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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians18
18

 目が覚めてみると、朝練が始まる時間よりもだいぶ早かった。
「………」
 携帯電話の時計を見つめて、要はしばしベッドに腰掛けたままぼんやりとした時間を過ごした。寝なおそうにも中途半端な時間だ。同室の芥野の寝息が、時計のように規則的に室内の空気を刻む。
 同室者を起こさないようにベッドから立ち上がり、ベッドに横付けして設置された机の上においてあるミネラルウォーターのペットボトルを掴み取った。乾いた喉を水で湿らせながら、要はカーテンの裾をそっとめくって外を見た。良い天気だ。
(散歩でもしようかな)
 桐嬰は郊外に広がっているために、キャンパス周辺は緑に囲まれている。一部のエリアは緑地公園として開放しており、地域住民の散歩コースにもなっていた。
 そのまま朝練に行けるように練習用スウェットを身につけ、薄暗くまだ朝もやが立ち込める冬の朝へ足を踏み出した。
「さみぃ~…」
 春以降は、朝練前に走りこみをする寮生の姿もみられるが、大会シーズンも終わった二月中旬の今、そうそう寒中ランニングをする物好きの姿は見られない。舗装された遊歩道が緑のトンネルの中に敷かれており、両脇の茂みは鬱蒼としていて時々何か潜んでいるのではないかと思わされるほど深い。
 小高い丘が複数連なっているため、散歩コースとはいえなかなか緩急があって歩き甲斐がある。マラソン大会のコースにも使われる事があるのだ。
「バス停か」
 緩やかな坂を上りきったところで、バスロータリーが見下ろせた。最寄の私鉄駅から出ている、この学校のために敷かれた市バスの終点だ。始発がちょうど朝練に間に合う時間に動くようになっている。
「あれ?」
 そのバスロータリーの脇の歩道を走り抜ける人影が見えた。目の前に茂る植木に隠れてしまったため、要は小走りに土手縁に移動して人影を探した。
 白地に黒のストライプとメーカーロゴをあしらったスェットを身につけ、小振りなザックを背負った人影は、ロータリー脇の道から正門につづく坂道を駆け上がるところだった。
 嫌なことに、とても見覚えがある。
「月曜の朝から元気だな…」
 茂森だった。
 かなりのスピードで坂道を駆け上がった茂森は、正門にゴールインすると速度を落として空を見上げた。遠目からでも、肩で息をしているのが分かる。そのうち、要からは死角になる校舎の向こう側へと姿を消してしまった。サッカー部のグラウンド方面だ。
「………」
 要は足を止めて考えた。
 謝るにしろ礼を言うにしろ、他の連中の目や耳に触れる場所では後々が面倒だ。ある意味でこれはチャンスと言えよう。短く一言二言、昨日の事をわびた後は、芥野を起こしに行くとでも理由をつけてその場を離れれば良い。そう考えて要は方向転換してグラウンド方面に駆け出した。
(何やってんだあいつ)
 整備されていない土手を登ってサッカー部グラウンドへの近道を通り抜けると、要の目に茂森の姿が入った。
 一軍用の広いグラウンド、一組のゴールが遠く離れて静かに向き合っている。茂森は、そのうちの一つの前に腰を下ろして膝を抱えていた。じっと目の前に広がるグラウンドを見つめたまま、動かない。
「そりゃイメージトレーニングか?」
 率直な感想を口にしながら要は彼に近づいた。
「―?」
 膝を抱えた姿勢のまま首だけ振り返った茂森は「おはよう」と表情を和らげた。
「そんな感じ、かな」
「ふーん」
 再び視線をグラウンドに向けた茂森の隣に立って、要もグラウンドを眺めた。人のいないグラウンド。対面に立つ向こう側のゴールが、ぽっかりと口を開けて佇んでいる。
「普段の練習や試合だと見えにくくなる距離感を、こうして時々確認するんだ」
「距離感?」
 このグラウンドは、国際大会用グラウンドと同じ寸法で作られている。縦が105メートル、横が68メートル。
「なんていうのかな、ゲームを「面」でも捉えられるように」
「面?」
「うん。点と、線と、それから面、だね」
「よくわかんないけど、主観と客観ってことか?」
「そんな感じ」
 また「ふーん」と相槌を返して要は大きく白い息を吐き出した。そして、用意していた言葉を口にする。
「悪かったよ、昨日は…。んで、ありがとな」
「うん?」
 茂森が見上げてきたが、要は前を向いたまま言葉を続けた。
「腕の怪我」
 必要最小限の言葉に「ああ」と笑って茂森はスエットの腕のボタンを外した。
「こんなのは怪我に入らないから大丈夫だよ。大会前や試合中はこれぐらい当たり前につくしさ」
 前にも聞いたことのある台詞だ。下を一瞥すると、ウエットの下から薄く包帯を巻いた腕が見えた。当てられたガーゼが薄っすらと見える。傷自体は大した事ないが、面積が広いので包帯でおさえているだけだ。
「そういえば、親が看護師だっけ?」
 きれいに手当てされた跡を見て、ふと要は思い出した。「うん」と静かに頷いた茂森は、包帯の上に手を添えた。まるで動物を撫でるように優しく、白い布を指先でなぞっている。
「たいていの事は蓉子さんが何とかしてくれる」
 蓉子さん。
 前にも聞いた名前だ。
(親を「さん」付け?)
 要は不思議に思ったが、口にするのを思いとどまった。あ、と先に気がついた茂森が再び顔を上げる。
「親っていうか、保護者、かな」
『やった、お父さん!』
 突然、要の脳裏に女の声が蘇る。
 小六の夏、東京の競技場で近くに座っていた若い女性。桜台アークスのユニフォームを着た茂森が手を振っていた相手。彼女が「蓉子さん」だろうか。
(はっ、しまった)
 ほんの数秒間考えてしまったことで、またこの場を離れるタイミングを失ってしまっていた。
「今日さ」
 訪れかけた沈黙をかき分けたのは、また茂森の方だった。最近、このパターンが多い。
「新しいスパイク?」
「え」
 昨日、お互いに気まずい沈黙の中で選んだ新しいシューズ。
「まあ…な」
「俺も」
 茂森は尻についた砂を叩き落としながら立ち上がった。
「軽くシュート練習、しないか?」
「あ?」
「朝練前に、スパイクを足に慣らしとこうかなって」
「あー、それもそうだな」
 ナイスアイディア、とばかりに要は表情を緩めた。近くのクラブハウスのロッカーから昨日仕舞っておいた新しいスパイクを取り出して戻ってくると、茂森はボール片手にゴール前で待っていた。こちらに放り投げられたボールを軽く足でさばいて受け取り、要はペナルティアークに向かう。
「そうだ、四条」
 呼び止められて振り返る。
「PKじゃなくて、いろんな角度から蹴ってみてくれないかな」
「正面以外からってことか?」
「そう。ペナルティエリアの内外は問わないから」
 確かにその方が、今の要にとって様々な角度から狙った場所へボールを送る練習にもなる。
「オッケー」
 軽く蹴り上げたボールを斜め前方に転がして、要はゴールに向けて駆け出した。

「あれ、もう誰か来てますね」
 少し眠たそうな顔が否めない泉谷コーチは、クラブハウスの扉の前で小さく首を傾げた。ドアの鍵が既に開けられている事に気がついたのだ。
 オフシーズンの朝練は、数人のコーチが交代で練習指導にあたる。監督は来たり来なかったりだが、この日の西浦は泉谷と共にいた。
選手たちに、ある発表をするために。
「鍵の閉め忘れじゃないだろうな?」
「そんな事はないと思うんですが」
「まあいい」
 グラウンドを見に行ってくる、と泉谷をクラブハウスに残して、西浦は歩き出した。今日も大柄な体に真っ黒なスタジアムジャンパーを着込み、巨大な木炭と化している。
「?」
 グラウンド方向から、物音と声が聞こえてくる。
(オフシーズンなのにずいぶんと殊勝な奴がいたもんだ)
 感心するものの、平坦な面持ちを微塵たりとも崩さずに西浦はフェンスの向こうに広がるグラウンドを覗いた。
「………」
 朝靄が晴れたグラウンド、ゴール前で二人の選手が動き回っている。一人はキーパー、そして一人はキッカーとして。紛れも無く、キャプテン茂森と副キャプテン四条の両名。
 西浦は、しばし黙って様子を観察した。要が蹴るボールを、茂森がパンチングで弾き、その弾いたボールを追いかけた先から再び要が蹴る。様々な距離と角度からシュートを打ち、それをキーパーがあえてキャッチせずに弾いていく。お互いに全力ではなく、一歩分下がって力を抜いた状態。シュートをしながら、ボールを追いながら、合間合間に会話をかわしている。
「………ふむ」
 西浦は無意識に頷いた。
(思っていたより、早いな)
 二人をキャプテンと副キャプテンに任命して、まだ一週間経っていない。
 あの人事采配へ特に違和感を示していたのが副キャプテンの要で、彼の適応力を買っての判断ではあるものの、多感な年頃の子供のことだと、不安要素が西浦の算段から拭い切れなかったのは、正直なところだ。
 だが今、どのような経緯があってか、二人はこうして朝練前のウォーミングアップを共にしている。
(こいつはもしかしたら、もしかするかもしれん)
 スタジアムジャンパーのポケットに突っ込んでいた両手を出して、西浦は厚い胸の前で組んだ。
 人と人を結びつける「相性」には様々な種類がある。その中には、性格や趣向といった環境や後天的要素とは無関係なところに存在する、原始的なところで繋がっている線も確かに存在するのだ。
 これは、「チーム」という限られた世界の中を通り過ぎていく、数え切れない多くの選手を見つめてきた西浦の持論だ。
(だが俺は、二年も時間をかけてしまったんだな……)
 朝もやが晴れようとしている空から、白い朝陽がヴェールとなってグラウンドに降りる。その中で、一定の距離を行ったり来たりを繰り返す白と黒の球体。眩さに細めた目に、西浦は追憶を浮かべていた。
 二年前。要や茂森が桐嬰に入学した年。
 その一年は、チームコンディションは創部以来最悪の状態で、成績も周囲の期待より奮わず、桐嬰サッカー部の名に影が差した年だった。原因は分かりきっている。上級生を差し置いて当時一年生だった選手を正GKに採用したからだ。
「だがな……仕方ないじゃないか?」
 聞こえない独語を、西浦はゴール前の白と黒のスウェットに向けた。
「俺は出し惜しみが嫌いなんだ」
 続いた西浦の独語は、要がボールを蹴る音に掻き消された。
 西浦は再び左右を行き来するボールを目で追う。徐々に、左の要と、右の茂森に、前任のキャプテンと副キャプテンの姿が重なった。
「………」
 眩暈を払拭するように、西浦は軽く頭を振った。
 前を見据えて、改めて前任のキャプテンと副キャプテンを思い浮かべる。両者とも、あまりチーム内で突出して目立つタイプではない、性格も穏やかな選手だった。その為に衝突の少ない、無難にまとまりのあるチームが形成された。無難すぎて決定力に欠ける、という外の評価もあったが、西浦自身は己の采配が正しいと評価している。チームの建て直しを図る為の人選だった。接着しかけたヒビを再び壊してしまわない為にも、彼らでなければ駄目だったのだ。
 ちなみに現在の彼らは既に進学が決まっており、中等部から引退扱いとなった今は高等部の練習に参加させている。
(小泉と前田が固めた地盤に、お前ら二人は何を築くのか……)
 小泉と前田。前任のキャプテンと副キャプテンの名だ。
「ストップ」
(……?)
 突然の声が、西浦の意識を現実に引き寄せた。
 声の方に視線を向けると、ボールを足で止めた要がいる。
「どうしたんだ?」
 不思議がるゴール前の茂森に向かって、要は大股で歩み寄る。
西浦は二人の様子を眺めた。小泉と前田の幻影は、もう消えている。
「背中、痛いんじゃないか?」
 ゴール前まで歩み寄った要は、茂森の背中を覗き込むように視線を下げた。
「え」
「なんか、かばってる感じがする。動きが」
「……」
 要に指摘され、茂森の片手が背中にまわった。丸くなった瞳が、次に苦笑へと変わる。
「何でバレるかな」
「昨日ポストにぶつけたんだろ?」
「ちょっと痣になってるだけだ。皮膚が引っ張られるときに少し痛むだけで」
「見せろ」
 要の手が茂森のスエットを掴んだ。
「いや本当だって」
 茂森は身を捩って逃げる。
「いーから」
 また手を伸ばす。
「やだよ」
 小走りに駆け出して逃げられる。要はまたそれを追う。
「ところで四条って50メートル走いくつだっけ?」
 逃げる茂森が肩越しに振り向いた。
「は?6秒…いくつだっけな」
 律儀に答えた要に「そうか」と笑い、再び前に向き直った茂森が急激に加速した。
「ぃ!?……この…負けず嫌いがっ」
 白と黒の背中を追いかけて要も加速する。はためく茂森のスエットの端に指が届きかけるが、また離される。近づいては離されるを繰り返しながら、二人はグラウンドを駆け回った。
(………ガキ二人が何やってんだ)
 肩で大きくため息をつく西浦の視界の中で、いつの間にかボールを置き去りにした二人が今度は追いかけっこを始めている。桐嬰の一軍は俊足揃いで、レギュラーの多くは五十メートル走で六秒台をたたき出す。
「なーーーにーーーしてんでーすかああーーーーーーー」
 あらぬ方向から新しい声が響いてきた。
「?」
「え?」
「うわっ!」
 いつの間にか二人の真後ろに、犬コロのような人影が増えている。
「鴨崎!」
 だった。
「もうこんな時間か」
 西浦は冷静に腕時計を見やると、朝練集合時間まで十分をきっていた。よく周囲を見れば、寮の方向からそぞろにサッカー部ジャージの部員たちの姿が見え始めている。
「準備準備」
 そうつぶやきながら西浦は、グラウンドを駆け回るガキ三人を尻目に、自分はクラブハウスへと戻って行った。
「鬼ごっこですか?ケードロですか?」
 ほぼ全速力で走る二人の背後にぴったりとついてくる鴨崎は、息を切らす様子もなくにこやかに尋ねて来る。さりげなく、怪物ぶりを発揮していた。
「二人でケードロして何が面白いんだ」
 鴨崎の言葉に呆れつつ要は、視界の端に羽鳥の姿を見つけて名案を思いつく。一年生の羽鳥。二軍ながら、チーム一の俊足だ。
「羽鳥ー!」
 速度を緩めて振り返り、手を振って呼ぶ。
「え、僕?」
 グラウンドの端で三人の様子を見ていた羽鳥が、弾かれるように肩を竦めた。
「茂森捕まえろ!」
「え?」
「いーから!」
「は、はあ」と事態を飲み込みきれない顔で、羽鳥は手にしていたタオルをベンチに置いた。グラウンドに足を踏み入れ、茂森とそれを追いかける鴨崎の方へと走り出す。
「四条ズルいぞ!!」
 羽鳥の脚の威力を知る茂森は「マズい」という顔で速度を上げるが、陸上部エースにも負けないという羽鳥はあっという間に距離を縮めてくる。
「人事采配も立派な作戦なんだよ」
 唖然とするほかの部員や、満足そうに意地悪な笑みを浮かべる要達の視界の中、キャプテン、バカ、俊足の三人ははるか遠く、陸上部用の砂場に転がったのであった。

「何があったかは、きかないでおこう」
 集まった部員を前に今日も仁王立ちする監督西浦は、頭から砂まみれのキャプテン、バカ、俊足の三人について、それ以上の追求はしなかった。そしてコーチの泉谷は、わざとらしく三人から視をそらして笑いをこらえているのが、部員達からは見え見えで。
「そんな事よりも、今日は発表する事がある」
 西浦は肩越しに泉谷を振り向き、目で次を促した。「はい」と気を取り直した泉谷はボードを片手に監督の隣に並んだ。
「今日は、東西戦トレセンのメンバーを発表する」
 東西戦トレセン。
 サッカー協会がジュニア育成のために実施しているトレーニング制度の一つだ。昔、戦国時代ファンだった役員の一人が考えたジョークのような催し物の一つなのだが、何故だか好評で今も残っているという。
 その名の通り、関東地区と関西地区の選抜を戦わせるというものだ。十二歳以下部門、十五歳以下部門、十八歳以下部門の三つがある。
 流れを簡単に説明すると、まず協会の推薦条件に見合った選抜選手が集められ、試合の前に選考会を兼ねた三日間の合宿トレーニングが行われる。合宿をパスした選手による選抜チームが、試合に臨むのだ。
 ちなみに、この東西戦トレセンと類似した他の制度には、東海東北戦トレセン、別名ホトトギス対竜虎戦トレセンといった風に、他にも役員の戦国オタク趣味の名残がまざまざと感じられる物があったりするのだ。噂では維新戦トレセンたる九州地方で行われる物もあるようだが、定かではない。
 由来はともかく、このトレーニングには有名指導者も招聘されるなど、選抜選手達にとってメリットは多いため、誰も表立って文句を言う者はいない。
 シーズンを終えたこの時期行われるトレセンでは、主に次年度に主力を担う選手達を召集する事になる。春先に行われる新人戦と似た意義を持っており、学校側にとっても選手にとっても大きな意味を持つ。
 合宿に参加する選手の選出基準は二つ。一つは協会から直々の推薦枠。そしてもう一つはその年の各地区大会でベスト8以上に入った学校の監督者からの推薦枠が二名。
「今年はうちから五人、選手を選べる事になった」
 五、という数字に、面々が微かにざわめいた。去年は協会推薦枠が一名、そして監督推薦枠二名の計三名だったからだ。つまり、
「今回は協会から推薦された者が三人いる」
 という事だ。
 その一人は分かりきっている。去年も協会推薦枠で選ばれた、茂森だ。当然のように泉谷の口からその名が呼ばれる。前髪に残る砂をはたきながら茂森が「はい」と頷く。
「おー、さすがあ」
 後ろで鴨崎が自分の事のように手を叩いて喜んでいる。そんな彼を一瞥し、
「二人目の協会推薦枠は、鴨崎」
 さりげなく泉谷の口からその名前が出た。
「え!!!!!!」
 真後ろから突き刺すような声が上がって要は思わず両手で耳を塞ぐ。鴨崎は両手を顔の前に拍手の形に掲げたまま固まっていた。
「おめでとう」
 茂森が振り返って微笑む。
「うわ、俺初めてっすこういうの!!!」
 鴨崎は完全に舞い上がってしまっていた。垂れ下がった眉と瞳が零れそうだ。小さく笑ってから泉谷は再びボードに目を落とす。
「三人目は、芥野」
「え、俺?」
 要の隣で、長身が勢い良く振り向いた。だが鴨崎と同様に芥野も初めての経験だが、彼は落ち着いている。性格の違いだ。
「うわーびっくりした」
 と大きく息を吐く芥野の両側から、要と清水寺が腕を小突いて「やったじゃん」と祝福を送る。それからようやく芥野に笑みが浮かんだ。
「で、ここからは監督とコーチの間でよく相談して決めた、学校推薦枠だ」
 まだ発表は終わってないぞー、と前置きし、泉谷はボードから顔を上げた。
「四人目は、―」
 ここで泉谷が一瞬、言葉をとめる。ボードの上で二度ほど視線が動いた後、微かに頷いた。
「四人目は、清水寺」
「……はあ」
 これも性格がよく表れた反応だ。清水寺は芥野を小突いた姿勢のまま、数秒ほど動きを止め、そしてゆるゆると視線を一度空中で泳がせた後に頷いた。
「おー、仲間仲間」
 今度は芥野が清水寺を小突き返す。
 要は喜ぶ友人二人に「土産わすれんなよー」と祝福に代わる言葉を向ける。
「こら、四条、ヨソ見すんなーー」
 前方の泉谷から注意が飛んできた。
「はい、すんませんー」
 他の部員よりも何故か私語を注意される確率が高い要は、もう慣れたとばかりにまったく悪いと思っていない様子で肩を竦めた。
「五人目はお前なんだからな」
「……」
「聞いてるのか」
 場が静かになると同時に完全に固まった要へ、泉谷に代わり西浦から低い声が飛んできた。
「………」
 ぎこちなく要の首が前を向く。
 まず最初に茂森の顔が視界に飛び込んできた。

 これはデ・ジャヴか?

 明日でちょうど、副キャプテンとなって一週間が経つ。
 この時の要は、六日前の夜を思い出していた。
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