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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians21
21

 夜。
 宿泊所の食堂は広く、選手全員が着席しても半分以上の席が余っていた。食べ物のメニューは栄養士によりガチガチに計算された内容であらかじめ決められている。その代わりデザートとなるフルーツと飲み物は取り放題だった。
 トレーニングが始まる前日とあって、まだ初対面同士が多く、選手達はそれぞれの顔見知りや学校同士で固まっている。
 フリードリンクコーナー近くのテーブルを陣取っているのは、要ら桐嬰の五人、そして「一緒に食おうぜ」と約束していた岡野原と、そしてミーティングルームで茂森が声をかけていた秋枝の計八人だ。秋枝は講学館中から唯一の選抜選手で、岡野原は同校から三人と共に参加しているが、食事は別行動をとっている。
「いやあ、お前ってケッサクだな!」
 剣山みたいにツンツンと尖った黒髪の短髪が目印の岡野原は、隣に座った鴨崎が気に入ったようだ。しきりにミーティングルームでの出来事をネタにして、鴨崎をいじくりまわしている。
「もぉ、やめてくださいよーーー」
 天然ぶりで押し返す事もできず、珍しく鴨崎は顔を真っ赤にして身を縮めているだけだ。
「ダンナ、あんまりうちのエースをいじめないでやってくださいよ」
 そこに愛想の良い芥野と清水寺が加わり、
「お、彼、エースストライカーなんだ??ちっちゃいのになあ、エラいなあ」
「これから伸びるんです!お父さんは180以上ありますし!」
「じーちゃんばーちゃんは?」
「え、ふ、普通…かな」
「隔世遺伝かもしれないぞー?」
「覚醒偉伝!??凄そうっす!」
「お前絶対に違うモノ想像してるだろ」
「お前らおもしれーなーー!」
 すっかり四人で打ち解けていた。
 その一方で、斜向かいに座る秋枝と茂森は静かな会話をかわしている。
 秋枝は茂森とタイプが似ていて、黒目がちの瞳と、その瞳に影を落とす少し眺めの前髪が、良く言えば大人しい、悪く言えば暗い印象を与えた。お互いに波長が合うのか、会話の流れにゆったりとした空気が漂う。
 その様子を眺めながら、要は黙々と食事を口にしていた。先ほどからタイミングを見計らっているのだが、なかなかチャンスが訪れない。あの阿佐宮というコーチの事を、茂森に話すべきかどうか、それも含めて迷っている。さすがに他人の目や耳があるところでは話せない。
「なんか、元気ないな?」
 要の様子に気がついた茂森が、秋枝から一度視線を離した。
「いや、なんでもない」
「本当に?」
 疑わしげに覗き込む顔に「本当だって」と返す。喉の渇きを覚えたので、要は飲み物と果物を取りに席を立つ。
 ドリンクコーナーには果汁100%ジュースが数種類、牛乳、紅茶、水と白湯が置いてある。グレープフルーツジュースが入ったジャーに、要とほぼ同じタイミングで延びた手があった。
「あ」
 要が躊躇すると、相手は微塵の遠慮を見せる様子も見せずにジャーを手に取ると、残りのジュースを全部注いでしまった。
「………」
 手を引っ込めかけたまま一瞬固まった要。
(…別にいーけどさ)
 わざわざ文句を言うのも大人げない。せめて相手の顔を見てやろうと横を見る。
 太い眉に丸い瞳、への字に結ばれた唇と、トータルして負けん気の強い顔の少年だった。
 気を取り直してオレンジジュースを注ぎ、果物が欲しくなったのでデザートコーナーに行く。グレープフルーツの小皿が一つ残っていたので手を伸ばすと、またもや別の手に奪われた。
「………」
 あの少年だった。
「なんだよ」とでも言いたげな目で睨まれる。
「グレープフルーツ、好きなのか?」
「………」
「なんだお前」と言いたげな目が要を真っ直ぐ見つめて来た。
「柑橘が好きだ。というより、果汁の無い果物は果物じゃない」
「ああそう」
 ヤバイ。鴨崎に近い匂いがする、気がする。
 本能がそう感じ取った。早く離れようと要は踵を返しかけるが、
「おい」
 と呼び止められる。
 無言で振り返ると、今度は上から下まで全身を観察された。
「どこ?」
 唐突に短い質問。主語がない。
「へ」
「オレ千葉の梅ヶ丘中」
 と、自分を指しながら少年。どうやら学校名を聞いているらしい。
「ああ……俺は桐嬰」
「桐嬰?神奈川の?」
「うん?そう、桐嬰学園」
 要の答えに、少年は大きな瞳を細めた。笑うためにではなく、嫌悪感を示すために。
(なんだなんだ?)
 要が疑問符を浮かべていると、少年はそれきり何も言わずに背を向けて、そのままどこかへ行ってしまった。
(変な奴)
 少年は他に誰もいないテーブルにつくと、一人で黙々と食事を続けた。どうやら彼の学校では唯一の代表だったようだ。寂しさを紛らわせるかのようにジュースを喉に流し込んでいる。
 誘ってやればよかったのかな。
 ほんの少し、後ろ髪を引かれる気持ちを残しつつ、同時に二度にわたって食べ物を横取りされた小さな恨みを遺しつつ、要は自分のテーブルに向かった。その道すがら、要はまたある事に気がつく。食堂全体に散らばる合宿参加者達、その視線が桐嬰の面々らが座るテーブル方向に流れる頻度が高い気がするのだ。
 だがそれは無理も無い。茂森は勿論、選抜常連の岡野原も秋枝も中学サッカーでは名がよく知られている。いわゆる「豪華なメンバー」が一つのテーブルに集まっている状態がそこにある。
 要がその価値をイマイチ実感できていないだけなのだ。
「おかえり。なんかやな事でもあった?」
 戻ってきた要を出迎えたのは、茂森のそんな言葉だった。
「ほんとだ、食い物でも取られたか」
 気がついて芥野や清水寺も、こちらを見やってきた。
「俺はそんなにみみっちい奴に見えるのか」
「そんな感じのカオしてたぜ」
 遠慮の無い言葉が芥野から飛んでくる。
「………」
(小さいこと考えるのはやめよう)
 百パーセントで無いにしろ、もやもやの二割はグレープフルーツが占めていたので、まんざら否定できないまま要は席についた。
 その時、食堂の端においてあったテレビから『ワールドベースボールが―』というアナウンサーの声が聞こえてきた。
「?」
「?」
 背後を振り返ると、少し高い位置に設置されたテレビモニターでは、スポーツニュースが流れていた。番組では、野球の世界選手権とも言える大会の模様を伝えている。
『松坂、本日の試合で怒涛の十五奪三振』
「「松坂!!」」
 要が声を上げて椅子の背から身を乗り出すと同時に、まったく同じ行動をとった人間が隣にいた。
「………」
「………」
 茂森だった。要と同じく体を捩り、椅子の背もたれに肘をかけた姿勢でニュース画面に乗り出している。思わず、顔を見合わせた。
「野球、好きなんだ?」という問いに、
「プロ野球も、MLBも全般的に」
 要は即答した。すると「俺も!」とうれしそうな表情が戻って来る。
「メジャーに行った日本人選手では誰が一番好き?」
「好きなプロ野球チームは?」
 と次々と質問が投げかけられる。要もそれに応酬しながら同じ質問を投げ返す。質問が重なるごとにお互い、内容がマニアックになっていった。
「詳しいな~、お前ら」
 岡野原が感心して言葉を挟む。デザートに出されたゼリーをつつきながら頬杖をついていた。
「野球をやろうとは思わなかったのか?」
 と話に加わってきた秋枝は、やたら箸が遅く、まだご飯を噛んでいる。
「実は小学生の時、野球もやってみたかったんだよな」
 茂森が答え、
「ポジションは?」
 要が尋ねる。
「やっぱりピッチャーかな。憧れる」
 画面に映る松坂の姿を見上げる茂森の目は、まさに羨望のまなざし、といった風だ。
「茂森の場合は肩が強いしな。俺も小学生の時に野球のリトルリーグかサッカーか、迷った頃あったっけ」
「じゃあお互い、もしかしたら桐嬰野球部でプレイしてたかもしれないな」
 茂森の言葉に、要は「いや」と低声を挟んだ。
「そりゃねぇな。俺、体大きく無いし肩強くないし」
 言いながら自分の右肩をぐるりと回してみせる。遠投も得意ではなかった。「これから大きくなるんじゃないか?」と隣から茂森が覗き込んでくるが、要は苦笑を向けた。
「もしお前が野球を選んでたら、一緒にプレイできなかっ……」
(ちょっと待て俺)
 とっさに要は口を噤んだ。
 自然と口をついて出た言葉に自分で驚いた。
「……」
「……」
 急にテーブル一帯が微妙すぎる空気に包まれる。唐突に会話を遮断された茂森はもちろん、外周から会話を聞いていた秋枝や岡野原、そして鴨崎いじりにひと段落がついた芥野や清水寺達も、奇異な物を見る目で要の様子をいぶかしんでいた。
 ひしひしと伝わる妙な空気が肩にのしかかり、じっとりと要の額に脂汗を浮かしつつあった。テレビのスポーツニュースは日本のプロ野球のキャンプ情報に変わり、取材先のVTRが流れていた。耳に飛び込んでくる好きな野球選手の名前を読み上げるナレーションの声が、やけに遠くに感じた。
 自分で断ち切ってしまったこの場の空気をどう修復するか、脳裏でぐるぐると考えをめぐらせていると、隣に座り、こちらを驚きいっぱいの顔で見つめていた茂森が、その面持ちを崩して和らげた。
「そういうことなら、俺サッカー選んでよかったよ」
「……俺は別にそういうつもりじゃ…」
 強情にごまかそうとする要の様子を見透かしていたか、茂森は目を細めて笑った。
「いいな~~~キャプテンと先輩ラブラブで~」
 デザートのゼリーを食べていた鴨崎が、迷惑なほどに通る声で世迷言を言い、
「はっはっはっ。こういうのを「人目もはばからず」って言うんだぞ~」
 その隣で岡野原が鴨崎の背中を叩いて豪快に笑い飛ばす。
「……」
 要は無言でテーブルに設置されたソースを手に取ると、それを鴨崎のゼリーにたっぷりと流し込んでやった。
「ああああ!先輩ひどいっす!」
 不気味に変色したゼリーを見下ろして嘆く鴨崎の両隣で、いずれも長身の芥野、清水寺、岡野原の三人はいつまでも笑い続けていた。

 ごく短時間のうちに、こうも大ハジを連続してかく機会はそうそうないだろう。食堂から部屋に戻るまで、要は自分に向く好奇の視線をひたすら無視して突き進んだ。
「四条」
 そんな要の後を追いかけてくる茂森の声。
 空気が読めないのか、図太いのか、鈍いのか。
 さっきの今で何故こうして声を上げながら自分を追って来れるのか、理解に苦しむ。
「し~じょ~う~」
「なんだよ」
 渋々振り返る。目の前に鍵を差し出された。
「まだ渡してなかったろ?」
「……そうだった」
 格好悪いったらない。だが受け取らないわけにも行かず、要は手を差し出す。
「俺に、何か話があったんじゃないか?」
 要の手のひらに鍵を落として、茂森は高い上背をかがめて要を覗き込んだ。
「なんで」
「何か言いたそうだったから」
 確かに、今はチャンスなのかもしれない。宿泊所へ向かう渡り廊下の途中、周囲に人影は少なく、鴨崎達は合宿所内を探検に行くと言っていた。
(………)
 だが、要は躊躇した。
 阿佐宮コーチが自分達の存在に気がついているのは明らかだ。この合宿に参加する前から選抜選手の資料ぐらい目を通しているのだろうから。だがミーティングの最中、彼女は一度たりとも茂森の方を見ようとはしなかった。
(向こうから何も言ってこないなら、俺が言う事じゃないよな)
 それに、余計な情報を与えて、茂森が合宿中に調子を崩しても困る。
「なんでもない。本当に何でもないから」
「…そう」
 頷くものの、物足りない顔の茂森に背を向けて、「じゃ」と要は部屋に向かった。
「ジュース買って来るけど、何か欲しい?」
 背中にかけられた声に「グレープフルーツ」と答える。
「そんなジュースあるかなぁ」
 茂森は、首をかしげながら遠ざかっていった。


22

 部屋割りは、他校の選手とも交流が持てるようにと、それなりに余計な考慮がなされていた。部屋は四人部屋、六人部屋の三種類。個人部屋はプロや監督、コーチ用だ。
 五人も代表がいる桐嬰の場合、二人と三人に分けられ、要と茂森は、他校の二名と一緒に四人部屋に割り当てられた。
(いないのか)
 まだ誰も部屋に戻っていないようで、部屋の鍵は閉まっていた。鍵を開けて灯りをつけると、部屋の真ん中や隅に四人分の荷物が置かれている。部屋はビニールの畳で、押入れがある。小さな卓袱台が一つと冷蔵庫、そして出口の右手に洗面台がある。トイレと大浴場は共用だ。まさに寝るためだけの小さな部屋だが、清潔感があって居心地は悪くなさそうだ。
 押入れを開けた。四人分の布団一式が積み重なっている。まだ寝るには早い。まもなく、廊下から人の気配が近づいてきた。同室者の他校の選手だろうか。身構えていると、
「あったよ、グレープフルーツジュース」
 両手に缶を持った茂森だった。
「本当にあったのか…」
「ん?」
「なんでもない」
 放り投げられた缶を片手で受け取り「いくら?」と尋ねると、
「いいよ」
 と返ってくる。
「前に野菜ジュースもらったから」
 要にとって衝撃的な人事発表の夜。踊る電子ヒヨコと野菜くん(しっかり野菜生活のキャラクター)が脳裏に蘇る。
「あれはタダだった」
 要が言うと茂森は得意そうに、目を細めた。
「俺も、当たったんだ」
「マジで!?」
「びっくりした。初めてだよ」
「じゃ、もらっとく。サンキュ」
 納得して要はプルリングを引いた。
 また廊下方面から聞こえてきた。ノブが回されて、今度は同室者の残り二人がやってくる。
「あ…ども」
 不意を突かれたように二人組は部屋の入り口で足を止めた。
「神奈川の桐嬰中二年、茂森です。よろしく」
 茂森が先に自己紹介をしたので、要も倣うことにした。
「同じく四条」
 それに「ども」と付け加えて必要最低限の挨拶に留めた。むしろ自己紹介など必要ないのは茂森のほうなのだが。
 対して同室者は東京都の稲井中の森下と川西と名乗った。それぞれMFとDF。こちらも強豪チームとして知られており、都大会ベスト4の成績から学校推薦枠と協会推薦枠を得て四人が派遣されているのだという。要たちと同じように、半分に分かれて部屋を割り当てられている。
 部屋の真ん中で飲み物を囲んで話をしていると、一際騒々しい声と音が廊下から響いてきた。推測するまでもない。
「あそびにきましたーーーーーーっ!!!」
「寝るには早いぞコラァア!」
 鴨崎と、今やすっかり意気投合している岡野原が、第一陣としてドアを蹴破ってきた。
「……」
「……」
 呆然とする室内の四人。そして少し遅れて、
「ちぃーす」
 と芥野、清水寺が秋枝を巻き添えにしてやってきた。
 両手に菓子袋を抱えた鴨崎が、室内の唖然とした空気を押しやって、部屋の真ん中へ入り込む。中央に菓子袋を広げ「すごいっすよ、ミニローソンがあったんですよ!」と興奮している。
「飲み物も調達してきた」
 岡野原が2リットルのペットボトル数本を、菓子袋の傍らに並べていく。ご丁寧に、紙コップまで用意していあった。「よう!」と要達の同室者二人にも気さくに笑いかけて、自己紹介が始まっている。鴨崎と二人であっという間に場の空気を一つに馴染ませつつあった。
「すげーな」
 思わず呟きとして漏れた要の言葉。コップに飲み物を注いでいた茂森がそれを聞きつける。
「岡野原と鴨崎って、似てるんだよな」
「そうみたいだな」
 手渡された菓子袋の一つを開けながら、要は騒ぎあう岡野原と鴨崎の様子を見ていた。根岸は鴨崎の突飛行動を吸収緩和する事でウマのあう関係性を作っているが、岡野原の場合は完全に同じ空気に同調している風だ。
(黙ってりゃフツーなのに)
 長身で大柄な体躯、太い眉毛に短髪と、一見すると岡野原は硬派なアスリートにも見えるのだが。口を開いた時とのギャップに、要の目はまだ慣れていない。
「四条は、鴨崎が入部してきた時のこと、覚えてるか?」
「へ?」
 茂森から突然の質問に、要は一瞬目を丸くするものの、すぐに「当たり前」と苦笑した。

 鴨崎と初めて会ったのは、去年の春。新入部員テストの時だった。
 三年生と一軍達は別グラウンドで練習をしており、二年生の要達が二軍グラウンドでテストの手伝いをする事になった。
 シュートのテストで、要はセンターサークルに立ってテストを受ける新入生にボールを渡す役目だった。
「GKがもうすぐ来るから、ちょっと待っててくれ」
 と、テストを進行するコーチ。このシュートテストの時だけ、別グラウンドで練習をしている茂森が呼ばれる事になっている。
「1番!1年A組、鴨崎隆一、よろしくお願いしまーーっす!!」
 頼んでもいないのに、高々と名乗りを挙げながらやってくる一年生。「1」番のゼッケンをつけていた。
「……」
 ボールを持ったまま要が奇異な目で鴨崎を見ていると、
「あ、先輩!!FWの四条先輩っすよね!」
「え?ま、まあ」
 目を輝かせて詰め寄ってくる鴨崎に、要は一歩引いた。
「見学会の紅白戦みましたー!すっごい接戦で面白かったです!先輩のフェイク、シビれました!!」
 この年の紅白戦も、GK茂森と一軍二人を含んだ二軍チームと、一軍チームの対戦という図式だった。そういえば、見学者席から奇声が聞こえてきた気がするが、これはこのアホから発せられたものなのだろうか。
 あまりの勢いに唖然とする要の様子を見かねてか、
「空気を読めバカモ」
「2」番のゼッケンを身につけた少年が、鴨崎の背中をどついた。これが当時新一年生の、根岸だった。
「いってぇ!」
 半泣きで抗議する鴨崎を無視し、根岸は要に向き直る。
「先輩すみません、こいつバカなんです」
(言われなくても分かったけどな)
 鴨崎と根岸の凹凸ぶりに口を出す隙もなく、要はただ二人のやりとりを眺めているだけに留めた。
「バカっていう奴がバカなんだぞ!あ!!」
 根岸への猛抗議を唐突に打ち切った鴨崎の視線が、九十度旋回する。
 要も振り向くと、一軍グラウンドの方からキーパーユニフォームがゴール前に駆けて来るのが見えた。シュートテストのキーパー役をするために呼ばれた二年生。順番待ちのために並んでいた新入生達の間で軽いざわめきが起きた。それを全て蹴散らす奇声が、
「茂森一司きたー!!!」
 要の目の前で炸裂する。
「………」
「………」
「………」
 いくつもの唖然が、鴨崎に向けられた。
「……???」
 フルネームを叫ばれた本人は何事かと、まるで天災に遭遇したかのように「ぽかんとした顔」で、動きをとめていた。
「―じゃない、茂森センパイ!!」
 感慨深げに言い直してから鴨崎は、呆然とした要の手から、半ば奪うようにボールを受け取ると、それを足の下に転がした。
「俺!ゴール決めますからっっ!!」
 ある意味「天災」のような鴨崎少年は、ゴール付近に立ち止まったままの茂森に指を突きつけた。

「忘れるわけねーよ」
 要は回ってきた菓子の袋から一口二口つまみながら応える。徐々に頭の中に当時の光景が鮮明になってきた。間近で鴨崎の奇行を全て見ていたのだから。
 シュートテストでのシュート回数は、一人につき五回。センターからドリブルして、シュート位置は自由だが、必ずペナルティエリアの外からでなければならない。
 あのテストは、シュートが入る・入らないを計るものではなかった。新入生の中には当然、初心者も混ざっているので、全体のセンスを見るものである。そうでなければ、新入生にイキナリ中学日本一のキーパーをあてがうわけがないのだ。趣旨についてコーチから冒頭に説明があったが、鴨崎にはまったく聞こえていなかったようだ。
「この日をまってたんっす!!」
 と息巻いている。
「…あ~あ…」
 可哀相な子を見る眼差しになっていた要は、一つ深い息を吐いた。
「いいよ」
 一方で茂森はいつもの面持ちに戻って、ゴール前にスタンバイした。
「そのつもりで」
 こちらもそのつもりで迎え撃つ。
 茂森の返事にはそんな意図も含まれていた。
 本来このテストで茂森は、「必ず取ろうとしなくても良い」とコーチから言われていたはずなのだ。
 要にもコーチらの意図は分かっていた。例えただ立っているだけでも、ゴール前に人がいるのといないのとでは、それだけで感じるプレッシャーが違う。それでなくてもこの桐嬰の正GKは、戦闘モードになると存在感が雲泥に違う。
 その圧迫感に気後れする事なくボールに集中しゴールに執着できるか。技術よりむしろそのメンタリティを見る為のテスト。
「よし」
 ゴール前でグローブを締め直した茂森は小さく頷くと、
「いいぞ、来い」
 僅かに背を屈め、胸の前で両手拳を突き合わせた。これがスイッチとなる事を要は知っている。途端、目つきが変わり、ゴール前に黒く巨大な鉄扉が現れるのだ。
「お願いしまーす!!」
 気後れどころか顔を紅潮させたこの新入生は、先ほどから早くボールを蹴りたいとうずうずとしていた。
(ある意味こいつは既に合格してるのかもしれない)
 寒くもないのに素肌から湯気が立ち上りそうな背中を眺め、要は次のため息を唾と共に飲み込んだ。
「いきまあーす!」
 声をあげ、鴨崎はボールをけりだした。

「結局シュートは全部とられたってオチでしたけどね!」
 と、いつの間にか思い出話に加わっていた鴨崎。
「わはははは!カッコイイなおまえ!!」
 岡野原はその話をいたく気に入ったようで、今も鴨崎の隣で豪快に笑っている。
「そうそうできる事ではないな」
 秋枝が冷静なコメントを残す。
「逆に感心したな」
 と言う要に続いた岡野原も「そうだよな」と頷く。
 だがそんな三人の反応へ、茂森は「よく言うよ」と笑い出した。
「なんだよ」
 といぶかしがる要を見て、その視線を秋枝と岡野原へも向けた茂森。
「俺にとっては、秋枝も岡野原も、四条も・・・かなりインパクトの強い出会い方だったんだけどな」
「「「そんなことないだろ」」」
 三重唱した三人のリアクションを受けて、また茂森は笑う。
「聞きたい!聞きたいっす!」
 鴨崎が身を乗り出す。
「他の二人はともかく、俺はちがうだろ」
 と要。
「俺、そんな衝撃的な出会い方した覚えねーぞ」
 言いながらペットボトルに手を延ばし、別に飲みたくもないお茶を口に含む。ただ唇が乾いている。要には、少し嘘をついている自覚があった。
 お互いに初対面だった時には、確かに茂森が言うほどの事はなかったはずだ。だが要の一方的な遭遇は、確かに「インパクト」と呼ぶのに相応しい。関西でずっと噂でしか耳にしたことがなかった「関東の凄いGK」、その試合を初めて見た時。
 要にとっての茂森との出会いはその時だったのだから。
「少しずつ話してやるよ」
 と鴨崎を宥めた後で要を見やる茂森の目が、なぜか少し寂しそうに見えたのはきのせいか。
(そんな顔される覚えはないぞ・・・)
 茂森の視線から逃げる為に要はコップの中身を飲み干した。
 会話が途切れかけたタイミング、まるで句読点のように軽快な着信音が鳴り響いた。
「わりい」
 要の携帯だった。
 ディスプレイをよく確認せずに通話ボタンを押すと、電波にのって甲高い声が届いた。
『カナ兄元気~~~??』
 受話器から耳を離しても、声が突き抜けてくる。周囲にも、電話の相手が女の子である事がすぐに分かったようだ。
「ああ…元気だよ…何の用だ?」
 要はその場から立ち上がりなら電話に応える。部屋にいる面々、特に芥野と清水寺と茂森以外が興味津々の様子で要の背中を眺めている。
『やーだな~~~、初めてのセンバツだっていうから、ご機嫌うかがいだよ?』
「お前は母親か」
『なによ~~、シボられて落ち込んでるかなーって思ってかけたのに』
「まだトレーニング始まってもいねぇよ」
『あら』
 しばらくそんなやりとりをした後に電話を切る。振り向くと、
「センパ~~~~イ、カノジョさんっすかぁああ??」
「おお、やるなあ、桐嬰の副キャプテン君」
 予想通りのリアクションが鴨崎と岡野原から戻ってくる。一歩離れた場所から、秋枝や稲川中の二人もじっと要の方をうかがっていた。
 事情を知る桐嬰二年生の三人は、そんな彼らの様子を面白そうに眺めている。
「バーカ。妹だよ、妹」
 やれやれ、という風な顔で携帯のディスプレイを閉じながら、要は輪に戻る。
「先輩の妹さん!?」
「仲いいんだな~」
「どんな子なんですか??」
「カワイイ子か?」
「写メとかないんですか~?」
 やたらと鴨崎と岡野原の追及がしつこい。
「妹の写真なんて持ち歩くかっての」
 苦笑して携帯をパーカーのポケットに仕舞う。
「え~~芥野先輩達は知ってるんですか??」
 要から聞き出すのは難しいとして、鴨崎は別のルートから情報を聞き出そうとしはじめる。
「もう哉子の話はいーだろ」
 視線を振り払うように要は片手で空気をかいた。
「カナコちゃんっていうんだ~」
「………」
 しまった。
 今日は厄日だ。
 言い訳するのも疲れてくる。要は視を伏せて肩を落とした。
「明るくて良い子だし、可愛いよ」
 隣から、そんな声。コップにお茶のお替りを継ぎ足している茂森だった。
「な、お前…」
 要は思わず慌てて振り返る。
「おお、お前も会ったんだ」
 芥野が煎餅を食べながら呑気な事を言っている。
「お~~、可愛いんですか~~」
「いいな~、可愛い妹って男子の憧れだぜ?」
 何を想像してるんだか。
「そうでもねーよ」
「キャプテンが可愛いっていうんだからきっと可愛いですよ!」
 どういう基準と理屈だ。
「ところで何コ違いなんだ?」
 また、冷静な声で秋枝から言葉が挟まる。
「そういやそうだ。これで幼稚園生、とかいうオチかもしれないしな」
 と岡野原。
「同い年だよ」
 さっさと話を終わらせようと、鴨崎が何か言う前に要が即答する。
「同い年?」
 岡野原が、膝についていた頬杖から顔を離した。
「双子なんだって」
 半ばヤケクソな勢いで要は答えた。最初からそうネタばらししておけば、こういう話にはならなかった。内心で後悔しながら三杯目のお茶をコップに注いだ。やたらと喉が渇く。
「双子…え、でもだってさっき」
 岡野原が斜向かいに座る茂森を指差す。
 鴨崎も振り返った。
「?」
 何故自分が面々の視線を集めているのか理解できていないようで、茂森は頭上に疑問符を浮かべている。
 岡野原は何度か茂森と要の間で視線を行き来させた後、明後日の方向を見上げた。そして、Oの字にしていた口に、笑みを浮かべる。
「―まあいいや。そうかそうか」
 そんな頃。
 兄に電話をかけた妹哉子は、自分の電話のせいで兄が窮地に陥った事など知る由も無く。
「チュートリアルの片方って、言うほど男前かなぁ」
 などと言いながら、ルームメイトの同級生とテレビを観て笑っていたのであった。

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