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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT6-9
09

「―っ」

 扉が開かれる音が背後から聞こえて、イルトの時間は引き戻される。
背を預けていたソファから体を起こして振り返った。グレンが部屋に足を踏み入れるところで、彼は血と砂埃で汚れた装束姿から最初に目にした時の白いシャツ姿に変わっていた。イルトの視線を見止めて「大丈夫か」と声をかけながら向かいのソファに腰を下ろす。
 墓苑から館に戻ってから、長とアムリの姿を見ていない。墓苑の壁画を前にして話を耳にしていく内に沈み込んでいくような不快感と頭痛に体が苛まれていた。半ば意識を他所に飛ばしたような状態で館に辿りつくなりイルトはソファに沈み込んだのだった。
「印によっては肉体や神経に多大な影響や変化を及ぼす物があるから…馴染むまでしばらく辛いかもしれない」
 他の人間はどこに行ったのか。
 そう尋ねるのも億劫でイルトはただ体重をソファに預けたままグレンを見ていた。
 イルトの状態を理解してかグレンは反応を待つ事なく次に言葉を進めた。
「講義の続きでも、しようか」
「講義?」
 ―何故アリタスが軍事国家としての道を選んだのかは…分かるかな?
寸時イルトは疑問符を頭上に浮かべたが、墓苑での言葉を思い出した。ソファから離れ、グレンはタペストリーの前に立つ。応接室の南の壁には、大陸地図をあしらったタペストリーが飾られている。古い神話の記述を元に描かれた、五つの大陸と五人の王。中心に浮かぶジスノラン大陸の中心に紅玉が描かれており、古代文字で地名が記されている。恐らくは「アリタス」か「グレリオ」なのだろう。
 イルトはゆるりと体を起こして上半身だけそちらの方向を見やった。
「中央の大陸が、ジスノラン」
 タペストリーにはそれぞれに異なる模様が刺繍された五つの大陸が縫いこまれていた。実際の地図とは違い千切られた花弁のように整然と五芒型に並べられている。
 五つの花弁の間には、黒糸のクロスステッチで境界線が引かれていた。これは黒死線と呼ばれており、各大陸同士を阻む死の海域線だ。海上船や潜水艇で近づけば最後、死の海流に飲み込まれ生還する事は不可能とされている。
 黒死線は波上にも及び、低空船が黒死線上に触れたが最後その船体は空中分解を起こしそのまま魔海の餌食となる。よって大陸間の国交がこの世界において行われる事は、黒死線が存在する限り永遠に不可能なのである。
 この黒死線攻略に乗り出す無謀者は過去に腐るほど存在していたが、いずれもその後二度と名前を聞くことがない。
「ここが、アリタスだ」
 中央の大陸、グレンの指が刺繍で紅玉が縫い付けられた箇所を差す。
「北西、このあたり一体が帝国。北東にディノサス。更に北には―」
 とタペストリーを指差しながらジスノラン大陸を指し示していく。タペストリーに明確な国境線は描かれていないが、グレンの指先がなぞる曲線が国境を表しているのだとイルトは気付く。地理は得意な方だったが、淡々とした声が心地よく感じて座講に身を任せた。
 アリタスが地理的に大陸の中心に位置していること。
 岩盤地帯が多くアリタス国領が要塞的資質を持っていること。
 隣接する列強との関係性から国交希薄なアリタスにとって内部を固め、国そのものを軍隊と見立てる他ない事などが語られる。
 軍事国としての成り立ちと同時に大陸の国々が、現況における非常に脆弱な平均台上を渡り歩いている事も知った。
「よく分かった」
 一息途切れたところでぽつりと、イルトの呟きがタペストリーに向けられた。
「士官学校で教鞭を執った事がある。学校では佐官以上の現役軍人が実施教育を行うカリキュラムも多く含まれているんだ」
「-へぇ」
 僅かに唇が笑みの形になり、存外その様子が子供っぽいとイルトは思う。笑えるのか笑えないのか今のイルトの感覚では全く分かりかねるが、士官学校の教育システムに多少の興味はあった。無意識に背中がソファから離れて身を起こしていた。その反応に気付きグレンは表出しない程度に内心で感嘆に似た溜息を漏らす。
 同時にまた背後で扉が開かれる音がした。向かい合うグレンの視線を追ってイルトも振り向くと、アムリがそこにいた。両手に木箱を抱えている。
「大丈夫…だったかしら…?」
 会話の切れ目を待っていたようで、遠慮がちにアムリが問う。
「何それ?」
 両腕で抱えている箱を指差すと、それを了承の返答と理解しアムリはイルトとグレンの間を隔てるテーブルに箱を置いた。黒ニスが塗られた板面は所々剥げており、木目が晒されている。八角には銀の杭細工が施してある金具が填められており重厚さを醸し出していた。
「爺さま…いえ、長がこれを持って行くようにと」
「ああ、」
 見覚えがあるらしくグレンはタペストリーの前から直線的に箱の前に歩み寄り、礼を言いながらソファに腰を下ろした。徐に襟元に手を差し入れ、引き抜く。指先には金属片が挟まれており片側から細い銀鎖の輪が繋がっていた。
 それは細長い棒状の金属の先に、枝分かれした銀が無作為な方向に延びている。
「―…それは?」
 鎖を首から外し、慣れた手つきでグレンはその金属片を蓋の側面に差し込んだ。彫られた模様かと思ったそれは鍵穴で、金属片は歪な鍵だと知った。
「グレン・ヒースロー、約二百年前の私が当時の防人に預けた物だ」
 穴に吸い込まれた金属片を数回右に回すと小さくカチリと音がした。更にそこから僅か上に持ち上げると鍵穴の周囲に彫られた穴の一つに小さな色石が現われる。そこから更にまた左に回し、最後に右下に鍵を押し下げると、残りの穴にも全て石が姿を現した。
 そして最後にこれまでで最も大きな金属がぶつかる音が響く。
「珍しいだろう?二百年前のヴェロニカ民の技術だよ。遠征先で商人に売りつけられたんだが、存外役に立っている」
 二百年前に内戦で滅んだとされる古民族、ヴェロニカ民。箱に施された装飾はグレリオ周辺でも、現在のセントラルでも見かける事のできない稀少物だった。
「では、私はこれで…」
 箱の鍵が開けられたのを見送ってアムリは踵を返し爪先を扉に向けた。
「姉さん?」と振り向く事でイルトが引き止めるが、
「あとはイルトが判断して決断する事だって、長が」
 振り返らずに扉の向こうに姿を消していった。
 取り残されたような感覚に一抹の寂寥を覚えるような。
 グレンの視にはその様子が見て取れていた。
「イルト」
「え…」
 初めて名を呼ばれた。
 大きく胸郭の奥が震えるのを感じた。思わず瞠目する。肩から筋肉が強張り上半身から動けなくなる。何故だか遠い記憶の中で、父親に名を呼ばれた時の事を思い出した。
 物腰は柔らかいはずなのに、確かな圧力がこの男からは感じられる。
「―強制的に君にその印を受け継がせてしまった形ではあるが」
 真っ直ぐ語りかけてくる。
「私は君が思うままに生きてくれれば良いと思っている」
「………」
 視線を真っ直ぐ向ける事でイルトはグレンの言葉の意味を問う。
「私は義務があるから、私の知が及ぶ範囲で君に全てを語るつもりだ。だけどそれだけは覚えておいて欲しい」
 大きな選択をする時が迫っているのだと、イルトは感じた。だが不思議と不安といった陰鬱的な感情は湧いてはいない。そう伝える手段を持てずにただ「わかった」とだけ返した。
 それを受けてグレンは鍵を外し襟内に再びそれを放り込むと、解錠された箱をイルトの前に押し出す。
 目の前の視線は、君が開けろと促していた。
 手を伸ばして指先で黒い蓋に触れると、光沢は無いが滑らかな感触がした。二百年以上前に塗られたニスの効力が未だ衰えていないという技術力。惜しいかな今は滅亡した民の技術だ。
 片側が蝶番で繋がれている蓋の両側に手を添えて持ち上げると、錆びた音もせず引っ掛かりも感じずに持ち上がった。だが長年開けられていないのか、少々黴臭く湿った空気が箱の中から漏れてくる。
「始まりは、二百年前以上に私が当時の防人にこれを渡し、彼がこのグレリオの地で当時の長に保管を依頼したところからだ。」
 現在までに代々の防人がこれを受け継ぎ、グレリオにて長が管理しているという。イルトもアムリにも知らされていない事だった。
「中、見てもいいのか?」
 箱の中には更に簡易蓋で封がされており、鍵は必要ないようだがイルトは開ける事を躊躇った。
「もちろん」
 と呆気ない即答に気抜けしつつイルトは中蓋を外した。箱の内塗りは黒く、それと対照的に白い紙の束が最初に目に入った。紙束を手にとってみると冷たく、ざらついた感触がする。よく目を近づけてみると紙は殆どベージュ色に黄ばんで変色しており、相当に古いものだと推測できた。ところどころ縁に金属製のクリップが止められているのが見える。紙は腐り落ちてしまうほどに古びていたが、クリップだけが真新しい光を帯びていた。明らかに、年代が異なる物質同士が混在している。
 奇妙な感覚に捕らわれながらもイルトは紙が腐り落ちてしまわぬよう、慎重に指先に神経を尖らせて紙束を開く。
「?」
 紙面を開くと両面が表になっており、その左側に写真と思われる紙が一枚、クリップで裏返しに止められていた。右側には項目ごとに何かが手書きで書かれており、見出しは「職歴」と書かれていた。その下には左から年月日、年齢、職位との項目欄があり、読み下げていくと今より裕に二百年以上前の共暦と、雄たる軍事職歴が並んでいた。しかも、それが若年ながら異例の出世を遂げたと素人目にもわかる輝かしい、これは履歴書。
「すごい…」
 思わずそう呟きながらイルトは左側に裏返しに止められている写真を指先で少し持ち上げた。下から見えるのは、「国軍籍職履歴証明書」との見出し。「極秘」の赤文字も添えられていた。つまりこれは、国軍が保有している軍人の名簿アーカイブ書類。
 この職歴を持つ者の氏名欄が目に入る。
 グレン・ヒースローの文字。先ほどグレンの口からも耳にした名だ。
 写真を、表に返した。
 目の前にいる男の顔が、そこにあった。
「な…」
 写真を指先で抓んだままイルトは壊れた人形のように首ごと写真とグレンとの間を視線を行き来させる。髪の色、目、鼻、口、顔の輪郭と、全てを見比べる。五巡ほどしたところでグレンが苦笑するのが見えた。
 しかるべき写真家の手により写されたのだろう、写真の中の男はまっすぐ正面を見据えており、軍帽を目深に被っているが写真機は瞳の中に映りこむ光さえ鮮明に捕らえている。正装用と思われる勲章や飾り紐があしらわれた軍服に身を包む上半身は真っ直ぐに伸びていた。
 もしやと思いつき、イルトは次の紙束を手にする。同じようにクリップで写真が留められた国軍籍職歴証明書。写真を引っくり返す。またそこには同じ顔。ただ違うのは軍帽と軍服のデザインに変化が見られるだけだ。写真の下に記された名はグレンビル・アルベール。職歴欄の最後には、あらゆる軍事的発言と行使を認められている国軍の職位、最高軍事顧問の文字と、アリタスソルヴェグ暦二十三年に戦死とある。
「………わかりやす…」
 そこにある全ての紙束に目を通したが、同じことだった。
 この三百五十年の間に生きた、六人分の異なる人物の履歴書。
 映写技術に差はあるものの、全て同じ顔の。
「だから絶対に外に出せないんだよ、私の写真は」
 写真技術が未だ専門技術の粋を超えていないのが幸いと言えたが、十三年前の英雄、グレン・イーザーはマスコミを極端に嫌っている事でも有名だった。パレード、演説、ありとあらゆる大衆(マス)相手の催し物への出演を拒否する気難しい人間と軍部内でも認識されている。
 紙束を取り出していく内、中から新旧のネガフィルムやその他用途の為に写されたと思われる写真が数枚押し込められていた。恐らく書類は複写であろうが、写真は全て原盤ごと持ち出しているのが分かる。
 紙束やフィルムを全て取り出すと、箱の底に金属片が見えた。鎖に繋がれた銀色の小さなプレート状の金属。
 六枚のドッグタグ(認識票)だった。
 見るまでもないと心のどこかで認識しつつもイルトの手はそれを拾い、プレートに掘られた文字を確認する。やはりグレンの口から聞いた名前を含む、グレリオ出身の英傑らの遺品だった。
「これが、その印の力って事…か…」
 タグを箱の中に戻し、呟く。
 輪廻転生という言葉がある。
 大陸の一部地域に根付く思想の一つであり、人間の本質は肉体の死を以て終了するのではなく来世で異なった存在となって生まれ変わるという、魂の存在を信じる教えだ。
「そこから文字り、この印に「輪廻の印」と名付けたらどうだと提案してくれた者もいたんだが」
 グレンの面差しに邂逅の靄がたゆたう。机の上に広げられた書類を懐かしそうに見遣りながら。
「少し違う気がする。私も本で読んだが、輪廻転生とは生まれ変わった肉体が全く別の人間でもそこに宿る魂が同一である事を指すようだ。私の場合は、一分と違わない同一の肉体が転生を繰り返している」
 それに、とグレンの言葉が続く。
「君も知りたいだろうと思うが、私が君に初めて遭った時の現象」
 聖地の心臓に突如現われた時の事だ。「あ」とイルトは手元から顔を上げる。つい数時間前の出来事だ。現実感の無い事象を目の当たりにした直後、だが手に触れた体は確かに生きている実体。あの瞬間からイルトの脳裏はすでに混迷していた。
「あの現象は今回で二回目だ。しかもグレン・イーザーとして生を受ける以前には無かった事だった」
「………?」
 精霊の印は生きているのだ。イルトは直感的に思う。
 人間が築く時代の潮流に、世界の変化に併せ変化を遂げている。現にこの防人の印も聖地の変化と共に変格を遂げてきたのだから。
 むしろ印の変化と共に世界が変質しているのか。
 その違いは分からなかった。
「三年間の記憶が途切れているんだ。セントラルにほど近い場所にいた筈が、次に意識が戻ってみれば目の前に君がいた。一回目の時もそうだ。この時も、数年の記憶が剥ぎ取られている」
 鋏で切り取られたかのように。
 だから暦年を問うたのかと漠然と思い出しながらイルトは眉を顰めた。
「七度も生死を繰り返していると、大抵の事は分かった気になるのだが…」
 左手を胸元に当てる。その下に息づく心臓の鼓動を感じるように、二呼吸ほどの間が置かれた。
「この印の事は…神が私に何を望んでいるのか、未だに分からない」
 精霊の印は生けるものへの恩恵。
 そう教わり精霊神と精霊を敬う事を、この世界の子供達は教わる。
 だがそれが大きな間違いではないかと、印を授かったいまイルトは脳裏で渦巻く黒い影を無意識に感じた。
「軍は…軍の精霊印研究機関には何も情報がなかったのか?」
 あらゆるアリタスにおける情報は、国政を司る国軍へ一元化されているという。特に精霊印においては、表向きに国が民間使用を違憲としている為にその最たるものと言えた。
「ある訳がない」
 肩を竦めながらの返答。
「国軍には報告していないんだ」
「え?」
 グレンの指先は自らの胸元を示していた。
「ちょっとしたとある知人に止められてね」
 この事実を知るのは、グレリオの人間を含む身近な人間のほんの一部だけだという。
 子供がそうするように、目の前の英雄は人差し指を口元に当てて声を落とした。声を裏返らせるイルトの反応を楽しんでいるようにも見える。
 イルトは反応に困惑した。
「だがそろそろ…隠し通せなくなりつつあるが」
 苦々しい笑みの直後グレンの面持ちに小さく陰りが映り出した。テーブルに置かれたドッグタグを指先で拾い上げる。手持ち無沙汰なのか、数枚を重ねたり広げたりを数度繰り返した。
「今の写真と履歴書は?」
 貝と貝が擦れあうように軽い金属音が止んで、不意にグレンがイルトを見上げた。
「軍の情報局にある」
 退役する前に持ち帰ってこなかったのだろうか?
 これまでの話からイルトは自然にその問いを思い浮かべたが、それが言葉となる前に覆いかぶさる形でグレンの答えが静かに流れてきた。
「いずれ、軍に戻るつもりでいたのでね」
 グレンの瞳はタペストリーを見つめていた。






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