このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT6-8
08

 昔。
それは古の時と呼ばれ。
 創世神により大地に降ろされた五人の王は、其々の大陸へと分かち降り立った。
 中央に静座するジスノラン大陸へと降り立ちし初代ジスノラン覇王は、大陸の秩序を維持生成するために精霊達を生み出した。精霊達は大陸の各地に各々の地を定め、拠り床として印を刻み付け己が根を下ろした。
 ここまでは古典神話による伝承である。
 何千年前という古の時代、グレリオの地を拠り宿とした精霊が刻み付けた最も原始的な印の一つ。大地に根付き、生脈を伸ばし、民を産んだ。これはグレリオ神典による伝承の一編。
「玉座の代わりを成す印なんて…」
 アムリが溜息をつく。
 アムリやイルトが知る限りの「精霊の印」とは、火水土風などの自然元素を司りその力を具現するものや、野の生物を司りその特性を得られるものや、技術匠達が鉄や木や刃といった物質から力を得ることで特殊技巧を得…といった世に生けるものに与えられた「恩恵」を示すものであって、理の礎を支配するべきものという認識はなかったのである。
「なら、何故アリタスの国が、王座を護る役目に値する国軍や執政院が、聖地の心臓を管理しないのです?印があり続けるのなら、国にとって意義があるという事ですよね…?」
 アムリの問いに長は「簡単なことだ」と続ける。
「あの印を物理的に護る事ができるのは呼び子の印と防人の印だけだからだのう。」
 公の管轄下に置かれるより潜めし旧聖地に眠らせておく。軍事国家アリタス初代総統の勅命から現在まで継げられて来た国律の一つだ。
「現在でも軍でそれを知るのは…代々の総統閣下以下、僅かな人間に留まっているはずです」
 グレンが補足を挟むと長がゆるりと頷いた。
「ここまでは、分かったかね?」
「「でも」」
 頷きの後に、姉弟の声が重なって挟み込まれた。イルトが目配せしアムリに言葉を譲る。
「その…」
 躊躇いがちなアムリの視線がニ、三度グレンの方を窺い見るように泳ぐ。その視線に気付いているようだが、グレンは沈黙を続ける事でアムリに先を促した。
「グレンさんと、聖地の心臓の関係が分からないのですが…」
「同じ事を言おうかと」とイルト。
「何故イルトの…代々の防人のお役目が聖地の番人から、彼をお護りする事に変わったのでしょうか」
 足下の砂がいつの間にかそのほとんどが風と共に消え去っていた。石畳の隙間に僅かに残った粒だけが、薄闇の中にわずかにどこからから差し込む光をうけて鈍く輝いている。それを見つめながらグレンは短い呼吸を挟んで答えを口にした。
「アリタスが今の形になる約五百年前までは…あの壁画にある通り。防人は聖地の番人組織として外の敵から聖地の心臓を護っていた。聖地を聖地たらしめるために。その頃は国家間の規模ではなく大陸中で内乱が続いていた時代で、アリタスも内紛が激しかったからね。救済の地たる中庸地帯が必要だった。」
 衣擦れの音と共にグレンの左腕が上がる。突き出された人差し指が壁の防人画を示す。
「そしてアリタスは軍事国家の歴史へと入る。国は総統を統治者に据え、首都機能を現在のACCへと移転させた。同時に聖地グレリオは自ら聖地の冠名を棄却した。初代総統は国内の平定を徹底させ内紛を厳しく弾圧。国軍の基盤強化を進めた。―何故アリタスが軍事国家としての道を選んだのかは…分かるかな?」
 姉弟は素直に首を横に振った。
「それは後で説明しようか」とグレンは小さな笑みと共に頷く。壁画を示していた指を緩慢に、だが滑らかな動きで右に移動させた。
「ここが約五百年前だ」
 グレリオが聖地の名を捨てた頃。
 防人と弱き民が所狭しと描かれていた初期と異なり、体の大きな防人が一人。そして民に至っては寺院らしき建造物の周辺に半分以下の人数が散らばって描かれるようになっている。寺院の中に納まる形で巫女が描かれている。これが呼び子の印を持つ者だろうか。壁に描かれている印は、初期と比較して少々大きくしるされていた。
「役目を失った防人は数を減らして行き、呼子の印保持者と同様、一名のみに継承されるようになった。そして、ここ」
 そしてまた右回りにグレンの指先が移動した。
「これは約三百五十年ほど前」
 指し示しているのは、壁画の後尾部分。祠へと姿を変えた寺院の上に、新たな人物が描かれている。印に背中を向けて仁王立ちしていた防人が体の向きを変えてその人物を見上げる構図に変わっていた。
「ここに新しく描かれている人物がいるだろう」
 グレンの足が壁画に向けて歩を進めた。壁のすぐ前に立つ。こうして見ると壁画の巨大さが改めて実感できた。小さく思えた祠の部分が、グレンの肩幅とほぼ同じである事が分かる。誘われるようにイルトも壁に近づいた。
「もっと近づいて、よく見てご覧」
 親が幼子を呼ぶように、または教師が学生を呼ぶように、グレンの手がイルト達を呼んだ。自然な動きでその手が祠の上部に刻まれた人物を指差した。砂埃を指先軽く払う。
 祠の上に立ち、外に向かい指差している人物が彫られていた。
「……」
 指先が示す壁画に視線をやると視界の中に赤い筋が、グレンの頬を汚す血が否が応にも入ってくる。頭痛がする。見なければいいと意識がせり上がるにつれ意思に反して鮮やかにそれが網膜に焼きつく。
「ここに―」
 そこまで言いかけてグレンはイルトの意識を捕らえている物に初めて気がつき、手のひらでおざなりに頬を拭った。赤の面積が増えて余計に頬を汚しただけに終わったが、露見した傷口は薄かった。慌ててアムリが白い袖口に指先を絡ませてそれをハンカチ代わりにグレンの頬に当てる。
「汚れますから」と驚いて顔を引きかけるが、すでに赤く汚れたアムリの袖口といつの間にか血が滴り赤く汚れてしまった自分の胸元にも気がつき素直に彼女の手に従う事にした。
 あらかた血が拭き取られるにつれてイルトは頭痛が引いていくのを感じた。神経を突き刺す錆鉄の匂いも遠ざかり安堵する。
「ここに刻まれている人物をよく見てみると、」
改めてグレンが指差す壁画へ視を送った。
「壁画に描かれた他の人間と見比べて、この人物だけ異なる部分があるのが分かるかな」
 答えはすぐに導き出せた。四肢を持ち、衣服を着用し、瞳を持ち、口を持ち。外観は「人間」そのものを描いている。だがこの人物だけ、糸を引いた靄か蜘蛛の巣ような模様が体に纏わりついている描写だけ、他の人物画と異なっていた。
螺旋を描く線の先をたどると、それは祠の中の「聖地の心臓」へと続いていた。
「聖地の心臓から靄みたいな物が出ているのですか?」
 隣でアムリが呟く。確かにそうも見えた。だがイルトの目には、
「いや、つながっているんじゃ…?」と映った。
 指先で壁画に触れてみる。表面が僅かずつ風化のために砂に汚れており、それを指先で更に擦り落としてみる。指先にも感じられる壁画の窪みはその人物の体の中心で螺旋を描き、そこから線を辿ると祠に描かれた聖地の心臓へと繋がっていた。
 答えを確かめるべく首だけ振り返ると、グレンの横顔がそこにあった。
「そう。繋がっている」
真っ直ぐ壁画を見つめる瞳には、深い虚無が降りていた。
「この人物は、三百五十年前グレリオに生まれた。数字と図形を眺めているのを人より少し好むだけの凡庸な男だった。」
「…?」
 まるで見知っているかのように語られる口調とその語感の刺々しさにイルトは目を細めた。忌々しさを含む声には憎しみさえ感じられる。
「それがどういう因果かこの男はある時、使命印を授かった。」
徐にグレンは両手を胸の前に差し出して重ねた。両手で水を掬うような形に。
指先はまだ血で汚れていた。
「あ…」
 器の形に重ねられた手の平の中に小さな光の粒子が生まれる。
 それは次第に大きくなり中空に浮かび上がる。誘発されるようにグレンの胸元からも仄かな光が生まれ、融合し、少しずつ明確な「形」を現し始めた。
「これは…?」
 グレンの手から生まれた光は、蜘蛛の巣のように円を描き、いくつもの螺旋と円とが線でつながれ、また派生した枝葉から更に新しい円形が実っており、天星図のようだと、イルトは思った。複雑に絡み合った幾何学の美。
「これは、精霊の印?」
 目を細めて光に見入っていたイルトが答えを口にするとグレンは頷いた。
「そう。これが、そこの男が授かった印。」
 グレンの瞳が壁画の男を一瞥した。
「……」
淡々と語る男の周囲を包む空気は更に虚構の闇を帯び始めていた。イルト達に語る面持ちに一見の変化はないのだが、言葉を進めていくほどに彼に纏う空気に重みが増しているように感じる。
「これは、聖地の心臓の一部分だそうだよ」
 壁、床、天井とも全てが印に覆い尽くされていたあの空間。一体あれのどこが中心部分なのか、イルトには欠片も思い出せない。
「一部分?」
苦いものを飲み込むように「どの部分だ…」と口の中で呟きながらもまた目を凝らすが、どうしたって思い出せるものでもなかっが、恐らくそんな事はさして重要な事ではないのだろう。
 グレンの灰色の笑みと共に、白銀と黄金が交互に浮かび上がっていた光が徐々に輝きを失い手のひらに吸い込まれるように消えていった。光を吸い込んだ手を胸元に当ててグレンは数度そこを叩く。ちょうど、心臓の上を覆う骨と皮膚の―。
「これが今は、―私の「ここ」の中に刻まれている」
 聖地の―
(…心…臓……)
 無意識に口が動いた。声にはならなかったがイルトは思わず手の甲で口元を隠す。
「繋がってるって…」
 イルトの視線が壁画の人物に向く。
 聖地の心臓から伸ばされた枝葉が男の体の中心へと繋がっている。鎖に呪縛されている様にも見えた。
 印により物理的に聖地の心臓と一体となっている人間。
「そう。三百五十年前、あの壁画の男が最初にこの印を受けたのが始まりだ」
 まだ血で汚れたグレンの指先が触れた布地に、紅の跡が残っていた。
まるで心臓のように、布地に紅が滲んでいる。
 恐る恐るイルトは己の手のひらを見る。皮膚と完全に同化している防人の印がある。アムリの手に宿った印も、同じように肌と一体となっており、己の血肉が呼吸と共に脈打つ皮膚に溶け込んだそれはまるでそこだけ別の生き物のようだと感じた事を思い出す。
 その精霊の印が、体の中に―?
「その印にはどのような力が?」
 粒子の光は完全に消え去ったが、アムリの視はどこか名残惜しそうにグレンの胸元と手元のあたりを見つめている。彼女の言葉はイルトの疑問を代弁していた。
「うん―…」
 グレンの口から漏れてきた不明瞭な言葉にイルトは違和感を覚える。常に瞳に不安定な影を見せていたが、言に淀みはなく明瞭で確かだったのだが。
 壁画を見つめるグレンの横顔には全ての感情が相殺された、途方もない「無」だけが上塗りされていた。
「これをどう説明するべきか、毎回迷うんだ」
 照れ笑いに似た苦笑を口角に浮かべる。
 一般的に、精霊の印が保持者にもたらす力は、森羅万象の具現物である。
 分かりやすいのが火水などの元素を司る精霊の印で、風を司る精霊の印であるなら、風を。火なら火を、人がその手に扱う事が可能となる。物質を司る精霊の印である場合はその物質が持つ特性の具現化であったり、その物質を思うままに変質させる力を得る事が多い。
 一方で、防人の印や呼子の印のように万象万物の具現ではなく、特定の役割における役命遂行に必要となる能力を授かる類も多い。古史に所縁深い土地によく見られた。
「この印を受けても、君たちが意味するところの「力」は何も得ない。護る力も、攻める力もこの印はもたらさない」
「?」
 また謎掛けを試されているのかとイルトは次の言葉を躊躇う。
「ここからは推測でしかないから、それを承知で聞いて欲しい」
「推…測?」
 全く予測外な応えにイルトはまともにグレンを見やってしまう。だが正面の男が湛える面持ちに揺れは無かった。長を振り返り明確な言葉を求めるが、そこに答えはなくただ数歩分の距離の向こうに立つ姿があるだけだ。
「知人に何人か、精霊印に詳しい人間がいてね」
 壁画に手を添えてグレンは祠の上に立つ人物画を見上げる。
「だがしかしそのいずれも私が持つ印の意味について解明に至らなかった。」
 だからこの印には名前がない。
 彼はそう静かに笑みを口端に仄めかせると添えていた手の指先で再び壁画の人物を示した。
「この人物の名前はグレン・ノースクリフという。三百五十年前、グレリオ出身の母親と、セントラル出身の父親との間に生を受けた」
「グレン…」
 ノースクリフという姓は、セントラル方面の出身者である事が伺える。グレンの名も、歴史書に頻出する名である事からアリタスでは男子によく名づけられるものだがー

―この方の御名はグレン・ノースクリフ殿。
いや、グレン・イーザー閣下とお呼びした方が…お前達にも聞き覚えがあるだろう―

「―あ?」
 靄に包まれたような過去の声が脳裏に彷発するのと、
「私の事だ」
 彼が答えを声にしたのはほぼ同時の事だった。
 三百五十年前、このグレリオに生を受けた凡庸な男。
 その年月が示す嵩を、イルトには測り知る事ができないのは当然の事だった。
「十五までグレリオの初頭教育を受け、その後セントラルへ移住し士官学校を経て国軍に入隊。当時はまだ内戦が頻発しており同時にライザが威嚇攻撃を仄めかすようになった頃だった」
「えっ―と…」
 さながら原稿が頭から抜けてしまった哀れな演説家のように。イルトの視は泳ぎ、言葉にも感嘆にもならない音が喉から漏れるだけ。
「運良く戦績を重ねて若年のうちに佐官に昇格。印を授かったのはその頃だったと思う。」
 グレンの講義調はイルトやアムリを完全に置き去りにして進む。
 ショートしそうなイルトの頭が導き出した単語は、
「あんた……」
 不老不死?
 子供が好む伝奇小説でそんな単語を目にした事があったように思う。それを口に出してみると、小さな苦笑の後に「それであれば説明に楽なのだが」と独言を溢してゆっくりと首を横に振る事での否定が返ってくる。
「ところがグレン・ノースクリフはそれから間もなく戦死している。享年三十二歳。アリタスノヴァス暦四十年没。」
 アリタスノヴァス暦は、当時の総統レイドルフ・ノヴァスから借名したものであり、就任期間中の総統姓名を用いるアリタス固有の暦の一つだ。
「え、死ん…え?」
 あまりに他人事のように流されてイルトは返答に窮困する。
「だからこの印は不老不死をもたらす訳ではないようだ」
 彼の言葉通り、幾ら非現実的であろうといっそ「不老不死」とでも言ってくれた方が九割がたの辻褄が合っていた筈なのだ。混迷が上乗せされただけでイルトは頭を抱えたい気分に陥った。
 一瞬、グレンは脳裏で何かを紐解くように間を置いて、
「国軍西部管区司令官中将レネス・アイゼンフェルト、アリタスフェムト暦二十二年没。執政院軍略顧問グレン・ヒースロー、アリタスイーグル暦五年没」
 指を一つ一つ折りながら、どこかで耳にした事のある名前を羅列し始めた。
「国軍名誉顧問グレン・ヴィット、アリタスフォードリック暦三十二年没」
 教育機関の歴史資料にも名を連ねる国の英傑達だ。いずれもセントラル市内に像が立っている。その面々はグレリオ及びその衛星町村出身という事もあり、グレリオ一帯の初等教育機関では必ず彼らの名を耳にする機会に面する。イルトにも、聞き覚えがあった。
「そして最も近年にはグレンビル・アルベール最高軍事顧問、アリタスソルヴェグ暦二十三年没。これらは、この印を受け継いだ面々の名だ」
「全員名前を聞いたことがある」
 イルトの言葉にグレンの口が「お」の字を模った後、どこか嬉しげに口角が僅かに上げられ目許が細められた。
「光栄だよ」
 その意味を理解するのに数秒を要し、そして気付く。もう何度この一日だけで思い浮かべたかわからない言葉をイルトは再び呟く事となる。
「まさか」と。
 頷きが返った。
「全て、私の事だ」
「は…?」
 自ずと同一の答えを導かせていたものの、イルトはそう声を裏返して問い返す他なかった。
「私はね、これまで六度、この印と共に死んでいる。」
「………」
「今のグレン・イーザーは、私にとってこの印と共に生きる七度目の人生なんだ」
 驚愕という行為は非常に体力を消耗するのだと、この日イルトは短い十八年の人生の中で悟ったのだった。
 目の前の男は、初めて出遭った時と同じ空気のような面持ちでイルトの様子を眺めていた。





ACT6-9⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。