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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT4-1
ACT:4 無限の零

01

 アリタスの周辺を三百六十度取り囲む連峰群。サイズ違いの輪を重ねたように、幾重にも岩峰がACCを守るように連なっている。その一角をグレリオ岩連峰といい、ACCの真北に位置している。ACCから見て東西南北を囲む連峰には、それぞれ名がついている。グレリオ岩連峰はその名の通り岩盤地帯となっており、その他連峰と違い鉱脈などの資源採取が一切不可能となっている不毛地帯である。
 しかし、近代化に伴い国が現在の盆地に中枢機能を遷移するまで、古い歴史書によればアリタスの祖となった民は、グレリオより集落を拓いたとある。歴史的意義の深い地ではあるが、経済的価値の低さから現在は完全に忘れ去られた地となっていた。
 現在でも、このグレリオに古より留まる民達がいる。自らを「岩隠の民」と呼ぶ彼らは、この不毛の地に唯一あるオアシスを中心に村を拓き、細々と暮らしていた。
 岩隠の民には長がいた。この地に最初に移り住みし族長の血脈にあたる末裔だ。齢六十を越え、もう二十年以上も長を務めている。長には孫がおり、名はイルトと言う。今年で十八になった。
「……?」
 何かに呼ばれたような気がして、イルト無心に擂粉木を動かしていた手を止めた。岩盤を伝い、振動する波のように「何か」が自らの呼吸と脈に合わせて波打ってくる。
ここはオアシスからほど近い段々畑。イルトは村が見下ろせる、最も高い段々の一角にいた。高いところを流れる風が、遠くから鳥のさえずりを運んでくる。ここはそれ以外に音らしい音はなく、ただ岩盤の間を吹き抜ける風がときおり、人の呻き声のような音を漏らすぐらいだ。
グレリオ一帯の岩盤は、鉱物資源にはならないものの、特殊なミネラルを含むため粉砕することで作物の肥料になる。このため少ない土壌でも実りが豊かで、岩隠の民たちが自給自足をするには十分なのだ。イルトはこの畑の隅で岩の欠片を、特殊な擂粉木ですりつぶして肥料を作るのが日課となっている。
 自分を呼ぶ「何か」を探ろうと、手を止めしばらく周囲をうかがう。すると、
「イルトー?」
今度ははっきりと声が届いた。村へと続く道から段々畑の下層へと駆け寄ってくる小さな影が視界に入り、それが姉のアムリだと気付く。だがそれは、イルトを呼んでいた「何か」ではなかった。「何か」は足下から脳天にかけて脈線をたどり、全身の神経に直接訴えかけてくるような熱を持っていた。目や耳で捉えられるものではなく、もっと六感的なもの。
「お爺……長が私達二人をお呼びなの」
 呼びかける「何か」が気にはなったが、イルトはアムリの元に駆け寄った。
「なんだろう」
 イルトの問いにアムリは控えめに首をかしげた。巫女の証である長い髪がふわりと揺れた。岩隠の民を統べる一族は代々、精霊の声を媒介する神職者で構成されている。アムリはその力を強く受け継いでいた。とはいえ、まだ若いアムリの役目は明日の天候や豊饒を占ったり、解呪や厄除けなどの簡単な神事を行うに過ぎないが。
「ね、イルト」
 村へのあぜ道を行く中で、アムリが呟いた。
「どう表現したらいいのかしら、最近こう、頭痛がしたり体が重くなったり…違うわ、とにかく体に普段と違う異変が現われたり…しない?」
「……それって…」
 イルトはアムリの横顔を見やる。弟の反応に、アムリは不安げに眉根を潜めて振り向いた。
「足下から全身に波がざわめくような、何かに呼ばれているような…」
「波…そう、そうね、そうとも表現できるかもしれない」
「あなたもなのね」とアムリの面持ちに安堵が現われる。しかしすぐにまた薄い雲がかかった。
「何か良くない事の前兆なのかな」
「分からないわ…」
 小高いあぜ道から村全体が見渡せる。そこから自然と口数が減り、結局二人は村にたどり着くまで無言のままだった。

 段々畑からあぜ道をたどっていくと、村の西門へとたどり着く。異変はすぐに気がついた。普段、人通りの少ない西門に二人を向かえる人の群れがあった。その中心に、長たる二人の祖父がいる。いつも身につけている、絣が施された野良着衣ではなく、白い衣を纏っていた。
 ざわり。
木がはぜるような音と共に空気が揺れた。
「アムリ、イルト、おいで」
 長は二人を急かすが、声の調子は常と変らぬ低音の落ち着いた調子だ。促されるままに二人は長の後に続く。門の周辺に集まっていた村人らが、三人を見送る。
「…あれ?」
 長に導かれてたどり着いた先は、屋敷だった。
 思わずイルトの口から拍子抜けした声が漏れる。
 屋敷といえどもACCに並び立つかのような豪奢なそれではなく、代々の長が住居とするそこは、アリタス準古代調と呼ばれる様式に則った古い作りで、二階建ての平屋の左右に、小さな蔵が建っているだけのものだ。それでもここら一帯では最も大きい。
 屋敷に入っていくと、長は奥部屋の門扉の前に立った。壁と見紛うばかりの巨大な扉だった。観音開きになっており、鉄の閂で錠が施してある。幼少の頃より決して近づくなときつく戒められていた場所だった。
「それ、外してくれるかの、イルト」
 長が扉の閂を指差す。言われるままにイルトが従い、ゴトリと重たい音をたてて鉄の棒が床に置かれる。そしてすぐさま長は扉に手を掛けた。好奇心と畏れを瞳に浮かべた子らを前に、巨大な門扉が重たい音と共に開かれる。薄暗い室内だというのに、徐々に開かれる隙間から溢れんばかりの光が漏れてきた。
「光?」
 アムリは眩しさに眉をひそめた。屋敷は聳えたつ巨大な岩盤を背に建っており、この奥部屋より先に外界の風景を見やる事など、物理的に不可能な事。なのにこの扉の向こうから漏れてくる光はなんだろう。目が慣れるまでに多少の時間を要したが、はじめにその正体に気がついたのはイルトだった。
「…キルマイト鉱石の岩盤…?」
「うむ」
 イルトの言葉どおり、開け放たれた門扉の向こうに空間は存在せず、そこは一面の輝ける鉱石の岩壁だった。
「本当、キルマイトね」
 背後でアムリの声。
 キルマイト鉱石とは、アリタスを含むこの世で最も硬いとされている鉱石である。現在では掘削、溶解はおろか、傷一つつける事もできない「神の石」とも呼ばれている鉱物だ。その輝きの美しさから、歴代の職人らが工芸品や嗜好品へ用いようと試みたが叶わず、軍事技術応用への研究も行われたが、いずれも決して実る事はなかった。
 このキルマイト鉱石がグレリオ一帯を「不毛の経済的無価値地域」とした原因である。グレリオ一帯は岩盤の下に巨大なキルマイト鉱脈が潜んでおり、穴を掘ればいたるところでこのキルマイト鉱石の姿を覗くことができるほどだ。
「アムリ、手を」
「え…」
 アムリの左手の平には、長と同じ印がある。これはグレリオの長が代々受け継がれる天啓印で、イルトには現われなかった物、つまり次の後継者がアムリである事を示す物だった。この印は「呼子の印」と呼ばれているもので、どのような能力を備えている物なのか、イルトはおろか、保持者のアムリでさえ分からなかった。ただ、アムリは少しイルトよりも天候を読むのが上手く、占いが上手だというだけで。
「壁に、印を当ててみなさい」
 恐る恐る開かれたアムリの手の平には、正円の中心から外側に向かって伸びる幹のような模様が描かれている。言われるままにアムリは、その印を押し付けるように、左手の平を壁に押し当てた。冷たい、鉱石の感触がする。だが次の瞬間にはキルマイトが、目を刺すような光を放ち始めた。
「熱…っ」
「手を離してはいかん!」
 手の平の中心に生まれた熱が、急激に手の平、そして腕全体に伝わっていく感覚がした。長の一喝にアムリは思わず一歩引きかけた右足を踏みとどませる。
「く…」
 眩しさのあまり世界が白くなり、心なしか耳の奥で鼓膜までが震え始めた。イルトはたまらず両手で頭を抱えた。そしてまた、急速に光が吸い込まれるように失われる。
「……?」
 呆然と顔を上げると、
「キルマイトの壁が…!」
 冷たい輝きを放っていたキルマイトの壁はそこに無く、門扉の向こうに道が開けていた。
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