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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT6-6
06

 シュテラリオンが消えた方向を見つめるヴィルの視に常と違う色が宿っている事に気付いたジャスミンが横からさりげなく覗き込むと、ふいと彼の視線が逃げた。
 遠吠えが遠ざかる。竜王シュテラリオンが去った後、空が急に開けたような錯覚に陥る。若いシュテラール達も姿を消していた。湿地の水面は落ち着きを取り戻し、辺りにまた静寂が降りる。
「お兄さんを選んだって…どういう事なの?」
 竜達が飛び去って行くのを見送っていたエルリオが振り返りざまに問いを投げかける。言いながらヴィルの面持ちに疲労の色が薄く現れている事に気がついた。
「…この印の事だ」
 ヴィルの手袋をした片手が持ち上げられる。向けられている甲に恐らくは印が刻まれているのだろう。
「この谷の人間はその役割に応じてシュテラリオンから印を授かる。」
「授かる…??」
 ミリアムの目には、エルリオの表情が変わっていくのがよく見えた。ピルケースの中身を見た時のエルリオと、似ていた。幼い子供が新しい興味やおもちゃに目を輝かせる、そんな風に。
「あの竜の王様から?もらうって、どうやって?選ぶ・選ばれる基準ってあるの?という事はあの竜は精霊ってこと?」
「…………」
 矢継ぎ早に質問を浴びせられてヴィルは気抜けしたようにため息を吐き出してから、踵を返した。谷の方に向けて歩き出す。
「天啓印や使命印の「授印条件」という言葉は聞いた事があるか?」
「ん…言葉だけなら。押印技術では使わない言葉なのだけどね」
 押印以外の印が体に表出する場合の条件、という意味で使われている言葉だ。
 押印は押印技術を持つ人間から受けるしか体に宿す方法は存在しない。ただしこれは人により方法は異なり、刺青技術を応用している者が多く、古来は奴隷などに焼印による押印も行われていた場合もあった。
 一方の天啓印や使命印の受け方は様々あり、血筋により特定の印を受け継ぐ場合や、生物の突然変異のように血縁などの脈略なく印が体に現われる場合もある。
「そしてもう一つが、俺たち谷の人間がシュテラリオンから授かった印のように、特定のものが特定の対象に印を与える、受け継がせる場合。これは血筋に拠る場合とそうでない場合もあるらしい。個対個、または個対多の間における、契約のような関係だと思えば良いだろう。専門用語では「不動印種」と呼んで分類するらしいが」
「へぇ…詳しいんだね」
「軍では精霊印研究局付けの尉官という事になっていたからな」
 軍の研究対象は押印一本やりという訳でもないらしい…―とエルリオは一人内心に納得を収める。
「という事は、谷にはお兄さんの他にも印を持つ人たちが大勢いるの?」
「ああ。最も多いのは谷の戦士役が授かる「旋風の印」だろうな」
 風の印の中で、中位にあたる。エルリオが扱える風の印より一段上のものだった。
「ふーん。でも竜王さまの言葉には、お兄さんが特別だって言っていたように聞こえたのだけど」
 「お兄さん」という呼称に若干の違和感を覚えるのか、ヴィルは唇を擦り合わせるようにして口元を歪めるがそれは一瞬の事で、涼しい色を宿した瞳は峰を向いたままだ。
「特別か…」
 コツっと音がしてヴィルの足が止まった。
「ん…?」
 少女達はモスグリーンの背中を見つめる。半歩後ろでジャスミンも足を止めた。
「谷の王シュテラリオンは、谷の人間の中から一人を選んで谷の当主とする。」
「当主?」
「当主に選ばれた人間には「竜王の印」と呼ばれる印が授けられる」
「竜王の印…」
 森羅万象司る原始的な精霊印の一つである。海を荒らし、山をも削ると伝承されていた。
「その印を授かる人は毎回たった一人なの?」
「ああ」
「それが、さっき使っていた印…なの?」
「ああ」
「ふーん…「選んだ」ってそういう事か~」
 「特別」の理由は判明したが、谷では栄誉の証であろう筈の当主の証を授かった当の本人からは不本意な空気が醸し出されている点が不鮮明だった。
「古来より谷の当主は竜王の印と同時に谷を守護し統率する役目を授かる。遠い昔は谷の周囲に存在する脅威に対抗するために」
 しかし、軍事国家として立憲してからの五百年、アリタスは大きく変わった。
 軍事国家アリタスの歴代総統は国内紛争の弾圧を徹底してきた。特に初代から五代目にかけて、つまり軍事国家としてのアリタス誕生からの約百年、国軍は総統をピラミッドの頂点としあらゆる国内勢力の平定を進め、アリタス国内の基礎体力作りに尽力した。
 その結果、かつて乾いた大地シュトル周辺に存在していた三つの勢力は、統一戦争を経てシュテラール・バレーの名の下に統一されたという。
「古典神話で読んだことあるよ。大昔この辺りには、天に棲む竜の谷と、地に棲む竜の谷と、沼に棲む竜の谷との三つの大渓谷が存在していたって」
 とエルリオ。学園の図書館で目にした事のあった豪華装丁版の神話シリーズだったと記憶している。ところどころカラー印刷された挿絵の美しさが印象に残っている。谷の竜を描いた章では、まさにシュテラリオンのような巨大竜が描かれていた。ヴィルがここまで詳細を語るのも、隠蔽の必要もない史実として記されている事柄だからだ。
「元々各谷の当主は、残る二つの谷の脅威から己の谷を守護するために印を受け継いでいた。しかし谷が統一されてからその形式は変化している。」
 谷が歴史的意義の下に平定されて久しい。
「…じゃぁ昨今の当主様って何が仕事なわけ?」
 全く邪気の無いエルリオの様子を肩越しに一瞥してヴィルは「羨ましい性格の娘だ」とジャスミンに洩らしたとか洩らさなかったとか。
 あえてヴィルが軍役した理由がそこにあるのだろうか。しかし現に彼は谷に身を戻している。彼が谷に戻った理由を考えた。妹と呼んでいたメロウの存在が第一に思い浮かんだが、
「退役して谷に戻ったのは、何か責務ができたから?当主としての何か」
 さすがにそれを口にするのが少し躊躇われて、別の質問をする事で遠まわしに問うた。
 木板を進む足音が再び、ヴィルの苦笑と共に響いてきた。湿地に敷かれた長い蛇線の木板の橋をようやく半分ほど渡り終えたところ。
「―いや」
 霞かかっていた向こう岸の様子が陽炎のように薄らと前方に見え始めていた。僅かに動く人影が複数見受けられる。
「谷に戻るまで俺は、谷にとって大勢の戦士役の一人にあたる旋風の印保持者だった。竜王の印を受けたのは谷に戻ってからだ」
「あ…そうなんだ」
 思っていたよりも最近の事だな。
 何の気なしに応えた後、モスグリーンの背中に冷たい影が差し込んだ気配を感じ、エルリオは次の言葉を飲み込んだ。
「谷に戻った理由はバスクスだ。シュトル周辺に谷の人間を組織的に狙った精霊狩りが続出するようになったと、アリタス中に散っていた印保持者達に帰郷が布告された」
「なるほど…」
 シュトル周辺は精霊狩りにとって絶好の「狩場」という事だったのだろうか。いわゆる「群れ」を襲うだけの組織力である事がうかがえる。となると妹が被害者の一人であり、彼女を取り戻すために谷に戻ったのだろうか。
「あの……とても失礼な事だと承知で…おうかがいしたい事があります」
 静寂を保ったまま後方についていたミリアムから、ぽつりと呟きのような言葉が漂ってきた。前方を歩く三人分の視線が一斉に振り向くと、小さな肩が怯えた風に動く。
「ヴィルさんが…その印を授かったのは……」
 ここで言葉が途切れる。喉元で躊躇が邪魔をしているのだろう。
「いいから」とヴィルが短く促した。
「妹さんを…精霊狩りから救う為なのでしょうか」
 エルリオはミリアムの意図を読み取れず、じっと彼女の横顔を見詰めていた。ヴィルの顔色に変化はない。ミリアムの質問に対して二度首を横に振った。
「印を受ける側に選択権は無い。誰にどの印を与えるかは全てシュテラリオンの選定によるものだから」
 答えるヴィルの声に揺れはない。
「あ…すみません、そういう意味ではなくて…えっと…」
 白い小さな指先で唇をニ、三度触れながらミリアムは賢明に言葉を捜す。
「例えば…もうお気づきかと思うのですが…私も印保持者です。生まれたときに既にあったと聞いたので、天啓印です。血脈によって受け継がれる物のようです」
「そのようだな」
 印保持者は印保持者の気配を知るという。
 出会った時から、あるいはその前から、エルリオには気付くことの無い何かをこの両者は互いに感じ取っていたのだろう。
「これも…人に聞いた話なのですが…、私の血脈が受け継ぐ印は同じ形をしているにも関わらず、持っている力の内容が少しずつ異なっていたようなのです」
 ミリアムを遺してライザ皇族が整粛された今となっては確かめようがないが。
「………」
 ここでジャスミンの瞳に若干の反応が浮かぶ。瞳だけでヴィルを見やり、そしてまたミリアムを見やった。
「私、父も母も知りませんが、両親を知る者から聞いた話によれば、私が持つ印と母が持つ印は形が同じであるにも関わらず、その内容は違っていたと。その人物にとって最も必要になるであろう力を宿すのだと」
「……あまり耳にしない事例だな」
 ミリアムが言う「両親を知る者」はシェファルトの事だろうか。それとも供に暮らしていたという後見人のグレンという人物の事だろうか。後で尋ねてみようと、エルリオは質問を胸に仕舞った。
「それで私、ずっと考えていました。精霊神が人間に与える天啓印や使命印には…、精霊神の意思によって与えられている物なら、そこに何かの意味があるはずなのだろうと。それで…―」
「訊きたい事は分かった」
 言葉を変えて問い直そうとしたミリアムの弱弱しい語尾にヴィルの短い返答が重なる。ミリアムの意図が分かりかねているエルリオはしげしげと両者の間で視線を泳がせた。
「だがシュテラリオンは、メロウを救う目的で俺に印を授けたのではない」
「………そう、ですか…」と俯いたミリアムの瞳は曇っていた。
「でも」
 と何か思いついたように再び白い顔が上げられる。
「きっと『意味』の一つだとは思うんです。」
「違うな」
 短く切り捨てられる。エルリオはヴィルの返答に違和感を覚えた。精霊狩りという外部の敵から谷を守護するのが当主の役割なら、ミリアムの言葉を否定する謂れは無い筈だ。
「むしろ、逆だ」
「逆?」
 ヴィルの語尾に影がかかる。傍らに立つジャスミンは面持ちに影を敷いて主の様子を窺っていた。
「俺がこの印を受け継いだ為に…」
 低く呟かれるヴィルの言葉。
「妹は精霊狩りの…奴の手に堕ちた。」
「……」
 意識と行動を封じられ、印保持者を探知する「羅針盤」として生かされていた妹。エルリオやミリアムと年の変わらない少女だった。
「それどころか俺は…あまりに多くの者を失いすぎた…」
 ―案ずるな。我はお前を選んだのだから
 大いなる翼を持つ竜王、シュテラリオンの言葉を思い出す。
(選んだって、そういう事……)
 遠い上空を飛び交う若い竜達の影を見つめながらエルリオは意識の中でシュテラリオンの言葉を反芻した。
 印にこめられた精霊神の「意思」。
 それは「押印」には有り得ない要素。
 そこに本当に明確な意味があるとすれば、シュテラリオンがヴィルに印を与えた理由、ミリアムの持つ印の能力の意味とは何なのか―。
 エルリオには計りきれなかった。
 ―……さま!
「………っえ…」
 突如頬にしびれるような感覚を感じてミリアムは顔を上げた。
 前方には、ヴィル。
触れれば凄まじい力で弾かれそうな、空気に触れるヴィルの肌の表面から電気が立ち昇っているような近寄りがたい気配が一瞬現われて、すぐに消えた。その気配と同時に脳を劈くように少女の声が金切り音のごとく、ミリアムの思考を通り過ぎる。
(今のは……何…?)
 痛みを感じた頬に指先を当てる。じんわりと汗が浮かんでいた。
 ―…れは押印技術を…
 ―兄さま!
 ―解放せよ
「………」
 また声が通り過ぎた。
 瞬きも忘れてヴィルの背中を凝視する。また、そこから先ほどの気配が、抑え切れぬ怒りのごとくにじみ出ては消えてを繰り返していた。
(これは……ヴィルさんが今考えている事、思い出している事…?)
 体に触れなければ読み取ることが不可能なはずの思考が、何故だか脳裏に流れてくる。それは断片的なもので酷く不鮮明だが、抑え込もうとして漏れ出してくるヴィルの感情の波と共にミリアムに触れてくるのだ。
「もしかしたら私……」
「どうしたの?」
 ミリアムの異変に気がつきエルリオが声をかけるが、驚愕に見開かれた瞳はヴィルの背中から離れない。視線を追ってエルリオがヴィルに目を向けると、
「………ヴィルさん」
 一歩後方に引いていたミリアムがエルリオの脇をすり抜けた。黒く染めた柔らかく長い髪の毛が綿菓子のように空気にふわりと漂い過ぎて行く。「え」と思う間もなくミリアムはヴィルの元に小走りで駆け寄り、あと一歩、手を伸ばせば触れられる距離まで詰め寄った。
 ミリアムはじっとヴィルを見上げる。
―……めろ!
 ―…行くな、もうだめだ!
 ―お前でなければならない…
 ―…を与えよう
 雑音のように次々と不鮮明な音が、映像が脳裏に飛び込んできた。
「…どうした?」
 突き刺ささんばかりに真っ直ぐと見つめてくるミリアムにヴィルは若干の戸惑いを声に含ませた。それと同時に彼の内面から漏れていた怒りの気配が急激に引いていくのが感じられる。引いていく波のようにヴィルから読み取れる記憶も消え去ろうとしていた。
「待って……消えちゃう…」
 思わず手を差し伸べる。
「一体何が…」
 ヴィルが訝しげに目を細め、少女の差し伸べる手をとった瞬間だった。
「!」
 ―あの力は
 ―印の気配が
 ―押い…―
 ―印…兵器――
 ―シュテラリオンが
 ―契約を
 次々と流れ込む記憶の洪水。舞い降りる巨大な竜、掲げられる槍の波、印、血、伸ばした手、指先、爆発―
 その中に一瞬、唯一ミリアムが知る「何か」が過ぎった。
「あ………」
「やめろ!!」
 靴底が木板を激しく打ち付ける音が響いた。同時に白光が爆発した。
「ミリアム!」
「ヴィル様…っ」
 音と幻影が途切れた。
 エルリオとジャスミンの目前で、ヴィルはミリアムから腕を振り解くと弾かれるように数歩後ろにバランスを崩しながら後退する。ミリアムはその場にぺたんと尻餅をつくとそのまま背中から木板の上に転がった。危うく水辺に落ちかけてエルリオが咄嗟に袖を引く。
「今…何をした……」
 こめかみを押さえて大きく呼吸をするヴィル。重点の定まらない体を支えようと手を伸ばしかけるジャスミンを制してヴィルは前に歩を進めた。
(ヴィルさんの思考を読んだ…)
 ミリアムの体を支えながらエルリオは不自然な汗を浮かべるヴィルの面持ちを見上げた。谷に来るまでにミリアムが内密にヴィルの思考を読み取った時と異なりすぎている。彼の様子はまさに変化の印を打ち破られた時の自分と、同じ反応だった。意識の深遠に異質なるものが侵入してくる、あの違和感と不快感と恐怖を、エルリオは忘れていない。
「ごめんなさい……そんなつもりでは…」
険しい面持ちを見せるヴィルに、木板に座り込んだミリアムは一瞬その白い顔に恐怖を浮かべたが、下唇を噛んで見上げる視線を向ける。ヴィルの足が止まった。ミリアムに触れた自分の手を見る。
「俺が触れたからか……」
 こめかみをおさえていたヴィルの手が不快な汗を拭う。重たい頭痛は消えていたが、まだ夢うつつを彷徨っているように足下の感覚が軽かった。
「何か見たんだな?」
「…………」
恐る恐る首を数回縦に振るミリアム。胸元に添えて組んだ両手が小刻みに震えていた。
「それが、帝国の一族に継承される印の力なのか?」
「え…っ」
 エルリオが腰を浮かせて構え、ポケットの中からキューが顔を覗かせ、ミリアムは肩を大きく震わせた。
「指名手配書を見た事があるの」
 ヴィルの背後からジャスミンが静かに答える。目許は穏やかだった。
「…知っていて、私達を谷に入れる事を許してくれたの?」
 警戒を表す低い体制からエルリオはジャスミンを見上げる。
「いずれであったとしても…こうなっている事には変わりは無かったと思うわ」
 どういう事だ、とでも言いたそうにヴィルがジャスミンを振り向いた。黒髪の女部下は微笑んで頷きを返す。視線でエルリオを示すと、
「ヴィル様、指名手配書にあった名前は「エルリオ・グレンデール」。」
 短く言い放つ。
「この子、やはり押印師グレンデールの娘と思われます」
「な…」
 エルリオが驚愕の声をあげる一方で、
「………シュテラリオンの言葉は本当のようだな」
 ヴィル・レストムの声は平坦だった。
 そして傍らのミリアムは、
「…………」
口元に片手の指先を添えてヴィルを見上げていた。





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