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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT4-2
02

 この世で最も硬い門扉が開けた奥には、人工的な石段が続いていた。滅多に人が通る事がないのだろう、敷き詰められた石には人の足により研磨された様子もなく、真新しかった。外界でも見やる事のできる遺跡のような作りの柱やレリーフが施された石壁などで、ここが地下神殿への入り口だと分かる。
「グレリオに長らく住む民が、何故「岩隠の民」と呼ばているか…お前達は知っているかの?」
 長に促されてそ二人も石段を下る。長を先頭に、アムリ、イルトの順に。長らく封じ込まれていた冷たい空気は、仄かに錆か黴が混在した香りがした。
「さあ……」
 姉が首をかしげ、
「こんな岩盤地帯だから、岩に隠れて暮らす田舎者って事じゃ?」
 弟の乾いた声が続く。「こら!」と姉の小さな叱責の混ざった苦笑がこぼれてきた。前方を歩く長も、口の中で溜息のような笑みを漏らしていた。
「………あ」
 石段を一つ下るにつれて、長とアムリの手の平に仄かな光がともり始めたのが見える。印が輝き始めているのだ。そのうち誰も言葉を発しなくなり、ただ石段を下る足音だけが不規則にこだまする。
「……」
アムリは青白い、どこか不安亭な光を放つ己の手の平を握り締める。
 緩やかな螺旋を描く石段をしばし下ると、また壁一面の門扉の前にたどり着いた。施錠されている様子はなく、観音開きの扉を封印する形で魔方陣が描かれていた。
「岩に隠れる民ではなく、「岩に隠す民」だからじゃよ」
 言いながら、長が振り向いた。
「―え……?」
「アムリ」
答えを求める前にまた長に促され、アムリは魔方陣に印が刻まれた手の平を当てた。
「っ!」
 また、目を覆うほどの青白い輝きが小さな爆発を起こした。不意のことで視力を一瞬奪われた二人は、手で顔を覆う。恐る恐る顔を上げるとまた、そこには門扉が開かれた光景があった。
「わぁ…」
 思わず声を出したのはイルト。今度は狭い石段ではなく、大広間が彼らを迎えていた。仰ぎ見られるほどに高い天井、床、身体ごと向き直らなければ見渡す事のできない壁、全てがキルマイトで覆われていた。
「すごい、四方八方がキルマイト…まるで鉱脈の中にいるみたいだ」
 感嘆したイルトの言葉に長が頷く。
「イルトの言うとおり、ここはキルマイト鉱脈の中心部だ。だが自然に発生したものではない」
「え…」
 アムリの呟きが小さくこだまする。追従してきた面々もざわついた。
「人工的に作られた空洞だと?」
 再び長が頷く。
「だけど、現在のいかなる工業技術も、キルマイトを掘削する事は不可能だというのに」
「そうだ。精霊が生み出し物に抵抗しうるは、これもまた精霊が生み出した物のみだ。神の石キルマイトを変形させる事ができるのは、同じく神の力のみ…」
 それ以上の仔細は語らず、長は空洞の中心へと歩を進めていった。慌てて二人が追随する。
「イルト、見て」
 アムリの声に促されて、足下を見下ろす。眼下にひろがるキルマイトの床、透けて窺えるその下に、なにやら巨大な模様が見えた。
「壁もだ!」
 床、壁のみならず、キルマイトに覆われた空洞の面すべてに、模様が描かれているのが見て取れた、そしてキルマイトはそれを守るように覆い尽くしている。
「これは…壁画なのですか?」
 様々な波が、そこにあった。自然が壁面を磨耗して作り上げた模様ではない、人工的に描かれたかのように意志を持った線の数々が、キルマイトの向こうに透けてみえていた。何と特定する事はできない様々な模様が。
「これは全て、印だ」
「え!?」
 長の言葉に、呆けて辺りを見渡していた面々がはじけるように一斉に振り向いた。
「印って…私の手にあるような、『精霊の印』ですか?」
 あらためて己の手の平を見やるアムリ。長の肯定が戻ってくる。
「この、壁や床一面、すべて合わせて一つの印なのだ。そして、キルマイトは印を守る結界。正確には鉱石などではない。だから人の手を加える事ができぬのだ。その固さと輝き故に人々はそれを「鉱石」と呼ぶようになったが、逆にカモフラージュとなり我々には都合が良かった。そして、このキルマイト結界を作り出し、また解放する事ができる唯一の手段が、我々の手に浮かび上がるこの印なのだ、アムリ」
 人の手が決して及ばぬように守られた巨大な印。
 岩隠の民、つまり「岩に隠す民」とは、この事を示していたのだろうか。
 代々、長のみが受け継ぐ印が持つ役割が、果てしなく壮大な物に思える。イルトはそっとアムリの横顔を見やった。線が細い姉は戸惑いを瞳に宿しつつも、じっと長の話に耳を傾けていた。
「では、この巨大な印は何なのですか?」
 至極、素朴な疑問が口に出る。
 これほどに巨大な印を、他に見たことがなかった。
「それは…」
 長が言葉を漏らしかけたと同時にそれは始まった。
 キルマイト全体が、印から発せられた光の脈動に反射を繰り返し、空洞全体を淡く照らし始める。まるで生き物のような脈動は、心臓の鼓動に似た音を、イルトの脳裏に響かせる。

-呼んでいる

 段々畑で漠然と感じた空気の振動と同じ感覚だった。イルトは無意識に両手を耳元に当てた。
「な、何……」
 体の中に水が流れ込んでくるような圧迫感に、イルトは喘いだ。
「どうしたの、イルト…」
 アムリには影響がないのか、不思議そうに眉根を顰めてイルトの肩に手をあててきた。
「二人とも、少し下がりなさい。「彼」が戻られる」
 長は装束の裾をするりと翻すと、巨大な印の中心と思われる円陣の中心と向き合う。
「彼??」
「戻る?」
 あわてて二人も長に倣い、数歩さがって同じ方向に視線を向ける。
 その場の全体を照らす光はますます強さを増し、長、そしてアムリ自身の手の平に刻まれた印もそれに呼応していた。
「え…」
 突如、目の前に炎が広がった。直後、黒煙と共に爆発へと変わる。だが熱は感じない。音もない。これは、脳裏に流れ込んでくる強烈なイメージ。煙の中をかけぬける複数の足音、爆発と瓦解音、そして甲高い少女の悲鳴、三度の爆発そして…
「きゃぁ!」
 空間すべてが白い世界に変わるほどの光が溢れた。そしてそれはまるで印に吸い込まれていくように霧消する。聞こえたのは、アムリの小さな悲鳴だった。
 新たに現われた気配を感じて、恐る恐る目を開けるとそこには、一つの人影が。
「え……?」
螺旋を描く印の中心に佇む男。
「………」
 顔を上げる面々の前に突如現われた男の体が、陽炎のごとくゆらりと足下から揺らいだ。
「イルト!」
「!」
 長の声。反射的にイルトがその場から立ち上がりざまに駆け出し、男にかけより身体を抱きとめる。ずしりと重みを感じた。幻影を見ていたような錯覚に陥っていたがこれは間違いなく、生身の人間。しかもよく見れば男は白いシャツにブラウンのトラウザという、至極一般的な市民の服装をしていた。白めの肌の色も、ダークブラウンの髪の毛も、アリタスでは珍しくもない。イルトが抱きとめて十分耐えられる中肉中背も、ごく平均的なものであろう。
 市井に紛れてしまえば見失いかねない、普通の人間が何故こうしてここにいるのか、否その前にどうやってこの男はここに現われたのか、その前の根本的な疑問など、長を除くこの場にいる面々には様々な疑問符が脳裏で飛び交っている。
「ん……」
 イルトの肩に顔を埋めていた男から、小さな声が漏れてきた。
 体温も心臓の鼓動も吐息も感じられる。やはり生きている人間なのだ。
「……え…っ?」
 急激に意識が引き戻されたかのように、男はイルトの肩から顔をあげた。すぐ近くにあるイルトの顔に驚き、確かでない足取りで二歩ほど後ずさりする。
「…えーっと…」
 男の顔がようやく見えた。年は二十台半ばといったところか、体型、服装、髪型、髪と肌の色に特色はないが瞳の色が少々変わった鳶色をしていた。自分を見て驚く男の様子に、イルトも戸惑った顔でごまかすように笑うしかできず、背後にいる長に助けを求めて振り向く。ゆるりとした恭しい動きで長がこちらに向かって歩み寄るところだった。
「お戻りですか」
「……っ」
 長の言葉に、男は当たりを見渡す。四方八方、一面の模様に明らかに眉をひそめて目を見開く。
「『また』か……また私は……」
 男はただそう呟いて、絶望を顔に浮かべた。
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