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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians12
12

「何だあ、紅組の十番、あれで一軍の司令塔なんだ?」
 見学者の小学生集団から少し外れた位置で、そんな会話が交わされた。リトルリーグの制服集団と異なり、スポーツ用品ブランドのブルゾンではあるが私服の装い。一人は少年、そして一人は保護者と思わしき中年の男だ。いずれも上背があり、特に少年の方は年齢相応の顔立ちに見合わない体躯が人目をひく。
「今日が初めてらしいから無理もないだろう」
「頑張ってるほうさ」と男が呟く。目深にキャップを被っており、庇が作る影が目元を隠しているが、彫りの深い顔立ちをしている。
「え、なんでそんな事わかんだ?」
 少年の言葉に男は呆れて肩を竦めた。
「試合前にコーチがそう説明していたじゃないか」
「そうなんだ」
 聞いてなかった、と笑って少年は悪戯っぽく笑う。
「それにしても」
 グラウンドに視を戻す前に、少年は横を見遣る。付き添いの男が立つ位置と逆方向だ。白地に薄いピンクのストライブが入ったスエットをお揃いで着ている4~5人の女の子グループがいる。白組が得点した時に黄色い声を上げていた。
「なんなんだ、あの連中。さっきからうざいし」
 苦々しく呟く少年と対象的に男は薄い笑みを漏らす。
「女子サッカーチームの子…と見せかけて、ファンの集まりだろうね」
「ファン~ん??だってプロじゃねぇのに??」
 大きな瞳を更に大きくして、少年はまじまじと女の子集団を凝視した。その中の数人と不意に目が合ってしまい、「なにみてんのよ」という目で睨まれる。
「こえぇ…」
 と呟いて少年はすごすごと視線を逃す。
「最近はジュニアの頃から気に入りの選手に目をつけて、成長を追いかけるっていうタイプのファンが多いらしい」
 男曰く、アイドル集団のジュニアチームファンの心理と同じで、インターネットのブログ等を通じてのファンコミュニティも形成されるほどだという。
「ま、ああいうのも大事な『サポーター』だ。邪険にしちゃいかん。どういう形であれ応援してくれる事をありがたいと思わないと」
 男はゆったりとした姿勢でグラウンドを眺める。キャップの庇に見え隠れする両目は、温和に笑っていた。
「そりゃまあプロならそーだろうけどさ?」
 合点しきれていない様子で肩をすくめる少年も、再びグラウンドに意識を戻した。
「お?」
「おや」
 二人が眺める中で、白組の一番が持ち場を離れ、紅組十番に歩み寄ったのだ。
「四条」
 茂森の手が後ろから肩に触れ、
「…何だよ」
 要は振り返る。声が不機嫌そうに低くなってしまい、大人げ無かったと内心で後悔が生まれた。茂森は気にしていない様子で、少し首を傾げながら要の肩から手を離す。
「あ、考えてなかった」
 茂森の第一声はそれだった。
「は?」
 思わず要は声を裏返らせた。
 何か言いたい事があって来たものの、かけるべき言葉を考えていなかった。そんなところだろう。茂森は「えーと」と顎に手をあてて考え込んでいる。
「おーい、試合再開す…」
 遠くで審判役のコーチから声がかかったが「好きにやらせとけ」と監督がそれを止めた。既にそれぞれのポジションに戻っていた面々が、何事かと二人を遠くから眺める。
「五円玉でさ」
 しばらく考え込んだ茂森が再び口を開くと、出てきたのはそんな言葉からだった。
「はあ」
 疑問符を複数浮かべつつ要は気が抜けた返答をする。
「五円玉の穴から遠くの景色を覗くと、よく見えるだろ?」
「そうだろうけど…??」
 子供向けの科学マメ知識だ。要も昔、試した事がある。
「そういう感じが良いと思うよ」
「……え??」
「頑張って」
 頭上で疑問符が躍りまわる要を他所に、茂森は最後ににこやかな笑みを見せると、片手を振って自ゴールの方へと戻って行ってしまう。
(何が言いたいんだ、あいつは)
 呆然とその場に取り残されたまま、要は茂森の背中から視線を外して焦げ茶の地を見た。
「………」
 湿った土から視線を上げて、再び遠くのゴールを見つめる。
(………)
「カモ!」
「は、はい!?」
 突然呼ばれて鴨崎は要の元に駆けつける。
「キャプテンと何はなしてたんすかー?」と軽い口調で尋ねるが、いつもと違う要の面持ちに気がつき咄嗟に口をつぐんだ。
「セン…パイ?」
 神妙な顔でグラウンドを見つめる要の横顔を、鴨崎は恐る恐る下から覗き込む。そして突然、大きめの両目が振り返り、思わず身を仰け反らせてしまった。
「さっきは悪かった」
「へ?」
 今度は突然謝られ、鴨崎は半開きにした口から腑抜けた声を零す。
「これから、お前にボールを集めるように動く」
「センパイ…?」
「だからお前は、できるだけマークを振り切る動きをするようにしろ」
 蕾が開花するように、鴨崎の表情に光が差し込む。シュートさせてもらえる事が嬉しくて仕方ないらしい。
「ただし、ゴール前で混戦状態になった時は別だからな。周りをよく見て判断するようにしろ」
「もちろんです!」
「お前が万全の体勢でシュートを打てるようにしてやる」
 だから―
「最低二本以上はゴールを決めろ」
 要は指を鴨崎の顔に突きつけた。
 勝つのは俺達だ。
「了解す!」
 暗黙に含まれた要のメッセージに、鴨崎は嬉しそうに頷いた。
「ネギ、清水寺、正田!」
 近い位置に固まっていた三人を呼ぶ。
「お?」
 と目が覚めた顔で、だがどこか楽しげに三人が要の元に集まってきた。
「何か名案でも浮かんだのかな。ていうかキャプテン、何をアドバイスしたんだ?」
 要達の様子を白組ゴール前から眺めていた小野寺が、背後の茂森に尋ねる。
「小学生の頃に聞いた科学の話を少し」
「なんだそりゃ?」
 芥野の長身が振り向く。その顔はいつものように笑っていた。そうしているうち、要の周りに今度は残りのMFとDFの面々が集まっており、試合中にもかかわらずさながら即席作戦会議の様を呈していた。
 監督やコーチは黙認している。時計も止められていた。彼らの目的は一軍チームと二軍チーム間に勝ち負けを着ける事ではないのだから。
「最初はどうなる事かと思ったのですが」
 ホイッスルにつながった紐を手持ち無沙汰に回しながら、泉谷コーチは傍らに立つ監督の西浦に視をやった。ライトの柱に片腕をもたれさせていた西浦は「ん?」とそれに応える。
「四条にああいうリーダーシップがあるとは、意外でしたよ」
 冬休み明け、西浦から新キャプテンと副キャプテンについて相談を受けたときの事を、泉谷は思い出す。キャプテンはともかく、副キャプテン候補に挙げられた生徒の名にまず「え、誰ですって?」とコーチ陣の誰もが聞き間違いをしたように問い返したものだ。さながらその瞬間は、コントか漫才をしているような空気だった。
「彼は口が悪いというか…キツいというか…ストレートなところがありますからね」
 四条要という生徒は、協調性が無い訳ではないがやはりマイペースで、常にどこか冷めて乾いている雰囲気を持っている為に近寄りがたい。好不調の波が少なく器用なので、選手としては扱いやすいが。
「俺もそう考えていた」
 西浦はコーチ陣の意見を否定しない。事実、要が新入生として入部テストを受けに来た時から、「変わった子だ」という印象が残っている。現代っ子特有のどこかスレた雰囲気を持ちながらも、練習に対しては真面目できついメニューも涼しい顔で黙々とこなし、着実に実力をつけていた。彼が初めてスタメン出場したのは二年生の春で、体調不良の三年生の代わりに使ったのだが、特に不可もなく仕事をこなしてコーチ陣に「使いやすい」と印象付けた。それ以来、始めは便利な代役として出場機会を得、そして気がつけば固定レギュラーの一員となっている。
「与えられた課題や仕事はきっちりこなす。副キャプテンや司令塔という役割も、与えられた課題としてこなそうとしている」
 あいつにはそういう天性の器用さがある。
 西浦は要を中心に輪を作る紅組の様子を見つめた。
(あと四条に足りないものは……)
 次に西浦の視線は白組ゴール前の茂森に向く。
(あいつが教えてくれるだろう)
DF二人と会話を交わしているGKの姿がそこにある。彼もまた、見かけに拠らない負けん気の強さがあるが、柔軟性のあるところは要と似ている。
(逆に茂森が必要なものも……)
 口元に微妙な笑みを浮かべ、西浦は再び要を見た。
(四条が与えてくれるはずだ)
 それが適った時、誰もが自分の下した人事采配を理解するに違いない。
 西浦には確信があった。
「……監督…?」
 その視線に気がつき泉谷コーチも白組ゴール前へ意識を向けた。
しばらく顔を突き合わせていた紅組の面々が最後に頷き合い、それぞれの持ち場に散って行くところだ。それを確認して審判役の泉谷がホイッスル。試合が再開される。
「紅組、どう攻めてくのかな」
見学者の小学生の一人が、隣の友人に話し掛ける。同じチームロゴの入ったジャンパーを着た隣の子供がそれに答える。
「やっぱ白組は守りにはいるよな」
少し得意げに腕を組み、大人ぶった口調で語っている。
「茂森いるし、白組が本気で守りになったらかなーりゴールすんの無理だろ。DFも上手いし」
小学生たちの議論に耳をそばだてていた長身の少年は、苦笑して肩を竦めた。
「茂森、だって。呼び捨てかい。友達かっつーの」
まったく最近の小学生は、と自分も歳回りがかわらないのを棚上げする少年の横から、
「逆だよ」
と長身の男。
「お前だって有名人の事は呼び捨てするだろ?イチロー、とか中村、とか。それだけ彼らにとって桐嬰の一軍選手は憧れの対象なのさ」
「憧れね~」と漏らしながら少年は、再び動き始めたゲームを見つめる。
「『関東に桐嬰あり』が実のところ単に『関東に茂森あり』で終わらないといいんだけどな。ま、春から俺が『関東に鹿嶋あり』に変えてやるけど」
 少年の言葉に男は「馬ァ鹿」と笑う。
「同じチームに「馬」がつく名前の子がいないことを祈っとくんだな」
「それを言うなってっ!!!」
 顔を真っ赤にする少年の声に、近くにいた小学生集団が奇異な目で振り返った。オマケに「ちょっとー、うるさいんですケドー」と少女達からクレームが入ったのであった。
「………スンマセン…」
肩を落としてしょ気る少年を他所に、隣の男はボールの行方を目で追っていた。ボールが、白組の十番に回る。と同時に、白組は再び最初と同じように一斉に紅組陣地に攻め込む動きを見せた。
「守りに入らないのか」
ほう、と感心したような息が男の口から漏れる。鹿嶋少年も「お?」と身を乗り出した。
「声だしてくぞ!」
 紅組司令塔から声が上がる。応じる声が上がり、それぞれがマークすべき標的に対して走り出す。白組の動きに対して、今度の紅組メンバーらは冷静だ。
「サイドだサイド!」
「フリーにすんな!」
 序盤と打って変わって両チームから次々と声が上がる。白組の司令塔も、紅組が本格始動した事に気がつき、動きが緻密になって来ている。
(何となく分かって来た…)
 要は寺野をマークしつづボールの動きと、自チームの動きを確認する。寺野が抜きにかかろうとすると、自分も上半身を使ってそれを食い止め、パスを断たせようと動いた。
 がっちりとマークされてライン際に追い詰められた白組MFが焦ってボールを後ろに送る。そこへ動き出そうとする寺野より速く、要は飛び出した。つま先分だけいち早くボールに追いつき、それを軽く蹴り上げて回転させて寺野をかわす。
「上げに来るぞ!」
 寺野の声に応じて白組のMFがボールを奪いに来た。「四条!」と斜めから声がかかり、正田がマークを振り切ってフリーになろうとする姿が目視される。一人目のMFをかわして白組のゴール方向を視線がよぎる。その瞬間、芥野と小野寺の向こうに茂森が見えた。
(茂森)
 彼が守りの体制に入るよう指示するはずがない。
 要には分かっていた。分かりつつあった。
(お前が顔に似合わず、そういう奴だって事がなっ)
 視線が通り過ぎる瞬間に強く睨み付け、要は迫り来るMFからボールを逃がしてマークを突破した。
「鴨鍋走れ!」
 要の声。
「紅組マジギレモードだな」
小野寺は不適に笑う。パスを繋ぎながら確実に上がって来る紅いゼッケンの波。ファウルすれすれの強引な突破を繰り返している。
「羽鳥!鴨崎を徹底マークだ!」
ゴールから茂森の声。
「はい!」
不気味に上がってくる鴨崎に、駿足の羽鳥を宛がう。
「やっぱカモにボール集めて来るのかな」
と芥野。
「まともにシュートしてゴールを奪えるのは鴨崎だけだしな」
茂森の回答を「ふーん」と聞き流した後、芥野と小野寺は「え?!」と目をまるくして同時に振り返る。
「ほら、来るぞ」
茂森は余裕の伺える顔で前方を指し示した。
その言葉通り、根岸がマークを振り切りボールをキープして上がって来た。
「カモにパスさせなきゃ良いんだな」
小野寺が飛び出した。さすがに紅組の気迫を感じて白組のMFも一部が戻って来ている。
(羽鳥の脚が厄介だな)
鴨崎に張り付く羽鳥。鴨崎も駿足が持ち味だがドリブルで羽鳥を抜くのは簡単ではない。
「………」
すぐ背後で寺野が自分をマークしているのを確認し、要は羽鳥に向けて走り出した。
「根岸!」
ボールを持つ背中を呼ぶと、すぐにパスが来た。走る要の速度を想定し、根岸は羽鳥と要の間にボールを送る。
だが、要は足を止めた。後ろから追ってくる寺野を肩ごしに見遣り、道を明け渡すように自分はゴールに向けて方向を変えた。
「え」
「え、え?? 」
うろたえた寺野と羽鳥は近くに転がるボールへ反射的に足を向けた。その間を後ろから滑り込んでくる紅いゼッケン。
鷹島だ。
長い足を生かしたスライディングで、ボールを捕りかけた寺野と羽鳥の足からボールを弾いた。その先にいるのは要、そして更にその先に、フリーになった鴨崎。
「あ……!」
マズい。
その三文字が思い付いた頃、ボールは既に要の足元を離れていた。
「上手い事するなあ」
呟いて、茂森が動く。
手元で急加速する鴨崎のシュートを警戒して前に出る。加速する前に叩き落としてやればいい。
「やっぱカモか!」
小野寺と芥野もそれぞれ対応に向かう。
「いけっ!!」
しなやかな全身の筋肉をしならせ、鴨崎がシュートを放った。角度があるが、ペナルティエリアの内側だ。
「!」
シュートコースを切断するように茂森が前傾姿勢でボールの軌跡に割って入った。
空気をえぐってカーブを描きつつあるボールを横から弾いた。
「止めた!」
小学生が騒ぐ。少女達からも黄色い声。
「あれぐらいのシュートなら止めるだろ」
反して鹿嶋少年は首を横に振る。
零れたボールに両チームが一斉に群がり、芥野がクリアする。
「確かに良いシュートだけど、全国レベルならいくらでもいるぜ?」
白組がボールを回して体制を整え、紅組が再びボールを奪いにかかる。一旦緊張が緩和したグラウンドを眺めつつ、鹿嶋少年は、なあ、と隣の男に同意を求めるが、頷きは戻らなかった。
「たいしたことないシュートなら、わざわざキーパーが前に出てくる必要はないんじゃないか?」
「ん?」
「シュートコースは把握していたようだし、十分な距離を取ってキャッチする事もできたはずだ」
「―つまり?」
鹿嶋少年は横から男を見る。キャップのひさしが作る影に隠れかけた目許は確かに笑っていた。
「茂森はかなりあのシュートを警戒していた。あれ以上の距離を取られると危険だと判断したんだろうな」
勿体振るなよ、と言う鹿嶋少年の抗議を男は受け流した。
「あの子のシュートにはかなりの回転がかかっている。恐らく手元でひどく加速してホップするんだろう」
「そうなる前に止めたってか」
ようやく男は頷いた。
「強敵がいたもんだな?イチ」
「・・・」
頬を膨らませた鹿嶋少年は再び試合に視を戻した。再び白組ゴール前は混戦状態となっている。お互いに零したボールを奪い合って、紅組が幾度とゴールを割りかけるがDF二人とGKで防ぎ、その零れた球をまた奪い合う、その繰り返しだ。
 そんな中で、ふとした切っ掛けで羽鳥の注意が鴨崎から逸れた。団子状態になった集団の中から鴨崎が横に飛び出す。
「正田!」
 呼ばれた正田が顔を上げる。小野寺の執拗なマークから逃れ、要の指先が示す方向へ無我夢中でボールを送った。
「っくそ」
 不意を突かれた小野寺が毒づく。鴨崎がシュートに来ると読み、あえて追いかけずにシュートコースを読もうと背後の茂森を気にしながらその場を動く。代わりに鴨崎を追い飛び出す羽鳥。
「よっ…」
 巧みに体を回転させて振り切り、鴨崎はゴール前の人波を迂回した。緞帳が開くように視界が開け、構える茂森と正面で目が合った。シュート体勢に入ると同時に、
「へへ」
 鴨崎の口元が笑う。悪戯を仕掛ける子供のように。
 湿った土が飛び散り、白と黒のボールが蹴られた。高速回転がかかったボールは内回りのカーブを描く。茂森の体も合わせて左に動いた。
「であっ!」
 その横から飛び出す白い影。
「!!」
 初めから鴨崎の動きを見ていた小野寺だった。ピンポン球のように小柄な体を弾ませてボールの軌跡に飛びつく。茂森の元にボールが達する直前、小野寺の伸ばした足先がボールを弾いた。
 止めた!
 小野寺の顔に刹那の安堵が浮かんだ直後、左から右に紅いゼッケンが走りぬける。
「四……っ!」
 気がついた茂森がその名を口にするより速く、小野寺が弾いたボールを奪い取った要が左に動いていた茂森の右側へ、そのままボールを押し込めた。
「あぁっ!?」
「やったああ!」
 小野寺と鴨崎の対照的な声が同時に上がり、ネットが揺れる。
「……」
 そしてボールは目を見開く茂森の足元に、弱々しく転がった。
 スコアボードの数字が変わる。1対1。
「よしっ!」
「ふいー…」
 紅組の面々は歓喜するよりも安堵を面持ちに浮かべて息を吐く。その中で鴨崎は一人飛び上がって喜んでいる。
 ゴールを割られた茂森は表情を変えずにボールを拾い上げる。
 振り返ったところで、深い呼吸をしている要と目が合った。
「………」
 喜ぶでもなく、安堵するでもなく、要はじっとその視線を受け止めた。そして不意に目の前の顔が、
「ナイスゴール」
 と微笑んで、そこでようやく要は次の表情を見せる。
「感謝なんてしてねーからな」
 憮然とした顔で茂森に告ぐ。
「ん?」と目を丸くしてから、茂森は「ああ」と思い出したように口を開いた。
「という事は、分かってくれたみたいだね」
「んな…」
 しまった、と要は口元を歪める。
「とにかく、最低あと二点はとってやるからな」
 顔が赤くなる前にさっさとそう言い捨てて、要は自陣地へきびすを返した。途中で鴨崎が飛びついて来たので「やめろよ」と引き剥がす。
「久々に四条のゴールを見たな~」
 さほど悔しげな顔を見せない芥野が、小野寺の方に歩み寄る。尻餅をついたままの小柄な彼に「大丈夫か」と手を伸ばすが、小野寺は自分で立ち上がる。俯いた面持ちは、悔しそうに歪められている。
「ごめん……俺が余計な事したから…」
 強く握られた両手。自分が突っ込まなくても、茂森は鴨崎のシュートを受け止めていただろう。鴨崎に抜かれた事でヤケになっていたのだと、小野寺は唇を噛んだ。
「ナイスセーブ。あれはしょうがないよ」
「……」
「鴨崎のボール、あの距離だと俺も弾くのがやっとだったと思う」
 茂森の説明に、小野寺は顔を上げた。
「左から清水寺が来ていたから、弾いたところをヘディングで押し込まれていたかもしれない」
「え、そうなんだ…」
 清水寺の動きも、小野寺には見えていなかった。
「俺のコーチングも不十分だった」
 茂森はわずかに目を伏せた。己に言い聞かせているように。
 鴨崎のシュートコースを読む事に手いっぱいで、DF達に声をかける余裕がなかったのだ。
「よし」
 と顔を上げた茂森は明るい笑みを見せた。
「最初に戻っただけだ。頑張ろう」
 落ち込みかけた小野寺に発破をかけ、
「勝ち越しに行くぞ!」
 遠巻きにこちらを気に遣っていた二軍のMF、FWの面々に向けて手を振った。
「………」
 奮起する白組の声を背に、要は口元を引き締めた。勝ちにいける確かな手ごたえを拳の中に握りこむ。何より、茂森からゴールを奪った瞬間に内心で込み上げた興奮が、まだ息衝いている。
「気合はいってきたあー!」
 興奮をそのままテンションに替えて外に出すタイプの鴨崎は、先ほどから一人で「おっしゃー」だの「うしっ」だの気合を入れて落ち着かない。だが他の紅組の面々も、反応は違えどそれぞれが集中力を高めて来ている様子が分かる。
「良いゲームですね」
 ホイッスルを口に含む前に、泉谷コーチは西浦に声をかけた。
 関東の仁王はあまり表情を変えず、だが確かな手ごたえと共に大きく頷いた。
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