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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT6-10
10

「戻る?」
 戻れるのだろうか。
 話は飲み込めなかったが長とグレンの会話の内容から、彼は自ら軍を退役したと言っていたはず。その口ぶりから軍と円満的な関係を持っているとは考え難かった。現に誰か身近な人間を軍により拘束されているとも言っていたとイルトは記憶している。
 それは人質という意味だろう。
 そもそも、何故彼が退役したのかその理由も知らぬままだ。
「残念ながら、これ以上は個人の手に及ぶ所ではなくなってしまった。それに、連れが恐らくは軍に拘束されているであろうし…」
 恋人か家族だろうかと、イルトは漠然と疑問に思ったが口にしなかった。拘束されている理由については、訊くべきではない。
「だが、それだけでもないんだ」
 考えを先回りしたグレンの言葉にイルトは浅い吐息を止めた。
「この十年間で軍を離れる事で様々な事を知ることが出来た。だが知れば知るほどに穿たれた孔の深さを知った。本来ならば私は、全てを昇華させた上で君に会い、軍に戻るべきだったのだが、結局は三年間を無駄にして中途半端なままだ」
「あと三年あれば…、解決していたのか?」
 正面に向いていたグレンの瞳がふいと一度右に流れて、またイルトに向く。
「いや―」
 あっさりと否定した後に、だが撤回しようとはしなかった。
「それでももっとマシな手続きを用意していただろうと思う。ライズの事があるから…―遅かれ早かれここを訪れ、君に会っていた」
 そして自分はいずれにしろこの防人の印を受け継ぐ事に決まっていたのだろう。その事実が己の感覚にしっくりと馴染んでいる事に、イルトは気付いていなかった。
「散文的な言い方しかできないが」と前置きをしてグレンは溜息のような言葉を吐いた。視線がタペストリーを向く。そして徐に再び立ち上がり、一つ言葉を発するごとに一歩、タペストリーへと歩んでいった。
「大きな何かが、動いている。全てが一本の律に繋がっていて、私が求める事実を確証させるにはもう私個人の手に及ぶ範疇から逸脱してしまっている。不本意だが、軍の力が必要だ」
 漠然を言葉にする事をこの男はひどく嫌うらしい。それは大人だからなのか、軍人の性なのか個人的性質なのかはイルトに図りかねた。
「大きな何かって…、何が動いてるんだ…?」
「分からない。いや、思い当たる事があるにはあるのだが…」
 身を乗り出す事でイルトが続きを促すが、「これは今話すことじゃない」と彼は己に対して頷いただけで言葉を止めた。
「一つだけ確実に言える事がある。恐らく近いうちにまた―」
 言い直してグレンは視線をタペストリーからイルトに向けた。
「戦いが始まるだろう」
「-え?」
 徐に再びタペストリーに手を添える無言の頷きが返る。
 軍人の「戦い」は「戦争」の他ない。
 その単語にイルトの神経が反応を示すのに若干の時間を要した。
 十三年前に終結した帝国との戦争は、現在十代の若者にとって記憶ではなく記録でしか無いが、国内に戦火が及ばなかった為に国民の多くが抱く認識に違いは無かった。国内で度々内紛が起きているものの、度重なる軍による厳しい制圧によりその数は減少しているという。
 国境線から離れ内陸に向かうほど、アリタス国民にとって戦争とはメディアが報じた結果でしかない。
「戦争…?」
 忘れていたが、この男は国の英雄と謳われた将軍の地位にいた人物だった。
「引き金はここだ」
 その手がタペストリーの帝国領地を軽く叩いた。
「ライザ民政派がいつまでもアリタスに大人しく付き従っている筈がない。もって二十年弱だろう。先のクーデターだって結局は彼らの……―これは脱線しそうなのでやめておくか…」
 最後は独り言として飲み込まれる。
「また帝国と戦争が?」
 一市民として誰もがそうするであろう反応をイルトは見せた。
「今…と言っても三年前の時点で明確に分かっている動きはそれだが…恐らくはそれはトリガーに過ぎない。」
 列強相手の戦が些細な切欠であると言い切られている。イルトの耳にはその言葉が不気味に響いた。
「私が軍を去った理由は様々だが、その一つが少しこれに関連している」
 ドアをノックするように、グレンの手がアリタスの周囲に居並ぶ列強を叩いた。水面の飛び石のように一定のリズムで指先が順番に「先程も説明したが」と列強を指し示す。
「アリタスは、決して自ずから攻勢に出てはいけない立場に置かれている。この国にとっての最善は、地の利を活かし列強らの威嚇から防衛線を護り通す事だ。その均衡を崩せばこの国もろとも大陸全土が戦火に飲まれる事になる」
 防衛重視論は初代総統時代からアリタスの最重要課題とされており、数百年かけて防衛線は死角を排除してほぼ完璧な物へと構築され、軍部内体制も防衛に重点を置いた点で完璧な「壁」へと仕上がっているという。
「だが先の帝国との戦いで、執政院は下手な欲をかきはじめていた。ライザとディノサスとの繋がりも見えていないというのに。」
 先年の戦いでアリタスが得た戦利は鉱脈という莫大な富。それまでの五百年、防衛の一途で国を存続させてきたアリタスに、「攻め」が富を齎すという蜜を玩味させてしまったのだ。
「アリタスが攻めに転じる事で軍事的にどれだけのリスクが伴うか…彼らは理解していない。それを執政院は餌に釣られ大義名分の元、粋を越えた政略に出かかっていた」
 グレンの声に体温が篭り始めているのが感じられた。実体がありながら掴み所無い煙のような男に色が宿り始めているように見えた。
「でも…帝国との戦いで軍の指揮を執ったのは、あんたなんだろ…?」
 気圧されそうにな自分を心の内層で発奮させてイルトは尋ねる。
 ―アリタスの進撃、宛ら鬼神の如く
 先の戦いを報じる媒体にはそんな風に謳っていたものもあった。
 思い出してグレンは自嘲の混在した苦笑を洩らした。
「だから私は軍を抜けたのだ。軍が深入りする前に。」
「え…何で?」
 イルトの問いに、グレンは口の中で言葉を濁し正面から外した視線を右に一度、左に二度泳がせた。
「………こうは言いたくないが……当時は他に人材が…」
 自分以外に深入りできるほど指揮を執れる人間がいないと。
「――あ…そうですか…」
 容姿から受ける人格の印象に似つかわしい物腰だが、言葉の意味は随分とふてぶてしい。だが不思議と全く不自然とは思えなかった。これが将の才覚か。だがむしろイルトは呆れた。
 確かにこの十数年、国は戦後処理に従事しているとの報道しかされていない。
 国境線付近で帝国軍を撃破した後のアリタス軍は帝国内への侵攻を控え防衛線付近に留まり、あくまでも民政軍の後方援助に徹底した。ライザ民政軍のクーデター成功後のアリタス軍は国領拡大を譲渡された鉱脈地帯までに留め、内と外に二重の防衛線を構築しライザとの距離を保つ国策を選択。
 その後は他国も警戒してか辺境の防衛線における威嚇攻撃の数も一時的とはいえ激減したという。この十数年を民間報道局は「パックス・アリタス」と謳っているほどに世の中は富と泰平に湧いていた。
「じゃあ、何で今になって復職しようと…」
 泰平が永遠に続くかに錯覚していたのか。
 途方もない規模の物語に巻き込まれたような感覚だった。イルトは知らぬうちにソファから腰を上げ、タペストリーへと歩み寄っていた。ただこれまでの人生の尺度で図ることのできない物語に瞠目するしかなかったが、今はグレンの口から語られる全てがあまりに自然に耳から体にしみこみ始めていた。
「帝国に侵攻する為に?」
 これまでに無い色をイルトの言葉に感じてグレンは深い息と共に、目を閉じた。そして首を横に振る。
「私は戦争をビジネスにするつもりはない」
 他国侵攻に加担する事を強く拒否する言葉だと気付く。国の幸福を望む事と、無闇な発展はイコールではないのだ。
「それじゃ…」
 グレンの閉じられた瞳が開かれて、イルトを見やりタペストリーへと移る。
「大きな何らかの流れ…それが何なのか今の私には充分な説明力がない。だけど確かに「来る」んだ。」
 明確な言葉にする事ができずにグレンは酷くもどかしそうに下唇を噛み締めている。だがイルトにはその感覚が判る気がした。この男に出会う前の、精霊の心臓へと導かれる前に感じていた「何か」。それはひどく漠然としていて、髪の毛が僅かに風に触れるような、そんな実感の無い感覚。だが確かに感じた「何か」。
 ただ、彼の言う「何か」は自分のそれとは規模が違う気がした。
「軍に戻ればそれが分かるのか?」
「可能性の問題だね…このままでいるよりは良い。終戦から既に十三年が経過している。ライザにそろそろ動きが出始めても良い頃だ。私が抜けた事で十数年の時間が稼げただけでいずれ彼らが動き出すことに変わり無いと、私は読んでいる。それに」
 何か言いかけてグレンは「…―いや」と息ごと言葉を飲み込んで視線を天井に逃がした。考え込む時の癖なのだろう、片手を口元に当ててゆっくりと長い息を吐き、
「ここから先はまた別の話になるな…」
 と独言を飲み込んで言葉を締めくくった。一つ小さな呼吸を挟み、両手で空気をせき止めるような仕草を見せてグレンはタペストリーから離れた。
「これで、私自身について現時点で話せる事は全て話したつもりだ」
 ソファに挟まれたテーブルに戻り、無造作に広げられたままの書類を束ね始める。写真を裏返し履歴書に重ねてクリップで留める。それを箱の中に無造作に重ねていく。その動きを漠然と眺めながらイルトは頭を掻く。
「分かったような分からないような……」
「私自身も分かっていないのだから無理もないね」
 苦笑しながら箱に蓋を重ねて、再び襟元から鍵を取り出して穴に差し込む。一体どのような仕組みか、今度は回す事なくカチリと固い音がして鍵が掛けられた。
 再び封印を掛けられた箱。
「その箱、どうするんだ?」
 箱を手にして思案顔のグレンに気付き、イルトはソファの前に歩み寄る。箱が、目の前に差し出された。
「これを引き続き、グレリオで預かってもらえないだろうか」
「俺が…?」
 差し出される勢いのままに両手で受け取ってから、その重さに驚く。黒ニスの重厚な光がそのまま重力となって手の中に圧し掛かるようだった。
「難しく考える事ないよ。ただ保管していてくれるだけでいい。私が持っていると色々と面倒だから」
 どこか楽しそうに笑ってグレンは首にかけた鍵を再び襟の内側に放り込んだ。
「私が今まで話したことも含めて全てをこの箱に仕舞って、ただどこかに隠し続けていて欲しい。」
「……」
 箱に触れるイルト指先の感覚が敏感になっている。木箱の冷たさを感じ始めていた。そこにグレンの手が重なり、上から箱ごと強く握られた。握手の代わりか、握った状態で箱ごと上下に三度揺さぶられた。カタカタと、箱の中から固い音がする。
「ライズの解放。それが君に最も頼みたかった事だったから、叶えてくれて感謝している。急な形で悪かったね、でも長に君を紹介された時は今しかないって思った。」
 グレンの言葉には頷かず、イルトは箱に視線を落とした。
 予兆はあった。
 グレリオを一望できる高い段々畑の頂上で、感じていた自分を呼ぶ「何か」。それは印がつなぐ糸を伝わってきた振動のようなものではないかと思えた。
「………」
 自分はここで何を言えばいい?
 どうすればいいのか。
 黒塗りの箱を見つめてイルトは懸命に答えを探す。
 父親は幼少の頃、初等教育を修了した後に士官学校へ進学しその後国軍に入隊。グレリオ帰郷時に婚約者の母と結婚、アムリとイルトをもうけたと言う。その後帝国との戦争期に入り、戦地に出向いた父は再度の帰郷を果たす事なく戦死。
 イルトは先年、初等教育学校を卒業。士官学校への推薦枠取得試験の受験資格を得られる可能性はあった程には成績基準を満たしていたが、資格保留のままグレリオに留まる道を選んだ。村の者に農耕を教わり、毎日を高台の段々畑の頂上で森を抜けてきた風に当たりながら村を見渡す。そんな毎日。
 そこに舞い込んできた目の前の男。彼が掴んだ時機は好機と言えた。
 イルトは考える。
 父も印を授かったのは年の頃が十八というのだから、グレリオからセントラルに移住する士官学校入学直前なのだろう。
(であれば、その頃この男は…?)
 視線を箱からグレンに向ける。
 彼は佐官時代に印を受けたと言っていた。防人の印はこの男の存在があってこその印であるから、父に印が発生していたのならその時点ですでにグレンも授印していたと考えて良いはず。
「………」
 もう何度も徒労に終わった暗算は相変わらず矛盾の解しか導き出さない。
 神妙な面持ちで箱を見下ろすイルトの様子を数秒ほど見つめた後、グレンは箱の上に重ねた自分の手をゆっくりと離した。黒塗りの箱は確かにイルトの両手に収まっている。まるでそこが居場所だと箱が安堵の呼吸をしているかのように。
「なあ」
 離れていく手を追いかけるようにイルトは顔を上げた。
「もう一つだけ、訊きたい事がある」
 声調は低く重力を有していたが、明確だった。
 グレンの手が止まり。一寸首を頷くことで先を促している。視線を受けてイルトは箱を支える腕に力を込めた。
「父さんがどうして死んだか、教えて欲しい」
 片手で数えるほどにしか記憶に存在しなかった父は遺骨でグレリオに帰郷しその後、墓苑に葬られた。幼子が足を踏み入れる事が許されていなかったために、墓苑で行われた葬儀にも立ち会うことは出来なかった。
「………」
 グレンの吸い込まれかけた息が途中で止まる。何か言いかけて一度それを諦めて、また思いなおしたように空気を吸い込んだ。
「水辺だった。あの景色は永遠に忘れない」
「水…?」
 突然、再びイルトの脳裏に青い風景が広がった。
 振り向く影、飛び散る水しぶき、異形の影、そして血。
 幻が見せた怒り、そして―
「彼は私の為に死んだ」
 折られた膝、地に付けられた両手、去り行く幻、そして霞む墓苑の入り口。
「……」
 眩暈を覚悟してイルトは固く両目を瞑った。
 最後に見た幻、あれは最期に父の網膜に映した光景。
 そしてきっといずれ、己も見ることになるのだろう。
「俺…―」
「わかるだろ…?私の言葉の意味が」
 低く深い声が重なり、イルトの手中に収められた箱の重さが増した気がした。






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