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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT6-2
02

「く…」
 かぶりを振って立ち上がると、汗は引かないが眩暈は消えていた。直線上に、グレン・イーザーの姿が見える。イルトは一歩、彼に近づいた。
「あ…」
 背中に当てられたアムリの手が離れていく。
「いたんだ」
「?何が…」
 それが、イルトがまっすぐ見据える先にいる人物グレン・イーザーだと分かる。
「墓苑が見せた幻にあいつがいたんだ…、軍服を着ていた。俺を、『ライズ』と呼んでいた、それで…」
「あなたの事を父さんの名前で…?」
 軽い驚きが混在したアムリの声。
 それを背中で聞きながらイルトは更に歩をすすめてグレンに近づいた。数歩前方にて無言のグレンは、微動だにせずその様子を見ている。
「あんた…」
 呟きながらグレンにまた一歩、近づいた。血の匂いがしないか、くんと鼻で一息吸い込む。息をしているか、胸郭あたりを見る。鼓動で僅かに動いているのを見止めて何故か安堵する。
「生きてるよな?」
 グレンは一瞬戸惑う面持ちを見せたが、寸時後にはまた表情を戻して頷いた。
「……生きているよ」
「イルト…何言って…」
 再び背中にアムリの手の感触。ぬくもりを持った掌のはずが、汗で濡れた背中に衣服が密着して、冷たい感触がした。
 グレンとイルトの間で足を止めていた長は、一度イルトの目を見やった後、再びグレンを振り返った。その視線を受けてグレンは深く、深く息を吐いてから頷いた。
「くるかい?」
 体を半分墓苑の方角に向けてグレンが問うた。徐にあげた腕が指が、墓苑の入り口を指し示す。
(……!)
 風に翻る外套、コート。光を反射させて輝く徽章。目深に被られた軍帽。白手袋が覆う指先が指し示す、「道」。開かれた口が、命を下す。
 また一瞬現われて、そして去っていった幻。だけど逆光の中に立つ男のシルエットはそのままそこに、存在している。
「…行く」
 短く応えて三度、イルトはかぶりを振って歩を進めた。
 父がそこで、待っているのだから。

 石柱の門をくぐると、まだ野外であるにも関わらず空気が急激に冷えていくのが感じられた。砦のような厳しさのある祠の入り口は重たそうな石の門が口を閉じており、開け口に小さな円陣らしき模様が描かれていた。
 長に促されてアムリが門の前に立つ。掌を印の上に掲げると、焼け付いたような色の印がアムリがかざした掌の印と同調するように光を宿らせた。
 石と石が擦れ合う重たい音をたてながら石の扉が左右に道を開けて一行を内部へ誘う。入り口から長い一本道が続いていた。両側は石壁で、壁に蝋燭による灯り挿しが点在しており、長とアムリが通り過ぎていくごとに一本、一本と灯りが自ずから灯りだす。グレリオの継承者を迎え入れている証だ。
 死者の眠る祠と聞き湿気た黴の匂いを覚悟していたのだが、空気は冷たく澄んでいた。幻を見せていた霊力の霧も内部には見えなかった。一息吸い込むごとに体内の血液が浄化されるような、そんな清さに溢れている。
 文様が刻まれた壁や柱を抜け、階段を下り、幾つかの扉を越えた先に広いコロシアム(円)状の部屋へと出た。中央に巨大な戦士像が置かれている。グレリオが聖地とされていた時に防人として聖地の守護師を司っていた人々の魂を敬い鎮めるためのものだという。
 像は、戦闘装束に身を固め、両手に長い一本の棒を携えていた。聖地で刃物を携帯する事は禁示とされていたために、グレリオ周辺では棒術や体術が発展し、防人達はそれらを極めた武人だったと。
「…?」
 この部屋に一歩足を踏み入れた途端、イルトは異変に気がついた。
 急に空気が「濃く」なったのだ。
 墓苑までの道のりで感じた「靄」の姿はなく空気は透明さを保ったままなのだが、肌に触れる気の重さはまさにそれと同じだ。
 外界からの音は一切が遮断され、ただ複数の足音だけが澄み切った空気を伝い、一音一音響き渡る。それが、一歩進むたびに音に変化が現われ始めた。
「……なにかしら」
 違和感に気付いてアムリが高い天井を見上げる。イルトは広い部屋の壁に視線を一巡して、それから長やグレンが戦士の像を見上げている事に気がつき、訝しげに己も像に視をやった。
 空気が色づきはじめる。
 部屋の隅々から沸き立つ泉のように、黄金に輝く霧の塊が生まれていき、いつしか部屋を満たしていた。まるで、彷徨う御魂のよう。
「……く…」
 小さくくぐもった声に振り向くと、胸元を押さえて背中を丸めるグレンがいた。
「どうし…」
 言い終わらないうちに胸の襟元を握り締めたグレンの手元が輝きだす。小さな光が瞬く間に部屋全体を包み込むかのように広がり、無碍に近づく事もできないほどの皓光となる。イルトは辛うじてあけていられる目で必死に光の中心にいるグレンの様子を見ていた。
 徐々に弱まる光とともにグレンの面持ちからも苦悶が薄れ始める。手で抑えている箇所が丁度、心臓の真上あたりだなとイルトは思った。
「ライズ…」
 前方を見据えるグレンの口が、父の名を呼んだ。
「えっ…!?」
 弾かれるようにそちらを振り向くと、グレンが放つ光と墓苑に漂う霊力の霧が融合する中に人影が見えた。人影というには、あまりに朧なそれは、でも確かにその場にいる人間が知る顔だった。
「父さん…!」
 悲鳴にも近い、アムリの声。
 上背のある体躯、グレリオの防人が着用する猛々しい装束。だが幻灯機が映した映像のように、ゆらりと空気の中に揺れる父の幻影は、柔らかい微笑みを湛えていた。
 グレンが一歩、踏み出す。
「戻るのが遅くなってしまったんだ。――…悪かった」
 静かにそう告げる。
 父は微笑みを湛えたままゆっくりと首を横に振って応えた。
「幻じゃないの…?あれは、父さんそのものなの?」
 その光景にアムリが長の腕に縋った。
「御霊だよ、アムリ」
 その手に自らの手を添えて長は頷いた。
 ライズの口元が動いた。声は聞こえないが、何か言葉を発している。それに頷くのはグレンだ。彼には聞こえているのだろうか。イルトは知らぬうちに唇を噛んでいた。
「私は、生きているよ」
 何回かのゆっくりとした頷きの後、グレンはこう応える。

―あんた、生きてるよな
―生きているよ

 墓苑の前で交わした会話を思い出す。
(父さんも同じことを?)
 グレンの言葉に安堵したのか、幻のような姿の父は最後にまた、ゆっくりと頷いた。グレンもまたそれに応えて頷くと徐に背後を振り返った。
 それにあわせてライズの視線も動き、確かにイルトとアムリと長とを、見た。
「父さん…」
 圧倒されるほどに溢れる光の渦の中心から微笑みかけてくる父に、グレンを除く人間は近寄る事ができなかった。「赦されない」のだと本能的に体が悟っているのか、歩を進めることができない。
 グレリオの聖地神事の掟にも定められている。生と死の境界に両者が踏み入る事は赦されず、それは神と精霊、そしてそれらに赦された者のみが触れること叶うもの。
 生と死の境界で意思を交わした彼らは、それが赦されているというのだろうか。少し飛び出せば手が届く距離に記憶の中に残るそのままの父親がいるのに。神の理が持つ残酷さを前に無力な存在は唇を噛むぐらいしか抵抗する術がない。
「……――。」
 ライズの口が、また何か言葉を発する形に動いた。その瞳が長を向く。
―父上、アムリ
 その口は確かにそう動いた。続いてまだ何か言葉を向けているのだが、それは読み取る事ができない。
「…『お役に立てなかった事をお許しください。グレリオを頼む』…と」
 グレンの声。それがライズの言を代弁しているのだとすぐに気付く。
「と…うさ…ん…」
 長の袖を握り締めたままアムリは声も体も小さく震えていた。深色の瞳に涙が浮かんでいる。一方の長はただ黙ってその言葉を聞いていた。最後にゆっくりと一度頷くとライズも満足そうに笑む。次にその深い瞳がイルトを見やった。

 ―イルト

 ライズの口元が確かに自分の名前を形どったのがはっきりと分かった。動かない足に苛立ちながらイルトは必死に目をこらした。墓苑への辿道で父が自分に見せた幻影の意味を、知りたい。
 光の中でライズの右腕が上がった。酷く緩慢とした時間の流れの中、光に包まれた父親の御魂は天にむけ右手を掲げる。頭上まで挙げられると同時に背後に建つ戦士の像にも異変が起こった。
「像が…」
 像の上辺、像が手にしている細長い棒が淡い光を発し、そして直後には消えうせた。像は素手の状態となる。
「え…」
 気がつけばそれは棒状の淡光として、上に掲げる父の手の平に収まっていた。それをイルトに向けて、差し出した。
「っと…」
 がくんと体が前に転びかけた。地面に縫い付けられたように動かなかった両足が突如動き出し、ライズに向けて歩を進め始めたのだ。
 これが自分の意思によるものなのか、それとも父の力によるものなのか…―
 イルトには分からなかった。






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