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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT7-1
ACT7 白き机上の世界

01

 シールズ大佐の執務室から特別任務を受けてアレックが資料室に戻ると、まだそこにはアリサの姿があった。大机の前に腰掛けるピンと伸びた背中は、何かに没頭しているようで動かない。ただ両腕だけが忙しなく右往左往を繰り返している、そんな風だった。
「アリサ?」
「あら?」
 三度目に名前を呼んでようやく、紙やビニールが擦れ合う音が止んだ。丸眼鏡がアレックを向く。
「は、早かったのね?」
 椅子が踊って耳障りな音を立てる。室内の隅にいた文官が面持ちを顰めた。申し訳ありません、とアレックが代わりに謝罪を向けた後、机上の様子を覗き込んだ。散らかしたままに飛び出したのを思い出したのだ。
 乱雑に広げられていた筈の地図やメモが消えている事に驚く。
「ごめんなさい、いつ戻るか分からないから片付けちゃった…ほら、他の知らない人に見られたら困るでしょ?」
 厚みを増した複数冊のフォルダを扇のように広げて肩を竦めるアリサにアレックは目を丸くする。シールズ大佐執務室への往復はものの数十分と掛かっていないはず。
「ううん、それは全然いいんだけど、むしろありがとうっていうぐらいで」
 フォルダを受け取り、中を確認する。地図類が地域別に整理され、混沌状態だったメモ類が関連付けされてファイルに貼られて整理されていた。
「すごいや」
 断片的であったパズルが合わさったようだ。ただただ感心するアレックの様子にアリサは得意気に無い胸を張った。
「あ、でもねアレック」
 それもつかの間、アリサの手がファイルを取り上げる。風が起こるほどの勢いでページをベラベラ捲り、半ば辺りで指を止めた。ファイルには見開きで左側に旧地図の束、右側にアレックによる新地図やメモが綴られている。
「私あまり地図は得意じゃないのだけど整理していてちょっと不思議に思うところが幾つかあって」
「え?」
 隣からアレックも共にファイルを覗き込む。
「例えばこれなんだけど」
 アリサはファイルポケットの一つから、ブレスト地帯と呼ばれるアリタス連峰の一つが記録されている地図を引き出した。測量した年代順にクリップで止められている。人工開発の手が及ばない地帯という事もあり、長年地図の更新が成されていなかった区域だが、帝国との防衛線付近という位置から近年、アレックを含む製図版が測量を行った場所だ。
「ブレスト峰の地図か~。この辺は帝国の印使いの部隊と衝突したところだったみたいで、峰の一部が削れて地形が変わっちゃっててさ」
 惨状の痕跡を目の当たりにした製図版の遠征時を思い出しアレックは叱られた子供のように肩を落とした。重火器や印保持者や押印兵の部隊により削られてむき出しになった赤茶けた土山の群が、色づく秋空の下に寒々しく波曝を横たわらせていた風景。
「あら、そうなんだ…じゃ、そののせいかなぁ」
 折り目が白くなりつつある古紙の地図を手に取りアリサは首を傾げた。
「大河の沿岸線がね、微妙にズレてるのよね。旧地図と新地図だと」
「大分削れたり埋まったりしたみたいだから…でも製図間違えたのかな…」
 眉を困った形に傾けてアレックは四つ折りの旧地図の上に自分のメモを重ねた。丸い瞳を交互に動かしてアリサが指摘した沿岸を描く線を見つめる。数十年前の地図と比べ確かに先年アレックらが製図した地図の大河を描く線が僅かに数キロに渡り東にぶれていた。
「古い方の地図が違っていたのかしら。今とは測量技術も違うし」
「うーーーん…」
 首を左右交互にかしげながらアレックは地図を畳む。近々の軍事行動に影響を及ぼす危惧は必要なさそうではあるが、再びブレスト峰まで遠征となると大手間である。
「せっかく整頓してくれたから、この機会に全部見直してみるよ」
 それでまとめて上層部に報告しよう。
 アレックはそう結論付けてファイルを閉じた。
 それを見計らい「それより」とアリサ。椅子をテーブルの下に押し込みながらアレックを振り返った。
「何で呼ばれてきたの?いやに早かったけど」

 アリサにそう尋ねられたその翌々日の同刻。
「ひぇっっ」
 情けない声をあげるアレックの姿があった。
 頭上で獣の雄たけびが横切って、身を縮める。
 昨日は辞令を受けて即刻セントラルを出立させられ、長いこと特急列車に揺られてシュトル駅に降り立ち、そこから更に迎えに来ていた軍用車でようやく谷の入り口付近に到着した。
 国軍中央部に所属する新人下士官のアレックは、今回の任務同行者のレナド・イリオン少尉と共に竜翼谷シュテラールバレーの麓に差し掛かっていた。
「いちいち悲鳴あげていたら、ここから先は喉がもたないぜ」
 小柄で生白いアレックと違い、長身かつ日によく焼けた肌と大柄な体躯が活動的な印象を与えるイリオン少尉は、飛竜の遠吠えに毎回情けない反応を見せるアレックに苦笑して振り返った。
「す、すみません…少尉は、怖くないんですか?」
 大柄な背中をすがるように追いかけながらアレックは情けなく尋ねる。
「シュトル支局務めてる人間は慣れたもんさ。辺境巡回ルート範囲が谷のすぐ近くまで含まれているしな」
 事に最近は精霊狩りの暗躍により国軍シュトル支局は増員しているという。先日の列車事故に柔軟に対応できたのも、その賜物と言えよう。
「へ、へぇ…」
 常に頭上をギャーギャーと啼きながら巨大な竜が羽音をたてて地面に影を落としている。いつ頭を齧られるのではないかと、少年の域を出ない若い下士官アレックの様子は滑稽に見える一方で哀れにも見える。
「安心しな。今まで軍の奴らで竜に襲われた奴はいねぇ」
 谷に危害を加える行為さえしなければ、竜は空を漂う雲と同じだと少尉は言うが、雲はギャーギャー啼かないよな…とアレックは心の中でこっそり呟く。
「待たれよ」
 頭上から、今度は人間の声がした。
「ぎゃー!」
 思わず声をあげてアレックは前方を歩く少尉の背中にしがみ付く。
「!?」
 声と同時に少尉は胸元のホルスターに手を伸ばして振り返る。弾みでアレックの体が振り回されて後方に飛んだ。
 視線の中に谷の人間と思わしき男が映り、イリオン少尉は銃に延ばしかけた右手を止めた。代わりにその手を左胸に当てて小さく会釈する。国軍人が非国軍人に対して行う敬礼だ。稀なケースだが、同じ軍人でも他国の者に行う場合もこれにあたる。
「失礼しました。私は国軍シュトル支局警察部所属レナド・イリオン少尉です。こっちに転がっているのが…」
 草と土が剥げた岩地の上に転がったアレックが顔を上げると、小高く競りあがった岩壁の上に立つ人影が二つあった。シュトル地域特有の装束を身につけており、手には長槍を携えている。竜翼谷の門番だ。
「あ、アレック・スタインウェイ一等下士官です!」
 慌てて立ち上がり、同じく敬礼を見せる。下っ端の象徴である青いトラウザが泥で汚れていた。槍を持った男達はお互いに顔を見合わせて頷きあうと、一人が軽い動作で地面を蹴った。薄く暗雲に覆われた微かな陽光を背に、まったく体重を感じさせない動きで石壁を飛び降りる。小石が転がるような軽い音を立てて着地した。小さい会釈の後に二人に向けて歩を進めてきた。
(レストム中尉と似ているな~)
 金髪で伸びやかな体躯と体重を感じさせない動き、そしてその一挙動ごとに足下から吹き上げてくる涼しげな風。辺境視察にて行動を共にした元上官と同じ雰囲気を持つ男がここにもいる。
「ご用件を承りましょう」
 ヴィルから申し付けられていたが、門番はあえて知らぬ素振りを見せる。
 イリオン少尉が経緯を説明した。
「確かに、ヴィル・レストムは我らが当主。報せを向かわせるので少々お待ちいただきたい」
(当主??)
 アレックは心のうちで感嘆を上げた。谷を守護する一戦士だという話は聞いていた事があるが、当主にまで昇格していたとは。懐かしさも手伝い、驚くべき事実だった。
 徐に門番は指先を口に含むと、高らかに指笛を鳴らした。背の高い針葉樹の間を突き抜けて響き渡る笛音。木霊が消えうせないうちに小さな羽音が空から降ってきた。頭上に豆粒ほどの影が現われたかと思うと、それは一瞬のうちに巨大な翼を広げた竜の姿となって門番の頭上に急降下した。石壁の上に立っていた方の門番が軽い動きで地を蹴る。そのまま再び上昇していく竜の背に飛び乗ると、二つの影は再び寸時のうちに空の彼方、峰の向こうへと消えていったのである。
「うわぁ……」
 驚く間もなく起こった一連の出来事にアレックはだらしなく口を開けたまま呆ける。
「ああいうの、何ていうでしょうね、竜騎士?初めて見ました僕!カッコいいですねぇ…」
 軍で散々注意されていた一人称が「僕」に戻っていた。すでに峰の向こうへ見えなくなっていった有翼の影をいつまでも見送りながら、アレックは隣に立つイリオン少尉に同意を求める。「ああ、ああ、カッコイイな」と棒読みで少尉はアレックの興奮気味な言葉に頷く。
「シュトルの竜騎士兵団といえば一昔前にも多大な功績を残しているしな」
 一人残った門番の男はイリオン少尉の言葉に、長槍を携えた姿勢のまま反応を見せなかったが、アレックは瞳を子供のように輝かせて頬を上気させた。
「凄い!本当なんですね、僕、資料室の記録でしか見た事なくて…あ!」
「…………へぇ」
 うっかりアリサしか知らない無断で資料を閲覧していた秘密を易々と暴露してしまった。少尉の乾いた笑いが向けられて初めてアレックは気がつく。長槍の男は最初に現われた時と変わらない涼しい視で二人のやりとりを眺めているだけだ。面持ちに表出する感情の起伏が極端に乏しく、色素の薄い金髪と肌の色と瞳の色が余計にそれを希薄に見せている。ヴィル・レストムもそうだったが、この一族達の特徴なのだろうか。気恥ずかしさに照れ笑いを見せながらもアレックはそんな事を考えていた。
「ここから谷の集落まではどのくらいかかるんですか?」
 門番が姿を消してからまだ数分も経っていない。アレックは辺りに視線を巡らせる。針葉樹の丘陵を越えた向こうに水辺に浮かぶ峰の陰が並び立っていて、その上空を細かい影が幾つも旋回している。恐らくは、この谷の有翼獣達。
「俺はここまでがせいぜいだからな」
 少尉は肩を竦めた。
「然程お待たせする事はないと存じます」
 長槍の男が無表情のままそれに続いた。声調は低く冷たいが、言葉に篭る儀礼は慇懃ではなく丁重な印象を与える。
「あ、すみません、大丈夫です!」
 アレックが顔の前で手を細かく振る。「退屈しないですし」と再び視線を辺りに巡らせ始めた。空を見上げ、丘陵一帯の針葉樹を見やる。鱗片状の葉をつけた高木が間隔狭しと立ち並び、地からも空からも侵入者を拒んでいるように見える。だが丘陵を越えた向こうに広がる峰の麓、シルエットになっている森林帯を見るとそこ一帯は闊葉樹のようだ。
(麓と村落では気候が違うのかな…)
 そんな事をぼんやりと考えながらアレックはその場にしゃがみ込んだ。訝しげに見やる少尉の足下、少年下士官は指先で地面に触れる。軽く引っかいてみると、昨晩の雨により湿ってはいるが指の中で解れた。
(乾性森林土。じゃあこの辺りじゃ農耕は無理だよなぁ)
 人が住まい竜が棲む一帯は水辺の向こうだとすれば、この横に広い針葉樹地帯はさながら防壁の代わりという事だろう。葉の少ない針葉樹はその造形上、地からの見渡しは悪いが上空からは捉えやすい。竜が本当に火を吹くかアレックが知る由もないが、進軍中に上空から火でも噴かれればこの一帯が樹木ごと巨大なネズミ捕り器となり敵を火の檻に捕らえる事が可能だ。
「?」
 弄っていた土を戻し立ち上がろうと視線を前方に向けた瞬間、視界に入ったのは足跡。中腰のままアヒルのように数歩進み、土に残った足跡の元へ。
「何やってんだ」と少尉は肩を竦める。
 森林の奥へと続いていく複数の足跡があった。雨と風により削られているがまだ新しいようだ。獣道のような舗装されていない道に沿ってずっと続いている。
(これが谷へと続く道なのかなぁ?)
 一つ一つを目で追いながらアレックは足跡に触れてみた。そして中途半端な姿勢のまま肩越しに長槍の門番を振り向く。足下を見ると、軍用ブーツにも似た底が若干厚めの脛まで覆う靴を履いていた。
 足跡の一つはそれと同じ靴を着用したと思われるもの。またもう一つは、形が似ているもののそれより体重が軽い足跡。恐らくは女性だろう。
(中尉みたいに金髪で色白の女性なら美人さんなんだろうな~)
 と悪気の無い想像をしながらアレックは更に足跡を眺める。
 前者二つの足跡に比べ、不自然に小さい足跡がある。谷の子供だろうか。その事実は何ら異質に値するものではない。だが、重たい物でも持っていたのだろうか、足跡のサイズに反比例して堀りが深い。
 小さく首をかしげるがそれ以上の追求はせずアレックは立ち上がる。
 峰の向こうから再び羽ばたき音が近づいてきた。






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