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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians20
20

 合宿は、連休を利用して三日間行われ、試合は一日置いた土曜日に行われる。関東選抜の合宿場所は、東京都内の郊外にあるトレーニングセンター。プロや日本代表の合宿や練習場にも使われる。広大な敷地内に、芝生グラウンドを複数有しており、トレーニング施設も充実していた。
「うっわあああああ!!!」
 バスを降りたと同時に、広大なグリーンを目の前にして鴨崎が声を上げた。
「芝生グラウンドだ、すっげーーーー!」
 鞄をその場に放り投げ、フェンスまで駆け寄って身を乗り出す。
 他にも到着している他校の選手達がみな、通りすがりに鴨崎の様子を一瞥していった。中には小さく苦笑を漏らして行く者も。
「芝の匂いがするな」
 体いっぱいで伸びをしながら、芥野が深呼吸をした。バスの中では、窮屈そうに長い手足を折りたたんでいたのだから。同じように長身の清水寺も、彼は彼で別方向に気をとられつつ手足を解していた。
「あれ、四条と茂森は?」
 背後に止まったままのバスを振り返り、清水寺が中を覗き込む。
「おーきーろーよ!」
 バスの後方から声が飛んできた。声の主である要は、最後部座席で窓際にもたれかかって完全に熟睡しているキャプテンの肩を、おざなりに揺さぶっている。
「クラクションでも鳴らそうか?」と運転席の運転手が苦笑いして後方を覗き込んでいた。
「図太い神経してやがる…」
 起きるどころか寝返りを打って尚も気持ち良さそうに熟睡を続行する茂森に、要は盛大な溜息を落とした。緊張と興奮で移動中は始終落ち着き無かった鴨崎と対照的に、茂森はバスが動き出すと同時に寝入ってしまって数時間、今に至る。
 時計を見ると、集合時間が迫っていた。合宿場に到着した選手はまずそれぞれに割り当てられた部屋へ行き、荷物を置いてミーティングルームに集合する事になっているのだ。
「しょっぱな遅刻はいやだからな!」
「ぁ~…ごめん……」
 三度目に強く揺さぶって、ようやく茂森は反応を見せた。のろのろと起き上がり、鞄を引き寄せ、目を擦りながら立ち上がった。何もかもが物珍しい残りの四人と異なり、勝手知ったる場所なのだろう。緊張感がまったく伝わってこなかった。
 運転手に軽く詫びて、キャプテンと副キャプテンの二人はようやくバスを降りた。駐車場のフェンスの向こうに、芝生が広がっている光景が壮大だ。周囲は森で囲まれ、空気も澄んでいる。都会の喧騒からは完全に隔離されていた。
「えっと、合宿所はあっちかな」
 地図を見るまでもなく歩き出した茂森を、慌てて鴨崎も追随する。広い駐車場に沿って伸びる遊歩道の向こうに、白い建物が数棟並んでいた。その中で最も大きいのが、食堂やミーティングルームを有する建物。他は選手が寝泊りする宿泊所だ。
「君達が最後ですよ。桐嬰学園の皆さん、五人ね」
 寮母と見られる初老の女性が、受付から五人を出迎えた。
「はい、茂森、四条、芥野、清水寺、鴨崎の五人です」
 名簿を一つずつ照らし合わせながら、茂森が代表で確認をする。受付作業を進めながら、寮母は「また来たね、茂森君」と一度顔を上げて微笑んだ。
「またよろしくお願いします」
 部屋の鍵と施設案内図等の書類を受け取って、茂森は会釈を返す。どうやら常連とあって顔見知りのようだ。
「キャプテンキャプテン!先輩先輩!ここ、でっかいジムもあるみたいですよ!」
 遠くから響いてきた声が急加速して近づいてきたかと思うと、要は背中に衝撃を感じた。入り口で案内板を見ていた鴨崎が興奮して要に飛びついてきたのだ。
「俺じゃなくて芥野か清水寺に飛びつけ!」
 まとわりつく鴨崎を振り解きにかかる。
「俺らに振るなよ」
「でかいんだから飛びつき甲斐があるんじゃないか」
「あ~~~それもそうですね!」
「納得すんなバカモ!」
「そんなうずうずした顔すんな!」
 背中で繰り広げられる騒ぎを受けながら、「にぎやかだねぇ」と笑った受付の寮母と向き合う茂森は、苦笑いで相槌を打った。
「茂森おまえキャプテンなんだからこいつの再教育しろよな!」
「あ!それならキーパーから簡単にゴールを奪う方法教えてください!」
 話を振られて茂森は「―教育の意味が違うんじゃないか」と肩越しに振り返る。
「良かったよ」
 騒がしい面々と対称的に、しみじみとした静かな声で寮母は頷いていた。
「今回は、友達がたくさんみたいだね」
「……」
 鴨崎達のやりとりから視線を外して要は受付を見やった。背中を向けた茂森の向こうから、寮母がこちらを一瞥する。視線がかち合う。目尻に深い皺を刻んで、細められた瞳。
 その意味を受け取る前に、
「さ、もうすぐ集合時間だよ。みんなお部屋に荷物を置いといで」
 寮母は部屋へと続く廊下と階段を指し示した。
「はーい!」
 勢い良く手を挙げて応える子供のような鴨崎にも、寮母は笑みを向けた。

 ミーティングルームは宿泊所から渡り廊下で繋がった別棟にある。茂森が場所を覚えていたので、さほど迷う事なくたどり着く事ができた。桐嬰の寮食堂のように観音開きの扉が半開きで彼らを出迎える。その向こうから、大人数の話し声が漏れてきていた。
「まだ始まってなかったみたいですねー!」
 安堵した様子で鴨崎が先頭をきって扉を開けた。
 と同時に、ざわめきが途切れる。
「?」
 扉を開けた姿勢のまま驚いた鴨崎は目を丸くして室内を眺める。時間ギリギリ、最後にやってきた桐嬰の面々を、室内が一斉に注目していた。
(思ったよりも多いんだな)
 さすがに要も面食らって広い室内を視線だけで見渡した。部室の倍はありそうな室内には、前方にホワイトボードと壇、そして食堂のように八人掛けの長方形のテーブルが規則正しく数組並んでおり、そのほとんどの席が埋まっている。
「あそこ空いてるね」
 五人中で唯一平然とした様子の茂森が、室内の隅に空いている席を見つけて指差した。
「お、おう」
「はーい」
 はりきって先を歩く鴨崎に続いて四人も席へと移動する。また徐々に、静まった室内が話し声を取り戻してざわめき始めた。
「………」
 歩を進めながら、要は周囲を観察する。
 室内を埋めるのは、いずれも自分達と似たようなジャージやTシャツ姿の同年代の少年達。彼らはそれぞれが、所属する学校やチームの代表としてここに集っている者たちだ。その自負心や自尊心からか、いずれもアクの強そうな雰囲気を纏っている。
 そしてその多くが茂森を見ている事にも、気がついた。「桐嬰の茂森だ」という声も聞こえてきて、
「さすがキャプテン、有名人~」
 と鴨崎が楽しそうに声の方を振り返るが、前を歩く本人はまったく意に介さない様子だ。
(見られる事に慣れてるんだな)
 選抜される場で一挙手一投足を観察され、知らない人間にフルネームを囁かれ、それこそファンにはいつの間にか写真をとられていたりする。そんな立場にいる人間の感覚を、要に分かるはずもない。
(居心地いいもんじゃないな…)
 茂森から自分達にも視線が流れているのを、要は背中で感じた。彼のチームメイトというだけで、多少の注目価値があるという事だろうか。
「よう」
 一人が、周囲の視線とは無縁の明るい声をあげて手を振ってきた。前方の席に座っていた少年が立ち上がる。
「岡野原」
 名を呼んで茂森は足を止めた。茂森にメールを送ってきた、国立第一中学校の選手だ。
「後でメシんとき一緒にくおーぜ」
 岡野原と呼ばれた少年は、人懐こい笑みを浮かべていたが、監督やコーチらしき人影が少しずつ入室してくるのを見て、残念そうに肩をすくめてから再び着席する。「ああ」と返事をして茂森も再び席に向かった。さっさと先に座っていた要の隣に座った茂森は、更にまた見知った顔を近くに見つけたようで、椅子の背もたれに肘をかけて後方に体を捩る。
「秋枝」
 そう呼ばれた少年は、隣のテーブルの端に腰掛けていた。声は出さず、軽く手を挙げて口に笑みを浮かべただけで茂森の呼びかけに応える。
「誰だ、あれ?」
 聞き覚えの無い名前だったので、小声で要が尋ねる。
「埼玉にある講学館中学のFWだよ」
「ふーん」と相槌をうって、要はそれ以上の質問をやめた。室内の前方で、監督らしき人物が面々に向き直る様子が見えたからだ。室内が自然と静かになっていく。
(ま、どうせ強豪チームのエースか何かなんだろうし)
 そう考えながら要も前方に視をやる。西浦監督とは正反対の、小柄な初老の男が壇上に立った。
「東西戦トレーニング合宿にようこそ。東軍監督の漆尾です」
 その声は、小柄な体とは裏腹によく通った。
(東軍……)
 要は内心で肩を落とした。
 戦国オタクの委員が作った制度だという噂は本当だったのか。正面で「東軍だって、何かカッコイイですね!」とでも言い出しそうに目を輝かせている鴨崎が憎い。
「この呼び方、いい加減変えたいんだけどねぇ、私も」
 要を代弁するように監督の漆尾は唇を歪めて笑った。上の意向にはおいそれと逆らえないらしい。会場からもまばらに笑いが起こる。
「それは置いておいて」と話を戻しながら漆尾は室内を見渡す。
「何度か見た顔もあるし、初めて見る顔もたくさんありますね。結構結構」
 満足そうに二回頷いた後、「さて」と話を続けた。
「だけどね、満更この名前は伊達ではなくて。まさに「戦」のつもりでみなさん真剣に取り組んでください」
 声は穏やかだが、漆尾の視は決して和らいでいない。
「基本的に皆さんには全てのトレーニングに参加してもらいたいと思っていますが、足をひっぱるような人には帰ってもらいますのでそのつもりで」
 不気味に厳しく光る漆尾の視。さすがに少年達は口を固く噤んで息を呑んだ。
(さすがに厳しいんだな)
 西浦の怒号を何度も食らって耐性がついている要は、あまり表情を変えずに漆尾の言葉を聴いていた。
 場の空気が引き締まった事を確認し、漆尾は自分の傍らに立つ二人の男に視線を戻した。
「今回のトレーニングでコーチを務める面々を紹介しましょう」
 二人立っているうちの左。三十歳半ばほどの男。眠たそうな二重が特徴的だ。
「彼はメインコーチの吉原さん。東京サイズミックウェーブのユースコーチでもある」
 サイズミックウェーブは、東京にあるプロサッカーチームの名である。チーム名は「津波」という意味があるらしい。
 右に立っている男は、身長が抜きん出て高い。年齢はこちらも三十半ばと言ったところだ。
「彼はGKコーチの坂江さん」
 実直そうな男が浅く会釈した。
「で、あともう一人…ちょっと今資料の用意をしてもらっててね。すぐ来ると思うんだが」
 と言っている途中で軽い足音が小刻みに近づいてきた。
「So sorry! 遅くなりました!」
 高い声で流暢な英語が飛び込んでくる。勢い良く扉を開いたのは、華奢な人影だった。
「………」
「………」
 場違いな存在の登場に、室内にいたサッカー少年達は唖然として扉の方を見ていた。無理もなく、そこに現れたのは、色素の薄い茶色いウェーブヘアを結わえた、色白の美女であったから。
 だが、スポーツブランドのジャージの上下という服装で、首からホイッスルを下げている。
「―っぁ……」
 思わず喉の奥から引きつったような声が息と共に漏れてしまい、要は慌てて片手で口を塞いだ。
(あの女、アサミヤ、とかいう…)
 間違いなく、女性は桐嬰サッカー部を観に来ていた、「ソウジ」の「姉さん」だ。一昨年の親善試合にてイギリス側のコーチとしてテレビにも一瞬映った、あの顔。
「…?」
 茂森や芥野や清水寺達が不思議そうな顔で要を一瞥した。
「あら…すみません」
 場の空気にようやく気がついた女性は、両手に抱えていた資料を近くのテーブルに置いて、他二名のコーチの横に並んだ。
「えーと」
 咳払いでざわめく室内を鎮め、漆尾は三人目の名を告げる。
「彼女はサブコーチの阿佐宮さん。ご覧の通り、日本では少し珍しい女性コーチだが、海外のクラブチームでコーチをしていた経験もある。向こうではそんなに珍しい事ではないそうだよ」
「アサミヤです。日本語、少しおかしい所もあるかもしれませんけど、その時は教えてね。宜しくお願いします」
 美しいが気の強そうな瞳を細めて、阿佐宮はぽかんとする少年達に向けて微笑んだ。
「すげー、「美人コーチ」ってやつだ」
 聞こえない程の小声で芥野と清水寺がつぶやく。「美人コーチ」というのが既に彼らの中では一つのブランドと化しているらしい。それを聞きつけた鴨崎がテーブルに身を乗り出した。
「ほんとだ、きれーなおねーさんですね」
 室内いっぱいに、幼い声が不用意に響き渡った。
「………」
「………」
「………」
(馬鹿だ……)
 静寂の底に沈む周囲の空気。室内なのに冷風が通り過ぎた気がした。
 何十もの目が一斉に、その「馬鹿」を振り向く。
 要は深く深く息を吐いた。他人の振りをしようにも、この状況ではできないではないか。
「え、その」
 さすがの鴨崎も周囲の反応を異常事態と理解したようで、見るからに脂汗をかいて慌てふためいていた。そしてどうするべきか分からないままとった行動が、
「すみません!でもウソついてません!」
 と精一杯のお詫びをこめて声を張り上げる、これだった。
 当然その結果、室内に苦笑が入り混じった爆笑が湧き上がる。当の美人コーチは少し青みがかった茶色い瞳を丸くして、くすぐったそうに肩を揺らして笑っていた。
 そして要の目に、壇上の監督が太い腕を胸の前で組んでふと視を伏せたのが見えた。西浦もそうだが、大人の多くは、怒鳴る前、または厳しい事を口にする直前、ああして目を伏せる。
(やばい)
 要は、苦々しい顔を作りながらも鴨崎のフォローに入ろうとして椅子から腰を浮かしかける。だがその横で、「監督」と先に茂森が椅子から腰を上げた。一瞬、「俺に任せろ」という視線が要を通り過ぎる。
「桐嬰学園中、キャプテンの茂森です」
 まず名乗り、
「中断させてしまい申し訳ありません。今後は静かにしていますので、ミーティングの続きをお願いします」
 そして慣れた風に謝罪を述べて頭を下げた。
「お前もあやまんだよ」
 困り果てて呆然とする鴨崎の頭に手をやって、要も立ち上がった。そして鴨崎の頭を下げさせながら「同じく、すみませんでした」と自分も体を折り曲げる。
「ごめんなさい!」
 室内中の視線を集めている三人を前に、芥野と清水寺は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
「すみません、言いだしっぺは俺でした」
 長身二人が同時に頭を下げる。なかなか迫真だ。
 茂森が頭を上げたタイミングから少し遅れて、四人も顔を上げた。特に鴨崎は恐る恐る監督の顔を窺う。
「そうしてもらえると助かるよ」
 茂森の言葉へ皮肉っぽく応え、だがさほど激怒している様子はなく、漆尾は苦笑と共に大きなため息を零した。こうして潔く連帯責任を被って全員で謝られては、怒るに怒れない。「大人」としての引き際を弁えている監督は、余裕の面持ちを崩さなかった。
「もういい。座りなさい」
 着席を促され、「はい」と口々に五人は席についた。要の右隣に座る鴨先は肩を縮めて俯いている。顔が真っ赤だ。恥をかいた事はもちろんだが、先輩四人にまで責任を被せてしまった自分の失態を悔やんでいるのだろう。
(……)
 要は軽く肘で鴨崎の腕を小突く。
「………」
 顔を上げた鴨崎の視線を感じたが、要はそれを見ずに前方の監督へ意識を戻した。
 それから三十分程、練習メニューやスケジュールについて説明が続いた後、監督はコーチの一人にプロジェクターを用意させた。ホワイトボードがそのままスクリーンとなり、パソコンにつないだプロジェクターから映像が流れ始め、室内の電気が消された。
「これは去年のトレーニングと、試合の様子を短くまとめたものだ。これでだいたい、雰囲気が感じとれると思うが」
 スピーカーから人の声と、ボールを蹴る音、そしてホイッスルの音色が混在して流れ出す。
 映像はまず合宿所でのトレーニング光景が次々と映し出された。
 ランニング、ドリブル、パス等の基礎練習風景や、特定の状況を想定したシミュレーション練習。
 また場面が切り替わり、オレンジと緑のゼッケンの二組に分けられた選手達が動き回っている。人数の組み合わせを見ると、ミニゲームだろう。誰も彼も、試合さながらに真剣な面持ちで汗だくになって走り回っている。
「あ、キャプテンだっ」
 向かいから鴨崎の小さな声。それでもやはりよく響く彼の声は、暗い室内で際立った。監督がまたこちらを一瞥したのが要からは見えたが、諦観した様子で苦笑するだけで、また視線をスクリーンに戻してしまった。
 反省していないわけではなく、これはもう直しようのない鴨崎の特性なのだとわかってもらえたようだ。
 鴨崎の言葉通り、スクリーンにオレンジゼッケンの茂森が映った。緑チームがオレンジゴールを攻める場面。前方を見据える茂森、それと対峙する緑チームの中に、先ほど茂森と目を合わせた国立第一の岡野原や講学館の秋枝の姿もあった。
 三人ほぼ同時にボールに飛びつき、一瞬速かった岡野原が上半身を撓らせてヘディング、茂森の手が一度は触れたものの、ボールはそのままゴールへ零れていく。
「あー」と声を漏らしている既に周囲が見えていない鴨崎は、スクリーンに見入って体を乗り出した。
「ゴールされちゃっ……ぁ!」
「!」
 鴨崎の語尾が跳ね上がると同時に、要もスクリーンに向けてテーブルに身を乗り上げかけた。
 縺れ合った三人が、ゴールの中へ重なり合って落下しのだ。
『うわ、大丈夫か!?』
 カメラを持っていた人物、コーチだろうか、も酷く慌てたようでカメラが激しく揺れた。
「痛そ……」
 思わず要は口端に呟いていた。
 岡野原や秋枝は顔から、茂森は背中から落ちて、それぞれまともに地面に打ち付けていた。
 あ、一瞬、気を失ってたな。
 そう自覚する瞬間というものがある。
 要も過去に経験があるが、相手チームと接触したり、ディフェンスのスライディングをまともにくらって地面に転がったりした時、体を打ち付ける直前から時間が止まる、そんな時。
 今スクリーンに映っている三人がまさにその状態で、ゴールの中で折り重なったままで動かない。置き去りにされたカメラのレンズは、慌ててゴールへと駆け寄るコーチと監督達を映し続けていた。
「え、ええ…キャプテンたち、し、死んじゃったんですか……??」
 泣きそうな声で鴨崎がスクリーンを指差しながら、茂森を振り返る。
 また室内のところどころから笑いが起きた。
「じゃあ今お前が話しかけている相手は誰なんだよ。前向け、前」
 要は低く呟くと、テーブルに乗り上げてくる馬鹿の頭を掴んで前を向かせた。「あ、そっか」とようやく悟った鴨崎は呑気な顔に戻ってでまたスクリーンに見入っている。映像の状況は、監督やコーチに声をかけられた三人が起き上がるところだった。
「「あ、いま気を失ってたな~」って、なんとなく覚えてるよな」
 画面を向いたまま両腕を組んでいる茂森が、要に話しかけてきた。ちょうど同じことを考えていたようだ。
「わかるわかる。真っ暗になる直前に時間がスロウダウンするっていうか」
「そうそう、あの時もそうなった」
 そこでお互いに顔を見合わせる。笑うと椅子の背もたれが小さく軋んだ。
 画面の中でも、起き上がった三人がお互いに顔を見合わせ笑いあっていた。
―お前もわかった?
―わかったわかった
 向こうからも、そんな会話が聞こえてきそうだった。
「ま、これは極端な例だが」
 スクリーン横に座っていた漆尾監督のコメントが、映像に重なる。
「それこそ「戦国」じゃないけど、気持ちの上ではみんなこれぐらい必死になって挑んで欲しい。ああもちろん、ケガには気をつけるように」
 どうやら、今回の映像を見せる趣旨は今の言葉に全て集約されているようだ。そのうち映像は再び切り替わり、今度はどこかのフィールドが映る。どうやら試合のダイジェストに入ったらしい。
 監督と反対側に座っていた吉原コーチが、解説を引き継いだ。
「去年の東西戦は、2-1で関東代表の勝ち。この中にも何人か、この時のスタメンがいるね」
 暗闇の中で、何人かが首や視線を巡らせた様子が見えた。誰と言われるまでもなく、先ほどから何回かスクリーンに登場する茂森、岡野原、秋枝の三人だ。
「地域の性格というものもあるのかもしれないが、関西選抜にはとにかく気持ちがアグレッシブな選手が多い」
 断片的に試合の様子を切り取った映像が流れると共に、吉原コーチの解説が続く。
「とにかくファールギリギリのプッシング、スライディングが多いのも関西出身の選手に見られがちな特徴だ」
 解説通り、KANTOのロゴ入りユニフォームを着た選手が、KANSAIのロゴ入りユニフォームを着た選手に引き倒される様子が流れる。
「接触事故も多いが、それを恐れていては何もできない」
 キーパーがキャッチしたボールに対して、勢いが止まらずに蹴りこんでくる場面も映った。これは当然、たとえ故意ではなくとも反則になる。
「うわ…」
 誰からとも無く声が漏れた。顔を蹴られて蹲るキーパーや、鳩尾にボールを食らって動けなくなるDF、競り合いの末に肘が額に当たって切ったFWなど、中学生の試合とは思えない場面が次々と編集されて映し出される。
(なんかすっかり関西人は野蛮人っていう事になってる気が…)
 映像を見つめながら要は苦笑した。
 だが確かに、関西出身の要が桐嬰に入って関東の選手を目にする機会が増えた時に「関東は大人しい優等生サッカーをする奴が多いんだな」と思った事は否めない。
「一番基本的な事だが、気後れして力が出し切れない事が一番馬鹿らしい負け方だ」
 話を続けながら平然と画面を眺めるコーチ。一旦言葉を切って、対面に座る監督に次を促した。そういう段取りになっているのだろう。
「関西のアスリートは海外の選手と傾向が似ている事が多い。今後君達の中でどれだけ日本代表にのし上がる人間がいるかは未知数だが、良い経験材料になるのは確かだね」
 さりげなく言葉の中に、挑戦的な叱咤激励が含まれていた。
 そして必ずそれにノる人間がいる。たとえば―
「ナショナルセンバツっ」
 両手に拳を作った姿勢で、すっかり映像と監督の話に入り込んで独り言を呟く鴨崎のような。
「とはいえね」
 試合映像がフェイドアウトしたところで監督は停止ボタンを押した。ドア付近にいたコーチが明かりを着ける。
「我々には我々の「やり方」「特性」がある。相手が力で押して来た時、それをまた同じく力で押し返すだけじゃ能がない」
 ホワイトボードの前に立つ監督を、プロジェクターの白い光が照らし出す。まるであつらえたスポットライトのように、改めて面々を見渡す漆尾監督の様子が浮かび上がった。
「この合宿では、そういった事を君達に教えていくつもりだ」
 演説にしては淡々と、講義にしては辛辣な漆尾監督の所信表明が終わった。
 まずは明確なビジョンありき。
 ミーティング前と、今現在とで、選手達が作る室内の空気が完全に変化しているのを、要は感じていた。
 隣で茂森は、表情を変えずにただまっすぐ監督の方を眺めていた。

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