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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT5-8
08

 軍人というのは存外、一部の部局を除いて勤務時間の大半をデスクワークに費やしている者も少なくない。書士志望のアリサのような非戦闘職務下士官の場合は、戦争中でも実戦を行う事はほぼ無い。
「アレックおつかれさま~」
 そうアリサに資料室で声をかけられたアレック・スタインウェイも、そんな非戦闘職務下士官の一人だ。毎日毎日を紙と過ごすところが二人の共通点だった。士官学校の同期生でもある二人は就職後もよく資料室で顔をあわせる。
「やぁ、アリサ」
 窓からの光を浴びながら振り向くアレックは、両手に巨大な図面を広げていた。一方のアリサも両手に本やファイルを抱えており、いつもの二人は今日も同じ場所で対面する。
「それは、どこの地図?」
 机の上にはテーブルクロスのように大きな地図が広げられており、景色を写した何枚かのポラロイド写真が無秩序に置かれていた。これらがアレックの仕事道具だ。
 アレック・スタインウェイ。情報局に所属する製図士。主な仕事は地図を作る事。
「ベリア山地周辺だよ」
 両手の荷物を開いた本棚に置くと、アリサは地図の上に無造作に置かれたポラロイド写真を手にとった。赤茶けた山々、麓の湿地帯と獣道の写真など、様々な風景が写されていた。
「あら…でも確かその周辺の地図は最近作り直したばかりって聞いた覚えがあるのだけど?」
 士官候補生から制式に下士官として情報局に勤務するようになって最初の大きな仕事がベリア山地地図の再製図任務だったとアレックから直接聞いた覚えがあったのだ。
「あのあたりはつい最近、ちょっとした戦闘があって、少し地形に変化が起こったんだ。強い武器や印の力は丘を吹き飛ばしちゃう時だってあるしね。そしたら地図からも丘を消さなきゃいけないんだ」
「あらら、なるほどね」
 机の上の地図にはあちこちに書き込みが見えた。
 貼り付けてあるメモには、季節による地形の些細な変化や景観の変化について細かく記されているものもある。
「今は国同士の大規模な戦闘がそんなに無いから、地図を整えるには絶好の機会だし。」
「…「今は」って、やっぱりディノサス共和国の動きが怪しいっていうのは、本当なのかな。アレックも聞いてる?」
 下士官が得られる情報は市井とそうレベルが変わらない。ライザ帝国間との戦後処理に一区切りついたところで実しやかに流れている噂。次の大国ディノサスの動きを警戒する国民は多かった。アリタスとの戦争に敗れ、帝国から民生国家に生まれ変わったライザでさえ、アリタス軍部はいぶかしんでいる。
「アリタスは地理的に大陸のちょうど中心にあるからね。周りは全部敵なんだ。ディノサスに限らず、大陸にあるすべての国に用心するにこしたことはないと考えてもいいと思う」
 端に折りたたんであった大陸地図を広げる。中央、指差した場所にARITASの文字がある。
「アリタスには岩盤地帯が多くて、要塞に適した地理的条件を満たした場所が多い。ACCの軍本部も、丘の上に位置しているから敵が万が一都市に攻めてきても動きを見渡せるんだ。外見上はわからないけど、ちゃんと要塞仕様になってる。昔、首都だった聖地グレリオからいまのACCに首都機能が移動したのも、戦略的意味から、国を軍事国家として立国した初代の総統が定めたものなんだ」
「ふむふむ」
「でも都心に敵が入ってくる確率は極めて低いけどね。各辺境地が全部要塞が連なったと同じような形になっているから、たいていは国境近辺で退けられる。それにアリタスを囲む地理条件は厳しくて、水と山が囲んでる。アリタスから外は見渡せるけど、逆は難しいんだ」
「ということは~」
 アリサの指も地図の上に置かれ、アリタスを囲む大国の上をなぞる。
「アリタスは国全体が巨大要塞都市みたいなものなのね」
「そう。だから列強がアリタスを狙うんだ」
 アリサの指が辿ったと同じ筋をアレックの指も辿り、最後にまたARITASの文字の上で止まった。
「列強が他国に侵攻するには、地理的にどうしてもアリタスを経由する必要がある。」
「どういうこと?」
 地図をみながらアリサが首をかしげた。
「例えば、」
 とアレックの指が西のライザを示す。
「ライザがディノサスに侵攻しようと目論んだとする。そうすると、アリタスの存在が邪魔をして、北側に大きく迂回する必要が出てくる。これはディノサスがライザを侵攻しようとした場合も同じ。しかも間に海から差し込むアノス海峡が走っているし、アリタスは北方にも領地を延ばしているから、かなりの迂回が必要だ。極地を進軍させるには莫大なリスクが必要になる上に、北の最果ての国ヴェルェーをも攻略する必要が出てくるからその負担は計り知れない。」
 ちなみにアノス海峡は、地図に「海峡」と名が記されているものの地理学的には「大河」にあたる。だがその渓谷ダムのような深く、そして対岸が見えないほどに巨大なそれは、湖とも海とも分類するのは難しく、「海峡」と愛称のようについたものだ。
 一方で南を迂回したところで、南にはライザやディノサスに継ぐ発展国の一つ、サウザリアン民主国が構えている。
「………という事は」
 手持ち無沙汰にしていた両手を胸の前で組んでアリサはテーブルに身を乗り出した。
「ライザ、ディノサス、ヴェルェー、サウザリアンのいずれかがアリタスを制圧したと推定すると…各列強への侵攻が容易になる…って事?」
「そう!」
 少年が物語に興奮するように、アレックが手を鳴らした。
「こうした地理的状況もあり、いま列強各国はほぼ国交がない状態にある。どこか一国がアリタスを制圧したとなれば、残りの列強が協力して一国を叩くなんて体制はとうていとれない。国交を持とうにも、やはり地理的にアリタスが邪魔をするんだ。」
 だから、
「いまアリタスが崩れたらかつてない規模の大陸大戦争が起こるってことだよ」
「……………ふわぁ……」
 あまりに大規模な話にアリサは面食らう。己が生を受けた国がそれほどまでに重圧を背負う運命にいるのかと、水をかけられたような感覚がした。そして軍人としての責任の重さにも、気がつく。
「あ、ごめん…アリサ」
 急に神妙な面持ちになる友人の変化に気がつき、アレックは両手を顔の前で振った。
「あくまでも地理学的にそういう可能性があるね、って話しだから、気にしないで!それに全部情報部の先輩たちのウケウリだから!軍事オタクが多くてさー、それはぼくも含めてなんだけど」
 それが小さい子供が懸命に言い訳をしている姿のようで、アリサは思わず笑いを洩らした。
 アリサの様子に安堵を覚えながらアレックは大陸地図をたたもうとテーブルに手を伸ばした。それをアリサが止める。
「今のジスノラン大陸は、あやういバランスの上に辛うじて平定が保たれているってことなんだね。執政院は、東西南北の列強との国交政策は考えないのかな。和平交渉とか」
 執政院は別名「元老院」とも呼ばれる場合があり、アリタスの国主はフューリー総統だが、国の政策機関として据えられているのは「執政院」であり、この執政院の決議の妥結権と執行権を持つのが、総統である。
「さぁ…だって、なにせ言い方を変えると、」
 アレックの言葉と同時に、背後の扉が開く音がした。
「アレック、いるかぁ?」
 聞き覚えのある上官の声が飛び込んでくる。片手にこちらも大きな紙巻を抱えた尉官だ。
「は、はい!ただいま」
「諜報部の大尉殿がお前を探しているようなんだ」
「諜報部の…?なんだろ…」
 「ごめんね」とせわしなく言い残してアレックは声がした方に駆けていく。廊下への扉の前で上官に敬礼するアレックの後ろ姿を見やって、アリサはその背中に「バイバイ」と心の中で手を振った。
(「言い方を変えると」…?なんだったのかしら)
 幼馴染が言いかけた言葉を噛み砕きながらアリサは机の上に乱雑に置かれたままの地図を折りたたむ。
「…」
 ふと気になり、アリサは近くの丸椅子を引き寄せて腰掛けた。テーブルに広げられた巨大な地図を眺める。無造作に置かれた写真とたくさんのメモ用紙、テーブルの上にクロスのように広げられた地図に書き込まれたたくさんの手書きの文字。これは全てアレックによる仕事。これだけの細かい仕事をする製図士をアリサは他に知らない。
「うーん、悪い癖だわ」
 こうやって乱雑に置かれた「情報」の断片を見ていると、書士志望としては手と頭が動かざるを得ないのだ。
「ちょうど暇だし~…だいたい、こんな乱雑状態じゃ思考だって纏まらないし~…重要なメモまで捨てかねないわね、うん」
 と様々な言い訳を己に言い聞かせながら、アリサはちょうど余っていた空のファイルを両手に構えたのであった。

「ヴィル・レストム中尉……」
 呼び出しを受けて諜報部の一角に入出すると、ジョシュ・シールズ大佐を筆頭に情報部の中でも名前をよく聞く組み合わせの面々がアレックを待ち受けていた。ジョシュ・シールズ大佐、アイラス・ウェーバー大尉、ランド・ブライトナー大尉である。
 そこで耳にしたのは、かつてアレックが辺境視察のために従軍した際の上官、元中尉のヴィル・シュテラール・レストムの名だった。
「はい!覚えております!たしか風を起こす事のできる天啓印をお持ちで」
 気後れしないようにとアレックは背筋を伸ばして敬礼する。
「レストム中尉の事で、何か…?少し前にご退役なされたと思うのですが。」
「実は現在レストムが在住しているシュトル方面で列車強盗事件があってな。乗客から彼が事件現場に居合わせたという情報があって」
「え!」
 大きいリアクションに逆にシールズが驚いて、組んでいた両手から顔を離した。
「あぁ、容疑者としてではないのだ。目撃者、参考人として事件の様子を聞きたくてね」
「そうでしたか」
 明らかに安堵した面持ちでアレックは微笑む。やれやれと言わんばかりにシールズは傍らのランドを呼んだ。その手から書類を受け取ると一通り目を通した後にアレックに差し出す。
「シュトル・セントラルでまず、シュトル支部警察局のイリオン少尉と合流し、竜翼谷に向かって欲しい。聞き込みはイリオン少尉が行うので、君はそうだな、その辺の視察も兼ねて供をしてくれ。ついでに昔馴染みの上官だ、軽く挨拶でもしてきなさい」
「…はぁ」
「任せたよ。では行って来なさい。職場の上官にはもう伝えてある」
 士官内定から二年目のまだ幼い下士官の、小さな疑問符を面持ちに浮かべている様子にシールズは構うことなく笑みを一つ作ることで命令を了承させた。
「はい!」
 恭しいがぎこちない動きで書類を受け取るとアレックは大きな歩幅で部屋を去っていった。
「なんでまたあの坊主を?」
 威勢のいい足音が遠ざかるのを待ってランドは素直に疑問を口にした。
「製図士の観察力をナメるもんじゃないぞ」
 明らかに企みを含んだ笑みを口元に表すシールズ。以前任務で目にしたアレックの手による地図のきめ細かさに、賭けてみたのだ。無論、士官二年目の新人に過剰期待はしていない。なんでもいい。些細なきっかけでもいいからその目に入れてきたら万々歳だ、その程度で良いのだ。





ACT6-1 聖地の刻印 ⇒
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