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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT4-6
06

 グレン・イーザー。または、「零将軍」。
 この国でこの名前を知らない者は、ほぼ存在しないのではないだろうか。
 約二十年前に異例の若さで将官に昇格。度重なる周辺の列強国からの威圧行動から国の防衛線を護り続けてきたが、一躍その名を全国規模にしたのは十数年前のライザ帝国との戦いだ。かの戦争では国を勝利に導くだけでなく、加えてライザ民政軍が提示した鉱脈地帯の権利も得た事から、国と民に富までもたらしたとして英雄視される事となり、数年前にはACCの噴水広場に像も建った。「零将軍」という一つ名は、将官就任後からの戦績に黒星が一つとして存在しない事からつけられたという。
 これほどの著名人でありながら、だが、存外その外貌は知られていない。だから長が、目の前にいるその人物を、その英雄の名で呼んだことにイルトらは何の実感も沸かないでいる。意外性がありすぎると、人間は存外、驚かないものなのだ。
「これ、ご挨拶しなさい」
 長の叱責混じりの声に、イルトは我に返った。
「し、失礼致しました…!」
 先に動いたのはアムリだった。咄嗟に男に向かい深い礼を見せ、イルトもそれに倣う。
「いえ、いいんです」
 男の自嘲気味な声がそれを制した。
「このような状況でその名で名乗っても、信じろというのも無理な話ですから」
 ごもっともだ。イルトは改めて男を観察する。男は将官職の者が身につける制服姿ではなく、一般的に市民によく着用される白いワイシャツを身につけている。容姿も体格も特筆して雄々しいのでもなくむしろ平凡で、それは市民が抱くであろう「英雄」の名が持つ雄々しき印象とは大きく異なっている。現にイルトが抱き続けていたそれともずれていた。
マスコミ嫌いでも有名な将軍が唯一メディアに姿を晒したのが、ライザとの大戦勝利直後に国民に向けて軍が打った軍報号外。そこに、「零将軍」を写した唯一の写真が掲載されていた。だがそれも、翻ったマントと目深に被られた軍帽により顔が半分隠れた状態の横顔で、素顔はほとんど分からない。辛うじて、年恰好と性別が分かるぐらいで、市民の想像をかきたてた。
 イルトとて例外ではなかった。
「それに、私はそのように敬って頂ける人間では、ないのです」
 本来なら明朗に響かせるべき声は静かに沈んでおり、そして砲撃の命であるべき言葉は自嘲を含んだもの。 それ以前に、
(……絶対におかしい)
 イルトは男の容貌をまじまじと見つめざるを得なかった。アムリも同じことを考えているに違いなかった。
(計算が合わないじゃないか)
 イルトに分かる範囲での記憶では、戦争が終結した十三年前、少なくともイーザー将軍は二十代半ばの青年であった筈である。軍報号外に掲載された写真は、顔が隠れていようとも体型はどう見ても子供のそれではなかったはずだ。そうなれば今は四十台ぐらいだろうか。しかしどう見ても目の前の男は、それより若い。それどころか、まるで先々代の長までも見知っていたかのような口ぶりも、説明がつかない。
「ところで、将軍閣下」
 言を発したのは長。
「私は既に軍籍は退いていますので」
 男がやんわりとした口調で答えると、「え?」という声と共に長の目尻に更に深い皺が寄った。
「退役されたのですか?」
「はい。もっとも、軍から正式な許可は下りませんでしたが」
 国の要人の人事については、必ず公式発表が行われる事が憲法とされている。大戦の英雄ともあればその引退は国を挙げての式典も伴うはずであるのだが、そうした話は一切聞いていなかった。それを察して長は声を落とす。
「……グレン殿。貴方がここに現われた、もとい、戻られたという事は……察するに余る出来事があったかと存じますがの……」
「………」
 長の言葉に男、グレンは手にしていたカップを静かにテーブルに戻した。瞳の端が細く歪み、それはまるで小さな痛みに耐えているような。両手を膝に添える形で少し前のめりに背を屈める。左手の指先をこめかみに当てて、小さく唇を噛んだ。
「三年前……」
 耳に届くか届かないか、微かな言葉が男の口元で呟かれる。それを聞いている長の目は細められたまま。思い立ったように男は顔を上げると同時に「三年」と息を吐いて己の手を見た。
「連れが軍に捕らわれました。それきりです」
「一体、何が…」
 長の声に始めて焦燥が混在した。滅多に聞く事の無いそれにイルトとアムリは顔を合わせる。何か大変な事が話されているようだが、二人以外にその意味を知る者がこの部屋には他にいない。
 ふと、男の視線が長から外れた。鳶色の瞳が長の背後を一巡する。
「………」
 一瞬、それがイルトの視線とかち合い止まるが、すぐに逸らされた。一様に己を見つめる奇異な視線達に、グレンは軽く苦笑して再び長老を見やり、
「我侭を申して申し訳ありませんが、色々とお話する前に行きたい場所があるのです」
と、ゆっくりとした動きで立ち上がった。
「行きたい所?」
 長は男の言葉をそのままに返すが、ある程度の見当はついているようで同時に頷き返していた。
「防人墓苑へ」
 グレリオの防人墓苑。それはこのグレリオの住人のみが知る古代墓苑だ。村人の間でも、年に一度行われる鎮魂の儀祭の時期以外に立ち寄る機会は無い。いかに国の重鎮であろうと、これを知る理由はないはずだった。この土地に生を受け、この土地に生きた人間でない限り。
「何のために…?」
 男の言葉に反応を見せたのは、イルト。長が諌めかける様子を寸時だけ見せるが、さし伸ばされかけた手はすぐに下ろされた。
 再び男の視線がイルトに戻る。瞳に宿る光は、静かに沈んでいた。
「貴方が長殿のお孫さんであるなら、ライズ・グレリオ・サイファは君のお父上ですね」
「え…」
「私は彼に逢いたいのです。墓苑にいる筈のライズに」
 グレンの瞳に追憶の靄が漂った。
「!!…何なんだあんたは…!」
 無性に腹立たしさが込み上げ、イルトの声が荒くなる。このグレンと名乗る男が口にした名は確かに自分らが幼い頃に死んだ父親のそれであり、墓苑に葬られているのもまた事実である。だからこそ、許せなかったのかもしれない。
「イルト…!」
 前に踏み出しかけたイルトの腕をとるアムリ。英雄と同じ名を名乗る男は僅かに首を傾げた。眉目に微かに曇りが浮かんでおり、イルトが向ける感情の矛先が全て受け流されているような空虚がそこにあった。
「確かに父さんは昔に死んで今は墓苑に墓石がある…でも何であんたがそこまで知ってるんだ」
「イルトってば、やめなさい」
「姉さん、だっておかしいじゃないか…!爺様、今までの話も、何の事だか俺達には全く分からない。それ以前に、この男が誰でどうしてどうやってここに来て何でこの村の人間にしか知り得ない事まで知ってて先々代様まで知っていて…父さんや爺様の昔まで知ってるってそれも訳分からないんだよ!」
 アムリの手を振り切りイルトは長の前に立ちはだかるようにして身を乗り出していた。すでにイルトの口からは、「長」ではなく、幼少の頃から呼びなれている呼称がこぼれていた。十八の成人の儀以来、口にする事を厳しく窘められて来た呼称だった。
 ちなみにアリタスでは、男女ともに十八になると「成人」とされている。これは国ごとに異なり、一般的には二十歳である場合が多いという。
「私が何故グレリオに詳しいかについての理由は簡単で、」
 イルトの息が落ち着きだしたのを見て、男が答えた。
「私が元はグレリオの人間だからです」
「でも」
「ただ、いまグレリオにいらっしゃる方々の内、私がここにいた時期に同じくここにいらしたのは…長殿だけでしたね。だから皆さんが私をご存じないのは当然なのです」
 この村出身者ならば、イルトらが見知らぬ筈はない。その疑問を予測してか、グレンの言葉がイルトの反論しかけた言葉を覆う形になる。だがそれは、言葉の理屈は正しいのだろうが、事実の理解として反芻するにはあまりに奇異なものだった。
「…………え??」
 この男と話していると、自分の頭が悪いのではないかと疑うほどに、イルトらには彼の言葉がまったく理解の範囲を超えたものばかりなのだ。イルトは無意識に片手で頭を軽く掻き、さすがに寛容な性格の姉、アムリも困惑した表情を浮かべて口元に手を当てていた。
 周囲の心情を察してか、男は小さく苦みが混ざった笑みを見せた。
「グレリオの方々には…いずれ知って頂きたいのです。でも、今はその時ではありません」
 男の言葉の直後、長もゆらりとした動作で立ち上がる。白い長衣が長い衣擦れ音をたてた。
「私にしばらく時間を頂けませんか」
「時間…」
「私はグレリオの地なくしては生きることができない身です。お話しする義務があります。けれど、時間が必要なのです。私はすでに三年を無駄に失ってしまったから」
「グレリオなくしては……」
 最後の言葉を反芻したのは、アムリだった。グレリオの世継ぎを司る印を身に宿した彼女には、「グレリオなくしては生きられぬ身」という彼の言葉に特別な感慨を抱いたのだろう。
だがいずれにしろ男が口を開くたびに、こちらが疑問を投げかけるたびに、更なる疑問符が積み重ねられていくだけであると判断せざるを得なかった。それきり、誰もが口を噤む。
 一瞬おとずれた静寂を和らげたのは、
「墓苑に参りましょう」
と、長だった。
「恐らくそこで一つ、分かることがあるのではないですかな。この子らにとって」
「分かることが?」
 男、グレン・イーザーは小さく頷いた。
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