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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT4-3
03

 長を除く面々と同様、その男の面持ちにも困惑と混乱が表れていた。ことに周囲を覆い尽くす印を眺める瞳には、暗雲のような絶望が浮かんでいる。そのうち床から力を吸い取られたかのように男は、足下からゆらりとその場に膝をついた。
「…あ……」
 思わず手を差し出しかけて、イルトは寸でのところで躊躇った。支えねばと思う一種の使命感と、触れてはならないという一種の畏怖とが葛藤した結果だった。
 キルマイトの床に膝をついた男は、左手を床につける。そこから水辺に波紋がひろがるように、キルマイトの下で巨大な模様が、光の回路を淡く描き始める。「反応」しているのだ。
「…………」
 男は、小動物を撫でるように床を小さく撫でる。キルマイトの下にある印に触れようとしているかのように。淡い光が、いとおしそうでもあり淋しそうでもある男の面持ちを、照らしていた。
(印が生きているようだ)
 イルトは思う。
 長やアムリが印に与えた契約的なやりとりではなく、もっと有機的な何か。
 言葉にできない感覚を、イルトは無意識に感じていた。
アムリも、長に説明を求める視線を向けているが、当の長は男の気持ちに整理がつくのを待っているかのように静かにただ、様子を眺めていた。
「今は、何年なのですか」
 静寂が覆い尽くしていた場にようやく男の一声が響く。名残惜しげに床から手を離し立ち上がる。光はもう消えていた。
質問の意図がわからず、イルトはわずかに眉を顰めた。
「暦ですか?71年…ですけど」
「共暦2571年…?まさかアリタスフューリー暦71年なんて事は…」
 アリタスフューリー暦71年は今から更に数十年も先である。イルトが「共暦です」と答えると男は「そうか」と呟きながら左手を口元に当てる。僅かに震えているようだ。
「それでも三年…あれから三年も………」
 三年。この言葉にイルトは思い出せうる限りの年表を記憶から引き出そうとしたが、特段おもいあたる節はなかった。
少なくとも自分に関わる部分では。

「……どうぞ…」
 テーブルに出された温かい飲み物。アムリが男のために用意した薬草茶だった。鼻腔を通り抜けていくような涼しげな香り。アリタスの山岳地帯に群生するもので、精神安定の作用がある。お香やお茶、薬に混ぜるためによく使われる薬草だ。男の様子から気を利かせてのことだろう。
 ゆらりとカップから立ち上る白い湯気をしばらく眺めていた男は、そのうち躊躇いがちにカップを手にとった。
 キルマイトの空洞から地上にあがり、長は屋敷の一室に男を招きいれた。簡素な内装だが、中央に置かれたテーブルには貴重な大理石が使われており、村では板敷きのフローリングが一般的なのだが、ここには伝統模様が描かれた絨毯が敷かれている。室内は人払いがされており、そこにいるのは男以外に長、アムリ、イルトのみ。
 男がいくぶん顔色を取り戻した頃を見計らい、ちょうど対面に腰掛ける長が静かに言を発した。
「随分と、お久しぶりですな」
「え…?」
 男が顔を上げる。両手はカップに添えられていた。その温かさを感じているかのように。
「ご無理もない」と長は顎全体を包み込むように蓄えられた髭を触りながら軽く笑う。
「もう、何十年も前の事ですから。私は当時まだ、そう、そこにいる孫らと同じような年齢でした。今では面影もありませんな」
 長の瞳に追憶の光が点り、口元にくつくつと笑みが漏れた。
 一方で周囲の面々は長の言葉に違和を感じざるを得ない。長がイルトらの年齢であった頃、この場にいる者は、男も含めてまだ生まれてもいなかった頃ではないのかと。実際、その計算は正しい。
「……」
 長の言葉に男は、長が腰を下ろすソファの背後に控えて立つイルトを見やった。続いてアムリの方へと視線が動く。そして口元に指をあてて考える仕草を見せた直後、男は「あ」と小声を洩らして再び長へ視線を戻した。
「もしやデナウ……?ファルス長老に次期長だとご紹介頂いた事がありました」
 デナウとは、長の名だ。
「左様で」
 名を呼ばれた長はまた恭しくわずかに頭を垂れた。
「あぁ…失礼、そのご様子だと、長とお呼びするべきでしたね」
 初めて、ほんの僅かながら目端に笑みを見せた男に長は首を横に振った。
「…???」
「………????」
 ファルス長老は、アムリやイルトから曾々々祖父に当たる人物で、先々代の長である。時系列をまったく超越した両者の話に、孫二人は完全に置き去りにされている。アムリがイルトにちらりと視線を向けるが、イルトは男の顔をじっと見つめたまま、動きを止めていた。
(……誰なんだろう)
 イルトは考えていた。
 どこかで、いつかどこかで自分はこの男を見たことがあった。落ち着きを取り戻したその声も。何より寸時かいま見せたあの笑みにも、イルトは只ならぬ感慨を得ていた。でも、その正体が分からない。薄い靄の中を記憶が懸命に足掻いているようなもどかしさ。
「あの…お爺さま……」
 説明を求めるべく、恐る恐る割って入ったのはアムリ。両手にはトレイを抱いたままだった。長の視線が孫娘に、そして再び男に戻った。それを受けて男もアムリを見やり、そのすぐ側にいたイルトに向き、そして再び長に戻り最後に小さく頷いた。
「この方は…?」
 皆の佇まいが改まったのを目視し長の言葉が続く。
「この方の御名はグレン・ノースクリフ殿。いや、グレン・イーザーの名前の方が…お前達にも聞き覚えがあるだろう」
「え」
「は?」

 それは、つい十三年前にアリタスを救った大将軍の御名のそれだった。
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