば軍役時代のワイヴァンを既知であったのは自然な話だ。
「退役後にもここに来たってどうして?」
 ワイヴァンが仕事だと称してごく稀にだが数日間家を空けることがあったと、思い出せた。エルリオの疑問にヴィルの表情が変わる様子はなく、答えはすぐに返ってきた。
「グレンデール氏から何も聞いていないのか?」
「え……うん…」
「ではグレンデール氏が軍を退役した理由も?」
 思わず下唇をかみ締める。
 エルリオが知る事のない、考えても見なかった事だが、そんな事までこの男は知っているのか。父が話していたのか。
 エルリオが知る「押印師」としての父は、殆どが彼の残した書類や研究物が情報源で、彼自身の口から受け継いだ事は僅かだったと思い知る。知ろうとしなかった己が悔やまれる。あの頃は、そんな事を知る必要もないほどに傍にいた存在だったから。
「そうか…」
 しばしヴィルは俯きエルリオから視線を逸らし、考え込む。やがて口端に僅かな笑みを宿らせるとこう言ったのだ。
「では俺と取り引きしないか」
 取り引き。契約。裏の押印師として暗躍していたときは毎日のように使っていた単語だ。決して油断を見せてはならない単語。エルリオの意識が自然と張り詰める。
「ヴィル様…」
 ジャスミンが嗜めるような表情を見せるが、気にせず当主は言葉を続けた。
―大袈裟な話ではない
「―エルリオさん?」
「え」
 ミリアムの声に現実感が白昼夢に緞帳を下ろした。
「ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
 弾かれるように振り向かれて逆にミリアムが驚いて目を丸くしている。一寸後には再び笑みを湛えて職人の天蓋を指差す。
「あの方たち、靴も作っていらっしゃるみたいですよ」
「―訊いてみるね、靴」
 胸郭が締め付けられるような感覚に襲われ、エルリオは職人達の元に駆け寄った。






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