このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
guardians08
08

 見学会を明日に控えた日の練習後。要と茂森は部室に残り、監督やコーチ達と最終打ち合わせを行った。
 結局オーダーは、二軍中心プラスGK茂森と一軍DF芥野と小野寺の白組と、カモネギ2トップと清水寺、下に正田を据えた一軍中心の紅組で落ち着いた。三年生が抜けたばかりで、新体制としてまとまりきれていない時期ではあるが、とりあえずゲームとして成り立たせる事が目的のオーダーだ。
「見学会はいわゆる『広報活動』でもあるんだからな」
 これは、打ち合わせの席で西浦監督が口にした言葉だ。
 将来有望な生徒がいかに桐嬰サッカー部に興味を持ってくれるか。クラブチームの指導者や両親が、子供を預けるのに相応しいと思ってくれるか。
 見学会は、学校側が訪問者にアピールする場でもあるのだ。
「企業みたいだな~」
「私立だしね」
 要と茂森が小声で交し合った感想に、監督の西浦は広い肩を大きく竦めた。
「ま、ドライに言っちまえばそうだな。だけどそれはあくまでも「学校側」の都合だ」
 キャプテンと副キャプテンという立場上、多少オトナの事情も知っておいて貰う必要が出てくる。西浦はあえてその話をしたのだ。
「だけど俺としちゃ、サッカーが好きな子供が少しでも多く、桐嬰というチームに魅力を持ってくれて、ここでプレイしたい、成長したいって思ってもらえる事を願っているんだ」
「奇麗事に聞こえるか?」と尋ねると、茂森からは「いいえ」と返事が来た。
 一方の要は、奇麗事とは思わなかったものの、「にあわねー」と思ってしまったので無反応を通す事にした。数年前の要とて、見学会で感銘を受けた一人なのだから。
「まあそういう訳だ。新体制でチームプレイがままならない時期ではあるが、お前らの力でゲームを盛り立ててくれ。課題も多いがな」
 そう締めくくり、この日のミーティングはお開きとなった。
 部室を出た頃にはすっかり日が暮れて、夜間練習用ライトも一部を除いて既に電源が落とされていた。
「お前さ」
 グラウンド脇を歩く要は、前方を歩く茂森の背中に声をかけた。濃緑のブレザーの背中が一瞬止まり、そしてすぐにまた動き出す。要も歩調を合わせた。
「アレか茂森。明日の紅白戦も公式戦さながら本気モードってか?」
「ああ」
 即答。
 茂森チームは前衛が二軍選手中心に構成されており、多得点が望めない以上、ゴールを死守するしかない。
「あ、でも、どうかな」
 一度断言したものの、茂森は小さく首を傾げた。
「そっちのチーム、ツートップの連携もまだまだだろうし、正田との組み合わせも経験値が足りないし、それに四条だって、「司令塔」のポジション初めてだろ?」
 要が就くMFというポジションには様々な役割が存在し、アタッカーに近い役割を果たす者、守備を重視した動きをする者、その両方をこなす者、そして「司令塔」と呼ばれるフィールド上で前衛全体の動きを制御する役割を果たす者と。
 先ほどのミーティングで要が監督から申し渡されたのは、この「司令塔」の役割に挑戦してみろという課題だった。フィールド全体の動きを把握し、声をかけて指示を送るほか、有効な攻撃や守備に繋がる効率的なパスをつなぎ、そして時には自身もゴールに直接絡むのも、司令塔の重要な役割だ。
「チームとしての完成度がまだ低いのは確かだな」
 要が認めると、前を歩く茂森が振り返る。
「確かにうちのチームは二軍中心だけど、MFの寺野が中心になってよくまとまってる。あとは芥野と小野寺、そして俺がしっかり背中を護ってあげる事ができれば…」
 芥野と小野寺は一軍のDFだ。さすがに茂森以外が全員二軍というのは無理があり、一軍メンバーから二人移動させてやろう、という監督の提案に茂森が選んだのが、DFの二人だった。
「うちのチームが勝てるかもしれないな。もしかしたら、俺が本気になるまでもなく」
「お前そのうち寝首かかれるぜ」
 立ち止まった茂森を一歩追い越しがてら、要は茂森の腕を小突いた。
こいつの挑発は筋が通っているから、タチが悪い。そして更に、悪気が無いところがなお、凶悪だ。
「四条のチームの場合、二つの大事なポイントがあると思うんだ」
 再び歩き出した茂森の声が、要のすぐ背後から聞こえる。
「あ、それ当ててやろうか」
 要は体ごと茂森を振り返り、後ろ向きに歩く。
「俺とカモ、だろ」
 茂森に向けた手で人差し指、中指を順番に立ててVサインを作った。
ゲームの流れを支配するべき「司令塔」が初心者だというのは、チームにとって致命的だ。要が如何に迅速にMFのポジションに慣れるかが勝敗の鍵となるのは明白だ。そして二つ目の要素である鴨崎。これまで桐嬰に不足していた決定力、この成長の指針がチームの勝率の指針ともなるのだから。
「うん。当たり」
 暗がりの中で、茂森が笑うのが見えた。これまでの話の流れから、大して難しい問いではない。意識確認の為に問いかけたのだろう。
「俺、前から思ってたけど…、四条って他のFWに比べて得点数が極端に少なかったんだよなあ」
「……」
 言った後に「あ」と口を開けて茂森は慌てた声を出す。
「ご、ごめん、四条の力不足って意味じゃないよ!」
「ハハハ」
 要は、わざと乾いた声でリアクションをしてみる。慌てた茂森が要の隣に追いついて、困った顔を覗かせてきた。叱られた犬のようだ。
「四条はパスが多かったんだ」
 無理やりゴールにボールを押し込むようなプレイではなく、確実にゴールを決めるために、ゴール付近でも周りへどんどんパスを出す。
「鴨崎もそういうところはちゃんとしてるけど、たまに強引なところもあるだろ?でも四条は絶対にそういう事はしなかったよな」
 だから、珍しいFWだとずっと思っていた。茂森はそう言う。
「俺は、四条ってMFに向いてるんじゃないかって思うよ。だからきっと、すぐに何かを掴めるはずだ」
 励ましているつもりだろうか。
 要は前を向いたまま、自分の横顔へ懸命に話しかけてくる茂森の言葉を聞いていた。
「………」
 反応が無い要の様子に不安になったか、無言になってしまった茂森は目を伏せる。
「―ライト」
「え?」
 ぽつりと呟いた要の言葉に、今度は弾かれるように顔を上げてきた。
(意外と分かりやすい奴なんだな)
 横目で茂森の反応を見て内心で面白がりつつも、それを顔に出さず要は前方を指差した。半面グラウンドの一つが夜間ライトに照らされている。
「ああ」と茂森が小さく頷いた。
「鴨崎だよな、多分」
「だな」
 要がライトの方へ歩き出すと、自然に茂森も後に続いた。暗がりを選び、ライトの下にいる人物に気付かれないように移動する。倉庫の影になった場所からフェンスごしに半面グラウンドを見ると、そこにいたのはやはり鴨崎だった。
 ボール籠を三つペナルティサークルの手前に並べ、黙々と無人のゴールに向かってボールを蹴り続けている。右に、左に、正面の高い位置、低い位置、様々に狙う場所を変える。
「昨日も、一昨日も夜中までやってたみたいだぜ」
 消灯時間ギリギリまでライトが照っていたのが、寮の窓からも見えた。帰宅生の茂森にそれを知る由が無く、要の言葉に驚いた顔をしている。添えていただけの指先が、フェンスを強く握り締めたのが見えた。
「あ"ー、うまくいかねーチクショー!」
 息を切らせた苛立たしげな声を上げながら、鴨崎はペナルティサークル上に転がった。二月の夜半、冷え切った夜気の中で鴨崎の白い息と、全身から上り立つ白い湯気が、白光に照らされる。そして、無数に散らばる白と黒のサッカーボール。そこだけまるで、色の無い切り取られたモノトーンの空間のようだ。
 ふいに茂森が動いた。
「あ、おい」
 要が呼び止める間もなく、「鴨崎」と後輩の名を呼びながら茂森は、後輩が転がる半面コートに足を踏み入れた。
「キャプテン!」
 弾けた栗のように飛び起きた鴨崎に、渋々と後から続いた要も「よう」と声をかける。
「先輩もっ!?」
「明日の打ち合わせだったんだよ」
 低く呟く要の答えに、
「あ、そっか、そうっスよね」
 と納得しながら鴨崎は立ち上がった。どうやら見学会の事をすっかり忘れていた様子だ。
「毎晩遅くまで頑張ってるんだってな」
 そう尋ねる茂森は、足元に転がるボールをつま先で蹴り上げ、膝にバウンドさせた。
「そりゃそうっすよ!」
 鴨崎は大げさに体全体で振り返った。疲労困憊しているはずだが、テンションが変わらない。
「キャプテンからゴール奪うのが、俺の目標っすから」
「俺が目標?」
 リフティングする茂森の脚が、高くボールを蹴り上げた。
(……?)
 要は目を細めて、ライトの逆光となって影に包まれた茂森を見やった。彼の声が低く、不機嫌に聞こえたのだ。茂森は落ちてきたボールを鴨崎の方に軽く弾くと、その場から踵を返した。
「キャプテン?」
 何をするかと思えば、茂森はフェンス手前に鞄を下ろして徐にその場でマフラーとジャケットを脱ぎ始めた。
「何やってんだ?」
 訝しげに要が問うと、Yシャツを腕まくりした茂森は、次に鞄からキーパーグローブを取り出す。
「悪い、四条。ボール拾いやってもらってもいいかな」
「あ?」
 事態を飲み込みきれない要と鴨崎の前で、茂森はごく当たり前のようにゴール前に立ちこちらを振り返る。
「とりあえずそこから打ってみろ鴨崎」
 スニーカーと制服姿のゴールキーパーが、薄暗いゴール前から手を振る。
「は、はいっ」
 突き動かされるように鴨崎は足元に転がるボールの一つを拾い、ペナルティサークルの上に置く。
(しょーがねぇな)
 白い湯気と共に溜息を吐き出しつつ、要は数歩下がって両者の様子を窺った。鴨崎は三歩下がって助走をつける。右足で蹴りだされたボールは、ゴールポスト右下を抉るように突き進んだ。
(際どい…!)
要は無意識に身を乗り出しかける。初っ端に鴨崎が狙ったそこは、右利きのキーパーにとって最も防ぎ難いとされる位置。
「っ…!」
 手ごたえを感じたのもつかの間、薄闇の中で影が横に動いたかと思うと、ゴールに吸い込まれかけたボールは無情に弾き返された。
「次」
 造作無いとばかりに落ち着いた声が短く命じてくる。要は足元のボールを鴨崎の方に転がしてやった。鴨崎はペナルティサークルの上でボールを止め、今度は斜めに角度をつけて助走の距離をとった。ボールの脇に切り込むように足を踏み込ませ、体ごと捻るようにボールを蹴り込む。キーパー正面に向かっていったボールは、その手前で大きく左にカーブを描いた。
「!」
 正面に手を伸ばしかけていた茂森は、手を左に払ってボールを弾いた。
「次」
 また、表情の無い声が命じてくる。
 やれやれと要は再び鴨崎に向けてボールを転がした。
「ってい!」
 鴨崎はそれを止める事なく、今度はダイレクトに蹴り込む。ボールが描く軌道は、得意の右隅。まるで予測していたように茂森の体も右に動いていた。伸びるキーパーグローブの手めがけてボールは緩やかなカーブを描く。
 これも獲られる。
 要がそう溜息を吐きかけた瞬間、
「!」
 ボールが急激な伸びを見せた。
「っな…!」
 思わず漏れた声は、要のものでも鴨崎のものでもなく。
鎌の刃先のように、鋭く速度に乗って曲がるボール。咄嗟に踏み込んだ足に更に力を込めて、茂森は伸ばした手の甲で辛うじてボールを弾いた。
糸が切れた凧のように力を失ったボールは鴨崎の足元に転がっていく。
「……やっぱ、まだまだ全然ダメっすね」
 自嘲気味に笑って、鴨崎は足でボールを止めた。この三日三晩その気になって必死で夜間練習を重ねたが、やはりいざ本人を目の前にすると、全くゴールできるイメージが沸いて来ない。
(まだまだ……か?)
 肩を落とす鴨崎を眺めながら、要は内心で問いかける。
 ゴール手前で鋭い伸びを見せたボール。これまでの鴨崎のシュートでは見たことがなかった現象だった。茂森は明らかに、得意の右隅コースだと読んで動いていた。にも関わらず、「辛うじて」弾き返すのが精一杯だったのではないか。
「……」
「……」
 ゴール前の茂森と、要の視線がぶつかった。
―お前も同じことを考えているのか?
 と、その視は語ってくるようだ。
 思わず、要は頷き返す。それを受けて、茂森は再び鴨崎の名を呼んだ。しおらしく顔を上げた鴨崎に、
「一歩、前に出てみろ」
 茂森はペナルティエリアの内側を指し示した。
「…へ?」
「いいから」
 戸惑う後輩に有無を言わさず、また短く促す。おずおずと、鴨崎はペナルティエリアの内側に一歩を踏み出した。
「今度はそこから、蹴ってみてくれ」
「ここ……ペナルティエリアの内側からですか?」
 問いかける鴨崎へ、茂森は無言で両手を前に構えた。
 しばしの戸惑いの後「分かりました」と飲み込んで、鴨崎はつま先でボールをペナルティエリアの内側に引き寄せた。
 細かい歩幅で助走をつけ、今度はゴール左隅を狙った。土を切るような音と共にゴール前の影が動き、やはりボールは外側に弾かれる。
「次。また同じ位置から」
 そして次を促す命令。先ほどと同じように、ペナルティエリアの内側から再び鴨崎はボールを蹴りだす。今度はキーパーの左足下。バウンドするかと思われたボールはまたゴール手前で急激にホップした。
「!」
「っふ…!」
 息を強く吐き出す音と共に、茂森が左に足を踏み込みがてら体を沈める。下から突き上がってきたボールを、両手の平で包み込んで衝撃を吸収し、止めた。バランスを崩しかけて思わず後ろに一歩退く。
「次」
 だがすぐさま体勢を整えてボールを鴨崎の方へと転がした。またペナルティエリアの内側から蹴るように指示をする。納得し切れない面持ちながら素直に従って、鴨崎は先ほどと同じ位置でボールを止めた。
「おい、カモ」
 助走距離をとろうとステップバックする鴨崎へ、無言を保っていた要が声を発した。
「え、は、はい」
 意識を茂森にばかり向けていた鴨崎は、目を覚ましたように瞬きを繰り返して要を振り返る。
「迷ってんじゃねーよ」
 要は両腕を組み、少し上から見おろすように首を後ろに傾げた。
 バカモ崎のくせに生意気だぞ。
 某ガキ大将よろしくそう付け加えると、鴨崎は泣き出しそうな、笑い出してしまいそうな、そんな複雑な顔で「了解っす」と頷いた。
二歩、三歩と更に後退し、これまでで一番長い助走距離をとる。走り出す前に足を止め、大きく深呼吸をした。白い息が、水中で生まれた気泡のようにふくらみ、そして消えていく。
と同時にボールに向かい大きく足を踏み出し、
 体全体を撓らせた鞭のようにバネにして、ボールの中心を瞬間的にとらえた。
「!」
 地を離れた瞬間から、爆発的な速度をもってボールはゴール左隅に直進した。やはり確実にボールの動きに反応を見せた茂森は、左足から同方向に体の軸を移動させている。体を捻らせ最後に右足で力強く踏み込み、ボールの描く軌跡に飛びつこうと左手を伸ばした。
「っあ…!」
 今度は要の口から声が上がる。
 茂森のキーパーグローブの指先に当たりかけたボールが、また不規則に加速したのだ。
「!!」
 その刹那、要の視に、目を見開く茂森の表情がはっきりと焼きついた。
 次の瞬間に聞こえてきたのは、ネットが激しく揺れる音。
「ぇ……」
 間の抜けた呟きがこぼれる。呆然とする鴨崎の目の前で、モノトーンのボールは白いネットを突き刺していた。空を切った茂森の左手。ボールは確かにその向こう側、ゴールネットへ沈み込んだのだ。
「………」
 危うく転びかけながらもポスト手前で着地した茂森は、力なくゴールの中に落ちたボールを振り返る。
「入った……?」
 ゴール前の鴨崎から、間の抜けた問いかけ。
「見りゃ分かるだろ」
 その横から投げられる要の平坦な応えが、鴨崎を現実に押し上げる。
「は、初めて入ったっす……ペナルティエリアの中だけど……」
 嬉しさに飛び上がりたい気分と、ハンデという負平等感が、ぐるぐると鴨崎の感情をかき混ぜる。同時に、ゴールを奪われる茂森の姿を間近で見てしまったという、一種のショックも生じていた。
「とうとうゴールされちゃったな」
 ゴールポスト内に転がるボールを拾い上げ、茂森は鴨崎のもとに歩み寄る。
「キャプテ……」
「分かっただろ」
 何かを言いかけた鴨崎の言葉を、茂森は遮った。薄暗いゴール手前から、ライトが当たる位置に足を踏み入れた茂森。ようやく鮮明に見えた彼の面持ちには、厳しい色が浮かんでいた。威圧感に押されるように、言葉を失くした鴨崎はおもわず体を退いた。
 茂森はそんな鴨崎と対面する位置に立つと、手にしていたボールを地面に転がし、先ほど鴨崎が蹴った位置に置く。
「な、何をです、か?」
「鴨崎」
 顔を上げた茂森は、まっすぐに鴨崎を見据える。
「………」
(茂森……)
 要も腕を胸の前で組んだまま、まるで試合中のように厳しく引き締まる茂森の横顔を見ていた。いつもは穏やかに笑うその口元が、
「俺なんかを目標にするな」
 静かだが、吐き捨てるように言葉を発した。
「キャプテン……?」
 呆然とするしかない後輩を置いて、茂森はその場から踵を返した。
 グローブを外し、捲くった袖を元に戻しながら、フェンス前に置いた鞄の元へ歩み寄る。ジャケットを掴んで無造作に羽織り、彼には珍しい乱暴な仕草で鞄を持ち上げ肩に担ぐと、そのまま振り返らずにグラウンドを後にしてしまった。
「………」
 後に残された鴨崎は、遠ざかる茂森の背中をただ呆然と見送るしかできない。
 暗闇の中に濃緑のジャケットの背中が消え行くまで見送った後、
「あの、先輩…」
 鴨崎は助けを求めるように要を振り向いた。
「俺キャプテンに、怒られた、んですよね?」
「怒ってたなあ、茂森のやつ」
 要が平静な様子で肩をすくめると、鴨崎は「なんでですかっ!」とテンションを突き上げて詰め寄ってきた。
 寒いのに、暑苦しい奴だ。
「俺がゴールを決めたから?でもあんなの、ペナルティエリア内じゃないですか。あんなハンデじゃ俺嬉しくないっすよ!」
 泣きそうな顔ですがり付いてくる鴨崎を、要は手荒に押し返した。
「だからてめーは「バカモ崎」なんて呼ばれるんだっつーの」
「どーせバカですから!」
 顔面を掴まれつつ鴨崎は、自慢じゃないけど自覚してます!と本当に自慢にならない事をわめいている。
「あのなあ、あいつが言いたいのはこういう事なんじゃないか」
「多分」と言い加え、要は鴨崎の足元を示した。
「見ろ」
 要の指先は、鴨崎が立つペナルティエリアの内と外を示す白いライン、そして茂森が置いていったボールの置かれた場所、つまり鴨崎がボールを蹴った場所、を順番に示した。
「これが、お前とあいつの距離だ」
「え??」
 目を丸くした鴨崎が、要と足元との間で何度も視線を行き来させた。
 その距離はたったの一メートル。
 鴨崎の足で、たったの一歩分。
 茂森からゴールできるか、できないか。その境目は、このたった一歩の距離。
「たったの一歩。こんな短い距離なんだぞ」
「俺とキャプテンの距離……?」
 似合わない神妙な顔で、鴨崎はラインとボールの間に空いた距離を見つめる。少しだけ考える時間を与えてから、要は言葉を続けた。ここからは、推測でしかない。
「あいつはお前をただの後輩だと思ってないんだ。多分だけど」
「え……」
 鴨崎が顔を上げる。額に浮かんでいた汗の玉がこめかみを伝って飛び散った。
「じゃあ何だっていうんすか」
「ライバル?」
「……え、俺が…、ええ?!」
 鴨崎の素っ頓狂な声が静かな夜の闇に包まれグラウンドに、酷く突き抜けて響き渡った。
「嘘だー、そんな。あるわけないじゃないすか!」
 大口を開け、目を丸くして、言葉にならない言葉の羅列を零しながら両手をあたふたと動かしている鴨崎は、さながら配線が間違った不良品電動オモチャのようだ。落ち着き無さが、普段の三割り増しとなる。
「じゃなきゃあんな事で怒るかよ」
 頭の回転が悪い、というより鈍感な後輩に苛立ちを覚え始めた要は、眉間に皺を寄せた。
「あいつは見た目以上に負けず嫌いでプライドが高いんだ。そんな奴がだ、自分がライバルだと思ってた奴から「自分が目標」だなんていわれてみろ、気分が悪いだろうが」
「なんでですかっ!俺はそんなこと言われたら嬉しいですけど?」
「~~~は~あ…」
 どこかの格闘ゲームのキャラクターがそうしていたように、要は大げさに肩を竦めて見せた。
「あいつは絶対に自分の実力に満足していない。なのにライバルがそんな低い目標を持ってたと聞かされた。だから失望したんだよ」
 俺って役者に向いてるんじゃねえ?
 頭の片隅で、もう一人の呑気な要自身がそんな事を考えて笑っている。
「失望って…」
 一方で鴨崎は、胸を刺すような重い言葉を突きつけられ、瞳に一縷の怯えを乗せていた。
「低いって、何が低いってんですか!キャプテンは、U-14でヨーロッパ選抜と戦ったりしたような、中学日本一のGKじゃないすか!」
「あいつの基準なんて俺が知るかよ」
 食って掛かる鴨崎を軽く交わして要は足元のボールをつま先で蹴り上げた。軽い動きでリフティングをしつつ、鴨崎の興奮が収まるのを待つ。
「じゃあ、ちょっと、来てくださいよ!」
 突然袖を引かれた。
「な、なんだよ!」
 膝で受け止め損ねたボールが遠くへ転がっていく。鴨崎は要の袖を引っ張って、グラウンドを仕切るフェンスの前に連れてきた。
「ここにいてください」と要をフェンスの前に残し、自分は扉を潜ってフェンスの向こう側に移動する。フェンスごしに、要と向き合う場所に鴨崎が立った。
「この場合はどうなんすか?」
「何がだ」
「俺と先輩の距離は一歩分です。でも、このフェンスは三メートルっすよ」
「………」
 要は空を見上げる。二階建ての一戸建て分はあろうかという背の高いフェンスが、要と鴨崎の間を遮っていた。
「こんなに近いのに、俺は先輩に手を伸ばす事もできないし、これを乗り越えるのはかなーり無理があるでしょ」
「………」
 お前も役者に向いてるかもな。
 そんな戯言は飲み込んで、要は無言の苦笑に代えた。
「キャプテンは十分すごいのに、分かってないんす」
 フェンスの向こうで、鴨崎は口を膨らませている。
「だから。あいつは負けず嫌いの高慢ちきなんだって」
「高慢ちきて…死語じゃないっすかそれ」
「うっせーな!俺はお婆ちゃんっ子だったんだよ!」
 思わぬ痛いところを突かれた要は顔を赤くして怒鳴った。鴨崎はフェンスに凭れ掛かって爆笑している。咳き込むほどに笑い続ける後輩を他所に、要は回れ右をした。
「いい加減、片付けて帰ろーぜ」
 ボールを足で拾って籠に向かって蹴り上げる。そのままボールは籠の中へシュートイン。
「あ、それ楽しそう」
 涙を拭きながら鴨崎もやってくる。要を倣って足でボールを蹴り上げ、籠を狙う。緩やかなアーチを描いてボールは再び籠にイン。鴨崎はその後も次々と籠にシュートを決めていく。茂森に怒られたショックはすっかり忘却の彼方。完全に機嫌を直していた。
「先輩~」
 ゴールポスト中心に無数に転がるボールを一つ一つ片しながら、鴨崎が要を呼ぶ。目はつま先で拾ったボールを向いていた。
「ん?」
 答えながら、要も同じく足先で拾ったボールに目を向けていた。
「なんかもー俺、ますますキャプテンと先輩に惚れそうっすよ」
「情操教育上、それは推奨しねーぞ」
 何言ってやがる、と毒を吐く要に、鴨崎は「いひ」と満面の笑みで返した。
「俺、このチームに入れて良かったです」
 高く蹴り上げたボールを頭に乗せた鴨崎が、要を振り返る。
「明日の見学会でも、色んな奴がこのチームを気に入ってくれたらいいっすよね」
「………」
 ボールで一杯になった籠を転がしていた要は、顔を上げた。ボールを頭に乗せてバランスをとりながらも、足元のボールを次々と蹴り上げて籠に入れていく鴨崎を肩越しに眺める。
「そうだな」
 要の鞄の中には、明日の見学会予定表と明日のオーダー表が入っている。
(晴れるといいんだけどな)
 白い息を吐き出しながら、要は満点の星空を見上げた。
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。