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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians22
22

 部屋割りは、他校の選手とも交流が持てるようにと、それなりに余計な考慮がなされていた。部屋は四人部屋、六人部屋の三種類。個人部屋はプロや監督、コーチ用だ。
 五人も代表がいる桐嬰の場合、二人と三人に分けられ、要と茂森は、他校の二名と一緒に四人部屋に割り当てられた。
(いないのか)
 まだ誰も部屋に戻っていないようで、部屋の鍵は閉まっていた。鍵を開けて灯りをつけると、部屋の真ん中や隅に四人分の荷物が置かれている。部屋はビニールの畳で、押入れがある。小さな卓袱台が一つと冷蔵庫、そして出口の右手に洗面台がある。トイレと大浴場は共用だ。まさに寝るためだけの小さな部屋だが、清潔感があって居心地は悪くなさそうだ。
 押入れを開けた。四人分の布団一式が積み重なっている。まだ寝るには早い。まもなく、廊下から人の気配が近づいてきた。同室者の他校の選手だろうか。身構えていると、
「あったよ、グレープフルーツジュース」
 両手に缶を持った茂森だった。
「本当にあったのか…」
「ん?」
「なんでもない」
 放り投げられた缶を片手で受け取り「いくら?」と尋ねると、
「いいよ」
 と返ってくる。
「前に野菜ジュースもらったから」
 要にとって衝撃的な人事発表の夜。踊る電子ヒヨコと野菜くん(しっかり野菜生活のキャラクター)が脳裏に蘇る。
「あれはタダだった」
 要が言うと茂森は得意そうに、目を細めた。
「俺も、当たったんだ」
「マジで!?」
「びっくりした。初めてだよ」
「じゃ、もらっとく。サンキュ」
 納得して要はプルリングを引いた。
 また廊下方面から聞こえてきた。ノブが回されて、今度は同室者の残り二人がやってくる。
「あ…ども」
 不意を突かれたように二人組は部屋の入り口で足を止めた。
「神奈川の桐嬰中二年、茂森です。よろしく」
 茂森が先に自己紹介をしたので、要も倣うことにした。
「同じく四条」
 それに「ども」と付け加えて必要最低限の挨拶に留めた。むしろ自己紹介など必要ないのは茂森のほうなのだが。
 対して同室者は東京都の稲井中の森下と川西と名乗った。それぞれMFとDF。こちらも強豪チームとして知られており、都大会ベスト4の成績から学校推薦枠と協会推薦枠を得て四人が派遣されているのだという。要たちと同じように、半分に分かれて部屋を割り当てられている。
 部屋の真ん中で飲み物を囲んで話をしていると、一際騒々しい声と音が廊下から響いてきた。推測するまでもない。
「あそびにきましたーーーーーーっ!!!」
「寝るには早いぞコラァア!」
 鴨崎と、今やすっかり意気投合している岡野原が、第一陣としてドアを蹴破ってきた。
「……」
「……」
 呆然とする室内の四人。そして少し遅れて、
「ちぃーす」
 と芥野、清水寺が秋枝を巻き添えにしてやってきた。
 両手に菓子袋を抱えた鴨崎が、室内の唖然とした空気を押しやって、部屋の真ん中へ入り込む。中央に菓子袋を広げ「すごいっすよ、ミニローソンがあったんですよ!」と興奮している。
「飲み物も調達してきた」
 岡野原が2リットルのペットボトル数本を、菓子袋の傍らに並べていく。ご丁寧に、紙コップまで用意していあった。「よう!」と要達の同室者二人にも気さくに笑いかけて、自己紹介が始まっている。鴨崎と二人であっという間に場の空気を一つに馴染ませつつあった。
「すげーな」
 思わず呟きとして漏れた要の言葉。コップに飲み物を注いでいた茂森がそれを聞きつける。
「岡野原と鴨崎って、似てるんだよな」
「そうみたいだな」
 手渡された菓子袋の一つを開けながら、要は騒ぎあう岡野原と鴨崎の様子を見ていた。根岸は鴨崎の突飛行動を吸収緩和する事でウマのあう関係性を作っているが、岡野原の場合は完全に同じ空気に同調している風だ。
(黙ってりゃフツーなのに)
 長身で大柄な体躯、太い眉毛に短髪と、一見すると岡野原は硬派なアスリートにも見えるのだが。口を開いた時とのギャップに、要の目はまだ慣れていない。
「四条は、鴨崎が入部してきた時のこと、覚えてるか?」
「へ?」
 茂森から突然の質問に、要は一瞬目を丸くするものの、すぐに「当たり前」と苦笑した。

 鴨崎と初めて会ったのは、去年の春。新入部員テストの時だった。
 三年生と一軍達は別グラウンドで練習をしており、二年生の要達が二軍グラウンドでテストの手伝いをする事になった。
 シュートのテストで、要はセンターサークルに立ってテストを受ける新入生にボールを渡す役目だった。
「GKがもうすぐ来るから、ちょっと待っててくれ」
 と、テストを進行するコーチ。このシュートテストの時だけ、別グラウンドで練習をしている茂森が呼ばれる事になっている。
「1番!1年A組、鴨崎隆一、よろしくお願いしまーーっす!!」
 頼んでもいないのに、高々と名乗りを挙げながらやってくる一年生。「1」番のゼッケンをつけていた。
「……」
 ボールを持ったまま要が奇異な目で鴨崎を見ていると、
「あ、先輩!!FWの四条先輩っすよね!」
「え?ま、まあ」
 目を輝かせて詰め寄ってくる鴨崎に、要は一歩引いた。
「見学会の紅白戦みましたー!すっごい接戦で面白かったです!先輩のフェイク、シビれました!!」
 この年の紅白戦も、GK茂森と一軍二人を含んだ二軍チームと、一軍チームの対戦という図式だった。そういえば、見学者席から奇声が聞こえてきた気がするが、これはこのアホから発せられたものなのだろうか。
 あまりの勢いに唖然とする要の様子を見かねてか、
「空気を読めバカモ」
「2」番のゼッケンを身につけた少年が、鴨崎の背中をどついた。これが当時新一年生の、根岸だった。
「いってぇ!」
 半泣きで抗議する鴨崎を無視し、根岸は要に向き直る。
「先輩すみません、こいつバカなんです」
(言われなくても分かったけどな)
 鴨崎と根岸の凹凸ぶりに口を出す隙もなく、要はただ二人のやりとりを眺めているだけに留めた。
「バカっていう奴がバカなんだぞ!あ!!」
 根岸への猛抗議を唐突に打ち切った鴨崎の視線が、九十度旋回する。
 要も振り向くと、一軍グラウンドの方からキーパーユニフォームがゴール前に駆けて来るのが見えた。シュートテストのキーパー役をするために呼ばれた二年生。順番待ちのために並んでいた新入生達の間で軽いざわめきが起きた。それを全て蹴散らす奇声が、
「茂森一司きたー!!!」
 要の目の前で炸裂する。
「………」
「………」
「………」
 いくつもの唖然が、鴨崎に向けられた。
「……???」
 フルネームを叫ばれた本人は何事かと、まるで天災に遭遇したかのように「ぽかんとした顔」で、動きをとめていた。
「―じゃない、茂森センパイ!!」
 感慨深げに言い直してから鴨崎は、呆然とした要の手から、半ば奪うようにボールを受け取ると、それを足の下に転がした。
「俺!ゴール決めますからっっ!!」
 ある意味「天災」のような鴨崎少年は、ゴール付近に立ち止まったままの茂森に指を突きつけた。

「忘れるわけねーよ」
 要は回ってきた菓子の袋から一口二口つまみながら応える。徐々に頭の中に当時の光景が鮮明になってきた。間近で鴨崎の奇行を全て見ていたのだから。
 シュートテストでのシュート回数は、一人につき五回。センターからドリブルして、シュート位置は自由だが、必ずペナルティエリアの外からでなければならない。
 あのテストは、シュートが入る・入らないを計るものではなかった。新入生の中には当然、初心者も混ざっているので、全体のセンスを見るものである。そうでなければ、新入生にイキナリ中学日本一のキーパーをあてがうわけがないのだ。趣旨についてコーチから冒頭に説明があったが、鴨崎にはまったく聞こえていなかったようだ。
「この日をまってたんっす!!」
 と息巻いている。
「…あ~あ…」
 可哀相な子を見る眼差しになっていた要は、一つ深い息を吐いた。
「いいよ」
 一方で茂森はいつもの面持ちに戻って、ゴール前にスタンバイした。
「そのつもりで」
 こちらもそのつもりで迎え撃つ。
 茂森の返事にはそんな意図も含まれていた。
 本来このテストで茂森は、「必ず取ろうとしなくても良い」とコーチから言われていたはずなのだ。
 要にもコーチらの意図は分かっていた。例えただ立っているだけでも、ゴール前に人がいるのといないのとでは、それだけで感じるプレッシャーが違う。それでなくてもこの桐嬰の正GKは、戦闘モードになると存在感が雲泥に違う。
 その圧迫感に気後れする事なくボールに集中しゴールに執着できるか。技術よりむしろそのメンタリティを見る為のテスト。
「よし」
 ゴール前でグローブを締め直した茂森は小さく頷くと、
「いいぞ、来い」
 僅かに背を屈め、胸の前で両手拳を突き合わせた。これがスイッチとなる事を要は知っている。途端、目つきが変わり、ゴール前に黒く巨大な鉄扉が現れるのだ。
「お願いしまーす!!」
 気後れどころか顔を紅潮させたこの新入生は、先ほどから早くボールを蹴りたいとうずうずとしていた。
(ある意味こいつは既に合格してるのかもしれない)
 寒くもないのに素肌から湯気が立ち上りそうな背中を眺め、要は次のため息を唾と共に飲み込んだ。
「いきまあーす!」
 声をあげ、鴨崎はボールをけりだした。

「結局シュートは全部とられたってオチでしたけどね!」
 と、いつの間にか思い出話に加わっていた鴨崎。
「わはははは!カッコイイなおまえ!!」
 岡野原はその話をいたく気に入ったようで、今も鴨崎の隣で豪快に笑っている。
「そうそうできる事ではないな」
 秋枝が冷静なコメントを残す。
「逆に感心したな」
 と言う要に続いた岡野原も「そうだよな」と頷く。
 だがそんな三人の反応へ、茂森は「よく言うよ」と笑い出した。
「なんだよ」
 といぶかしがる要を見て、その視線を秋枝と岡野原へも向けた茂森。
「俺にとっては、秋枝も岡野原も、四条も・・・かなりインパクトの強い出会い方だったんだけどな」
「「「そんなことないだろ」」」
 三重唱した三人のリアクションを受けて、また茂森は笑う。
「聞きたい!聞きたいっす!」
 鴨崎が身を乗り出す。
「他の二人はともかく、俺はちがうだろ」
 と要。
「俺、そんな衝撃的な出会い方した覚えねーぞ」
 言いながらペットボトルに手を延ばし、別に飲みたくもないお茶を口に含む。ただ唇が乾いている。要には、少し嘘をついている自覚があった。
 お互いに初対面だった時には、確かに茂森が言うほどの事はなかったはずだ。だが要の一方的な遭遇は、確かに「インパクト」と呼ぶのに相応しい。関西でずっと噂でしか耳にしたことがなかった「関東の凄いGK」、その試合を初めて見た時。
 要にとっての茂森との出会いはその時だったのだから。
「少しずつ話してやるよ」
 と鴨崎を宥めた後で要を見やる茂森の目が、なぜか少し寂しそうに見えたのはきのせいか。
(そんな顔される覚えはないぞ・・・)
 茂森の視線から逃げる為に要はコップの中身を飲み干した。
 会話が途切れかけたタイミング、まるで句読点のように軽快な着信音が鳴り響いた。
「わりい」
 要の携帯だった。
 ディスプレイをよく確認せずに通話ボタンを押すと、電波にのって甲高い声が届いた。
『カナ兄元気~~~??』
 受話器から耳を離しても、声が突き抜けてくる。周囲にも、電話の相手が女の子である事がすぐに分かったようだ。
「ああ…元気だよ…何の用だ?」
 要はその場から立ち上がりなら電話に応える。部屋にいる面々、特に芥野と清水寺と茂森以外が興味津々の様子で要の背中を眺めている。
『やーだな~~~、初めてのセンバツだっていうから、ご機嫌うかがいだよ?』
「お前は母親か」
『なによ~~、シボられて落ち込んでるかなーって思ってかけたのに』
「まだトレーニング始まってもいねぇよ」
『あら』
 しばらくそんなやりとりをした後に電話を切る。振り向くと、
「センパ~~~~イ、カノジョさんっすかぁああ??」
「おお、やるなあ、桐嬰の副キャプテン君」
 予想通りのリアクションが鴨崎と岡野原から戻ってくる。一歩離れた場所から、秋枝や稲川中の二人もじっと要の方をうかがっていた。
 事情を知る桐嬰二年生の三人は、そんな彼らの様子を面白そうに眺めている。
「バーカ。妹だよ、妹」
 やれやれ、という風な顔で携帯のディスプレイを閉じながら、要は輪に戻る。
「先輩の妹さん!?」
「仲いいんだな~」
「どんな子なんですか??」
「カワイイ子か?」
「写メとかないんですか~?」
 やたらと鴨崎と岡野原の追及がしつこい。
「妹の写真なんて持ち歩くかっての」
 苦笑して携帯をパーカーのポケットに仕舞う。
「え~~芥野先輩達は知ってるんですか??」
 要から聞き出すのは難しいとして、鴨崎は別のルートから情報を聞き出そうとしはじめる。
「もう哉子の話はいーだろ」
 視線を振り払うように要は片手で空気をかいた。
「カナコちゃんっていうんだ~」
「………」
 しまった。
 今日は厄日だ。
 言い訳するのも疲れてくる。要は視を伏せて肩を落とした。
「明るくて良い子だし、可愛いよ」
 隣から、そんな声。コップにお茶のお替りを継ぎ足している茂森だった。
「な、お前…」
 要は思わず慌てて振り返る。
「おお、お前も会ったんだ」
 芥野が煎餅を食べながら呑気な事を言っている。
「お~~、可愛いんですか~~」
「いいな~、可愛い妹って男子の憧れだぜ?」
 何を想像してるんだか。
「そうでもねーよ」
「キャプテンが可愛いっていうんだからきっと可愛いですよ!」
 どういう基準と理屈だ。
「ところで何コ違いなんだ?」
 また、冷静な声で秋枝から言葉が挟まる。
「そういやそうだ。これで幼稚園生、とかいうオチかもしれないしな」
 と岡野原。
「同い年だよ」
 さっさと話を終わらせようと、鴨崎が何か言う前に要が即答する。
「同い年?」
 岡野原が、膝についていた頬杖から顔を離した。
「双子なんだって」
 半ばヤケクソな勢いで要は答えた。最初からそうネタばらししておけば、こういう話にはならなかった。内心で後悔しながら三杯目のお茶をコップに注いだ。やたらと喉が渇く。
「双子…え、でもだってさっき」
 岡野原が斜向かいに座る茂森を指差す。
 鴨崎も振り返った。
「?」
 何故自分が面々の視線を集めているのか理解できていないようで、茂森は頭上に疑問符を浮かべている。
 岡野原は何度か茂森と要の間で視線を行き来させた後、明後日の方向を見上げた。そして、Oの字にしていた口に、笑みを浮かべる。
「―まあいいや。そうかそうか」
 そんな頃。
 兄に電話をかけた妹哉子は、自分の電話のせいで兄が窮地に陥った事など知る由も無く。
「チュートリアルの片方って、言うほど男前かなぁ」
 などと言いながら、ルームメイトの同級生とテレビを観て笑っていたのであった。
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