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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT6-1
ACT6 聖地の刻印

01

 グレリオはかつて「聖地」の冠がその名に付与され、如何な勢力の干渉も受けぬ中立地帯という意義を預かっていた時期があった。歴史書ではなく、古典に記された半神話性の史端である。精霊神を奉ったアリタスで最も古いとされる大寺院が建っており、神話では精霊神が天より地上へ降り立つために、五つの大陸それぞれに雲上を越える塔を建てさせたと記されている。
「もっとも、そうした由来をもつ大寺院は各国にあるそうですがの」
 言って長は苦笑を流した。
「終戦後に任務で訪れたライザでも目にしたことがあります。」
 誰に返すでもない男の声がその後に続く。イルトの前方を歩く英雄の名を持つ男、グレン・イーザーだった。未だにイルトの心は半信半疑、というより一信九疑とでも言った方が良い状態ではあるのだが。
「村一つ分の面積に匹敵しそうな広大な敷地は国立公園となっており、その中央に塔跡とされる遺跡がありました。遺跡を中心に四方に遊歩道が築かれており、その道沿いには様々な神話を象った彫刻や銅像などの芸術品の類が並んでいました」
「まるで観光地ですね」
 呆れた、とばかりに苦笑するアムリに「その通りでしたよ」とグレンは微笑とも苦笑ともとれる笑みを向けた。その隣を歩いていたイルトと、視線がすれ違う。
「『本当かよ』って言いたそうな顔だね」
「え……っ」
 図星を突かれてイルトは思わず足を止めた。それを見やりグレンの目端が細くなる。口元に、今度は明らかに「笑み」が浮かんでいた。
「あ…く…っ、当たり前…だ」
 泳ぐ視線を必死に繋ぎとめようとしてイルトは余計に動揺を力いっぱい表現してしまっている。それ以上の抵抗は諦めて一つ大きなため息と供に顔を下に向ける事で逃れようとした。
 一行は屋敷を出て防人の墓苑へと向かっている。墓苑は村の中心地から外れた西の薬草園の奥にある。先祖が築いた石垣の山道を登り、まるで戦禍のように点在する遺跡の欠片が導く丘を越えなければならない。ここまで来ると、村全体を高みから見下ろすほどの高地となる。村を流れてきた風が足元から吹き上げてくるように、下を向くイルトの顔を撫でていった。
「……え」
 何かが目の前を過(よ)ぎっていった気がして、イルトは顔を上げた。
 赤い何かが、翻った。
 目の前にいる後ろ姿、その向こうに広がっている景色は岩の村落ではなく赤黒く燃え上がる森、そして熱が空気を巻き上げるように上昇させ、裏地が真紅の外套が悶え苦しむ命の如く激しく踊り狂っている。
 シルエットでしかないその人影が、何かに気がつき横を見やる。
 明かりに照らされた頬、浮かび上がる顔のライン、暴れる風の中で微動だにしない落ち着き払った濃色の瞳がこちらを向き、直後に頭上から―
「っ危な…!」
「イルト?」
 アムリの声と同時に全ての紅が瞬時に消失した。
「っは…」
 最初に目に飛び込んできたのは、わずかに瞠目してこちらを見やるグレンの顔、そして、その肩を掴む自分の右手。
「………あ…あれ?」
 分けが分からず、喉から出てきたのはそんな上ずった声だけだった。
「どう…したの…?」
 隣からアムリの戸惑う声が遠慮がちに聞こえてきて、ようやく周囲の景色が見えるようになる。そこは真紅の世界ではなく、緑の色彩と灰色の色彩が半々の世界。風は穏やかに吹いていて、暑くも寒くもない緩慢な気候。
「………」
 グレンの肩から手を放す。その手を見る。まるで自分の体の一部ではないような、別の生き物のような。指先を自らの意思で動かしてみて、確認する。確かにそれは自分の手なのだと。そしてまた前を見た。
 赤いマントなどありはしない。目の前を歩いていたのは、長とグレン。長は白い長衣を身にまとい、グレンはベージュを基調としたグレリオの民装を纏っている。ちなみにこれは、シャツ一枚では肌寒いからと、長が用意させたものだった。
「ね、本当、どうしたの…?」
 アムリの手がイルトの肩に触れた。
「ごめん、よくわからないけど…なんでもない」
 頭の中が掻き回されているように、ぐるぐると眩暈がした。それを振り払うようにぶるりと一度、頭を振る。
「何かが見えていたようだの」
「え…」
「墓苑から漂う強い霊力の影響かもしれん」
 言いながら、長はゆっくりと、踵を返す。再び墓苑に向けて歩き出すと、足を完全に止めていた面々も少しずつ、また墓苑に向けて歩き出した。
「………」
 その中でグレンだけが足を止めてイルトの様子に沈んだ目の色を向けていたが、数泊遅れて同じようにまた墓苑に足を向けた。
 死者が奉られる場所には、長い年月をかけて蓄積された霊気が力となり、生の世に様々な影響を与える事がある。それは一般的に霊力と呼ばれる。精霊がもつ力とも異なる、超常的存在の一つだ。
そのために、神事でない限り人々がこの墓苑に近づく事は許されていないのだ。グレリオでは未成人の立ち入りを禁じており、墓苑に奉られた者の親族といえども子供は立ち入りが許されておらず、アムリはこれが数回目だが、イルトにとっては初めての墓苑参りなのだ。
「何が見えていたの…?」
 隣から囁くように、アムリが耳打ちしてきた。
「……よく、わからない」
 そう答えるしかできない。
「そう…辛かったりしたら言ってね」と柔らかく微笑んでアムリは「あなた体は大きいけど、意外とよく風邪ひいたりしたもの」と悪戯っぽく言い残して再び前を向き直った。
「なんだよ」と苦笑で返してイルトも前を向き直った。
 遺跡の小道を通り過ぎると、菩提樹園があり、その先に石造りの墓苑の入り口がある。イルトの目線からは菩提樹の向こうに石柱の頭が見えかけていた。
 視線を再び前方に向けると、
「……?」
 匂い立って来るような砂嵐が吹きぬけた。グレリオ一帯にはありえない、黄砂。
「っ…」
 足元がズブリと沈む感覚。体が重たい。まるで、砂に足をとられているような。恐怖さえ感じて闇雲にあたりに視線を巡らせると、目を眩ませるほどの強い光が一瞬、輝いた。風が吹き抜けて、黄砂の幕を横に押し流すと、そこに人影が二つ。
「な…」
 強い風に裾がはためくコートか外套を纏う人影と、それを狙い真後ろに迫り来る人影、光の輝きは巨大な刃が振り上げられたもので―
「………!」
 一瞬の強い眩暈の直後、また黄砂の風景は消えうせた。足元を捕らえる砂もない。あるのは固い土と、岩盤と。
(……父さんか……?)
 心臓がうるさく高鳴っている事に気付く。油染みたような重たい汗が頬を伝う。右前方を少し見上げると、菩提樹園の向こうに石造りの門が見えた。まばらに点在していた遺跡が一つになったような、そこに一つだけ荘厳たる姿で建つ、墓苑の祠。
 よく晴れているというのにその周りだけ、空気が霧に霞んでいるように見えた。
 人工的に並べられた石畳が一行を出迎える。
(……俺に何を見せようとしてるんだよ………)
「っは…」
 ひときわ大きく、心臓が波打った。呼吸が止まり、苦しさに目を瞑る。すぐにまた両目を見開くと、そこは水の見える風景だった。
「今度は何だよ…っ」
 素早く辺りに視線を泳がせると、また目の前に人影があった。イルトに気がつき、振り返る。動きと共にコートの長い裾が外套のように揺れた。軍服と一目で分かる出で立ちだった。イルトに気がついた人物は目深に軍帽を着用しており、逆光で見えにくいが露出している口元は確かに笑いかけている。
『――だ……ズ』
(…?)
 何やら話しかけてくる人影の正体を知りたくてイルトは目を細め、その言葉を聴こうと一歩近づいた。
『……イズ?』
「?!」
『疲れたか?ライズ』
 その声は確かに父の名を呼び、微笑みながら軍帽を取ったその顔は、
「グレン・イーザー…」
 すぐ目の前を、背中を向けて歩いていたはずの男だった。
「なんでこんな…」
 言いかけたところで全身に強い揺れを感じた。足の直下から蠢きせりあがって来る地響き。軍服の男グレンの手から軍帽が落ち、イルトの目が一瞬その動きにとらわれた瞬間に、それは起こった。
「な…!」
 すさまじい轟音に弾かれるように顔を上げると、グレンの真後ろの水面が異様な盛り上がりを見せたかと思うと壁を突き破るかの如く破裂し、何かが姿を現した。「人」とも「獣」とも違う、黒く巨大な異形の何か。
 指一本さえ動かそうとする前に、水が風のように空気を撓る鋭い音が響いた。
「あ…っ!」
 視界にぱっと赤い水滴が破裂する。散り行く枯葉のように刻まれた緑の布地が宙を散乱した。その中でグレンの体が一度大きく揺れ、後ろに傾いだ。
 赤い水滴が弧を描き、軍帽を手にしていた左手が宙空に彷徨い―
「やめろ!」
 叫んだ。
「………イル…ト?」
 我に返ると今度は、灰色の石畳が目の前にあった。アムリの声が頭上から降ってくる。
「…………」
 疑問符を口にするのも鬱陶しくなり、イルトは無言で顔を上げた。どうやら両手を石畳について地に膝をついていたらしい。
 子供のとき、怖い怖い夢から目覚めた瞬間のようだ。首や背中が汗で濡れている感触がする。過呼吸で喉がひゅーひゅーと音を漏らしていた。アムリの手が背中をゆっくりと摩ってくれている。顔を上げた視界の中では、長もイルトに歩み寄り、そしてさきほど幻の中で血を散らした男も、今は軍服ではなくグレリオの装束を纏った姿で眉根を顰めてイルトを見つめていた。






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