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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT6-4
04

 橋を渡り、墨絵のような峰が聳える景色へと進んでいく。竜の飛影が上空を交差していき、足下にいくつもの影を落としていく。それでなくとも、地面は歩を進めるごとに湿気のために土色が濃度を増してきている。まるで闇の中を歩いているようだった。
 そんな時、エルリオ達は竜翼谷に入って初めて、自分達以外の人間を見た。
片手に長槍を持ち、草陰へと踏み入る小道の前に立っている門番。
「お帰りなさいませ」
 ヴィルの姿を見止めて男達が槍の柄で地を一度突き、礼を向けた。ジャスミンの事は既に見知っているようで、同じように礼を向けた後、後ろについて歩く小さな人影二人に気付き「ん?」と声を洩らしていた。
「俺の客人だ。気にするな」
「はぁ」
 外からやってきた子供がそんなに珍しいか、長槍の男達は無遠慮な視線を二人に向ける。エルリオは念のために愛想笑いを一つ向けておいた。
「それから―」
 通り過ぎようとした足を止めてヴィルは首だけ僅かに振り返った。
「軍の人間が谷にやってくるかもしれない。その時は報せてくれ。」
「了解しました。何かあったのですか」
「恐らく列車事故の聞き込みで来るのだろう」
「わかりました」
 慣れた風で長槍の男は最低限の質問だけで命令を了承した。
 竜翼谷の一族は、明るい金髪が特徴的だ。そして全体的に細身の人間が多い。ヴィルもそうだが、長槍の男二人も似ていた。
「……」
 だが一歩遅れて後方を歩くジャスミンは、細身ではあるが黒髪に黒い瞳。明らかに谷の人間とは血筋が違うと分かる。
「なぁに?」
 エルリオとミリアムの視線に気がついてジャスミンは微笑む。バイクを暴走させ銃を乱射させる姿からは想像できないが、子供には優しかった。
「ジャスミンさんはヴィルさんとどういう関係なの?」
 そんなエルリオの質問に一番驚いたのはミリアムで、
「エルリオさん…ストレートすぎます!」
 人形のような整った顔を困った形にゆがめてエルリオを窘めてくる。白い頬が赤く色づくのが薄暗がりの中でも分かった。美人は怒っても美人て本当だなとエルリオはぼんやりどこかで思っていた。
 ジャスミンはエルリオの言葉に気を悪くした様子もなく、小さく首をかしげて笑っていた。
「私はヴィル様の部下よ」
「軍を退役しているのに?」
 この質問に他意はなく、エルリオは自然に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「ええ。今も部下なの」
 その花の名前に相応しい可憐な笑みが返ってきて、最初の笑みと明らかに質が違うことに気がつく。エルリオはまた「例の」笑みを浮かべて隣を歩くミリアムの腕を肘で小突いた。
『ダメですよ…』
『いいからいいから!』
『プライバシーの問題ですよ!?』
『関係ない関係ない』
「?」
 歩を進めながらヴィルも肩越しに振り返る。ジャスミンや彼には、少女二人が耳打ちしあいながらじゃれているようにしか見えないが、実のところかなりヨコシマな企みごとだとは知る由もない。
『情報にできる事は何でも仕入れておく』
『…えぇ?』
『この人たちが本当に私達の味方となり得るのかまだ分からないでしょ?』
『………』
 言葉が冷たい水となって頭から降った。胸のうちがさーっと冷たくなってミリアムは言葉を失う。浮かれられる旅ではないのだと、目を覚まさせられた気分になる。穏やかそうに見えるおさげ髪の外貌の中に常に張り巡らされている警戒と緊張の糸を垣間見た。
「あ!」
 突然、エルリオの体が傾いだ。小さな声と共にがくりと体が沈む。転びかけたスキにポケットの中で半分眠っていたキューを素早く取り出すと後方に放り出したのである。石が多く緩急があり歩行に困難な道ではあるが、ミリアムには故意としか見えようがなかった。
「きあああ」
 憐れな声をあげてキューがジャスミンの足下に転がっていった。彼女の手がキューを拾い上げる。土汚れがついた白い体を細い指先ではたき始めた。されるがままに大人しくしている白い縫いぐるみの瞳がじっとジャスミンを見つめている。
『もらってきて』
「は、はい…っ」
 悪魔的微笑を含んだエルリオの一睨みに背中を押されてミリアムがジャスミンの元に駆け寄った。珍しげにキューをしげしげと眺めていたジャスミンは、恐る恐る歩み寄るミリアムに「はい」と白い縫いぐるみを差し出した。
「……ありがとうございます…」
 受け取るために差し出した手に少しの勇気を加えて、ジャスミンの指先に触れた。
「…………」
「……………どうしたの?」
 キューを挟んで指先が僅かに触れ合った状態のまま動きを止めたミリアムにジャスミンは首を傾げて下から覗き込む。少女の銀色に似たグレーの瞳が白いぬいぐるみに向いたまま動かない。
「…あ、」
 とすぐ後に反応が戻りミリアムは改めて礼を言ってキューを両手で受け取るとジャスミンから離れていった。足についた土を払いながら立ち上がるエルリオの元に駆け寄っていった。
「ありがと」
 微笑んでキューを受け取り再びポケットに仕舞う。
「行くぞ」
 やりとりをずっと無言で眺めていたヴィルが再び踵を返す。エルリオ達もそれに続いた。ミリアムは考え込んだように斜め下に視線を向けたまま。
(……何か見えちゃったのかな…)
 聞き出すタイミングをいつにするか考えつつも、強引すぎたかなとも少し思いながらエルリオは再び歩き出した。遠い上空では相変わらず飛竜の影が次々と交差していき、束ねたおさげを揺らす程度の弱いつむじ風が転がっては消えていた。
 前を歩くヴィルの背中を見ながら、列車を崩壊させた彼の印が持つ力について考える。印はどこに刻まれているのだろう、天啓印なのだろうか、使命印なのだろうか、あれを押印技術で使える人間はいるのだろうか、父ワイヴァンなら扱えるのだろうか、など、とにかくたくさんの事を考えていた。
 父ワイヴァンを亡くしてから、エルリオは一度に多くのことを考える癖がついた。
 そうしていれば、余計なことを考えなくてもいいから。
「………」
 ヴィルが三度目に空を見上げた時、「何か?」と後方からジャスミンの声が飛んだ。
 薄墨で描かれたような峰が大きく近づくほどに歩を進めた頃、ヴィルが二度、三度と空を見上げる様になったのだ。つられてエルリオ達も空を見る。峰の上から別の峰の上へと、飛竜たちが飛び交っている様子は先ほどから変わらないのだが。
「いつもよりも数が多い。それに少し高ぶっている」
「……」
 言われて改めてジャスミンが空を見上げる。違いが分からなかったようで、東西南北へと視線をめぐらせたが釈然たる反応はなかった。
「―来るかもしれないな」
 再び視線を前方に戻しながら呟いたヴィルの言葉。
「何が「来る」んですか?」
 さりげなくすぐ後方を歩くジャスミンにエルリオが尋ねてみるが、彼女は「さあ…何だろう」と柔らかく笑って首を横に振った。おそらく嘘を吐いていると気付いているものの、それ以上言及はしなかった。
 岩と土くれの道から、湿地帯へと入る。横切る川のように長く広がる湿地帯には木板による渡り道が設けられており、蛇線を描きながら薄墨の峰の元へと延びていた。板の上を歩くと小気味良い音がする。水気のある湿地と板の間にある僅かな空間に音が反響しあう。
 水辺には所々に毬藻が浮かんでおり、空からの風が水流を起こしてまるで生き物であるかのように毬藻や浮葉らを泳がせている。「きれーい」など時々黄色い声を上げて少女二人は水面を眺めながら歩く。キューは水面に振り落とされないよう必死にポケットの中で踏ん張っていた。水なんぞ含んだらそれこそ命とりなのだから。
「水が鏡みたいに綺麗」
 ミリアムがしゃがみ込んで恐る恐る指先を水に触れさせた。あまりに水面が静かで、凍っているのかと錯覚するほどだ。細く白い指先が水面に触れると、小さな波紋が生まれて大きくなることなく消えていく。
「生き物はいないのかな」
「水を口に含まないほうがいい」
 少し先を歩いていたヴィルが振り返る。
「子供じゃあるまいし、飲まないわよっ」
 エルリオが口を膨らまして反論するが、
「…どうだか」
 と冷ややかに苦笑するヴィルの視線を追って足下をみると、
「そうなのですか?」
 と、水をすくった手を口元に持って行きかけていたミリアムと目が合った。
「ちょっと!旅先でむやみに水や植物を口にするんじゃないのっ!」
「ご、ごめんなさい…でもこんなに綺麗なお水なのに」
「見た目が綺麗でもコップ一杯に大腸菌やらが何万匹といる場合もあるんだよ」
 とキューがポケットの中から補足する。
「何万…すごくお腹を壊してしまいますね…」
「…………ソウダネ」
 エルリオはがっくりと肩を落として心底気疲れした様子だ。
 二人と一匹のやりとりを眺めながらジャスミンは「アウトドアは苦手なの?」と口元に手をあてて笑っている。
「大腸菌がいるかは分からないが、ここの水は『竜の澱(よど)』と呼ばれていて少々酸が強い。一瞬触れる分にはかまわないが、長く肌を浸せば低温火傷のような状態になるから、よく手も拭いておいたほうが良い」
 少し先方に立ったままのヴィルは腕組みをして少女たちが歩き出すのを待っていた。
「よど?」
 とミリアム。
「ヨダレのことだね」
 とエルリオ。
「………よだ…」
 それを聞いて手に掬っていた水を慌ててこぼしてミリアムはハンカチで手を拭ったのであった。







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