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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT5-6
06

 羊歯の樹海を通り抜け、ミリアムの体を抱えたヴィルの体が少しずつ降下していった。それに倣いエルリオも翼の印の力を徐々に緩めた。
「ここからは歩きだ」
 外と内が隔絶された世界の入り口。竜翼谷、シュテラールバレー。
「はーい」
 ヴィルが着地した場所はまさに、そんな境界線に立たされているような気分にさせられる。
 深いクレバスのような渓谷の切れ目。その向こうは湿った岩々が連なり波打って、漣の彫刻のようなシルエットをかもし出している。そこに向かい、クレバスと羊歯森とを渡す橋は木製だったが朽ちかけた様子もなく、表面に加工薬を塗られたまだ新しいものだった。
「あ、みて!」
 空を指差してミリアムは片手でエルリオの袖を握った。その指先を目で追うと同時に巨大な影が落ちる。
「え…」
 影と共に風が通り過ぎていった。帆布を翻したような音。見上げた空を巨大な翼を持った生き物が逆光の影の中、空を一瞬覆い尽くして瞬く間に太陽の光の中に消えていった。
「ドラゴン…あれがシュテラール…」
 物語ではよくドラゴンと呼ばれるそれは、学術名を有翼獣という名で分類され、その中でもシュトルに棲息するものをシュトルの人間はシュテラールと呼ぶ。
「行くぞ。ジャスミンは後で追いつく」
 空を見上げたままの少女達を尻目にヴィルは木橋を渡り始めていた。あわててヴィルの後に続き橋に駆け上がるが、足をかけた途端に大きな軋み音がした。「ひぇっ」と喉の中で小さく悲鳴をあげつつ欄干に手を沿え恐々と橋の下に広がる絶壁景を見やる。前を歩くヴィルからは体重が感じられず、木材が軋む音も一切無い。
(あの歩き方……)
 訓練されたものだろうか、それとも風によるものなのか、エルリオには分からなかった。印を発動させていなくても、彼の体の周りには常に微量の風が衣のように纏わりついている。まるで彼を守るかのように。
『アオオォォオ』
 はるか頭上で獣の咆哮を聞いて再び見上げる。遠く連なる岩山から飛び立った翼ある影。先ほどから幾度と頭上をこの影が遠くに行き来するのが見られた。肌に感じる風も、乾いた広野の地の、そしてアリタスセントラルのそれとは質が違う。湿った、というよりも重いのだ。
(翼ある竜の谷…)
 見上げれば、そこを往くのは鉄の鳥ではなく、生ける神妖の獣、そして目の前の青年は古の谷にシュテラールと共に生く民の一人。よくよくモスグリーンのコートを観てみると、セントラルではあまり見られない縁細工や襟形をしている。この地特有のものだろうかと、エルリオは思った。
「あの、ヴィルさん」
 しばらくの静寂の後、言を発したのはミリアムだった。谷の入り口からずっとエルリオの片腕にしがみ付くように腕をとって歩いている。
 呼びかけに応える代わりにヴィルは肩越しにちらりと振り返る。足は止めず、獣道に張り出した木の根を踏みしめた。
「さきほどの、列車強盗の事なのですが」
 茶色いブーツを履いたミリアムの細い足が時おり木の根に躓きかける。下を見続けて歩く事を強要される悪路だ。
「あの集団は、印保持者を狙う精霊狩りだと聞きました。私達、旅慣れていないのですが…、多いんですか、ああいう方々って」
「さぁな。宗教的な理由で人殺しをする時代遅れな集団は減っているがその代わり、「奴ら」のような集団は増えているのだから…結果的には増えているんだろう」
 また頭上で「ギャー」と獣の鳴き声が動いていった。
「あの人たちは、印保持者の殺戮目的ではないという事なのですか?」
「……」
 ヴィルの足が止まる。
「奴が使っていた武器を見ただろう」
「え」
 二人も足を止める。コートのポケットに隠れていたキューが、ヴィルの声調の変化に気付いて顔を出した。
「それから、メロウ…奴の傍らにいた娘の手首や首に付けられていた器具」
「妹…さんの…?」
 ヴィルの風が作り上げた結界と相殺作用による爆発を起こした、あの武器。そして、全てを拒んだメロウの体から発せられた電流。よく思い返してみれば、彼女の首と手首にアクセサリーだと思っていたが、金属で作られたであろう鈍い光があったのを思い出す。
「あの列車強盗の親玉が使ってた武器はただの火薬使用武器じゃないよね。ふつーの武器じゃ、天啓印や使命印に勝てるはずないもの」
 ヴィルが再び歩き始める。緩やかな坂が、険しさを増していた。張り出す木の根を階段代わりに辛うじて道として開かれている箇所を選んで進んでいく。
「あれらは全て押印技術の応用だろう」
「え…」
「真相は分からない。俺の推測だが。」
「でも」
 足をとられがちのミリアムの手をひいてエルリオは足を速めた。ずんずんと先に進むヴィルの真後ろに追いつくように。
「以前、あの武器が光を放つ瞬間、確かに模様のような物が形を現したのが見えた。あれは武器に細工をして印を施しているのではないかと思う」
「でも、「モノ」に、無機物に押印してあんな凄まじい力がつくなんて前例が…」
 ポケットから顔を出す相棒と目が合った。
「…………」
 おもむろにその白く柔らかい体をポケットから持ち上げる。大きなプラスチックの瞳を持つ相棒が、無機質な顔でエルリオを見つめていた。
「それは縫いぐるみなのだろう?」
 歩幅を若干緩めながらヴィルは背中を向けたまま歩き続ける。
「だが言葉を発し、知識を蓄えている。破壊的威力とは別物だが、それも「凄まじい力」に匹敵する成果じゃないのか」
「あぁ……そっかぁ…」
 あまりに側にいるのが当たり前で気付かなかった事をエルリオは恥じた。父親が残してくれた「お友達」。寂しさを紛らわす「話し相手」、「家族」。あまりにその存在が当然すぎて。
「お前達を谷に入れる事を許そうと考えた理由の一つが、その縫いぐるみだ」
「ぼく?」
 エルリオの手からすりぬけて、再びキューがポケットに飛び込んだ。そこから顔だけ出して前を歩くヴィルの背中をプラスチックの目が見つめる。ばれてるんじゃしょうがないと居直って声を出したのだろう。
「俺は、押印師を見たことがないわけではない。だがお前が扱うような自在押印や、無機質物に押印を施す技術、いずれもまだ理論組成段階の空論でしかなかった…そうしたものがこうしてお前によって具現している」
「……」
 新しい足音が背後から聞こえて振りかえると、そこにはジャスミンがいた。バイクはどこかに止めてきたらしい。背中にライフルを背負い、腰のあたりを見ればオートマ小銃を二挺ぶらさげていた。比較的型が新しいもので、街をあるく軍の人間が使っているのを見たことがあった。
「俺の方にもお前たちに聞きたい話が多いんでな」
「お兄さんたち、軍人なの?」
 エルリオは足を止めた。気がついて前方を歩くヴィルと、後方を歩くジャスミンの歩も止まる。警戒を含んだエルリオの声に、ミリアムがぎゅっと袖を強く握って来た。
 「自在押印」とヴィルが使った言葉は、元・軍の研究員だった父が開発した技術の事だ。エルリオが使っている、複数の押印を自在に自らに付与する事で応用力を高めたもの。その単語は父親が残した論文の中にも残っている記述だ。だが一方で無機質物への押印についての資料は何も残っておらず、手元に残された縫いぐるみのキューだけがその研究成果という事だったのであろうが、エルリオがそれに気付く由はない。いずれもヴィルが民間に出回っていないはずの押印技術について詳しいのは、おかしい。
「だとしたら、困るのか」
 背中ごしにヴィルの低い返答。
「……!」
 内臓が急激に冷めていくような感覚。よく見れば前方と後方を二人に阻まれており、逃げ場が閉ざされている事に気がつく。エルリオが身構えかけたところで肩越しにヴィルが振り向いた。口元に小さく笑みを浮かべていた。
「安心しろ。俺は数年前に退役した。そこの、ジャスミンも。」
「………」
「俺たちは軍と関わる気はない」
 ヴィルが再び歩き出す。その背を追う事に、エルリオは一瞬躊躇った。後方のジャスミンは足を止めたまま。
「エルリオさん」
 ミリアムが顔を寄せてくると、耳元で囁く。
「私、あの方を信用していいと思うんです」
「…どうして?」
「谷の入り口に来るまでの間に心を読みました」
 ミリアムを谷まで運んだのはヴィルだった。
「あ」の形に口を開いたエルリオの面立ちが、陽が差したように明るくなる。
「あの方からは、私達に危害を加えようという意図はありませんでした。ただ強く流れてきたのは、あの列車強盗への憎悪と妹さんへの思いと、それから…」
「それから?」
 急に言葉をつぐんだエルリオの頬が色づいているように見えるのは気のせいだろうか。エルリオが首を傾げていると、ミリアムは困ったように斜め後ろにいるジャスミンの方をちらりと見やった。
「………ははぁ~」
「?」
 意地悪な笑みがエルリオの顔面いっぱいに広がった。後方では、なにやら自分について話を及ばせていると気付いてジャスミンが不思議そうに首を傾げている。
「……あはは…」
 エルリオと暮らして数ヶ月。この顔をした時のエルリオが一番厄介なのだと、ミリアムには十分わかっていたのである。





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