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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT6-7
07

 確かに自分の足で歩いてきたはずなのだが、
 あれからどう歩いたのか、
 どんな言葉を交わしたのか、
 どんな風景を見たのか記憶になく、
 気がついたらイルトは村の館、応接に用いる部屋の中央に置かれたソファに背を預けて座っていた。
 霧中を彷徨っていたような、頭の中が晴れない感覚のまま、それでも今目の前に移る景色はやけに鮮明に見えた。今まで気付かなかった壁の染みや、些細な壁の向こう側の音も耳が捕らえている。
「………」
 指を動かす。握りこんで手のひらを指先で撫でてみるが、違和感がない。
 手のひらを返してみて、初めて目に飛び込んでくる印。イルトはそれをしげしげと見つめた。
(どういう仕組みなんだろうな)
 と些細な事を考え出す。
 手のひらに「刻まれている」印。だからといって本当に傷となって刻まれているのでもなく、火傷のように肌に焦げ付いているのでもなく。ためしに指先で擦ってみる。服にもこすり付けてみる。当然ながら、消える様子はない。
(防人の…)
 口元で呟くと、突如記憶が数時間前に飛んだ。

―それは防人の印だ、イルト
 長の声。

 空間を見渡せる場所に立つ長の声が耳に心地よく響く。
「防人の…」
 イルトは砂の中心に腰を下ろしたままだった。
「遠き昔はこのグレリオの地を守護する防人が力を授かると同時に受け継ぐ印。元来は聖地の番人をするための印だった」
 杖を握る長の手が壁と天井を指し示した。薄い暗がりで気付かなかったが、壁一面に壁画が描かれ、天井には天上絵が描かれている。いずれも長い年月による風化が刻み付けた絵画を曇らせていたが、古の聖地グレリオの歴史を物語っているのだと理解するには十分に鮮明だった。
 壁画の始まりは長が立っている入り口付近のすぐ左後方にある。塔のように巨大な寺院と思われる建造物が描かれていた。寺院の壁には小さな模様が描かれている。その前に仁王立ちになる若者がいる。片手に身の丈より長い棒を携えていた。忍び寄る災いを防人の印が与えた力で退け、聖地に身を潜める弱気者達より感謝されている姿。
 塔の周辺は羽を生やした精霊と思われる神々の姿が描かれており、グレリオの様子を天上より見守っている。
 連続絵巻のように物語が続く壁画の最後は、壁の中央にあった。ちょうどグレンが立つ位置から右後方にある。塔の姿はなく、祠となった寺院跡、ちょうど今のグレリオに似た風景が描かれている。祠の上下左右を四角く覆う複雑な模様が描かれており、それが先ほどキルマイト鉱脈で見た巨大な印であると知る。その上に一人の若者が立ち、片手を前方にかざしている。防人の男はその指先を見上げて、変わらず身の丈より高い棒を手に祠の前に仁王立ちになっていた。
「……でも今は…」
 グレリオが「聖地」の冠詞を失くしてから幾百年もの時が過ぎている。かつては聖地に数十、数百といたといわれている「防人」の役職も、今の時代においてその存在は目にした事がなかった。
「数百年の時間を経て、防人の印は変化を遂げた。」
「印が変化する…?」
「現存する防人は一人だ。」
 この地が番人組織を必要としなくなったからなのだろうか。
 呟かれたアムリの問いに直接は答えず、長は小さな頷きをもって言葉を繋いだ。
「ライズは…お前達の父は防人の印を使命印として叔父にあたる人間から授かった」
 使命印。この世に生を受けた瞬間から印を授かる天啓印とは異なり、年を重ねてから印を授かる・印が体に現われるケースを示す。
「精霊印を受け継ぐ……姉さんが受け継いだ印のように?」
「防人の印も不動印種なのだよ。ただ呼び子の印は天啓印だ。」
 学術的分類上、印は様々な分類法によりその種類が分類される。
宿り方の種類による分類の呼称が「天啓」「使命」「押印」である事は既述である。
その威力・内容により分類される呼称、これが最も多く、事実上数えるのが困難なもの。
 そしてもう一つ。「陽動印種」と「不動印種」という分類だ。これは宿り主の継承に関する分類を示す。
 陽動は継承の概念がなく、印が宿り主をきめる基準は定められていない。印保持者を輩出していない家系や集団の中に突如として印保持者が現われる場合。反して不動は一定の血筋や役割を担う同一属性の者に印を継承・遺伝させていく性質を持つ印が分類される。
「俺は父さんからこれをこの場で引き継いだって事か………」
「ライズは」
 長が深い息をつくイルトの元に歩み寄る。粉々に砕け散った像の残骸の元に立ち止まり、砂となったそれを見つめた。
「ようやく、お前に印を継承して『只人』に戻れたのだ」
「……え……―」
 イルトは踏みしめていた砂から思わず足を離して身を翻す。まだ覚束ない足取りでバランスを失いかけるがなんとか持ちこたえた。
「私は…―」
 グレンの声が遠慮がちに入ってくる。暗黙に了解が通っているように長はそのまま口を噤む。イルトは自然に視線を声の方に向けた。
「だますような形で君をここに連れてきて悪いと思っている」
「………」
 言葉にはせず、振り向き視線を真っ直ぐ向ける事でその意味を詰問する。
「只人に戻らねば彼の魂は永らくこの墓苑に漂う事になる。こうしなければ、彼を安らかに眠らせてやることが出来なかったんだ。」
 何か言いかけたイルトを制したのは長。
「急ではありましたが…、後継者として全てを語るに好機と存じますぞ」
 再び長の言葉が空気を支配する。
「旧き防人は禁示と罪を犯して只人に戻り、新しき防人はその罪から旧きを滅し印を引き継ぐ。それが防人の印の継承条件なのだよ。防人が只人に戻り天に帰す為には自ら罪を犯すしか方法がないのだ。それを断罪し印を引き継ぐ者がいなければ。」
「俺が父さんを断罪した?」
 イルトは足元を見る。
足の下には砕けた像…―
「父さんが犯した「罪」って…?」
 禁示。振り下ろされる刃。その下にいる男に向けて。無意識に叫んだ言葉。
―滅びよ
「まさか」
 砂を見つめて動かなかったイルトの顔が徐々に上げられ、長を見た。
 理解したい、理解したくない、葛藤が濁りとなってすがるようなイルトの両目に浮かぶ。
「お前はもう分かっているのではないのかね、その印がお前に与えた役割を。墓苑に入る前に何を見たのだ。ライズは何を、お前に見せたのだ?」
 長の静かな言葉にイルトは振り向かなかった。足下に広がる砂がどこからか吹き差して来る風に乗り次第に風化していく様子を見つめている。答えを迷うイルトの言葉を待ち、辺りにしばしの静寂が降りた。
 墓苑に入る前に見えたもの。
 そのうち、ぽつりぽつりと言葉が紡ぎだされる。
「きっと全て父さんの記憶だったんだな」
 自分の声と共に心臓の音がやけに大きく鼓膜にまで響いてくる。
「見えた幻は三つ。どれも深緑地の軍服を着た男が出てきた」
 写真で見たことある、深緑地に黒縁取りが施されたアリタス国軍の高級仕官制式服だった。この国の子供や若者なら、一度は憧れる対象だ。
「一度目と二度目はよく見えなかったけど、三度目ははっきりこの人だと分かった」
 言って、イルトは顔をグレンに向けた。
「死にかけたあんたを目の前にした時…腹が立って仕方なかった」
 「え?」と小さく洩らしたアムリの声。横方向から神妙な面持ちでイルトを見つめているのが分かった。グレンは静かにイルトの様子を見つめている。頬に出来た切り傷から流れる血が頬から顎にかけてを汚しているが、拭き取ろうとする素振りは見せなかった。
「さっきも、危ない、と思った瞬間に激しい怒りを感じた…気がついたら像は粉々だった」
「あれがお前の力なのだよ、イルト」
 防人の印がもたらした新しい力。長に促され、イルトは己の手の平を見つめる。アムリが持つ印とは少し違うが、似ていた。卵のような楕円上を一本の太い線が縦断している。卵の中央には人間の体内を思わせるような、複雑な線の交差がいくつも描かれていた。
「ライズが禁示の刃を彼に向けた。それが防人の「罪」だ。イルト、お前が発したあの力こそ証」
「―証?」
「本来、防人の印は守護すべきものの為、またはそのものが許した場合以外にその力を発揮する事はできない」
「守護すべきものの為…?」
「一喝のもとに防人像を破壊し得たのが何よりの証だ」
 空気に穴が空けられようかという勢いでイルトは目を丸くして長とグレンを交互に見やった。印が刻まれた右手でわなわなとグレンを指差す。
「ちょっと待ってくれよ、防人は聖地の番人なんだろ?それじゃまるで俺がこの人を……なんでこんな怪しい人の事」
「お前は…ことごとく失敬だの」
 呆れて長は杖先で地を叩く。その姿が可笑しかったらしく、アムリが隣で指先を口元にあてて小さな苦笑を堪えている。
「っはは」
 ついにはグレンが声に出して笑い出す始末。顎先にまで達していた血が揺れて水滴となって地面に落ちた。
「………っ」
 それが視界に入ってイルトはこめかみに痛みを感じて目を細める。何故だろう。この男の血を見ていると頭痛がする。笑えなかった。
「確かライズにも昔まったく同じ事を言われましたよ」
 逆にグレンに宥められて長は溜息をつく。
「順をおって説明せねばな」
 そして一つ息を飲み込むと、再び杖で壁を指し示した。
「お前達に見せた、キルマイトの下に守られたあの巨大な印があるだろう。」
 杖の先が指し示すのは、最後の部分に描かれた、巨大な印。
「あれは「聖地の心臓」と呼ばれている」
 その名が示す通りグレリオの中心に息づく、巨大な精霊の拠所。
 王など統治者を持たぬ聖地の聖地たる中庸と秩序を保つべく玉座の代わりに据えられた印とも説されている。
 地の理を成し、生ける者を産み出し、秩序を維持する。
 印が破壊されれば精霊は姿を消し、国は大いなる災いと混乱に蝕まれ破滅の途につくだろう。
 そう伝えられた民達は印を護り続けてきた。
「玉座の代わり…でも今は…」
 アムリが呟いた言葉の通り、アリタスの軍事国家有史以来、首都機能は現在のACCに移され国軍の長たる総統を国の統治者と定め、国が玉座を持つようになって久しい。
 それでも「聖地の心臓」は、墓苑の壁画が示す通り成長と変化を続けていた。印を守護する役目を担う呼子の印も、聖地の番人とされる防人の印も存在し続けている。
 印が有り続ける限り、そこには必ず精霊の「意思」が存在するのだ。
「それってどういう……」
 途方もない方向に話が及ぼうとしているのではないかと、
 イルトは吐き出しかけた溜息を飲み込んだ。






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