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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT5-2
02

 世界は五つの大陸で構成されている。
 最も北に広がるフェイリー大陸。
 最も西に伸びるロストルコ大陸。
 最も東に浮かぶラカン大陸。
 最も南に据えるロザルス大陸。
 そしてそれら四つの大陸の中央に浮かぶは、大国ライザ旧帝国やディノサス共和国、それらに囲まれる軍国アリタスがあるジスノラン大陸。
 緯度や経度で地理学的にアリタスは、このジスノラン大陸のちょうど中央に位置しており、海から最も遠い国領となっている。
 列車がアリタスで最も巨大な湖の側を通過した時に、
「私、海って見たことないんだ」
 とエルリオが言うとおり、多くの国民は「海」をその目にした事が無かった。そして当然のごとく、軍部に水上部隊はあっても海軍はない。
「見たこと…ある?海」
 ふとミリアムの視線が気になり、エルリオは我に返る。照れの混在したごまかし笑いが漏れる。気がついたら両手を窓枠にかけて今にも乗り出そうかという姿勢だった。領地が広大なライザは南西の市区は海岸線に面している。しかしライザに足を踏み入れた事がないはずのミリアムには愚問だったと、言葉にした直後にエルリオは気がついて後悔した。
「はい、一度だけなら。青くて、涼しい香りがするんです」
 微笑と共に、ミリアムの答え。
「………え…?」
「?」
 窓から離しかけた手の動きが固まった。エルリオの様子にミリアムが無垢に首を傾げる。
「え、だって…海だよ…?見たことあるの…?」
「…?」
「アリタスから出た事ないんでしょう?アリタスに海はないんだよ…?」
 結果的に全く同じ質問を繰り返してしまった。少し困ったような顔をしてからミリアムの表情に突然、曇りが差したのはその時だった。
「………」
 ぎこちなく視線を湖に向けて。
「そう…ですよね。海なんて見たことある筈ないのに。だって、湖だって初めてなんです、私」
 窓の外に見える巨大な湖。元は歴史書にも載っていない古代に噴火した巨大火口だという。深い青が真上に昇った陽の光に照らされて時おり漆黒にも見える。
「グレンと二人でいた事…軍部内で与えられた小さな部屋と、シェファルトと過ごした三年間…私の記憶にあるのは全てアリタスでのこと…」
 窓が映す景色から、巨大な湖が徐々に遠ざかっていく。ミリアムの視線が追いすがるように湖に向けられた。つられてエルリオも再び後ろを振り向く。
「でも、湖を見ていたら、頭に浮かんだんです。延々と、止まることなく、波が寄せては返し…砂浜はむせ返るほどの潮の香りに包まれて、水の向こうは果てが見えなくて、それは水平線と呼ばれ、太陽が沈んでいく」
「……」
 海を知らないエルリオにミリアムの言葉の真偽を確かめる術はない。考え込んでいると、鞄の中で何かが激しく動いた。
「海。世界の表面のうち、海水をたたえた部分。」
隣の席に置いたリュックから、白い相棒が顔を出していた。
「総面積は約3億平方キロメートルで、世界の表面積の約四分の三を占める。最深はファルーク海溝の約1万メートル。平均深度は3千メートル」
「忘れてた!!ごめんね!」
「ちょっとちょっと、ぼくが生きモノだったら死んでたよ!?」
 拗ねたように口と目を歪めて二人を恨めしそうに見つめていた。すっかり皺がよってしまった体を捻ったり伸ばしたりを繰り返しながら。
「ミリアムの言葉は信憑性があるね。ライザはアリタスの西。ジスノラン大陸の最西、つまりこれはライザの最西でもあり、そこから先はロストルコ大陸とを隔てる広大なヴェロニカ海があり、東からの昇陽は西へと沈む。時間は東から西へと流れるんだ」
「へ~」
「でも、それは海に関する話なら、だけどね」
 プラスチックの両眼がミリアムに向き直る。今は黒髪に染めている銀髪の少女はびくりと肩を震わせた。
「……」
エルリオは窓枠に肘をついてキューの言葉を聞いていた。
「ミリアムのこれまでの話からまとめると、ミリアムが実際に海を見る事は、物理的に不可能」
「…………」
 ミリアムの瞳が恐る恐るといった風にエルリオを見やった。
「わたし…」
 ミリアムが嘘を吐いているようには見えない。彼女自身が己の言葉と記憶に疑心を抱いているように見えるのだから。一概に信じきる事はできないが、逆に疑いきる事もできない。仮にもし、本当に彼女がこれまでに一度でもライザ国内に足を踏み入れる機会があったとするならば、それはいつ、どういう理由で、そして何の意味があったのだろうか。
「ミリアムがグレンという人と暮らしたのは…何年前から?」
 突然の質問にミリアムが瞳を丸くする。宝珠のような瞳は若干涙で潤んでいて、窓からの陽光を受けて輝いているように見えた。
「え…小さい頃から…です」
「もっと詳しく」
 俯いていたエルリオの瞳がまっすぐにミリアムを向く。
「………」
 白く細いミリアムの指が、ゆるゆると桃色の口元へ運ばれる。そこから顔の輪郭をたどるように持ち上げられ、指先がこめかみにたどり着いた。
「考えても…見ませんでした……何故…何故覚えてないのかなんて…」
 カレンダーや、新聞や、外から入ってくる情報が知らせる「時間」。それを何一つ覚えていない。
「ミリアムに言葉を教えたのは誰?文字の書き方、読み方を教えたのは、誰?」
「言葉………?」
 言葉は自我によって生み出される意思の具現。意思はもっとも深く刻まれる記憶の破片。
 エルリオの記憶にある最初の言葉は、母親だったと思う。母親の動く口を見つめて、歌と声を聞いて、「言葉」とは何かを無意識に知り、そしてそれを意識しだしたのは父親ワイヴァンと共に机に向かい紙に自分の名前を書くことを教わったのが始め。
「………膝の上には本があったわ」
 ぽつぽつと、ミリアムの口から記憶をたどる声が漏れる。
「その本を読む声があって、私はそのそばに腰掛けて、ただずっと、それを聞いていました」
「本を読む声は、誰?」
「グレン…です」
「………そのグレンという人の年齢は?」
「年齢……」
「誕生日は?ミリアムの誕生日も」
「4月です、グレンは12月」
「それは誰が言ったの?」
「…グレンです」
「海の記憶があるのはいつの話?」
「……」
 窓の外の湖は、もうとうに過ぎ去って見えなくなっていた。代わりに高架下に広がる渓谷の底は湖へと続く川が激しい水しぶきをたてながら流れている。
「わかりません、一瞬だけまるで幻のように浮かんで…」
 そう言い淀むとミリアムは両手で頭を抱えてうずくまり背を丸めた。二人の後部に腰掛ける老紳士が物音でそれに気づき、腰を浮かせてこちらを見やった。
「大丈夫かい?」
「あ…」
 エルリオは咄嗟に自分が羽織っていたコートをミリアムに被せるように羽織らせた。
「少し酔ったみたいです。ありがとうございます」
 作り笑みを老紳士に向けて会釈すると、彼に背を向ける形でミリアムの隣に腰掛けた。コートを被せた上に手を添えて背中を優しくさする。
「ごめん、この話はとりあえずやめよ」
 いずれ、全て分かるはずだから。

 いずれ、きっと。




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