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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians11
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「先輩!遅ぉおい!」
 グラウンドに戻るなり、突き抜けた鴨崎の声に出迎えられた。大仰に両手を振り回して、「こっちこっち」と要を呼んでいる。見ると、紅組メンバー達がゴール裏で輪を作って昼食をとっていた。
「何だあ?」
「作戦会議っすよ!作戦会議!」
 早口に捲くし立て、鴨崎は待ちきれないと要の袖を引く。
「ほら、清水寺センパイも!あ、芥野センパイはダメっすよ!」
「え、俺だけ仲間ハズレか?」
「だって敵ですもん。芥野センパイはあっちっす!」
 鴨崎が示すのは、グラウンド隅のベンチ周辺に集まっている面々。茂森を中心に、白組のメンバーが輪を作っている。ふと顔を上げた茂森と視線がぶつかり、向こうがにこやかに手を振ってきた。
「へえへえ」
 苦笑いしつつも「じゃあな」と芥野は白組の方へと向かった。
「作戦会議つったってなあ」
 オニギリのビニールを剥きながら要は集まる面々を見渡した。一軍中心なので同学年が多い。
「何言ってるんすか。司令塔でしょ、司令塔!桐嬰のヒデになってもらわないと!」
 無茶苦茶を言うな。
 苦虫を噛み潰すと同時にオニギリをかじり、要は鴨崎に促されるままに紅組面々の前に腰を下ろした。
「えーっとだな」
 鴨崎同様にやる気になっている者、一方で冷静な者と、二種類の視線を感じる。
「まあとりあえず、今俺が持ってる情報は、白組が俺達に勝つ気満々だという事だ」
「へえ」
 と、すぐ側に腰を降ろした清水寺の声。と同時に軽いざわめき。二軍中心チームが一軍チームに勝つ気でいる。その事実が面々の感情を刺激したようだ。一方で対面に座る鴨崎は「おお」と目を輝かせている。
「場合によっちゃ、自分が本気を出さなくても勝てるかもしれない、なんて茂森がぬかしていた」
「ほほー」
「さすがキャプテン」
 何が流石なのかわからないが、ひたすら鴨崎は感心して頷いている。
「でも正直、俺もビミョーだと思うんだな、そこんとこ」
 溜息と共に残ったオニギリをかじる付け焼刃司令塔。「おいおい」と隣から清水寺が苦笑するのが見え、当然のように立ち上がった鴨崎からは、
「なんでですかー!勝たないと!チームまるごと二軍落ちっすよ!?」
 と猛抗議。
「うるせーなしょーがねぇだろ!俺MF初心者なんだぜ!」
 要の反論に場が鎮まる。
「そうだった……」
「今日が初めてか……」
「初心者か……」
 乾いた苦笑いが漂う。
「って事で」
 同じ声調を保ったまま要は面々に向き直る。
「負けても俺のせいだから、失敗とか考えずにやってくれればいいだろ。二軍落ちするとしたら俺一人だ」
 何せ、桐嬰の一軍を担う面々だ。「いつも通り」の実力が出せれば勝てるのだ。問題は、その「いつも通り」を要自身が潰してしまわないか、ポイントはそこだけだ。
「四条…」
 肩を落とした面々が、顔を上げた。
「何言ってんすか!俺絶対負けたくないっす!だからガンガンいきますよっ」
「先輩だって負けたくないっすよね?」と、鴨崎は遠くにいる茂森を指差した。そこに、何やら白組の面々と楽しそうに笑っているキャプテンの姿が。キャップをしたボールペンの頭で、地面やグラウンドを指し示しながら喋っている。見学に来ている小学生の数人が、物珍しそうにそれを後ろから眺めていた。
「まあ、なんだ。この間のシュート練習で分かったと思うけど」
 改めて要が前置きをすると、同じく茂森を振り返った面々は再び要を見上げた。
「ここで付け焼刃の戦略をヒネっても、あいつはそうそうゴールを許してくれない。オマケに今日は芥野と小野寺付きだ」
 長身の芥野、小柄故に小回りと速度が持ち味の小野寺。このDFの組み合わせはやっかいだ。さながら、釘を使わない日本古来の木組み建築のように、凸と凹がはまり込んで、頑強な壁となっている。そんな壁を突き崩すとしたら、僅かな綻びを作り、そこを一気に突き破るしかない。
「あと要注意は寺野の動きだな」
 寺野は白組の司令塔だ。二軍の面倒見役を長い間になってきた為に下級生からの人望が厚く、また意思疎通も円滑だと思われる。
「あっちは守りのサッカー、こっちは攻めのサッカーだ。相手をペナルティエリアに一切近づけさせないつもりでとにかく押すしかない」
 要は食べ終わったオニギリのビニールを、強く握りつぶす。一瞬、場が静まり返るが、
「って口で言うのは簡単なんだけどさ」
 力が抜けた要の呟きに、一同はまたがっくりと肩を落とすのだった。
 お茶を一口喉に流し込み、要は時計を見上げた。間もなく休憩時間が終わる。お昼を済ませた見学者達が徐々に集まり始めていた。「おし」と呟いて要は立ち上がる。
監督の指示を受け、メンバー達はゼッケンをつけてチームごとに別れて整列する。
「これから紅白戦を行います」
 見学者に向けてコーチが簡単に試合時間とチームの割り振りについて説明を始めた。
 その間、要は視だけで周囲を見渡した。対面に立つ茂森はコーチの方を見ている。見学者達も衝立の向こうからコーチの説明に耳を傾け、頷いていた。小学生や親達の群から離れた場所に、先ほどの英会話男が立っている。両手を胸の前で組み、じっと動かない。サングラスのせいで視線が判別できないが、恐らく茂森を映しているのだろう。
「では」
 と説明を終えたコーチが回れ右をしてコイントス。要達紅組の先攻となった。ラインマンがそれぞれ位置につき、審判役のコーチの号令で
「お願いします!」
 と互いに礼。そして各々のポジションへ散って行く。自陣地に下がりながら要は相手チームを振り替えった。ゴール前に歩いて行くDF芥野、小野寺、そしてGK茂森の姿がやけに大きく目立った。やはり一軍と二軍選手がもつ存在感の差というものなのだろうか。
 だがボールを足で押さえてスタンバイする鴨崎を見据える寺野ら二軍の面々も、油断ならない顔をしている。
 そして胸をすくホイッスルの音が高らかに透明な青天を突き抜けた。
 鴨崎がボールを蹴りだし、前進する。
「っえ…」
 突然目の前に影が迫り、鴨崎は一瞬、足を止めた。白組のFWが一斉に鴨崎と根岸を取り囲むように前に出てきたからだ。特に大柄な体躯が持ち味の二年生、五十嵐は、迫り来る津波のように迫力がある。
「!」
 要は目を丸くする。
 予想に反して白組の動きが攻撃的なのだ。寺野を始め、MF陣もFWさながら前へ前へと出ている。
「おっと」
 ボールを奪いに来た白組FWをかわして根岸は鴨崎にパスを送る。そこへすかさず左右から回り込むようにまた別のFW達がボールを奪いに来た。
「一旦さげろ!」
 要が声を上げる。
「なっ」
 要の指示が間に合わず、パスを繋げてFWを振り切ろうとした鴨崎と根岸の前に、また壁が襲い掛かってきたのだ。
「あ!」
 前に出ていた清水寺に送ろうとしたパスがカットされる。
「マジか」
 思わず要は声に出していた。
 白組は、芥野と小野寺を除いたDFまでが、センター付近にまで上がってきているのだ。逆にその両名はペナルティエリア内に留まったまま、まるで門番のように直立している。
「寺野!」
 白組のFWが奪ったボールが、司令塔の寺野に回る。それを合図にするように、白組の前衛陣が一斉に広がった。まるで紅組の陣地に網を投げ入れたかのようだ。
「マンツーマン!」
 素早いパス回しで小刻みに前進してくる、そう読んだ要は咄嗟に指示を送った。要は寺野のマークにつこうと、ボールを持った彼に向けて駆け出す。
「羽鳥!」
 寺野は後方にいた白組の一年生の名を呼び、ボールを送った。センター付近まで上がっていたDFだ。
(?)
 要は一瞬、困惑する。攻撃に出たと思えば、突然下がる。その緩急差のある動きに紅組の面々が意識を奪われた、その瞬間、
「寺野先輩!」
 再びボールが寺野に渡る。要がボールを奪いに動く直前、ボールが大きく蹴り上げられた。
「!?」
「あ」
 ぽかんと鴨崎が空を仰ぐ。
 高く上がったボールは一気に紅組のペナルティエリア付近へ飛んできた。完全にマークがつく前に振り切った白組前衛陣が一斉に紅組ゴール前に雪崩れ込んでくる。
「清水寺とカモ、ステイ!」
 ボールの動きにつられかけた清水寺へ、センター付近に留まるよう声をかけて要はゴール方向へ駆け出した。
「俺らは犬かーっ!」と二人のクレームが聞こえてきたが、とりあえず受け付けない事にする。
(…この強烈なメリハリは何だ)
 ゴールに遅い掛かろうという白組を追って要も駆け出す。
「DF固まるな!」
 迎え撃つDF陣がボールの動きに引き寄せられつつあるのが見えて、要は指示を送った。二年の乾が素早く反応を見せて反対側に動きかけると、案の定、残りのDFの動きを裏切る方向へ白組のパスが出された。その先に、ゴールを狙うFWがほぼノーマークで滑り込んできている。
「ってぁ!」
 団子の中から飛び出した乾が突っ込む。
「!」
 咄嗟に対応ができなかった白組FWの船越から、乾のスライディングがボールを弾き飛ばした。
「乾の奴、ナイスセーブだったなあ」
 遠くから紅組ゴール前の様子を見ていた芥野が、左隣と背後に同意を求めた。
「そうだなあ。俺もあの場面だとつられてたかもしれない」
 小野寺が足首を回しながら答える。
「良い反応だったね」
 茂森はゴールポストに片手を添えて眩しそうに目を細めていた。
 ボールは紅組ボランチの鷹島へ。その動きを見てカモネギ二人が前方へ駆け出した。
「DFだけもどれ!」
 白組司令塔が声をあげる。ゴール前の集団が動きかけた直後、紅組FWの位置を目視した鷹島が大きく前方にボールを蹴り上げた。高いアーチを描いたボールは、センターライン付近に留まっていたカモネギの間に落下する。白組は一斉に攻撃参加していたために、ガラ空となっている。
「よしっ!」と思わず要は声に出していた。
「おー、きたきた」
 ゴール前に立つ芥野、小野寺、茂森の視界の中で、鴨崎がボールを拾った。背後から追いすがりボールを奪いに来る白組のDFをかわした鴨崎は、ほぼノーマークで白組ゴールに迫り来る。サイドから清水寺が積極的にゴール前に上がろうとしていた。
(やりにくい状況だな)
 背後の白組の動きを気に留めつつ、要は前進するFW三人の背中を見ていた。ほぼ三対三の状況では、こちらの事をよく知っている白組の一軍三人に動きを読まれやすい。ゴール前で入り乱れてイレギュラーが多々発生してくれたほうが、総合力で勝る紅組が、力で押し切れる確率が高い。
 ゴールに向かう鴨崎を出迎えるべく、小野寺が動いた。愛嬌のある外見からは想像できない、しつこく足元に絡み付いてくるような、敵になれば「いやらしい」粘り強いディフェンスが持ち味だ。
「カモ、つっこむな!」
 小笠原を突破しようとする鴨崎の動きを読み取り、要はボールを戻すよう声をかける。
「でも」
 生じた刹那の戸惑い、そのスキを突いたタイミングで小笠原の足が伸びた。
「あっ・・」
 ボールが小笠原の足に捕らえられる。だが直後にサイドから追い付いた紅組MFが、体勢が不十分だった小笠原から再びボールを奪った。
「四条!」
 要にボールが戻る。咄嗟に周囲を確認し、要は斜め後方へ上がってきたMFにパスを送る。
「体勢を整えてくる気か」
「そうみたいだな」
 芥野の推測に、茂森が同調する。紅組の動きを察して小笠原もゴール付近に戻って来た。
(MFが誰も戻ってこない?)
 白組の異質な動きに要は目を細めた。
 残りのDF、俊足の一年コンビ羽鳥と高塚の二人が戻って来ただけで、白組が誰ひとり自ゴール前に戻ってこようとしないのだ。
 一方で、ゴール前には戻って来た二人を加えたDF四人が、まるでペナルティラインが国境線であるかのように防御を固めている。
(ペナルティエリア内でシュートを打たせない気か)
 いつだったかマネージャーの倉本が作ったデータが思い浮かぶ。試合における茂森のペナルティエリア外からのシュートセーブ率が、全国の中学生GKの数値と比較してずば抜けている事を。実際、チームのストライカーである鴨崎も、正面から対峙した場合はペナルティエリア内からしかゴールを割れていない。
 芥野と小野寺に守らせて時間を稼ぐ間に、俊足の羽鳥と高塚が戻り壁を補強するという算段か。FW二人とMF四人は攻撃に専念させ、DFを守備と遊撃の二つに分ける。
(無茶苦茶だ)
 要は内心で苦笑する。その無茶苦茶を通す茂森は、やはりイレギュラーな存在だと思い知る。
「先輩!」
「!?」
鴨崎の声に我に返り、背後の気配に気付いて振り返ると、戸惑い気味の一年生からボールが渡る。
 迷っている暇はない。白組の防御が鉄壁なら、紅組は徹底的に綻びが生じるまで壁を叩かなければならないのだから。
(清水寺)
 横目で清水寺を見やると、一瞬だが確かに視線が戻ってきた。チーム随一のパス対応力を信じる。それが今の要ができる事だ。
 要がボールをゴール前に高く蹴り上げると同時に、清水寺が動いた。カモネギの二人もゴール前に走りこみ、そのすぐ後ろから正田も上がってくる。
「芥野!」
「マカセロ」
 茂森に促され、芥野がボールを追った。高身長の清水寺に対抗できるDFは、このチームでは芥野しかいない。そして零れ球を処理すべく小野寺もボールを追って移動し、その前後を挟むように鴨崎と根岸が体を差し込んだ。
「くっ!」
 清水寺のこめかみが一瞬早くボールに触れた。だが弾いたところで芥野の額に当たって後方にこぼれる。ボールの落下点にいたのは正田。
「四条!」
 声と共に真横にボールが蹴られた。無理矢理な体勢から正田が奪ったボールがボテボテと要のいる方向に転がってくる。それを追って動き出す、白組の一年生DFの二人。
「っと」
 踵で後ろにボールを送り、振り向きざまにつま先で蹴り上げてDFが伸ばしてきた足からボールを逃がした。
「!」
 空を切って前方に足を取られた二人のDFをかわして、要は体を半回転させて前に出た。視界に茂森が入る。自分は要のシュートコースを防ぎ、左手で小野寺へ鴨崎をマークするよう指示を出していた。
 右はダメだ。
 咄嗟に判断すると同時に、左頬にわずかな風を感じた。左肩越しに紅いユニフォームが動いたのを感じる。直感のままに要は左前方にボールを軽く蹴り上げた。
「った!」
 同時に要の左脇から飛び出した紅いゼッケン。紅組MF、サイドから上がってきた谷矢だった。ちょうど頭の高さに蹴り上げられたボール目掛けて前傾姿勢で突っ込んでくる。
「キャプテン!」
 白組の一年生DFが焦燥した声をあげた。対照的に冷静な面持ちの茂森は、ヘディングに行こうとする谷矢の動きに合わせて確実に防御する体勢にある。
(取られるか!?)
「たあっ!」
 要の思考をかき乱す声が、右側から突然現れた。直後、肌でボールを弾く鋭い音、
「い!?」
 そして、次の瞬間に要の目がとらえたものは、谷矢がヘディングしたボールへ、真横から全身を躍らせてぶつかってきた根岸の姿だった。
「なっ」
 どこから飛んできやがった。
 周囲半径数メートルの範囲内にいた面々はこのとき、同じことを考えていたに違いない。
 谷矢の頭が弾いたボールを、根岸は飛び上がって右足インサイドで止め、胸に軽く当てて前方に浮かせて右足で着地し、そのまま体をひねって左足のインサイドで高く浮かせた。
「!?」
 ボールは茂森の頭上を越える緩やかなアーチを描く。
「はいれっ!」
 と叫ぶ根岸の言葉に従うように、ボールは茂森の向こう側へと落ちていこうとしていた。そこへ、既に鴨崎がボールを押し込もうと走りこんで来ている。
 だが何を思ったか、茂森はボールを追わずに左手前方に向けて大きく踏み出したのだ。
「っあ…」
 最初に、そして唯一気がついたのは要。
「小野寺だ!」
 反射的に口から声が出ていた。
 長身の芥野や清水寺の足元から抜け出した白組DFの小野寺が、鴨崎よりも速くボールに追いつこうとしている。そればかりか要に抜かれた二人の一年生DF達が、いつの間にか紅組ゴール方向に向けて走り出しているのだ。
「な…」
 ゴールラインを割ろうかというボールに、スライディングした小野寺の足が追いつく。地に背をつけたオーバーヘッドキックのように、下からボールを掬い上げた。そこに赤と黒の色鮮やかなキーパーグローブの手が伸びる。
 ボールを追わずに前方に出ていた茂森だった。
「戻れ!」
 言いながら同時に要も自陣地に向けて走り出す。ボールに反応した清水寺や正田より瞬時速くボールをつかみ取った茂森は、
「カウンター!」
体を翻しがてら二歩の助走を踏みボールを大きく蹴り上げた。ボールは軽々とセンターラインを超え、あしらえたように待ちかまえていた寺野の足元に落ちた。紅組ボランチやDFが対応に動くが、人数で勝る白組に邪魔される。
 ―やられた。
 自ゴール前に戻ろうと走る要達の目の前で、ボールは紅組GK碓井を抜けてゴールに突き刺さる。
「あーーーーーっ!」
 鴨崎の声。
 直後にホイッスルが鳴る。
 試合さながらのタイミングで、見学者席からも声が上がった。
(………おいおい)
 足を止め、要は気づかれない深呼吸を吐いた。
 顔を上げて辺りを見渡すと、紅組の誰もが同じ心境のようで、当惑したように白組の面々を見つめていた。
「おっしゃあ!」
 白組ゴール前では小野寺が飛び上がって喜び、芥野と茂森は満足そうに目を細めていた。そして紅組ゴール前ではさながら優勝でもしたかのうように、白組の面々が輪をつくって喜び合っている。
「………」
「四条」
 声をかけられて振り向くと、清水寺がいた。
「思ったよりだいぶ動きがいいな、白組」
 と言う清水寺の表情から、あまり焦りはうかがえない。要に気を遣っているのだろう。
「動きが良いというより…」
 それが分かるから、要は余計にバツが悪かった。白組が予想外の動きをしたとはいえ、満足な指示を出せなかった自分のせいでまさかの先制を許したのだ。
「思いっきりが良いというか、迷いが無い感じ…―」
(!)
 自分の言葉に閃いて、要は白組ゴール前を振り向いた。
 ゴール前で腕を組んで悠然と立つ茂森と、二等辺三角を描く位置に立つ芥野と小野寺が目に入る。
(安心感か)
 背中を守る鉄壁の存在、それが絶対的な安心感となって白組の面々から迷いを捨て去らせた。DFまでが攻撃に加わる白組のやり方は、ペナルティエリア手前からセンターにかけてがガラ空きになるために、大きな危険もはらんでいる。だが、ゴール前にはあの三人がいる。あの三人が守る限り、大丈夫、失敗しても何とかしてくれる―その気持ちが二軍の面々を奮起させ、いつも以上の思い切りと実力を発揮させているのだ。
(背中がスースーする……)
 要は自ゴールを振り返る。紅組GKの碓井が冴えない顔色をしていた。彼も決して悪い選手ではない。だがやはり、こうして立っているだけで背中に感じる空気の重厚さが全く違う。茂森と比較するのは酷だと理解していても、そう考えずにはいられない。
「いやー今日は珍しいモノが見られるな」
 要とは対照的に、ゴール前で悠々とフィールドの様子を眺めている芥野。
「珍しいもの?」
 茂森が問うと、芥野は視で要を指し示した。
「四条が焦ってる顔なんて、あんま見られねーだろ?」
 多分アイツいま相当焦ってるぜ、と芥野はやんわりと笑んだ。彼の言葉通り、数人のチームメンバーに囲まれる要の横顔に、いつもの精彩が無い。あまり表情に出ていないが、視線にいつもの自信が窺えない。
「やっぱいきなり試合で「ハイ、司令塔やってください」ってがそもそも無理なんだよな」
 と言う小野寺は、頭の後ろで手を組んで、ぶらぶらと体を揺らしている。
「動きを見てると、あんまり周りが見えてないっていうか」
 MF、特に「司令塔」と呼ばれる要のポジションは、前後左右に動き回る事を求められるのだ。
「見え過ぎてるんだ」
 小野寺の推測を、茂森が静かに否定した。
「キャプテン?」
 二人のDFが、振り返る。
「頭と体が、まだうまく連動しきれていないんだよ」
「そうか?」
 芥野が再び要の方を見やる。清水寺と言葉を交わす背番号十番がそこにいる。
「間に合わなかったけど、四条は俺の動きもちゃんと見てたよ」
 キーパーグローブのテープをきつく締め直しながら、茂森は目を細めた。
 あのゴール前で団子になった状況の中、ボールに気をとられずに小野寺や自分の動きを確実に視界に捉えていた。
 どんな状況でも周囲を見渡す事ができる冷静さと、動体視力。司令塔に必要な条件は備えているのだ。
「FWの時と違って、真中の位置で、前後左右から次から次へと入ってくる情報をとらえすぎて、整理しきれないんだと思う」
「はー、なるほどなあ」
 芥野は再び要を見やり、どこか楽しそうに茂森の話に耳を傾けていた。
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